1-7アウレリウスの一夜
住居が三〇軒、その他納屋や畑が並ぶ中規模な村。元の人口は百数十名程であったが、現在の人口は三万にもなる。
住居より遥かに多いテントが並び、それは荒れ果てた畑にも及び、そこから溢れた人々が焚火を囲んでバカ騒ぎしている。その人口のほとんどは粗野な男たちだった。元々の村人は既にいない。
今ここにいるのはクワドゥリ・アウレリウスが率いる異民族たちである。住居と畑しかない村だったが、現在は周囲に柵が張り巡らされ、簡素ながら櫓も備えてある。
アウレリウスは、冬季休戦中の駐屯地としてマスニアの農村を襲い、住居と食料を略奪していた。
村の中でもひと際大きな家屋――おそらく村長でも住んでいたのだろう――にクワドゥリ・アウレリウスがいた。
テーブルの奥に座り、村人が越冬の為蓄えていた野菜のスープに固いパンを浸して食べている。
「ファビオの様子は?」
食事をしながら同席する男――サラド・ルスカに問いかける。サラドは軍のほとんどを異民族で構成するアウレリウス軍において、数少ない同胞の一人だ。中でも彼は、幼い頃からの友人で、唯一アウレリウスに対して恐れを抱いていない稀有な人間であった。
「相変わらず覗き見がちらちら見に来るだけで変化なしだ」
サラドは仏頂面でパンを齧り、咀嚼し、飲み下してからアウレリウスに向き合った。
「夏の間でも付かず離れずで攻めて来ないのに、今は冬季だ。攻めてくるはずがない」
その口調にはイラつきが感じられた。連戦連勝であるはずのアウレリウス軍であったが、現状は好調とは言い難かった。
会戦となれば無敗のアウレリウスは無敗であるが、それも相手が応じなければ勝ちようがない。いくら挑発してもファビオは戦に応じず、小競り合いをしては退くことを繰り返していた。
「ったく……あの臆病者が執政官になってから一気にこの戦がつまらなくなった。こっちが挑発しようとも隙を見せようともまともにぶつかろうともしない!」
「こちらの嫌がることをしているのだ。それだけの名将ということなのだろう」
「クワやんは何でそんなに落ち着いていられるんだ? 本国からの支援もなければ、当初予定していた同盟離反の作戦も瓦解した。こうなりゃあ、マスニアの同盟国を直接攻め落とすしかねえぞ」
「ファビオの狙いがそれだ。城壁を攻めるには時間が掛かる。城壁とファビオの軍に挟まれれば勝ち目はない」
「クワやんだったら城門なんて一発だろう。そこそこの都市を落として腰を落ち着かせようぜ」
「できないことはないが、門を修理する間もなく市街地戦になるか、逆に町に閉じ込められるかだな。どちらにせよ被害甚大だな」
「俺らみたいな無頼漢は野を駆けずり回るのがお似合いってことか?」
「だが、確かにマスニアを攻め滅ぼす拠点は欲しいところだ」
「だよなぁ。こうやって村を襲って、食い物奪って、村人を奴隷商に売り払って……それだけでも嫌がらせにはなるが、それじゃあマスニアは落ちねえ。やっぱりでっかい拠点にどーんと構えて、一国の主として攻め落としたいよな」
「拠点とするのに面白いところがあると言ったらどうする?」
葡萄酒を飲みながらニヤリと笑うと、サラドは身を乗り出した。
「マジで? どこ?」
「マスニアの東門から徒歩一時間だ」
ブハッ、とサラドは吹き出し、腹を抱えて笑う。
「そいつは最高のロケーションだ。でも、そんな近くに都市があったか? ここみたいな農村とかじゃあ、拠点には無理だぞ?」
「都市でも農村でもない。学校だ」
「学校?」
「マスニア国立指揮官学校。要するにマスニアのボンボンが集まる学校だ」
「学校じゃあ、拠点にはならないだろ? それにこっちは二万人もいるんだぞ? 入る?」
「入手した情報によると、ご大層に城壁があるらしい。湖畔のほとりに位置して、湖から船を出せばマスニアにも行けるし、周囲には木材もある。軍事学校だけあって、広大な運動場と学生寮もある。今のテント暮らしよりはずっとまともな寝床になる」
「至れり尽くせりだねえ。なんだって、そんな急所になりそうなところに学校を造ったんだか」
「マスニアは千年近い歴史を自称する国だ。しかもここ百年以上はほぼ負けなしで、首都近辺まで攻められることもない」
「けどさ、結局その学校に閉じ込められちゃうんじゃあないの? 近い分兵力投入し放題じゃん?」
「その通りだが、まあ面白い物件だろう?」
「確かにそこを拠点にしたら面白いけどさあ……」
「ついでに、中にいる奴らはほとんどが貴族や金持ちの子供だ。人質にすれば同盟国への面目丸潰れの上、身代金も思いのままだ」
「もうちょっと旨いパンと酒が手に入るかな?」
「干し肉も食い放題だ」
「やろうぜ、クワやん!」
椅子を立ち、完全にやる気になったサラドをアウレリウスは手で制止する。
「まあ待て、サラド。実はな、もっと面白い作戦があるんだ」
「マジ?」
サラドの問いに、アウレリウスはコクリと頷く。
「干し肉食い放題よりも?」
再びコクリと頷く。
「この作戦はサラド、お前の働き次第だ。聞くか?」
サラドは再び椅子に座ると、アウレリウスの杯に酒を注ぎ足し、表情を引き締めた。
「勿論」
☆
「そんな簡単に行くのもんかね?」
作戦の概要を聞いたサラドは半信半疑という表情だった。
「上手くやるさ。そのためにも私は少し隊を離れる。その間の指揮は任せたぞ」
「そりゃあいいけどさ……」
「ファビオに勘付かれないよう、深夜に少数を引き連れてここを発つから、サラドは全部隊を引き連れ、私を追いかけろ」
「最初から全部隊で行った方が良くない?」
「この作戦は迅速に行う必要があるからな。少しでももたつけばすぐにファビオが追いつき、挟み撃ちに合ってしまう。私という釣り餌をより美味しく見せ、相手に食いついて貰わなければな」
「すっごい罠っぽいけど、食いつくかね?」
「食いつくさ。そういう奴だからこそ執政官になれたのだからな」
「なんか知っているっつうか、自分が選んだみたいな口振りだな」
「選んだわけではないが、仕込みはした。と言っても、息の掛かった者が選挙中に民衆を煽っただけだがな。報告では上手く行ったようだ」
サラドはほぉと感心する。
「知らない内に色々やってたんだなぁ」
「うん。知っとけよ」
「よっしゃ! なんだか行けそうな気がしてきた! やろうぜクワやん!」
再び椅子から立ち上がり、サラドはやる気を見せると、アウレリウスは笑いながら言った。
「ならば出発の日取りだが、近々雨が降りそうだ。視界の悪い日に出発すれば少しはファビオの目も眩ませられるだろう。日が昇る前に静かに兵をまとめて出発するのだ。ルートはある程度絞ってあるから詳細については打ち合わせるぞ」
「了解だ。とりあえず、今日のところは……」
サラドは杯を掲げるとニヤリと笑った。
「飲もう!」
アウレリウスも釣られて笑い、サラドの杯に酒を注ぎ足した。
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