陰鬱な魔女

えすの人

第1話 魔女と少年

 ある所に幼い魔女がいた。

 背丈は小さくよれてくたびれたとんがり帽子を深々と被り、こそこそと隠れながら生活することが得意だった。目の下には深いクマがができており、ローブもとんがり帽子同様ボロボロ。何があったのか口を開けばそこには幾本の歯もなく、ものを口にするのも苦労そうだ。

 その様子から付けられたあだ名は陰鬱な魔女ネクロマンサー。彼女は死霊術ネクロマンシーを得意とする魔女だった。

 しかし、彼女は自ら望んで魔女になったわけではない。

 彼女は元々、村に住む人間の子供だった。明るく活気ある村だったが、彼女の陰鬱な性格を誰もが不気味がり、嫌った。いじめられ、蔑まれ、そして忌子として捨てられたのだ。村の外を1人で生きていくのは苛酷だった。苦労して修得した魔法も内気な性格から動物の死骸にしか使えず、そのことが原因で神より不死の天罰が下された。

 生きているようで死んでいる。死にたくても生きねばならない。

「友達が欲しい……」

 誰も聞きやしない彼女の口癖はそれだった。人間は1人では生きられぬのだから。


 そんな彼女が瘴毒の谷を散策していた時のことである。

 この時ばかりは不死の呪いに感謝しなくてはならない。不死の体は肺を腐らせ、脳を溶かす瘴毒を受け付けないからだ。誰も触れられない、誰も試したことのない魔術の材料を独り占めにできる。瘴毒で育つ植物、動物の死骸、キノコの胞子。人目を気にしてこそこそと過ごす必要はない。堂々と胸を張り、手を振って歩いていられるのだ。

 しかし、今日ばかりはあの忌々しい生活を思い出さずにはいられなかった。

 魔女の目の前に蹲るボロの布切れ。それに包まれているのは人の赤子だった。

 はっきりとした人型ではないものの、人を見るのは数年ぶりだ。魔女は驚き、戸惑い、とっさに木の影に隠れた。何故こんなところに人間がいるのだろうか。よく観察すると赤子はもぞもぞと動き、生きているようだった。

 しかし、泣いて当然の赤子はその声を彼女に聞かせてはくれなかった。谷の瘴毒が赤子の肺を侵しているのだ。苦しむ赤子を覗き込むと、魔女は呟いた。

「まだ汚い……。でも、どんどん綺麗に」

 彼女は久しく笑みを見せた。

 さあ、早く空気を吸い込むのだ。

 早く綺麗に、早く醜く。

 早く私のものになっておくれ。

「ふふっ……。うふふぅ……」

 もがき苦しむ赤子を彼女は助けようとはしなかった。それどころか、見殺しにしようとしている。人間の子供だったモノが人間の子供を殺している。何が彼女を魔女にしたのか。化け物にしたのか。

 一刻一刻と赤子の肺は瘴毒で満たされ、ついにピクリとも動かなくなった。苦しむ表情も筋肉の硬直から解かれ、死の貌が覗いている。

「こ、これ、これで、君は……わ、私のものだ」

 魔女はボロ布ごと赤子の亡骸を掴み上げると、鼻歌混じりにスキップしながら瘴毒の谷を後にした。

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