第3話
◆ ◆ ◆
初めてはなを意識したのは、六年前。
まだ小学生だったあの頃、はなとおれは毎日のように口ゲンカばかりしながらも一緒に遊んでいた。
まあ、男子と女子が、ケンカばかりとはいえいつも一緒にいれば、それなりに目立つわけで。小学生とはいえ、四年生ともなれば当然、男子も女子も"そういう話題"に食いつくわけで。
『洸太とはなが付き合っている!?』
そんな噂は、あっという間にみんなに広まった。
いま思えば、なんでもいいから騒ぎ立てて噂話をしたかっただけなんだろうと想像できる。みんな本気でそう思ってたわけじゃなくて、ちょっとした遊びみたいな感覚だったんだろうな。
でも、あのときのおれは、自分がはなと噂されている恥ずかしさをどうにか押し隠すために、違う、と言うことしかできなかった。
「おれがはなと付き合うわけねーだろ!なんであんなやつと!」
「洸太なんてこれっぽっちも好きじゃないもん!」
はなのこと、本気で嫌いなわけじゃなかった。言いあいばかりでも、一緒にいて楽しかった。ただ、噂を否定するためにはそう言うしかなくて。どんどん言葉はエスカレートしていって。
はなもそのはずだって、口ではどう言っても、心の中では同じことを思ってくれてるって、信じていた。
それでも、顔を合わせれば気まずさで何も話せない。一緒にいるところを見られないかどうかドキドキしながら遊ぶのはとても疲れる。
冷やかしとからかいの的になったおれたちは、まるで最初からそうだったかのように自然と、一緒にいることが少なくなった。
男友達とドッジボールしたりゲームで遊んだりする放課後も、つまらないわけじゃなかったけど、それでもやっぱり、少しさみしい。
そんな風に思いながら、はなとは必要最低限のこと以外は話さない日々が続いていく。
だけど、それが当たり前になってしまっていたその年の冬、バレンタインデー。
はなは、おれにチョコをくれた。
「はいこれ、あげる」
インターホンが鳴ってドアへ向かうと、はながすこし不機嫌な顔をして、おれの家の玄関に立っていた。差し出された紙袋は、男子に渡すにはちょっとかわいすぎる気もしたけれど、そんなことよりはながおれに会いに来たことに驚いていた。
「あ、ありがとう。……でも、なんで急に、どうして」
とりあえずお礼の言葉だけはなんとか口にして、おずおずと受けとる。紙袋を手にしたおれが理由を聞くと、はなはしかめっ面をさらにゆがめて、なんだか泣きそうな顔をした。
「洸太と遊べなくてさみしいって言ったら、おかあさんが。仲直りしたいなら、チョコあげたらって、言うから……。だから、これはバレンタインのじゃなくて、仲直りのチョコレートね、仲直りの!」
いつもより早口で、だけどおれの目を見て話をするはなは、そこまで言ってすこし笑った。
「すきじゃないとか、いろいろ、ひどいこと言ってごめんね。あたし、また洸太と友達になりたいよ」
笑顔のはなの目はうるんでいて、涙が落ちそうになっていた。でもたぶん、おれも相当変な顔になってたんだろうなと思う。うれしかったのと返事をするのとでいっぱいで、自分がどんな顔してるかなんて考えもしなかったから。
「おれも…、おれも、悪い態度とって、ごめん。……友達、もっかい、なろう」
はなと笑って会話をするのは久しぶりだった。おれもさみしかった、とか、これからはいままでの分も遊ぼうとか、そんなことをずっと二人で話していた。紙袋の中のチョコレートは、はなは遠慮したけど仲直りの記念にって言って二人で食べた。
はなが笑いかけてくれるのがうれしくて、あの日はおれもずっと笑っていた。
次の日、教室で何事もなかったかのように話すおれたちに、クラスメイトは驚いて、そして一斉に騒ぎはじめた。
「はなちゃんと笹原くんが普通にしゃべってる…!」
「洸太が竹野に話しかけてるの、いつぶりだ!?」
「洸太とはな、ヨリ戻したんだー!」
どうしてどうして、と勢いよく質問してくる声の中から、クラスで一番のおふざけ者の声がぽんと飛んできたとき、そいつをキッとにらんだはなの大きな声が負けじと響いた。
「あたしと洸太は友達だもん。友達と話してるだけなのに、どうして変なこと言われなきゃいけないの?」
さっと教室が静かになって、一瞬時間が止まったような気がした。クラスメイトの前で冷やかしの声に言い返したはなの姿はとてもかっこよくて、おれはなぜだか目が離せなかった。
しばらく誰も動かなかった。とても長いあいだそうしていたように感じた。最初に口を開いたのは女子たちだった。騒がしさを取り戻した女子の集団に、そうだそうだ、はなちゃんがかわいそう、と以前のからかいは忘れたような顔で責められて、そいつが困った顔で謝っているあいだも、おれははなの背中をずっと見ていた。すると、はなは振り返っておれを見て、ニッと笑ってピースサインをしてみせた。
たったそれだけの仕草が、いつもよりずっとかわいく見えて。
そのときから、きっとおれは、友達としてじゃなく、はなを好きになったんだと思う。
◆ ◆ ◆
「あの時のはな、むちゃくちゃすごかった。だから、…まあ、そんな感じ」
顔を真っ赤にしながら強引に話をまとめた洸太が、あたしの反応をちらちらとうかがっている。
思わず口からこぼれた疑問にちゃんと答えてくれたことと、六年も前のことを洸太がこうやって覚えていてくれたことがうれしい。あの年のバレンタインデーは、あたしの人生のなかでかなり勇気を出した場面だ。まさか、そんなことがきっかけとは、かっこいいだなんて思われていたとは、夢にも思わなかったけれど。だから。
「話してくれてありがとう。すっごくうれしい」
ニヤけた変な顔にならないように気をつけて言うと、洸太もちょっと笑ってくれた。見慣れたはずの笑顔に心臓がはねるのは、ついさっき人生はじめての告白をされたばかりの相手だから。きっとそう、だけど。
「へ、返事は、その、……ホワイトデー、まで、待っていただけないでしょうか……」
「っ!そ、それでよろしいです…」
緊張と照れで変な敬語になったあたしもあたしだけど、ぱっと目を見開いて同じように変な敬語で返事をする洸太も洸太だ。腐れ縁同士、ちょっと似ているのかもしれない。
じゃあ、とかまあ、とかぶつぶつ言って、なんとなく目をあわせてまた二人で笑って、並んでリビングに戻る。
「もう一レースしようぜ」
「次はあたしに勝たせてよね」
「やだね。手を抜くのはおれのポリシーに反する」
「あんたのポリシーはどうでもいいの!」
約束は一ヶ月後。だけど、まだ緊張したままそわそわと廊下を歩く洸太の背中が、いままでよりかっこよく見えてしまうから。これまで気にもとめなかった笑ったときの目の優しさに、気がついてしまったから。
あたしの返事は、洸太と一緒にいた十年間のあいだに、もう決まってしまっている、かもしれない。
「ああー!インターホン!忘れてた!大切な用事だったらどうしよう…!」
「ははっ!やっぱりはなは馬鹿だなあ」
「ほとんどあんたのせいでしょー!!」
たぶん。
ケンカときどきチョコレート 猫宮たまこ @catball
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