通勤中の奇跡

卑弥呼

第1話 同じ毎日

朝目が覚めていつも思うこと。

「今日も生きている感謝。」


冷たい空気を肌に感じながら、目に映る部屋の天井。

空気が冷たい。

冬なんだ。


部屋のドアをノックする音がした。

妻だ。

起きなければ会社に遅刻してしまう。


動かない身体を無理やり動かしてゆっくりと起き上がる。

そういつものように。


妻の入れたコーヒーに、パンを食べていつもと同じように準備をし

自宅を出た。


スーツに羽織った茶系のコートにマフラー。

ビジネスバックに黒のローファーを履き、早足で駅に向かう。

自宅はマンション。

毎朝顔を合わす人も決まっていて、誰かに会うたびに会釈をする。

同じ駅に向かう人もいれば、途中からバス停に向かう人もいる。


マンションを買ったのは10年前。

少し遅い気もしたが、妻と一緒に暮らすにはとてもいいマンションだった。


10階のエレベーターから一階に行きエントランスへ向かいマンションをでる。

冷たい風が頬を殴りつけてくるようだ。

少し早足を加速させて歩き出す。


雪でも降りそうな日だった。

木々は寒そうに小さく立っているように見える。

自宅から最寄りの駅まで歩いて15分。

毎日いい運動になる。


いつもと同じ道を歩き。

いつもと同じホームに行き。

いつもと同じ電車に乗る。

いつもと同じ会社に通勤し約30年。


そう同じなんだ。

不満があるわけではない。

不満なんてない。

家族にも会社にも。

子供は二人立派に成人し、孫もできた。

幸せだ。

家庭を守ってくれている妻もいる。


仕事も順調。

ある程度の役職をもらい、この年まで勤めてきた。

満足している。

これを幸せだというのだろう。

若い時は女遊びもした。

今はもうそんな気力もない。


不満はない。

そう家庭にも仕事にも。


ただ少しの刺激がほしい。

そう感じるのは僕だけなのだろうか。


今更浮気をして家庭を壊したいとも思わない。

転職をして、激動の日々を送りたいとも思わない。


そうだそんなことを考えるのは辞めよう。

僕は幸せだ。

こんな幸せな日々を送っているのに、贅沢を言っちゃいけないんだ。


いつもと同じ改札からホームへ行く。

この駅から出発するのでいつも座って通勤できるのがせめてもの救いだ。

それでも駅はいっぱいで、座っていくには二本ほど待たなければいけない。


電車が大きな音を立ててホームに到着した。

前後の人に押されながら無事に座ることができた。

「ふー」

とため息がでる。


ガタンゴトン

大きな音を立てて電車が出発した。

45分。

揺られて会社へ着く。

周りを見渡すと皆携帯をみている。

ゲームや動画、音楽を聴いているのだろう。

携帯を上手に操作できる歳でもなかった。

昔からずっと軽く目をつぶって、仕事の一日の流れを確認する時間にしていた。

いつもと同じように軽く目を瞑る。


新井商事との打ち合わせが9時半から、資料は田中に頼んでいるが

きちんとできているのか?朝一で確認しなくてはいけないな。


突然目の中に眩しいほどの光が差し込んできた。

目を瞑っているに、どうしたらいいのか。

周りにはどう映っているんだろうか。

確認したくても目を開くことができない。

目をこすってみるが感覚がない。


ゆっくりとその光は色を落としていく。

何が起こっているのか、わからなかったがとにかく大丈夫だなと感じた。


ふと小学校の自分が目の中に浮かんできた。

客観的にみた小学生の自分だ。

おお!いつも遊んでいた山!

そう僕は都会から少し離れた田舎に住んでいた。

山は僕の遊び場で、山の中を駆け巡って遊んでいた。

僕の家にいつも遊ぶ5人の友人が自転車で集まり、自転車で色々なところへ出かけていた。


いつも遊んでいた山の麓(入口)に僕が一人立っている。

何をしていたっけ?なんとなくこの風景覚えてるんだけどな・・・

町のほうから一人の女の子が歩いてくる。

光が邪魔をして顔がみえない。

そうだ!くみちゃんだ!

この日はバレンタインデーで、くみちゃんに確かチョコレートをもらった!

懐かしい!


くみちゃんの歩いている姿がどんどん大きくなっていく。

うつむきながら恥ずかしそうに、手を後ろに組んでゆっくりと歩いてくる。

僕は恥ずかしくて、近くにあった大きな木を蹴ってたっけ。


くみちゃんが言った。

「遅くなってごめんね。待ったよね?」

「いいや。大丈夫。なに?」

僕はくみちゃんのことが好きだった。


「今日、山で会える?」って聞かれた時は天にも昇る気持ちだった。

くみちゃんは恥ずかしいそうに後ろに隠していたチョコレートを僕に差し出した。

「作ったから食べて」

僕は受け取って言った。

「あっありがとう」

くみちゃんは恥ずかしそうに走って行ってしまった。


僕の初恋だった。

もらったチョコレートを幸せな気分で眺めていた。


「次は新金岡~新金岡」

突然現実に引き戻される。

目を開くとさっき乗った電車の中だった。


夢か・・・

少しリアルな、夢だった。

まるでその場に戻ったような匂いや、感覚があった。


僕は一瞬死んでいたんじゃないのか?

なんて思うとつい笑顔が出ていたのだろう。

目の前に立っている女性が不思議そうに僕を見ていた。


僕は慌てて立ち上がり会社へ向かうために電車を慌てて降りた。









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通勤中の奇跡 卑弥呼 @Lisa1978

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