1-4疲れ切ったレスティヌ

 太陽は西に傾き、東の空に一番星が光っていた。

 全ての授業が終わった後のグラウンドは閑散としている。授業後に自主的な練習をする者はそれなりにいるが、今は夕食の時間だ。学生が最も楽しみにしていると言っても過言ではない時間に練習をする者など一人もいなかった。

 そんな誰もいないグラウンドで、ただ一人地面に突っ伏している人物がいた。――レスティヌ・マグナである。

 彼は今日の授業で魔力を使い果たし、授業が終わると同時に倒れてしまった。魔力が全体の三割を切れば四肢の怠さや節々の痛みが感じられ、動きが急激に鈍る。それでも気力を振り絞れば歩いて戻ることもできるのだが、魔力の欠乏による体調変化はその気力を奪ってしまう。今は食欲よりも休むことが優先されていた。

 当然その原因となったエネアスは、寮まで送ろうとしたのだが、それすらも億劫で、レスティヌは断ってしまった。

「だ、大丈夫?」

 今の時間帯に人がいることに驚きつつ、レスティヌはうつ伏せのまま頭を動かし、確認した。

「メリダか」

 なんとか身を起こそうと腕に力を入れ、頭を上げるが無理だった。

 それほど力が衰えているわけではない。別の事情だ。

 彼女は授業が終わったにも関わらず、運動着のままだった。さすがに冷えるのだろう、外套を一枚羽織っているが、羽織っているだけで、前は開いている。運動着は通常白色の短衣のみである。普段着で着る分には膝下まで丈があるのだが、動きやすさを考慮して、奴隷とほぼ同様の、膝上のものを普段着用している。見上げると彼女の細い太腿の内側まで見えそうで、レスティヌは再度顔を突っ伏した。

「なんでこんなところに?」

 地面に向かってしゃべるものだから、レスティヌの声はくぐもって聞こえた。問いかけにメリダは答える。

「あ、うん。ちゃんとお礼言えなかったから……改めてお礼を言おうと思って」

「お礼? むしろこちらが謝る立場だと思っていたのだが……」

「そんな。ダメダメな私をパートナーに選んでくれて、その上勝たせてくれたんだもの。やっぱりありがとうだよ」

「勝ったのは君のおかげだ。私一人の力で勝ったわけではない」

「えぇっと……むしろ上手く使ってくれて……というか、活躍の場面を与えてくれたのが嬉しくって……。私のこと、私以上に理解してくれていたっていうか……」

メリダが傍らに座る。レスティヌにその姿は見えていなかったが、声の聞こえ方や雰囲気でそのくらいはわかる。

「ふむ。前々から君には目をつけていた。君は時々放課後に自主練習をしていただろう? その時から君の魔法的な特性にあたりをつけていた」

「そうなんだ。じっくりイメージを固めて言葉を紡ぐ、それだけであんなに凄い魔法を撃てるなんて思わなかったよ」

「私も思わなかった」

 間髪入れずそう答えるレスティヌに思わずメリダはぷっと吹き出す。

「ところで、何時までその恰好でいるの?」

「む……」

 言われてレスティヌは再度腕に力を籠め、顔をメリダに向けた。そこには思いの他近くにメリダの太ももがあった。レスティヌは三度突っ伏し、言った。

「すまない。まだ無理そうだ」

 頭の位置は変わらないが、腰は少し浮いていた。メリダはその奇妙な恰好に疑問を持ちはしたが、それ以上は何も言わなかった。レスティヌもそれ以上は突っ込まれたくないので、話を強引に戻した。

「だが、まあそんな基礎は君も知っていただろうが、君は特別に時間が掛かるらしいな」

「うん。皆と違って才能がないのかな?」

「私には君と同じだけの威力は出せないし、君より遠くに魔法は飛ばせない。君に才能がないのなら私はゴミか?」

「ええ? ご、ゴミじゃあないよ」

「君は他の者たちより時間が掛かるのに、他の者たちに合わせようとし過ぎなのだ。もう少しマイペースでやっていれば、今頃ラティーナにも負けない魔術師になっていたかもしれないぞ」

「買い被りすぎだよ」

「いや、魔法というのは使えば使う程に発動は早くなるし、詠唱を省略した際の威力減衰も小さくなる。君は誤った方法で使っていたから一向に成長がなかっただけで、これからの練習次第であの威力の魔法を連射することも燃費を向上することも可能だ」

「う、うん……」

「そこでどうだろう! 君さえよければ私が特訓をしてあげようではないか!」

「え……?」

「君の特殊な才能は通常の授業では伸ばしきれない! ならば授業以外でその特性を伸ばしつつ、授業内容にもついていけるように別の指導者が必要だと思うのだ! 遠慮はいらない! 君の成長を通して、私も成長できるし、何より私の目的のためにすべきことをしたいだけなのだから!」

「はあ……」

 勢いに任せて言ってみたものの、彼女の返事は歯切れが悪い。

「すぐに返事をしろとは言わないが、考えてほしい」

「う、うん。ありがとう」

 声色を聞くに、あまり感触はよろしくなかった。突拍子がないというのも理由の一つだろうが、やはり一番の理由は今のレスティヌの姿勢のせいだろう。やはり目を見て話さなければいけない。というよりは、地面に額をつけた状態では何を言っても冗談にしかならない。

「ん……」

 乾いた風が吹き、彼女が寒そうに肩を抱く。上着すらも着ていないレスティヌは余計に寒かった。

「冬も終わりとはいえ、まだ寒い。早く部屋に戻ったほうがいいぞ。スープが冷めてしまっては美味しくないだろう」

「レスティヌこそ、そんな恰好で寝ていたら風邪引くよ」

 確かに、とレスティヌは今度こそ身体を起こす。――できる限りメリダを見ないように。

「まだ少し怠いが、食事をする元気くらいは出たかな」

 レスティヌは服についた砂を払い落としながら言った。

「私が戻らねば、君もいつまで経ってもここに留まりそうだしな」

「そんなこと……」

 両手をぶんぶんと振り、否定するが、実際に彼女は戻り際を失ってそうだった。

「女子は別だから途中までになるが、一緒に戻ろうではないか」

「うん」

 レスティヌに手を引かれ、彼女は立ち上がる。

「訓練については考えておいてくれ。若輩者に任せるのは不安かもしれないが、力になろう」

 今度は目を見て力強く伝えた。彼女は今度は真剣に考えておくと返事をした。

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