終章

終章

演奏会当日。

舞台袖。

あの赤い振袖を着こんで、緊張している香織。

由紀夫「大丈夫だよ。きっと君の演奏は成功する!」

香織「でも、、、。」

由紀夫「だって、一生懸命練習してきたじゃないか!」

香織「そうね、、、。」

由紀夫「その通りさ!舞台へ出たら、みんなジャガイモだと思ってやっちゃえ!」

香織「わかったわ。」

アナウンス「本日は、出演者が不在のため、代わりに代理で、高橋香織さんの演奏となります。曲名は美吉野です。どうぞお聞きください。」

香織「いよいよね!」

由紀夫「頑張れ!」

香織「ええ!」

と、舞台に向かって歩いていく。

舞台には、一絃琴が楽譜と一緒に待っている。香織は、その前に正座で座り、楽譜に書いてある数字をしっかり見つめる。

一つため息をついた後、ろかんを絃にあてて、弾き始める。

黙ってしまう観客。

無視して、弾き続ける香織。

余分なおしゃべりをしている観客は誰もいない。

さらに弾き続ける。

そして、曲は終わる。

初めて観客のほうを見る。きっと、なんてへたくそだと大声で笑うだろうと思っていると、

割れるような大拍手が起こる。

一粒の涙が香織の顔に落ちる。

立ち上がって観客に最敬礼し、静かに舞台袖に戻っていく香織。

まだ拍手は鳴りやまない。

内山先生が駆け寄ってきて

内山先生「素晴らしかったよ!」

と、香織の肩をたたく。

由紀夫「よかったね!おめでとう!」

由紀夫に抱き着く香織。

まだ拍手が続いていた。

由紀夫の腕の中で泣き伏す香織。

観客席では、杉三と、藤吉郎が聞きに来ている。

杉三「よくやったぞ!こりゃあ、大成功だ。なんてったって、お客さん全員黙らせたんだからな。邦楽においては、お客さんを盛り上がらせるより、黙らせるほうが上なんだよ。ポピュラーソングではないんだからね!」

藤吉郎「よかった。」

その後も数人の生徒が演奏したが、香織の演奏ほど、拍手をもらった演奏は存在しなかった。

演奏会は、お開きになる。

杉三たちは、係員に手伝ってもらって会場の外へ出る。

香織が、由紀夫と一緒に外へ出てくる。

香織「今日は、ありがとうございました!」

藤吉郎「素敵。」

杉三「よかったよ!素晴らしかった。これからは、もっと自信を持ってね!」

香織「ええ、皆さんのおかげです。」

藤吉郎「終わり。」

杉三「何が?」

藤吉郎「鉄。」

杉三「鉄?ああ、なるほど!製鉄所はもう卒業というわけね!」

香織「そんな、私、まだ行くところはないのに。」

藤吉郎「丸吉さん。」

由紀夫「丸吉さんがどうしたんですか?」

杉三「二人で探しに行ってきなよ!ほら、製鉄所を終の棲家にしちゃいけないんだぞ。」

香織「そうでしたね、、、。」

杉三「由紀夫さんも、振袖を縫えるんだから、香織さんの成功に一役かったわけだから、もう、店を構えなおしていいんじゃないの?」

由紀夫「でも、まだ、外へ出る自信はないですよ。また落ち込みすぎて入院でもしたら。」

藤吉郎「いる。」

杉三「誰が?」

藤吉郎「香織さん。」

香織「私も、自分を制御するのはまだできないから、」

藤吉郎「いる。」

杉三「だから何がだよ。」

藤吉郎「由紀夫さん。」

杉三「そういうときはなあ、二人で助け合って何とかしていけば大丈夫だって伝えるんだよ!お前、やっぱり馬鹿吉だな。もうちょっと表現を考えてからものを言え。」

由紀夫「でも、僕らにできるんでしょうか。」

杉三「できるよ!何回も同じこと言わせるな。きっと、幸せになれるさ!」

香織「そうなれば、責任も出てくるわけだし、」

杉三「いやあ、それはあんまり考えないほうがいいと思うよ。それよりも、二人が幸せになることを考えな。大丈夫、二人そろって、ゆっくりやっていけば。」

藤吉郎「幸せに、」

杉三「最後までいえよ。」

藤吉郎「なってね。」

由紀夫「じゃあ、香織さん。」

香織「はい。」

由紀夫「これから、よろしくお願いします!」

香織「わかりました!」

由紀夫に香織が抱き着いた。


一方。富士警察署の取調室。

ある、一組の男女が、取り調べを受けている。

華岡「あのですね。これは、ただ放置しただけでは済まされません。なんで外から南京錠をかけて、香織さんを出られないようにしたんですか。彼女を閉じ込めておいたら、どうなるかくらいわかるじゃないですか!」

女性「ええ、そうなってもらわないと、あの子は療養できないからです。」

男性「私たちは、監禁とか、子捨てではありません。あの子を、療養させていただけです。」

華岡「でも療養の意味があまりにも違いすぎます!療養というのは、閉じ込めておくことではありませんよ!」

女性「だって、そうしなければ、暴れるのをやめさせることはできないじゃないですか!」

華岡「そうじゃなくてですね。例えば、精神科に助けを求める、カウンセリングの先生を探す。方法はいろいろあったはずです。それなのになんで、彼女をあんな狭い部屋に閉じ込めたんですか。」

男性「ええ、しましたとも!でも、飲ませた薬の副作用で、かえって大暴れをするようになりました!家庭訪問に来た学校の先生に殴りかかって、私たちは学校からおこられてしまったのに、あいつはなんにも謝ろうともしないんだ。そして、今度は私たちが標的になるようになったんだ。私たちもいつ殺されるかわからないびくびくした生活を強いられたんですよ!それにどうやって対処したらいいものか。入院させようにも、嫌がってしないし、説得屋というものを頼んでも、何も従いませんでした。ですからね、ああして、閉じ込めておくよりほかはなかったんです!」

女性「それでも、警視さんは、あの子の立場とか、あの子の気持ちになれというのでしょう。誰でもみんなそうですよ。例え支援者であってもです。私たちの苦しみについては、一言も触れてはくれないんですよ。それをわからせる方法がほかにあったというのですか!それなら、いっそのこと、警視さんから、教えてくれたっていいじゃありませんか!」

華岡「そんなこと知りません!でも、娘さんを、あのような部屋へ閉じ込めておくことは、立派な犯罪です!」

男性「わかりましたわかりました!私たちは喜んで極刑にもなんでもなりましょう!どうせ、むしょに送られて何年かして外に出たとしても、私たちは、生きていてもしかたないんでしょうからね!」

女性「きっと、香織だって、あそこに閉じ込めておけば、きっと死んでいるでしょうよ。私たちが生きていくには、あの子にああして死んでもらわないと実現できないんです!」

華岡「それは本当に親のセリフですか!血を分けた、親のセリフですか!とても信じられませんね!」

男性「警視さん、言わせてもらいますが、精神障害と言いますのはそういうものなんです!そうするしか、解決方法がないものなんです!」

と、取調室のドアをたたく音。

華岡「なんだ、この大事な時に!」

刑事「警視、杉三さんが、今から大事なイベントを行うから、ちょっときてくれと電話をよこしました。」

華岡「今、取り調べをしているんだよ。」

刑事「それがですね、被疑者二人も一緒に来てくれというのです。なんでも二度とみられないビックイベントが行われるそうで。」

華岡「場所はどこ!」

刑事「尼寺です。」

華岡「尼寺?」

刑事「まあ、今では本当に少数ですけど、そこで行われることもあるイベントだそうです。」

華岡「二度とみられないビックイベント、、、。わかった、すぐ行く!護送車を出すように!」

二人の男女は顔を合わせる。


尼寺から、少し離れたところで、護送車は止まる。

華岡「しっかり見てくださいね。ビックイベントですからね!」

本堂の前には、何人かの人物が立っている。葬儀のときの格好をしているのかと思ったら、男性は紋付袴を身に着けて、女性は黒留めそでを着ているものがほとんど。洋装の者もちらほら見かけるが、皆黒ではなく、赤や黄色などの、喜びの色を身に着けている。

カメラマン「さあ、記念写真を撮りますので、皆さん、本堂の入り口に集まってください!」

出席者たちが、集まってくる。

その中には、杉三や、藤吉郎、懍や水穂もいる。

カメラマン「並んで並んで。いいですか。じゃあ、庵主様と、新郎新婦が入場しますので、ちょっと道を開けてあげてください。」

本堂の戸ががらっと開いて、まず、赤い僧衣を身に着けた庵主様が現れ、階段を下りてくる。

庵主様の次に、花婿に手を引かれた花嫁が慎重に階段を下りてきた。

白無垢をきて、綿帽子をかぶった花嫁は、護送車の中から見ても、なんとなく見覚えがある人物で、、、。

男性「香織だ!」

女性「えっ!」

開いた口がふさがらないほどの驚き。

華岡「どうですか!これでもまだ、先ほど言ったようなことが、一番の解決法になりますか!」

男性「負けましたね、、、。」

女性「ええ、、、。」

華岡「しっかり、署でお話を伺いますよ。」

と、護送車の運転手にもう出るように促す。

走り出す護送車。

そんなことはつゆ知らず、笑いあう花嫁と花婿。







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杉三長編 硝子の棺 増田朋美 @masubuchi4996

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