第7話 神田涼の章(2)

 私と優は、なんとか敵に見つからずに兄貴たちと会うことが出来た。

そして、そこで恐るべき、信じがたい惨劇について聞かされることになった。

知りたくなかったが、目を背けることは出来なかった。

耳をふさぐことも出来なかった。

私たちは、もう子どもではないのだから。

色々なことを知らなければならないのだから。


 兄貴は淡々と告げる。

桃がテロリストになり、兵士を率いて反旗を翻した。

その経緯はわからない。桃が故宮の兵士に合流したというところまではまだ理解できる。しかし、なぜリーダーとして兵士を率いているのか。いったい何があったのか。

そのあたりのことはわからないが、どうやらもともと、簸川さんや兄貴が掲げていた理念を、理想論で綺麗事にすぎないと言っていた兵士は少なくなかったらしい。

つまり、桃が行動を起こす前から「火種」はずっとくすぶっていたのだ。

しかしふたりともそれに気がつくことができなかった。

この一ヶ月の間、桃が率いるテロ集団は蜂起の機会を伺っていたのだそうだ。

そして―――

簸川さんを殺した。

桃と数人の兵士は唐突に執務室に押し入ってきた。

そして簸川さんのことを、くだらない理念を持ったくだらない偽善者だと断罪し、その胸を撃ち抜いた。崩れ落ちる簸川さん。

同室にいた兄貴はやむなく応戦。

煙幕を張り、彼らの目をくらませて、簸川さんを助け出す時間もなくなんとか逃げのびたのだという。


 まったく現実感のない話だ。

まるで小説か映画の世界。

それに桃が、あんな内気な子がこんなことをするなんて、信じられない。

理由も分からない。

みんな刑務所で苦楽を共にした仲間なのに、どうして。

わけも分からず、涙が止まらない。

前に刑務所から私を助けてくれたときとは違って、今度は兄貴も私の頭をなでてはくれない。

状況を整理するので精いっぱいなのだろう。

その横顔は真剣そのものだ。

それを責めることなど出来るはずがない。

優も呆然としている。

きっと私と同じで、わけも分からず、でもなんとか状況を理解しようとしているのだろう。


 いま私達が隠れている部屋は、ずっと使われていなかった倉庫だ。

ここなら安全だろうと、廊下で出会った私と優を兄貴達が案内してくれた。

いまここにいるのは、兄貴の仲間の篠原さんと太田さん、優、兄貴、私で5人。

外では、誰が生きているのかまったくわからない状況だ。

それに手元の武器だって貧弱だ。

桃が率いるテロ集団は機関銃を持っているらしい。

しかも敵の人数も分からない。

正面からぶつかって勝てるわけがない。

まずは隠れながら建物の外に出るしかない。

しかし、敵だらけのこの状況で、それは言葉ほど容易ではない。


 「やるしかないな。」

兄貴が誰に言うでもなくつぶやく。

「ここは3階。エレベーターは使えない。階段は東と西に一箇所ずつ。」

そしてそのまま、

「俺がやつらだったら、東に人員を割く。」

と続ける。

「東には武器庫がありますね。確かにそちらは危険そうです。やつらはこっちに最低限の武器しか無いことを知っていますからね。武器庫を張っている可能性は高いです。」

と篠原さん。

この人は理論的な話し方をする。

「武器庫か…」

と太田さん。

この人は寡黙な大男で、何を考えているのかよくわからない。

兄貴はみんなを見渡し、また話し始める。

「だから俺たちは西階段に向かう。ここからは東階段のほうが近いが、西から降りたほうが安全だろう。いざとなったら、銃撃戦もやむを得ない。ただし…」

兄貴はここで口ごもる。

「誰も殺さない。」

私は、はっきりとした口調で告げる。

「簸川さんの理念を、兄貴の理念を、こんなところで終わらせたりはしない。こんなところで殺させたりはしない。」

「…ああ。」

ここで兄貴はようやく微笑みを浮かべてくれる。

私は、何もかもを許して包みこんでくれるようなその笑顔が大好きだ。


 と、ここまで黙っていた優が、突然低い声でつぶやく。

「俺たちが、桃を止めなきゃいけない。」

優の決意に、みんなが頷く。

私達には大した武器は無いけれども、なんとかしなくちゃいけない。

桃の友達として。

彼女がテロリストになってしまったとしても。

そして、そのリーダーになってしまったとしても。


 兄貴はドアをそっと開ける。

「…よし、誰もいないな。みんな、行くぞ。」

私たちは行動を開始した。

絶望の中でひとひらの希望を探すために。

自分たちの理想を実行に移すために。

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The Rust Song ライカ @komaryuzouji

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