1-6訓練と三角関係
レスティヌがメリダに訓練をするようになってから二週間が過ぎていた。相変わらず通常の射撃訓練では他の生徒に劣るものの、教師も以前のような激しい叱責はしなくなっていた。
授業後には毎日レスティヌが超長距離射撃の訓練を見ている。とは言っても通常授業後なので、手加減しても一日二射が限界で、教えて、撃って、また教えてを繰り返しても三〇分も掛からない。教えることも最初の一週間でなくなってしまった為、今は徐々に的の距離を伸ばして、唱える呪文の試行錯誤くらいしかしていない。
彼女も成長したもので、初めのうちはレスティヌの一方的な助言のみであったが、今では討論形式でお互いにアイデアを出し合うようになっていた。
「やはり槍をイメージすると速度も射程も落ちるようだ。的には当たっていなかったよ」
遥か遠くに置いた的の様子を確認したレスティヌは戻りながらそう言った。
「うん。的の二〇メートルくらい手前で消えたように見えたよ」
メリダが答えると、レスティヌは驚いた体を見せる。
「君は相当に目が良いらしい。私には最後まで追うことはできなかったよ」
「やっぱり遠くを狙い撃つとなると矢の方が合っていると思う」
「私も速く、遠くにとなると矢以上のものは知らない。しかし、威力が乏しい気がする。矢の軽いイメージに引っ張られているのではないだろうか?」
「うん。矢も遠くに飛ばすとなると山形になるし、私の魔法とずれている感じはあるかも……。やっぱり具体的な言葉は止めた方がいいのかな?」
「いや、それは早計だろう。矢や槍などの具体的な言葉でイメージを紡ぐのは下手に『速く』だとか『強く』だとか唱えるよりも強力だ。事実、矢という言葉を取り入れてから魔法発動までの時間を短縮できたし、飛距離も伸びた。方向性は変えずにより適した言葉を探すのが良いのではないか?」
「例えば?」
「鳥等はどうだ? 鷹や隼が獲物を狙う時は相当に速いと聞く」
「矢より速い?」
「獲物を捕らえる瞬間というものを見たことがないのでわからない。だが、力強くはあるし、矢よりも遠くに飛ぶ」
「いまいちイメージが沸かないかも。それよりも矢と槍を両方混ぜるのはどう? 今回のは距離は短かったけど、近距離なら威力が上がった気がするし」
「イメージの違うものを二つ混ぜるのはイメージが崩れる可能性がある」
「確かに……」
うぅん、と唸りながら二人とも考え込む。ふとレスティヌが思いつき、言う。
「いや、もしかしたらイケるかもしれないな」
「本当?」
「矢のように速く、槍のように強く、石のように固く、のように曖昧な言葉に具体性を持たせつつ、具体的なイメージを限定することで単純な言葉よりもイメージしやすく決定的にイメージと言葉がずれずに済むのではないか?」
なるほど、とメリダは感心した。
「でも、思ったとおりに効果が出るかな?」
「複数の具体例を入れたことはないが、期待はできる。明日試してみよう」
「うん。今日はあまり魔力が残っていないし」
「いつも遅くまで感謝する」
深々と頭を下げるレスティヌにメリダは困惑する。
「そんな、感謝をするのはこっちの方だよ。色々教えて貰っているし、まだ全然ダメダメだけど、授業でもあまり怒られなくなったし」
「そう言って貰えて素直に嬉しく思う。実は嫌々付き合ってくれているのではないかと心配していたのだ」
「そんなこと思うわけないよ!」
つい声が大きくなり、メリダははっと口を紡ぐ。
「感謝しているのは本当だから。あの、だから、明日からもお願いしてもいい?」
「ああ。もちろんだとも」
レスティヌが答えると、メリダは満足そうに笑った。
「それじゃあ、また明日」
手を振り、メリダはその場を離れる。レスティヌはそれに応えるように手を振り、彼女を見送った。
メリダが角を曲がり、見えなくなるとタイミングを見計らったかのように――実際見計らっていたのだろう――物陰からラティーナが姿を現す。
「一緒には帰らないのね?」
「なんだ、見ていたか?」
「ま、まあ、たまたまね。うん。偶然通りかかっただけ」
見え透いた嘘を吐くラティーナに、レスティヌは若干呆れながらも会話を続ける。
「偶然通りかかったのなら君も入ってくれば良かったのに。君も勉強になるぞ」
「できないわよ、そんなの」
「確かに、中途半端な状態で混ざってもまともに会話に参加することは難しいだろう。それであれば聞き役に徹して有益な情報を入手しようとする君の考えもわかる」
「ああ、まあいいわよ、それで」
的外れな意見に、今度はラティーナが呆れる番だった。
「それで、随分と仲良くなったみたいね。あんなに話す彼女、初めて見たかも」
「ああ、関係は実に良好だ。思いの他訓練にも協力的で、よく話を聞いてくれる。最近では意見の交換が活発でこちらも勉強になることが多いくらいだ。今は授業の内容のせいで評価は低いが、この調子で能力を向上させ、積極的に会話できるようになれば学友と教師の両方の評価が一変するのもそう遠くないだろう」
「そ、そう」
勢いよく話すものだから、ラティーナは少し引き気味にそう言った。
「レスティヌって、メリダみたいな子が好みなんだ?」
「好み? 好みで言えばラティーナが一番だ」
「ふぇっ?」
不意打ちで言われ、ラティーナは顔を真っ赤にする。夕日で顔を誤魔化しながらそれでもラティーナは尋ねる。
「ふぅん。ちなみに、どんなところが……?」
「まず一番は、ラティーナとの会話が最も楽しいことだ。戦術にしろ魔術にしろ広い知識を持っていて、それを論理的に話すことができる。この私と高次元に会話できる生徒はそうはいない。知識としては私の方が多く持っているが、知らないことに関する質問が実に的を得ていて、こちらとしても話し甲斐がある。更に、体力的にも魔術的にも才能があり、家柄もいい。容姿もよく、ともすれば学友の中では嫉妬されるような立場であるにも関わらず男女問わず同年代からの人望も厚い。これは君の内面の美しさによるものだろう。また、その才覚を鼻に掛けず、人一倍努力する真面目さも素晴らしい」
「も、もういい! わかったから!」
次々と出てくる誉め言葉に慌ててラティーナは制止する。体温が一、二度高くなったような気がし、ラティーナは自らの顔を扇ぐ。しかし、それに構わず、レスティヌの話は続く。
「今だってそうだ。授業後にわざわざ我々の様子を見に来たのも訓練方法を見て、自分の糧とするためだろう?」
「え?」
「ん?」
「あ、ああ。そうそう! 敵情視察みたいなことが恥ずかしくて隠れて見ていたけど、そういうこと!」
的外れな意見だったが、今はそれがありがたく、ラティーナはつい便乗する。確かにその考えも僅かではあったが持っていた。
「メリダの一撃、正直凄かった。総合的な魔力量は私の方が上だけれど、私にはあの魔法は撃てそうもないもの。どんな訓練でメリダを伸ばすのか、興味があるわ」
そうだろう、とレスティヌは頷く。どうにもレスティヌは歯の浮くような言葉を女子に浴びせる割には思考回路の大半が魔法の強さに持っていかれているようだ。
「それで、彼女はどうなの?」
「最っ高だ!」
「へ、へえ……」
即答され、ラティーナはやや気圧されつつ続きを促す。
「呪文を変えると魔術の特性が素直に変化される。これは彼女の性格そのものが素直なのだろうな。こちらの意図を真綿が水を吸い込むように吸収していく。今は最適な呪文を掴む為、魔力を控えめに使わせているが、それでも距離による魔力減衰が驚く程少ない。先日など、三〇〇メートル先の的の中央に見事に命中させた。しかも彼女は目が良い。粒ほどにしか見えない的を正確に狙い命中させることができるのだ。的の中心を外したときも、一センチメートル間隔でずれを指摘した。それは撃った彼女自身の感覚にもよるのだろうが、感覚と実際にずれがないというのも驚くことだ。弾道を正確にイメージする力もかなり高いと言っていいだろう。現在は撃つための時間が掛かることと、彼女自身が集中し、力を溜めるための環境を整えなければいけないところが弱点だが、威力、飛距離、視力、全てが高次元なことを考えれば実に些細なことだ。彼女はまさに理想的な狙撃手と言える!」
「あ、うん。ご高説ありがとう」
なんとなく自分を褒めていたときよりもテンションが高いように感じられ、ラティーナの心象は複雑だった。あくまで魔術的な特性という点での話だと自分を納得させ、話を続ける。
「呪文はどういうのが効果があったの?」
「そうだな、言葉は一定以上重ねたところで効果が薄くなる。矢や槍等、具体的な言葉をイメージすると効果が上がりやすい。呪文ではないが、掌を開いて前に出すよりも指一本を目標に向けると小さいが速く貫通力のある魔術が撃てる等が基本だな。後は同じ言葉を唱えても、唱える人によって効果が変わるらしい。私は投槍をイメージすると威力が上がりやすいが、メリダにとってはいまいちだった。彼女にとっては矢をイメージした方がより綺麗な軌跡を描き、また命中精度も良い。光弾を大きくすると短距離での威力が上がるがその分弾速と飛距離が落ちることもメリダと訓練することで再確認できた。私の魔力量ではそこまで顕著な差ができないから、知識としては知っていたが彼女のように一発の魔力量が大きいとよくわかる。魔力量と言えば、五分以上掛けて最大限に言葉を重ねた時に、魔力消費量ばかり増えて威力が全く上がらない不思議な現象があった。魔力の使用限界を超えると起きるのだろうが、これに関してはまだ検証が必要だ。さらに――」
予想を超える情報量を一息に聞かされ、ラティーナは戸惑う。
「あなた、こんなことを毎日メリダに話しているの?」
「勿論だとも。彼女は良い生徒だ。一度で全てを覚えることは難しいだろうが、それでも必死に食らいついてくれる。最初は聞くだけだったが、質問や意見も増えてきたし、私はもしかすると教師に向いているかもしれない」
「あ、なんとなくわかってきたわ」
レスティヌはとにかく弁が立つ。もしかするとメリダが意見を言うようになったのは、延々と続く演説を止め、どうにか話が縦横無尽に広がるのを防ぐためではないだろうか。訓練で疲れているところに延々と続く話をされるところを想像すると、メリダが少し可哀相になってきた。
「とりあえずあなたは教師に向いていないと思うわ」
「何故だ!」
レスティヌは今日一番の驚きを見せた。
「現に彼女は目覚ましい成長を続けている。書物や経験から広い知識を持ち、丸一日だって魔術に関する弁舌を震える自信がある。その私が教師に向いていないだと?」
「うん」
「まったく、理解に苦しむな。その理由を教えてもらおうか」
「えっと……なんて言えばいいのかな。話が長い」
「随分と端的だ」
「そのくらいでいいのよ。大体、去年まではそんな尊大な話し方していなかったじゃあない。どちらかと言えば口数も少ない方だったし。今では結構慣れたけど、最初の頃はどう接していいのかわからなかったわよ」
まくし立てるように言われ、レスティヌは僅かに怯む。
「こ、これも練習の成果だ。来る執政官選挙、そして就任の演説のため、より遠くに、より多くの民衆に私の声を響かせなければならない。そのために執政官の演説を最前列で聞き、裁判に足を運び、書物で多くの英雄の言葉を学び、朗読したりもした。その私の言葉を『長い』の一言で片付けられては気落ちしてしまうではないか」
「なんだか、情けないことをはっきりと言われるのも違和感があるわね。あと、執政官は気が早すぎじゃあない?」
「そんなことはない。五〇万を誇るマスニアでたった二人しかなれないのだ。毎年一人ずつ入れ替わるとはいえ、優秀な人物が現れれば何年も独占される可能性もある。そのような狭き門を潜ろうというのだ、準備に早すぎることはない。ましてや私には家柄という武器がない。父親に金はあるが、最終的にはそのほとんどが兄のものになる。その条件下で執政官になるには、この学校をトップの成績で卒業することは勿論、それまでにこの学校に所属するあらゆる貴族たちに名前を売らなくてはいけないのだ。声がでかい、話が長いなど誉め言葉だ。私の声を、言葉を一言でも届かせ、心に刻み込めるのなら悪名だろうとなんだろうと引き受けようではないか!」
やたらと芝居がかったはっきりとした言葉は、まるでラティーナに向いていないように聞こえた。もしかすると実際そうなのかもしれない。ラティーナの問いに答えると同時に、どこで聞いているかわからない誰かに向けて話しているのだろう。ただ――
「どこを見て話しているのよ、あんたは」
虚空を見詰めて話すレスティヌは傍から見て滑稽だった。
「遠くに響く声は遠くを見ないと出ないものだ。君も民衆の前で話してみると良い。近くの衆目ばかりを見ていると、自然と声が小さくなってしまう。全ての民衆に届かせるのではない。空だ。この天全てに響かせるように雄大に話すのだ!」
凄いと思いながらも、ラティーナは半分呆れてしまう。この男は、自分が一言話すのに、一体いくつの言葉で応えているのだろう。それを淀みなく、当たり前のように話せているのは練習の成果なのだろうか。一言で才能と言ってしまうには失礼な気がした。
「結構考えているのね」
「当然だ。私は夢の中も含めて、考えるのを止めたことがない。いくら私でも寝ているときは訓練はできないし勉強もできない。体力には限界があり、休息も必要だ。しかし、頭だけは休めない。常にどうすれば強くなれるのか、より高みを目指せるのか、漠然としたものではなく具体的なアイデアを出し続け、実践し続け、失敗し、また繰り返してきた。そしてこれからも繰り返していくのだ!」
頼むからもう少し私に話させてくれ、とラティーナは思う。しかし、その長い話に参考になる点はいくつもあった。本を自分で読むよりも頭に入ってきやすかった。
「私も参考にさせてもらうわ」
「そうすると良い! 君がより強くなると私も張り合いが出るというものだ!」
この物言いさえなければなあ、とラティーナは思いつつ、はいはいと呆れ気味に答えた。
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