第6話 須代優の章(2)

 俺たちが涼の兄貴と一緒に働いてるなんて、ちょっと前じゃ想像もできなかった。俺はただの高校生だったし、革命軍なんてちょっと怖いって思ってたからさ。

でも一緒にいるうちに、すごく気のいい人たちばかりだってわかったし、ここでの生活もなかなか楽しいもんだ。

井口さんという人とは特に気が合う。

大学生なのに悪ガキみたいなひとで、涼にも優とそっくりだねなんてからかわれた。まあ学校なんか退屈だったし、いまは臨時雇用のお手伝いってかたちだけど前よりやりがいがあってよっぽど楽しい。


 革命から一ヶ月。

街の様子は思いの外落ち着いている。

念のために武器を持たされているけど、いまのところ必要になったことはない。

よく政府がなくなると治安が悪くなって暴動が起きるなんて言うけど、お店は変わらずにやってるし、普通に飯も食べられる。

街の様子も特に変わったところはない。

人々も最初の一週間くらいは不安げな表情だったが、あっという間に慣れてしまったようだ。

一人で出歩いていても襲われるなんてこともない。

なんだか拍子抜けするぐらいだ。


 ただ、ひとつ大きな問題がある。

それは、桃がいなくなってしまったことだ。

簸川さんが言うには、故宮あたりですれ違ったそうだが、そこから先がわからない。涼の兄貴も桃と話したそうだが、その後どこに行ったかは全然わからないそうだ。

みんなで必死に探したが、どこにもいなかった。

でもあそこの家族は、娘がいなくなったってのに涼しい顔してたいして探そうともしない。

桃はおとなしくてちょっと変わったやつだったが、こいつの家族の方がよっぽどおかしなやつらでよっぽどムカついた。

もういなくなって一ヶ月だが、全く行方がわからない。

どこにいるんだ、桃。


 あと、最近簸川さんと涼の兄貴がふたりでこそこそ話しているのをよく見かけるようになった気がする。

最初はあんまりしょっちゅうなので、もしかしてそういう関係なんじゃねーかなんて思ったりもしたが、めちゃくちゃ真面目な表情なもんで、きっとなにか大事な話でもしてるんだろう。


 今日も今日とて、今後の国の方向性を決める会議がある。

俺は思ったことをポンポンと言うだけだが、意外なことに簸川さんや涼の兄貴からよく褒められる。

「おい、優。」

廊下の後ろから声をかけられる。涼だ。

「なんだ、涼か。」

「なんだとはなんだ。ってそんなことはいいから、ちょっとこっちに来てくれ。」

俺がうんとかすんとか言う前に、俺の手を掴んで空いている部屋に引っ張っていく。

本当にこいつはこういうやつだ。

部屋の周りに誰もいないことを確認すると、電気も点けずに静かにドアを閉め、鍵をかける。

「なんなんだ急に!おい!」

「大声を出すな。桃の居場所がわかったかもしれない。」

「え…?」

ひどく落ち着いた声だ。

涼は俺の目をじっと見つめながらそんなことを言う。

桃の居場所だって?

「ず、ずいぶんいきなりだな。誰か見たって人でもいるのか?」

「兄貴だ。」

「でも涼の兄貴はわからないって言ってたじゃないか。」

「うん。ただ、それを聞いた時、なんか歯切れが悪かったような気がしたんだ。それでずっともやもやしてた。優はなにか変だって思わなかった?」

「そうだっけなあ、一ヶ月も前のことだからわかんないけど…」

涼は細かいことをよく覚えているタイプだ。

なにか恨まれたりしたら一生言われるだろう。恐ろしい女だ。

「それで昨日改めて、何を話したか聞いてみたんだ。そしたら、よくわからないんだが…桃は兄貴のことを神様だって言ってたらしいんだ。」

「…なんだそれ。神様ってどういうことだ?」

「わかんない。でも、なにか崇拝に近い感情を抱いていたみたい。」

「あと、その時に、国王を殺せとも言ったんだって。ちょっと目が本気だったって言ってた。」

「でも、革命軍は殺さないことを理念としてるんだろ?国王だろうと許すっていう。桃だってそれは理解しているはずだろ。」

「そう。それが私たちの理念。だから、絶対に殺さないって言ったらしいんだけど、そしたら怒って出ていってしまったって。」

「…ちょっと待て、出ていく前にどんな話をしたかはわかったけど、それだけだとどこに行ったかはわからないじゃないか。」

「たぶん、故宮。」

「なんで?桃が自分の手で国王を殺しに行ったってことか?流石にそれはないだろ。いっぱい兵士だっているし、通しちゃくれないだろ。」

「うんとね、兄貴からは『故宮にいるやつらをあまり信用するな』って言われてる。」

「それってどういう…」

「一部の兵士の間では、やっぱり国王一派を許すことなんてできない、あんな理念は綺麗事だって不満が高まっているらしいの。いま故宮で捕虜の警備をしている兵士たちにそういう傾向があるって、簸川さんも言ってたみたい。」

言葉が出なかった。もしかして、簸川さんと涼の兄貴がひそひそ話してたのってこれのことだったのか?


 その瞬間、俺たちが刑務所に閉じ込められていたときと同じような爆音が轟いた。爆音にぶん殴られ、眼の前の景色が揺れる。

おかしい、革命は終わって街は平和。

何が起きているのか、まったく理解が追いつかない。

しかし、そんなこととは無関係に地面は揺れる。

銃撃の音が響く。

悲鳴が聞こえる。

否応なしに嫌な予感が募っていく。

突然間近でドン!という大きな音がし、俺たちは声をあげそうになる。

ドアの辺りだ。誰かがいる!!

とりあえず急いで俺と涼は部屋の机の下に身を隠す。

幸い、武器はある。

手に持っているのはふたりとも警棒だが、無いよりはマシだろう。

敵に踏み込まれた場合、窓を蹴破って外に逃げるって手もある。

幸いここは2階だから、飛び降りてもなんとかなるだろう。

誰だか知らないが、来るなら来い。

ドアを睨みつける。しかし手は震え、冷や汗も垂れてくる。

 

 10分ほどで銃撃は鳴り止んだ。

さきほどとは打って変わって静かだ。

しずかに鍵をあけ、ドアを開く。

すると、なにかが俺の身体にのしかかってきた。

思わず「うわっ!」と声が出てしまう。

窓の外を見ていた涼が振り返り、シーッというポーズをしながら俺を睨みつけてくる。

ごめんごめんと、あわててそれ振り払う。

その時になってようやく気がついた。

それは死体だった。

俺の手には血がべっとりと付いていた。

この人はドアにもたれかかって死んでいたようだ。

さっきの大きな音はドアに向かって倒れ込む音だったのか。

ふたりとも息を呑んだ。静寂。


 しかし、本当の地獄はドアの外に広がっていた。

そこにあったものは、一面の死体だった。

血が飛び散り、目が痛くなるくらいに赤い世界。

あまりにも鮮烈な色の暴力。

さっきの音の暴力は直接的にぶん殴られる感覚だったが、色の暴力は首を締め上げられて息ができなくなっていく感覚だった。

「え…」

「なに…これ…」

ふたりとも意味のある言葉を発することができない。

吐き気がこみ上げてくる。

いや、駄目だ。気を確かに持て。

いまは動いて、何が起きているのかを調べる時だ。

吐いて横になっている場合ではない。

「涼、しっかり。まずは何が起きているのか調べなきゃ。」

「…」

涼は何もしゃべらない。

しかしその目はキッと前を見据えている。さすがだ。

俺は周りを見渡す。

誰か。

誰か生きている人はいないのか。

「う…」

5メートルほど先の血まみれのひとが動いた。俺たちは駆け寄る。

「どうしました!?何があったんですか!?」

それは井口さんだった。

傷がかなり深いようで、意識が朦朧としている。

「やつらが…」

「やつら!?誰ですか!?」

「高海桃…」

「桃!?桃がどうしたんですか!?」

もう井口さんは何も答えてはくれなかった。


 桃がいなくなり、目の前には地獄が現れた。

これはいったいどういうことなんだ?

井口さんとも、みんなとも、せっかく仲良くなれたのに。

誰なんだ、こんな酷いことをしたのは。

なんで、なんでこんなことをしたんだ。

絶対に許せない。

絶対に。


 調べるためにも、まずは先に進まなくては。

「行こう、涼。」

まだ敵がいるかも知れない。

俺たちは細心の注意を払いながら、先を目指した。

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