1-3魔法の解説と授業風景

 国立指揮官学校の授業は多岐に亘る。

 午前中は主に学業。歴史、数学、外国語、戦術、魔術の座学を行う。アウレリウスとの戦争は、マスニア史上最悪の出来事であると同時に、学生にとっては最高の教材であった。学生達は、講義の内容を木に蝋を塗り固めた板に一心不乱にメモを取る。紙は貴重である為、授業には使用せず、授業が終わった後に重要な部分のみを抜き出し、清書する。蝋板は、清書が終わった後にメモの内容を消し、翌日の授業に控えるのが日常であった。

「三月になれば新しい執政官の元、出陣式が執り行われる。それと同時に、君達も新しい学年へと進学する。今は全員Cランクであるが、そろそろBランクへと進む人もいるだろう。この中にBランクの魔法が使える者は挙手しなさい」

 教師の言葉に、学生の半数以上が手を挙げる。中でもエネアス・アッサロイの勢いは手の長さも相まって、目を見張るものがあった。

「では、アッサロイ。Bランク魔法の定義を答えなさい」

「はい」

 指名され、エネアス・アッサロイは立ち上がる。

「急所を防御した成人男性一名を殺傷可能、または五メートル以上の距離からCランク魔法防御を打ち破り、相手を負傷させることができる、です」

「その通りだ。しかし、Bランクの魔法が使えたからと言って、Bランクの魔術師と認められるわけではない。魔法は時間を掛けて、言葉を重ね、イメージを固めていけば威力は増す。しかし、一度魔法を撃っただけで魔力が尽きるようでは実戦では使えない。Bランクの魔法をあらゆる状況で適切に使えることが最低条件である。君達はこれから、このBランクを目指し、より応用的な魔力運用を学んでいく必要がある。卒業までに何人の者が到達できるかはわからないが、最終的にはAランクに到達してもらいたい。アーキオ、Aランクの魔法の定義を答えなさい」

「はい」

 指名され、ラティーナ・アーキオは立ち上がる。

「二人以上、一〇人未満の成人男性を一度に殺傷可能、またはBランクの魔法防御を打ち破り殺傷可能であることです」

「その通りだ。ちなみにAランク以上の魔法をSランクと位置付けている。また、Cランクは無防備な成人男性を負傷、もしくは当たり所によっては殺害することができる、Dランクは、最低限の魔法が使用できることが条件だ。魔術師のランクとしてのAランクからCランクまでは試験要綱等が決められているが、Sランクの魔術師には戦争による実績と元老院からの認可が必要とされる為、君達がどれほど優秀でも卒業までにSランクになることはできない」

 教師が声高らかに説明するが、メモを取っているのは一部の生徒のみだ。入学初年度からこのヒルズという教師はランクに関する説明を何度か行っている。エネアスやラティーナでなくてもほとんどの生徒は質問された内容に答えられる。

 レスティヌは話を聞きながらも、正直早く授業を進めて欲しいと思っていた。立身出世していく上でランクが重要なのは理解しているが、さすがに聞き飽きている。早起き、運動、朝食に続いて退屈な授業とくれば、些か眠くなってくるというものである。

「ふぁ……」

 小さく欠伸が出てしまい、しまったと慌てて口を押える。聞こえてしまったか、先生の弁舌がピタっと止まる。

「マグナ、私の講義は退屈かね?」

 失敗したな、そう思いつつレスティヌはしぶしぶと立ち上がる。

 元々レスティヌはヒルズのことが好きになれなかった。自分で様々な本を読んでいる自分としては、いまいち新しい情報を与えてくれないということと、純然たるマスニア人でない自分に対して厳しく当たるのが理由であった。

「現在の講義の内容は一度目でしっかり頭に刻み込みましたから」

「では、我が国で現在Sランクに登録されている人数を言ってみなさい」

「六人です」

 そう答えるレスティヌに教師は怪訝な顔をする。

「一人多いようだが?」

「ああ、ロメスト先生はまだ登録はされていないのでしたね」

 その言葉にヒルズの眉がピクリと吊り上がる。

「奴隷である彼をSランクと同列に語る等ふざけた発言は控え給え」

 彼は排他的な人間である。マスニアを至上のものとし、身分に拘る性格をしていた。また、自身の魔術師としてのランクがBランクで止まっていることから魔術師のランクに対してもコンプレックスがあり、魔術師として優秀なデキウス・ロメストを引き合いに出されると機嫌が悪くなる傾向にあった。

「しかし、資格は十分にあると思います」

「確かにデキウスは魔術師としては優秀だが、マスニアに負け、奴隷に落ちた身だ。執政官と同様に名誉あるSランクの資格があるわけがないだろう」

「マスニアに負けたのはロメスト先生が指揮していなかったからでしょう。そもそもロメスト先生は不戦主義でした。それを勝手にマスニアに戦争を吹っ掛けて、勝手に負けて都市人口全員が奴隷化されそうになったところをロメスト先生一人の隷属で許されたのではないですか。都市人口全てと等価な人間なんて、マスニアにもいるはずがない!」

 レスティヌはデキウスのことを尊敬している。これまでの実績も勿論だが、度々教えを乞う際も言葉全てに理がある。まず間違いなく一番の目標とすべき人物であった。

 つい熱く語るレスティヌに、ヒルズの機嫌が一段と悪くなる。

「随分とデキウスの肩を持つのだな」

「先生方には一定の尊敬を持つのが当然のことかと思います」

 更にヒルズの眉がピクピクと震える。レスティヌには彼の考えている事がわかるようだった。「では、自分にも尊敬を持て」と、そう言いたいのだろう。

「そうか、君も……君の父君もマスニア人ではなかったのだったな。同じ外国人として仲が良いのだろう」

「父は確かに二〇年前にマスニアに移り住み、市民権を持っていませんが、私はマスニアに生まれ、市民権を持っています。法律上、年齢と経験を積めば執政官にもなれます」

「マスニアで生まれたというだけで、マスニア人を語る等私は認めんよ。ましてや偉大なるマスニアの執政官を外国人が執り行う等あり得ない話だ」

「偉大なるマスニアが作った法が間違っていると言いたいのですか?」

 ヒルズの肩がプルプルと震える。レスティヌとしても穏便に済ませたい気持ちはあった。しかし、どうにも感情的になり、穴だらけの理論を展開されてしまうと、ついその穴を突きたくなってしまうのだ。隣を見ると、ラティーナが呆れた様子で頭を抱えていた。

「もういい! 座り給え」

 レスティヌは返事をし、着席する。

「あんたは、何で無駄に怒らせているのよ」

 ラティーナが小声で話し掛ける。それに応じ、レスティヌも小声で返す。

「つい。デキウス先生の話題を振ると、怒りそうなのはわかっていたんだけどね」

 ヒルズは講義を続けるが、相当に苛立っているようで、声が一段と荒い。

「先ほど説明した通りに、魔術にはランクがあり、またそれを使用する魔術師にもランクがある。これは諸君らが官職に就いたり、軍に編成される際にも大いに参考にされる為、上げておくにこしたことはない。試験を受けなければランクが上がることはないが、実力を隠すメリットはないと心得なさい。また、現在法により定められたランクの他、封印指定といういわゆる別枠が存在する」

 今まで講義したことの内容だ。レスティヌは思った。内容自体は知っているが、新しい内容ともなれば、食いつくように話を聞く準備をする。周りの生徒も一文字も書いていない蝋板を取り出し、メモを取る準備をする。

「それではウェルス、封印指定に関して説明しなさい」

「え、は、はい……」

 指定され、教室の後方に座るメリダ・ウェルスが立ち上がる。彼女の顔にははっきりと困惑の表情が見て取れた。それも無理のないことであった。なにせ、問いの内容は今日初めて講義するのだ。たとえ聞いたことのある内容でも、質問が漠然とし過ぎているため、はっきりと答えるのは難しいだろう。特にメリダは内気ではっきりとした意思表示が苦手な女性だ。定型句的な回答を持たない問題に対しては答えにくいだろう。案の定、立ち上がったはいいものの、おろおろと狼狽えるばかりだ。

「あの……えっと……」

「どうした? わからないのか?」

「えっと……その……」

「わからないのなら、はっきりとそう言い給え。確かに封印指定に関しては詳しく抗議をしていない。しかし、教えられたことだけを学習することが勉学ではない。学生として常に探求心を持ち――」

 ヒルズに叱られ、彼女は肩を落とす。これは完全な八つ当たりだ。そして、その原因は間違いなくレスティヌであろう。ヒルズは半ば涙目になっている彼女に延々と説教を続けていた。

「魔術師とは、本来魔力の低い段階から練習や研究を重ね、強くなっていくものです。子供の時の魔力量やその後の成長に個人差はあっても、幼少時から魔術を使える人はほとんどいません。しかし、ごく稀なことながら赤子や幼少期から強い魔力を持つ者が生まれてきます。そういった子供は、その後の成長も著しく、一般の魔術師では対応が難しい場合がほとんどです。過去の歴史を紐解くと、この封印指定一人の力によって、村や都市が滅ぼされた伝承が残されています」

 ヒルズの説教を遮り、レスティヌは立ち上がり、声も高々に喋り出す。彼に八つ当たりをさせた責任はレスティヌにある。その責任を取って、むしろ火に油を注ぎ、矛先を完全にこちらに向けようという考えだった。

「突然なんだ、マグナ。君には聞いていない。座り給え」

 ヒルズが制止するが、レスティヌは構わず続ける。 

「多くの不幸を生み出した結果があることから、そういった子供が生まれてくることは望ましくなく、封印指定は厳重な監視体制に置くべきという意見が多くあります。その為、封印指定という不名誉とも言える名称が付けられました」

「もういい。正解だ。わかったから座り給え」

 しかし、レスティヌは止めない。少々興が乗り、声も段々と大きくなる。

「一説によれば、建国の祖、レグルスも封印指定とされている。勿論当時は封印指定などという概念もなく、単に魔力が強く、戦争になれば負けなしであっただけなのだろう。また一〇〇年前の英雄、セレニウスは自らのことを封印指定だと言い、常に前線に立って戦った! 封印指定は強大な力を持ち、危険な存在であるが、必ずしも忌避するべき存在ではない! 全ては個人の性格によるものなのだ! しかし、当世においては恐ろしい存在として心に刻みつける必要がある。それはこの段階になって何故ヒルズ先生が封印指定について講義を始めたかと関係している! 今、我々を苦しめているクワドゥリ・アウレリウスもまた封印指定の疑いがあるのだ! その危険性を諸君らにも知ってもらう為に、ヒルズ先生は今封印指定について講義をしてくださっている!」

「もういい! 座れと言ったのだ!」

 いつにも増して激しい声が教室に響く。

「申し訳ありません。少々興が乗ってしまいました」

 レスティヌが再び席に着く。おお、と感嘆の声を上げる生徒と、ラティーナのようにこの後が怖くて頭を抱える生徒の両方がいた。

「邪魔をして申し訳ありません。それでは続きをお願い致します」

 生徒たちの注目がこれまでよりも強くヒルズに集中する。実際、封印指定に関する内容はほとんど伝承のようなもので、詳細な情報はないに等しい。レスティヌが話した内容以上を語れと言われても推測がほとんどである。

「……本日の講義はこれまでだ。各自、封印指定に関しても勉強しておくように」

 しばらく沈黙した後、ヒルズはそう言い残して去っていった。

「あんたねえ……」

 隣に座っているラティーナが頭を抱えたまま話し掛けてくる。

「これ以上嫌われるようなこと言ってどうするつもり?」

「確かに講師を敵に回すのは望ましくない。しかし、学生に言いくるめられて八つ当たりをするような講師だ。問題ないだろう」

「それでも先生の評価は今後を左右するわよ。学内で行われる魔術戦技だって、限られた代表者しか出られないのに、嫌われたらそれもできないのよ。特にあなたは魔力量が低くて、実力があっても評価は低く見られがちなのに」

「確かにそれは困る。しかし、そこに私情を挟まれないほどの実績を残せばいいだけだ。何、普段は勤勉で通っているのだ。ヒルズ先生が敵に回ってもそれ以上に味方に回ってくれる先生はいる」

「それはそうなんだろうけどさ……」

「あの……」

 二人の会話に割り込んで、メリダが声を掛ける。身長は低く、女性では金髪の長髪が多い中、短めの黒い髪が印象的な少女であった。声を掛けたはいいものの、中々本題を切り出さない彼女に、レスティヌは向き直り、話を促す。

「あ、あの……さっきはありがとう……」

「感謝されるようなことではない。元々はこちらが怒らせてしまったのが原因だ」

「そうだよ、メリダ。むしろレスティヌが謝るべきなんだから。多分色んな人にとばっちりが行くんだから」

「上手くいかないからと言って、八つ当たりをしていい理由にはならないのだから、非難すべきはヒルズ先生であろう」

 横槍を入れたラティーナに反論するが、彼女はぎろりとレスティヌを睨む。

「いいから謝っておきなさい」

「申し訳なかった、メリダ。正式に謝罪しよう」

「そ、そんな……。答えられなかった私が悪いんだし……。それにしても、さっきの説明、凄かった」

「ありがとう。お望みとあらば、いつでも披露しよう。聞きたいことがあれば何でも聞くがいい」

「う、うん。そのときはお願い」

「約束しよう」

 そう告げると、彼女は再度礼を言い、立ち去った。手を振るレスティヌを、ラティーナは不機嫌そうに見て、言った。

「ふぅん。お優しいのね?」

「当然だ。私は誰にでも優しい。全ての民に優しさと愛を振りまき、やがて全ての民に愛される男となるのだから」

「全ての? 好みの女性限定ではないの?」

「否定はしないが、男にもたまには優しくするさ」

「否定しなさいよ」

「しかし、君ほどではないが、彼女が素晴らしい女性であることは認めるところではある。君のように身体に恵まれているわけではないが、容姿は端麗だ。君に等しく周囲に目を配り、配慮する心を持っている。君ほどではないものの、彼女の魔力的な才能も高い」

「なんか、いちいち私を引き合いに出されているのが気に掛かるわね……」

 メリダを褒めているのか、自分を褒めているのかわからない口振りに、複雑な表情を浮かべながらラティーナは言った。

「それに魔力的な才能って、彼女は女子の模擬戦でもほとんど勝てていないわよ」

「それは引っ込み思案な性格のせいであろう。私は特に彼女の射撃能力には一目置いている。私や君のように万能なタイプもいれば、彼女のように一芸に秀でた人間も必要だ。とはいえ、模擬戦のような一対一の状況では、得てして不利になりやすいがね」

「あんたは万能というよりも器用貧乏でしょうが」

「器用という言葉以外は聞こえなかったな」

「ある意味器用な耳ね。でも、そのよく回る口は案外不器用ね」

「そんなことは初めて言われたぞ」

「あんたの誉め言葉、本人に丸聞こえよ」

 レスティヌが後ろの席を見ると、メリダが顔を真っ赤にして俯いていた。


 学校での生活は、早朝のランニング、午前の座学、午後の体育、魔術訓練、そして最後に学生同士の模擬戦が一般的であった。その他にも午後の時間全てを使用した演習等も行われるが、レスティヌの学年ではごく稀にしか行われない。

 今は体育の中でも格闘技の授業だ。男子限定の授業で、女子は順番に短距離走をしては、合間に男子の格闘技を見学していた。女子の視線もあり、男子たちはペアを作り、いつも以上の気合で格闘に臨んでいた。

 レスティヌとエネアスも例外ではない。

 一目見て、レスティヌが不利だとわかる体格さであった。エネアスの拳をまともに食らえば、恐らくは一撃で倒されてしまうだろう。エネアスは魔力戦以上に格闘で優秀な成績を修めている。この場合はむしろレスティヌの方が挑戦者であった。

 レスティヌは小刻みにステップを刻み、一定の距離を保ちながら、左拳でエネアスを攻撃する。ダメージ自体は小さいが、相手との距離を測り、確実に顔面を捉える。

 エネオスが掴み掛かるが、横方向に逃げ、着実にダメージを与えていた。エネアスは左ジャブを嫌がり、防御を固めるが、裸拳相手では、全てを防げるわけはなく、何発かは貰ってしまう。

「くそっ、チマチマと……!」

 エネアスが悪態を吐くが、レスティヌはスタイルを変える気はない。掴まれてしまえば終わる状況で、距離を取る以外にレスティヌに手段はなかった。

「だぁ!」

 エネアスが腕を振り回す。レスティヌは大きく後ろに飛び、避けるが、次の瞬間後悔した。目の前のエネアスの姿勢が低い。

 着地と同時にエネアスが飛び掛かってくる。巨体に似合わぬ低空のタックルがレスティヌを襲う。レスティヌは素早く足を後ろに引き、エネアスの身体を上から抑えるが、エネアスは片手を地面に着いただけで倒れなかった。

 エネアスは残った片方の手をレスティヌに巻き付け、地面から一気に引っこ抜いた。

「軽いぜ!」

「かはっ!」

 持ち上げられた後、背中から地面に叩きつけられて、レスティヌは一瞬呼吸が出来なかった。慌てて動こうとするが、エネアスは既にレスティヌの上に陣取っていた。

 拳を振り上げるエネアスに、レスティヌはついに観念した。

「……まいった。私の負けだ」

「ぃよっし!」

 エネアスがレスティヌの上に座ったまま、ガッツポーズを挙げる。エネアスは立ち上がり、敗者に手を貸しながら言った。

「しかし、勝ったのはいいけど、おまえは無傷でこっちは顔面が腫れてしまっているのがどうもなぁ……」

「それは仕方がない。君に一撃でも殴られては、こちらは腫れるどころでは済まないのだから。それに、君のタックルは強烈だ。そのまま気を失ってしまうかと思った」

「手加減したらやられちまうからな」

 エネアスは格闘では最優秀であるが、一度レスティヌに負けている。甘いタックルに対しレスティヌの膝が深々と刺さって、そのまま失神してしまったのだ。

「膝を入れられないタイミングと低いタックルではどうしようもないな」

「ま、順当な勝利だな」

 エネアスはレスティヌに勝つと殊更に上機嫌になる。反対に、いつもはエネアスを褒めるのに躊躇のないレスティヌだったが、負けた後では言葉の上では褒めていてもどこか歯切れが悪く、顔もエネアスに向いていない。

「あの大振りを後ろに避けずに、あえて前に踏み出して距離を詰めれば……いや、距離を詰めて四つに組まれても勝ち目はない……。搔い潜りつつ横に回って……」

 ぶつぶつと呟きながら対策を考えるレスティヌを横目にエネアスの機嫌はますます良くなっていった。


 体育の後は魔術の訓練がメインであった。ここから訓練が本格化すると言ってもいい。特に女子は、行軍に付いてくるだけの体力があれば良く、格闘や槍投げ等の授業は用意されていない。

 マスニアは女性部隊を持つ数少ない国であったが、男性と全く同様に扱っているわけではない。女性は女性のみで編成された部隊を組み、主に後列からの支援砲撃を担当する。男性市民の税としての兵役と異なり、参加は女性の自由意思によって決められた。部隊の構成員は多くがこの学校の卒業生であった。

 当然訓練も女性部隊としての運用を前提としたものとなる。

 現在ラティーナたちが行っているのは、隊列を整えての射撃訓練であった。彼女たちにとっては、ほぼ日課とも言える。

 女子生徒三〇名が五列縦隊となり、並ぶ。ラティーナは最前列だ。

「構え!」

 女性教師が声を上げると、生徒たちが一斉に手を眼前に掲げる。

「唱え!」

『力よ、在れ!』

 前列の五人が声を揃えて唱える。

「放て!」

 合図と共に光弾が放たれる。光弾は威力は様々ながらもそれぞれが二〇メートル先の木の板にぶつかり、砕け散る。他の四人に比べると、明らかにラティーナの威力が高いことがわかる。しなり易い素材でできた木の板がいつまでも震えていた。

「システラ! 威力が低いぞ! 手を抜くな!」

 システラと呼ばれた女性は、ペロッと舌を出し、後列へと下がる。

「次!」

 呼ばれて、すぐ後ろに控えていた五人が前に出る。

「構え!」

 合図と共に手を掲げる。

「唱え!」

『力よ、在れ!』

「放て!」

 光弾が放たれ、一つを除いて木の板に当たる。

「外すな! しっかりと的に集中しろ!」

 女性教師の叱咤が飛ぶ。ひたすらに号令と共に、構えて唱えて放つ作業がローテーションを組まれ、ひたすらに繰り返される。

 最終組にはメリダがいた。これまでと同様に教師が号令を唱え、生徒がそれに従う。

「放て!」

 光弾が放たれるが、四発しか放たれなかった。

「どうした、ウェルス! 早く放て!」

「は、はい」

 怒鳴られ、身体がビクリと反応すると共に光弾が放たれる。しかし、他の生徒より目に見えて小さく、速度も遅かった。たかが二〇メートルをたっぷり三秒掛かり、木の板にぶつかる。それを見て、他の女生徒から失笑が漏れる。教師も溜息を吐きながら言った。

「もういい。下がれ」

「……すみません」

 メリダが頭を下げながら後ろへさがると、教師が次を促した。こうしてひたすらに光弾を飛ばす練習を繰り返す。

 それをレスティヌはじっと眺めていた。失笑を誘った彼女の魔法であったが、彼は彼女には特別な才能があると感じていた。皆が一体となって力を発揮する女性部隊には正直不向きかもしれないが、使い処を間違えなければ強力な戦力になり得る。それだけに彼女が過少評価され、個人の特性も考えずに判を押したような訓練ばかりさせられている現状に憤りを感じていた。

 溜息を吐くと、視界の端で何かが光った。

「うぉっ! ……っと」

 敵の攻撃を弾着前に察知したレスティヌは身を捻りながらも小さい盾を作り、攻撃を逸らせる。

「模擬戦中に余所見とは舐めてんのか!」

 魔術戦の相手――ネルロ・サルウィスが言う。彼は自尊心が強いものの、実力、学力共に平均的であった。それでも魔力量の評価はレスティヌよりも高い。魔力量で優っているにも関わらず、模擬戦では一度も勝ったことがない為、特に魔力戦ではよくレスティヌに突っかかっては返り討ちに合っている人間である。

「折角のチャンスなのだからもっと的確に狙え、ネルロ」

「黙れ! 僕の方が魔力は強いんだ! 不意打ちなんかしなくても一撃で仕留めてやる!」

「不意打ちに失敗した者の言うことではないな」

「黙れと言っている! 力よ、在れ!」

 ネルロが手をかざし、詠唱する。

「強く在れ! 速く――あだっ!」

 詠唱途中にレスティヌが放った無詠唱魔術がネルロに直撃する。その魔術はとりあえず出しただけの弱々しい一撃であったが、ネルロの詠唱を途切れさせるには十分であった。ネルロの掌に集まっていた光は霧散し、溜めていた力は無意味なものとなった。

「三つも言葉を紡ぐ状況ではないだろう。それに以前も言ったが、同じ言葉を連続しても効果は薄い」

「くそっ! 力よ――」

 もう一度詠唱を開始するが、既にレスティヌは次弾を発射していた。

 この期に及んで攻撃するつもりだったネルロは、急遽魔術を防御に切り替え、それを防ぐ。

「力よ在れ」

 ネルロの盾とレスティヌ攻撃が相殺されたところで、レスティヌは更に次弾を準備していた。

「放て」

 ネルロは慌てて無詠唱で魔術を発動させるが、それは盾としての役割を果たしていない、淡い光を放つだけのものだった。ネルロは攻撃を相殺し切れずに、腹に痛烈な一撃を食らい、その場に倒れ伏した。

「ネルロよ、私は何度も言っている。私に挑むのはいいが、対策を持って挑めと。君は相変わらず攻撃一辺倒であるし、魔術の連続使用の遅さも改善されていない。確かに魔力量では君の方が上回っているのかもしれないが、それだけで勝てるのなら模擬戦なんてもの自体が無意味なのだ」

 倒れたネルロは何度か咳をし、辛うじて身を起こす。

「うるさい。魔力も低くてマスニア市民でもないおまえに、エリートの僕が負けていいはずがないんだ」

「そう思うのならば、より慎重になるべきだ。それに私がれっきとしたマスニア市民であることは今朝方ヒルズ先生にも言ったとおりだ」

「……なんで、なんで勝てないんだ! 僕の家は名家なんだ! この学校に入る前から家庭教師に師事を受けて、才能だってお前なんかよりある!」

「敗因をそんなところに求めているようでは次も期待できないな、ネルロよ。家柄は個人の戦いでなんの役にも立たないし、才能は勝敗を分ける一因でしかない。しかしネルロ、君が優っているのはそれだけなのだ! 知力、体力、戦闘経験に戦術、それだけ劣っていれば君が勝てる道理はないのだ! そのうえ私に勝てる千載一遇の機会を君は手加減をして不意にした。弱い君がプライドだけは一丁前ではないか!」

「ぐ……」

 ネルロは涙目になりながら地面を強く叩く。

「私は君の負けん気は大いに評価している。しかし、そのプライドが余計なのだ。君は私に勝つこと以上に勝ち方にこだわっている。自分は才能も家柄も上だから私を圧倒して勝たなくてはいけない、一方的に攻撃しなくてはいけない、そんな精神で戦っているから無理な攻めをして反撃を食らうのだ。一度これまでの敗戦を省みて――」

「そんなところにしておきなさい」

 声を掛けられ、後ろを振り返るとデキウス・ロメストがそこにいた。デキウスは、主に魔術戦の教師を行っている。現在は個人個人で模擬戦をやっている為、巡回し、都度助言をして回っているところであった。

「私の仕事を奪うつもりか? それに私が今朝言ったことを覚えていないのかね?」

「ロメスト先生……。勿論覚えています。人の感情に寄り添った考えを持ての部分ですね?」

「その通りだ。君の言っていることは正しいのだろう。しかし、正しいことを上から言われるとかえって反発を生む」

「……わかっていたつもりですが、才能のある者が精進しないのは勿体なくて、つい」

 デキウスはそのままネルロの元に歩み寄り、声を掛ける。

「何故勝てないかはわかったかね?」

 ネルロが項垂れたまま首を横に振る。

「理由を一つとして捉えようとするからだ。結果は幾つも要素が複雑に絡み合ってできるものなのだから、細かく分解しなければ答えに辿り着けないぞ。しかし、敢えて一つの理由を挙げるとするなら……才能がないのではないか?」

 ネルロの肩がピクリと動く。しかし、項垂れたままなので、その表情は見えない。

「君には幼い頃から私が教えを施したというのに、未だ実を結ばないとは、才能がないのだろう。いっそ軍人や政治家を目指すのを辞めたらどうかね?」

 言われるがままにされ、ネルロの肩がプルプルと震え、地面に付いた掌は土を握りしめていた。

「あんたが……あんたの教え方が悪いんだろ! 俺は才能がある! 指導者が駄目だっただけだ! 見てろ! あんたの教えなんかなくたって、レスティヌだけじゃあなく、あんただって倒してみせる!」

 顔を上げたネルロの瞳は涙に濡れながらも強いものだった。彼はゴシゴシと乱暴に目を拭くと、すぐに立ち上がり、その場を離れた。

「先生にしては、珍しい物言いですね」

「彼は昔から天邪鬼でね。やれと言ってもやらないし、やるなと言ったらやるので苦労したよ。しかし、気付けば扱いやすい」

 なるほど、とレスティヌは頷く。

「元々負けず嫌いですし、やる気もありますからね。でも、ご主人様相手にあの態度はいいのですか?」

 ネルロの父親は元執政官である。また、マスニア有数の資産家で、彼が執政官の折、彼が軍を率いてデキウスの故郷を攻めている。その後、全住民の生命と財産を助けることと引き換えに、デキウスはマスニア所有の奴隷となった。更にその戦費の半分をネルロの父親が負担することで彼はデキウスの所有者となったのだった。

 レスティヌが尋ねると、デキウスは笑った。

「私の所有者はネルロの父親であって、ネルロではない。それに旦那様からは、厳しく躾けてやれと言われているからな」

「なんにせよ、彼を見ていると正論だけで人は動かせないことがよくわかります」

「生まれからして、私とレスティヌ以外からは常に褒められて生きてきたのだ。見返してやる事以上に彼がやる気を出すことはない。君も十分に彼のやる気に貢献しているよ」

「空回りしていますけどね」

 レスティヌが笑い、ふとデキウスを見ると、寂しそうに虚空を見つめていた。

「どうしました?」

 声を掛けられ、デキウスは我に返る。

「いや、少し考え事をね。あの時、もっと人の心を考えて説得していたら、また結果は変わっていたのだろうかとね。ネルロのように反発する子と接していると嫌でも考えてしまう」

「あの時……?」

「私の祖国がマスニアと戦争した時だな。私は、マスニアには勝てないから戦争はするな、と説いて回った。壇上で徹底抗戦を訴える政治家を論破したりもした。それが返って反発を生み、私は軟禁され、出てくる頃には敗北していたよ。もしかしたら、もっと上手くやれたのではないかと思ってな」

「つまり、先生が軟禁されていたおかげでマスニアは勝てたんですね」

「買いかぶり過ぎだ。私がいても負けると思ったからこそ、軟禁されるまで戦争を止めようとしていたのではないか。まあ、私が指揮すれば、マスニアの被害が増えていたのは確実だがね」

 自嘲もなく、デキウスはそう言った。

「だが、そうなれば……」

「先生の故郷は全滅させられていたでしょうね」

 間髪入れず、そう言葉を挟むレスティヌに、デキウスは笑った。

「その通りだ。勝てないならさっさと負けてしまった方が、より被害が少ない場合もある。この場合は偶々だったがね」

「……先生の言う、人の感情に寄り添うことに関して理解できたところと理解できなかったところがあります」

 思うところがあり、レスティヌは聞いた。デキウスは優しい目をして、先を促す。

「皆の感情を理解していないと正しい事を言っても理解されないし、実現もできないことはわかりました。しかし、感情に寄り添って判断を誤れば戦争に負けてしまいます」

「勿論その通りだ。感情を理解せずに正論をぶつければ反発を生む。しかし、感情に流されれば判断を誤る。そして真に優れた政治家は、民衆の感情を制御する者だ」

「制御する……」

「話す内容は同じでも、タイミングや言葉の順序一つで印象は変わってくるものだ。民衆の感情が正しい方に向くように誘導することができれば支持も得られるだろう」

「難しいですね」

「当然だ。万民にとって正しい政策などなく、万民が共感する感情もない。正解のない答えを導き出し、それを国民に納得して貰わなければいけないのだから。その微妙な匙加減ができるようになるには、経験以外にない。だからこそ執政官に立候補できるのは三五歳以上なのだ。焦らず学んでいき給え」

「はい。ご指導ありがとうございます」

 言い残して去っていくデキウスに、レスティヌは頭を下げた。

 そう言えば、模擬戦の授業のはずなのに、ここ最近戦術に関する指導は何も受けていない。特別扱いされていると思えば気分が良いが、折角デキウスの講義に出ているのだから、魔術に関しても指導をいただきたいところであった。それに値する価値の話は聞けたことなので、まあいいかと気を取り直して、女子の授業の様子に目をやる。

 女子は相変わらず隊列を組んで遠距離射撃の演習を行っている。長時間安定して射撃を行って初めて効果を発揮するのだから当然である。時折女性教師の罵声が強くなるのは、恐らくメリダが原因であろう。彼女は隊列射撃演習が始まってからまるで成長することなく、教師からの罵声を浴び続けている。

 レスティヌははあと溜息を吐いた。

 もしかして、あの女性教師は無能なのではないだろうか。

 メリダはネルロと違い、明らかに叩かれて伸びるタイプではない。罵声を浴びて萎縮してしまっては、彼女としては非常にやりにくいのだろう。しかも魔術にとって最も重要なのはイメージである。失敗のイメージが固まってしまっては、力を出そうにも出せないのだ。それを考慮せずにただ駄目なところを駄目と言っているだけでは、彼女の力は引き出せないだろう。




 女子の授業は、集団での射撃練習が主なものであるが、たまに一対一での模擬戦も行われる。あくまで自己防衛の為の練習だ。女性を戦場に出しておいて、もしも捕虜にしてしまっては大変な恥と考え、せめて身を守る手段を身に着けるようにとの考えだ。模擬戦の後は、女子は男子よりも一足早く授業を終え、寮に帰宅する。

 男子は一対一の模擬戦の他、二対二、三対三等の複数での模擬戦、投槍、剣術等の武器の訓練、その他体育訓練、魔術訓練等が日によって割り振られている。

 女子は午後三時まで、男子は授業内容によって午後四時から五時までで授業は行われている。

 レスティヌ達男子は、一対一をそれぞれが終え、二対二の模擬戦振り分けをするべく、一度集まっていた。

 レスティヌはメンバーの振り分けを相談する仲間を後目に女子の模擬戦を見ていた。

 目立つのはやはりラティーナだった。彼女の実力は他とは群を抜いていた。おそらくは一年上の先輩でも彼女に勝てる女子は少数だろう。

 そもそも女子は強い者と弱い者に差がつきやすい。それは資質的な問題ではなく、気構えの問題であった。元々女性は前線に出ることがなく、家庭に入り子供を産めば戦場に出ることもなくなる。親から無理やり入学された子供も多いのだから、やる気に差が出るのも無理はないのだろう。中には婿探しに入学した、と豪語する女子もいるくらいだ。貴族が集まる学校なのだから、その為に高い学費を払い入学させる価値はあるということなのだろう。

 そんな女子と比べて、ラティーナはやる気に満ち溢れていた。そのうえ、元々素質もあった為、最近は誰も手がつけられなくなっている。おまけに家柄も良く、同年代と比べて体格も良く健康体だ。既に何人もの学生から求婚されているらしいのも当然の話だった。

 そしてもう一人目立つ存在があった。メリダ・ウェルスである。彼女はラティーナとは真逆で、入学以来一方的に負け続けている。今もシステラを前に地面に膝をついている。

「まったく、あなたのせいでまた射撃訓練が伸びてしまったじゃあないの! 家柄も大したことないし、才能も実力もないし、何の為にこの学校に来ているのかしら?」

 他の女子たちは射撃訓練後で疲れ、やる気のない者たちばかりであったが、システラは元気いっぱいの様子だった。時折いるのだ、射撃訓練時に程よく手を抜き、力を温存する人間が。

「どうせそんな貧相な身体と男の子みたいな髪じゃあ、男も引っ掛けられないんだし、辞めちゃえば?」

 メリダは女子の間で嫌がらせを受けている節がある。引っ込み思案で人と話すことが苦手、授業で回答を求められては言葉に詰まる、魔法の実技でも後れを取るとある。見た目に関しても、ほとんどの女子が長い髪で、特に金髪が美しいという価値基準の中で肩にも届かない黒い髪という条件では標的にされやすいのだろう。

 そういった理屈的なところがわかったところで、傍目に見てあの状況は気分が悪い。

 生徒も教師もメリダのことを侮っているが、彼女の凄さは射撃訓練でも模擬戦でも出ないところにある。せめて一対一ではなく、団体戦ならば……と、そこまで考えたところでレスティヌは思いつく。

「レスティヌ、俺と組もうぜ」

 学友の一人が声を掛けてきたが、それを無視し、メリダの元へと向かう。そして、これ見よがしにシステラとメリダの間に立ちふさがる。

「なによ、あんた。今女子同士の模擬戦の最中なんだけど」

 良い事を思いつき、実際に行動してみたものの、どう話を切り出し、どうやって望む方向に持っていこうかはあまり考えていなかった。

 レスティヌは少し考えたが、めんどくさくなり、単刀直入に切り出した。

「どうだろう? 本日は趣向を変え、男女でペアを組み、二対二の試合をしてみようではないか」

 学年全員の耳に届くように、落ち着いてはいるが、大きくよく通る声でレスティヌは言った。

 模擬戦をしていた女子たちや、パートナーを決めていた男子たちが一斉にレスティヌに目を向ける。

「はあ? 何言ってんの、あんた?」

「いつも同じ訓練をしても成長はない。特に女子は男子に比べ人数も少なく、いつも同じ相手と闘うことが多い。決まった相手と決まった闘いをしているだけでは、この先間違いなく行き詰まる。これは必要なことなのだ。私はメリダと組もう! 誰か、この趣向に乗り、私たちの相手をする者はいないか?」

 周囲が騒めく。流石にここですぐに手を挙げて乗ってくる者はいないようだ。いきなり組むと言われたメリダもポカンと口を開けたまま状況が呑み込めていない。

「コラ! 何を勝手なことを言っている!」

 そう言って駆けてきたのは、射撃訓練を管理していた女性教官であった。女性教師は魔術師として優秀で、数多の戦場を経験している。身長も高く、体格には恵まれていた。健康的な女性は健康的な子供を産むという理由で若い頃は男性にももてていたが、女性にしては珍しく、常在戦場を志としているうちに行き遅れた印象のある女性である。

「教師は私だ。勝手に授業内容を変えるな」

「それでは、授業後の余興でも構いません。それに、彼女たちの模擬戦は既に終わりました。二人とも力を存分に出し切れずにまだまだ余っているでしょうし、もう一戦くらい大丈夫でしょう」

「ちょっと、あたしの意思はどうなんのよ?」

 システラが口を挟む。

「射撃訓練で手を抜いていたことを黙ってほしければ素直に従い給え」

「って、盛大にばらしてんじゃないのよ! ……あ」

 と、そこまで言って彼女は口を紡ぐ。が、後の祭りであった。女性教師がぎろりと睨むと、システラは後退る。

 女性教師ははあ、と溜息を吐き、レスティヌに尋ねる。

「ロメスト先生は?」

「今は他の学年を見ています」

 この学校では生徒数に対して教師の数が少ない。中には学校に所属していながら、専用の教師を雇っている人間もいるくらいで、模擬戦中は基本放任されている。

「なんで突然こんなことを言い出した?」

「女子の模擬戦は一対一ばかりやっていますが、実際に闘う際に一対一の状況などありません。そして相手は全て男です。女子だけの一対一だけでは自己防衛もままならないと思いました」

「それは一理あるが、段階を踏んでやっていくつもりだ」

「しかし、練習量の差から言えば、時を経つ程に男女の差は広がっていくばかりです。毎回とは言いませんが、差が広がらない内に男子の現在の力量を知っておくことは大事かと思います」

 女性教師ははあと溜息を吐く。

「そんなことは言われなくてもわかっている。私が何年教師をやっていると思っているのだ? だが、そんなことを生徒から言われたのは初めてだ。今回だけだぞ」

 レスティヌは教師に見えないように拳を握った。

「ただし、やるのは一戦だけだ。私が男子の授業を邪魔するわけにはいかないからな。一組はレスティヌ・マグナとメリダウェルス。対戦相手は、元気の有り余っているシステラと――」

 言われてシステラの顔が引きつる。

「ちょっと、待ってください!」

 割って入ったのはシステラではない。

「それ、私にやらせてくれませんか?」

 その声を聞いて、次に顔が引きつったのはレスティヌであった。駆け寄ってきたのは、ラティーナである。

「私も丁度一戦終えたばかりで、まだ力は余っています。それにレスティヌとは一度闘ってみたかったんです」

「ラティーナ・アーキオか。面白い、やってみろ」

 やたらとやる気満々の彼女に、レスティヌは苦笑いを浮かべる。メリダの力を見せつけようと思ったが、流石に相手が悪い。

「それでは、男子は――」

 いつの間にやら男子全員が集まり、ここぞとばかりに手を挙げている。ラティーナはモテる。一緒にチームを組んで、良い所を見せようという腹積もりなのだろう。

「エネアス、手伝って」

 ひと際高く手を指さし、彼女は指名する。エネアスは恥ずかしげもなく「よしっ」とガッツポーズし、近付いてくる。

「ふむ。彼ならば十分だ。まあ、良い機会だな。学年全員に見学させてやろう」

 女性教師もにやりと笑う。

 もしかして嫌われたかな、と内心冷や汗を掻く。しかし、見方を変えれば男女トップレベルのペアと闘う良い機会だ。例え痛い目を見る結果になっても――と思ったところで裾を引っ張られて、レスティヌは振り返る。

 そこには未だ立ち上がれぬまま涙目になったメリダがいた。

「な、なんでこんな事に……」

 流石に罪悪感が沸いてくる。例え自分が痛い目に合っても、負けるわけにはいかなかった。

「大丈夫だ、メリダ。私が君に初勝利をもたらしてやろう」

「あの二人に勝てるはずなんてないよ。というより、何で私なの?」

「それは君が強いからだ」

「私、今まで模擬戦で勝ったことなんてないよ。授業でも落ちこぼれだし……」

「それは、君の力の使い方がわかっていないからだ。君自身もわかっていないし、周りもわかっていない。心配することはない。作戦通りにいけば、あの二人だけでなく、生徒全員が君を見直すはずだ」

「でも……」

「変わるチャンスだ、メリダ。君はこの闘いで自信を掴み、大きく成長する事ができるだろう。君の努力と実力を皆は知らない。しかし、私は知っている。今ここで私と組むことこそが、君の飛躍の一助となろう」

 有無を言わさぬ物言いに、メリダは頷くしかなかった。不安は拭えていなかったが、だからと言って断る勇気もまた彼女にはなかった。

「作戦はある。君は安心してゆっくりと思うがまま力を溜め、魔法を放つと良い」

 最後にニコリと笑い掛けると、メリダはようやく力強く頷いた。


「それでは始めるぞ」

 女性教師が四人の丁度中間に立つ。

 四人の周りには、良い位置で見学しようと生徒達がぐるりと囲んでいた。一部女子生徒が一対一が終わっていなかった為、出遅れていたが、もう間もなく見学も揃いそうだった。

 四人も見学が揃う前に簡単な作戦会議と初期配置を決める。エネアスとラティーナは横並びに五メートル程離れた位置に立っていた。二人と教師を挟んで一〇メートルの位置にレスティヌが一人で立っている。メリダはその遥か後方にいた。

 奇妙な配置にラティーナは怪訝な顔をする。

「あの配置、どんな作戦かしら?」

 一般的に魔法は発動者から離れる程威力が落ちる。離れた場所から援護するにしてもレスティヌから二~三〇メートルは離れている。

ランクがBにでもなればその距離から致命傷を与えることができるが、射撃訓練を見る限りそれは難しいだろう。

 防御は比較的得意な彼女だが、離れた相手に盾の援護は攻撃よりも遥かに難しい。自身の近くに発生させた魔法を遠くに飛ばすことは魔力量さえあれば可能だが、遠くの位置に直接魔法を発動させることは余程熟練の魔術師でないと難しい。同学年でそれができる人物はいないはずだった。

 しかし、レスティヌのことである。きっと何か作戦があるに違いなかった。本来であれば離れているメリダは無視してレスティヌ一人を倒せば済む話だが、ここは二手に分かれて一対一をすべきか。

 だが、二〇メートルの距離を詰めて攻撃をしていたのでは、待ち構えているメリダが有利である。初撃で有利に立たれては、挟み撃ちに合う可能性が高い。

 配置に着く前、レスティヌはメリダに何かを耳打ちしていた。作戦があるのは間違いないのだが、それが何なのかが全くわからない。

 思案していると、エネアスが言った。

「レスティヌは合理的に見えて酔狂なところがあるからな。案外二対一で戦いたかっただけじゃあねえのか?」

 その言葉が妙に腑に落ちてしまい、ラティーナは笑った。

「確かに、あり得そう。よし、レスティヌを二人掛かりで速攻よ」

 エネアスがコクリと頷く。作戦が決まったなら迷いはない。近い敵から倒していく正攻法。魔力量はこちらが有利なのだから、それが一番確実である。

 女性教師が手を挙げる。

「それでは……開始!」

 手が振り下ろされ、皆が一斉に呪文を唱える。

『力よ、在れ!』

 それと同時にレスティヌは猛然とエネアスに詰め寄っていた。

 二言目を唱えさせる間もなく、エネアスの眼前にレスティヌが迫る。

「砕け!」

「防げ!」

 エネアスは戸惑いながらも盾を発現させ、レスティヌの一撃を相殺する。魔法の威力はイメージを具体化し、集中できる環境でないと威力が極端に落ちる。余計なことを考えたり、動きながらの魔法は難しく、同学年のほとんどが決闘中は不動である。

 魔法の威力や発射回数は魔力量を上げないと増えないが、発動までの早さ、詠唱の少なさでの威力減衰、その他の動作をしながらでの魔力発動等は魔法を使い込むことでのみ成長できる。レスティヌは人並みならぬ修練によって、他にはないアドバンテージを得ていた。

「放て!」

 ラティーナがレスティヌに向けて光弾を放とうとする。しかし、レスティヌは素早く身を翻し、エネアスを間に挟むように移動していた。

 最早発射を取り止めることはできず、ラティーナはなんとか軌道を逸らし、魔法を地面に着弾させる。

 皆一斉に呪文を唱えられる開幕、二対一の有利を活かせるポイントだったが、レスティヌの奇策により完全に不意になる。

「食らえ!」

 エネアスが一言で魔法を発現させる。

「防げ!」

 同じく一言でレスティヌが盾を発現させ、それを防ぐ。防ぎながらもレスティヌは距離を取る。

 それからレスティヌは防戦一方であった。走り回りながら盾を作り、時々攻撃を避けてみせた。

 レスティヌの作る盾は非常に小さく、魔法を相殺する必要最低限のものであった。明らかに二人が放つ魔力量よりも小さい魔力で防いでいる。

 こうして対峙してみると実に厄介だ、ラティーナは思った。

 レスティヌは絶えず動き回っている。いつもの模擬戦はほとんど不動であった為、この動きに対応できていない。狙いを定めなければいけないせいか、いつもと同じように唱えてもいつもと同じ出力にならない。

「力よ在れ! ……速く在れ!」

 この拮抗を破るには、防御を貫く一撃を撃つしかないとラティーナは考える。一対一ならばその隙をレスティヌは見逃さないのだろうが、生憎相手は二人だ。こちらに攻撃を仕掛けた隙にエネアスが決めるはずだ。

「固く――あだっ!」

 魔法のイメージを固め、力を溜めていると速いが軽い衝撃がおでこにぶつかる。その衝撃で掌に溜めていた光弾が霧散してしまう。

 イメージの定着と力の蓄積には時間と集中力が必要だ。特に習熟度が低ければ簡単な動揺でも力は不意になってしまう。エネアスの攻撃を潜り抜けながらレスティヌはそれを見逃さなかった。

 レスティヌが防ぐ度に周りの生徒がわっと盛り上がる。通常防御に回った者が試合を盛り上げることは少ないがレスティヌはしばしばそれをやってのける。傍目から見ればただ逃げ回っているだけだが、それの難しさは普段模擬戦をやっている学生が一番良くわかっているのだ。

「嫌がらせみたいな闘い方ね……」

 実質嫌がらせしかできないと見るのが正しいか、凌ぐレスティヌに余裕はない。いつもなら上手く攻撃を防いだ後軽口の一つでも言いそうなものだが、先ほどから全くの無言なのが良い証拠である。

 ひたすらに低燃費で防御しているレスティヌであったが、いつか限界が来る。一対一ならば先に限界を迎えるのはこちらだが、二人を相手にしては先に限界を迎えるのはどう考えてもレスティヌである。そして魔力の枯渇以上に体力の枯渇の方が先だろう。いくら体力のあるレスティヌでも呪文を唱えながら不規則に動いていればすぐに息が上がる。息が上がれば満足に魔法を使えなくなる。冷静さを保てば負ける道理はなかった。

「もうそろそろだな……」

 レスティヌが汗を拭い、そう呟いたのが聞こえた。嫌な予感がした。レスティヌが酔狂だからと言って、二対一にする為にわざわざメリダを駆り出すわけがない、そんな考えがラティーナの頭を過った。

「エネアス……」

「エネアス! 上手く避けろよ!」

 ラティーナが声を掛けるのに先んじて、レスティヌが叫ぶ。

 はっとして、メリダに目をやると、既に彼女の魔法は完成していた。

「……放て」

 声は聞こえなかったが、彼女の手から閃光が放たれた。避けて、と声を掛ける間もなく青く輝く閃光はエネアスの頭上僅か数センチメートル上方を飛び越えた。エネアスの身長が高い事が幸いし、閃光は観客である生徒達の頭上を飛び越え、更に数一〇メートル後方の木に当たる。

 直径二〇センチメートルはあるであろう木の枝を粉砕し、折られた枝葉はバサバサと大きな音を立て、地面に落ちた。

「は……? え……?」

 きょとんとした面持ちで、落ちていく枝をエネアスはただ見詰めていた。他の学生達も何が起きたのかわからず唖然としていた。

 ラティーナもしばらく閃光の残滓に目を奪われていたが、ふと我に返る。

 レスティヌの姿がない。

「エネアス!」

 今度ははっきりと声を掛けるが、遅かった。

「え?」

 エネアスが前を見ると、眼前には既にレスティヌが身を低くして構えていた。

「力よ!」

「ごはっ!」

 至近距離からの魔法が炸裂する。巨体が宙に浮く程の衝撃に、エネアス背中から着地するしかなかった。

 完全にやられた、そう思ったがまだ勝負は終わっていない。ラティーナはレスティヌの僅かな隙を見て、すぐさま魔法を放つ。

 距離は五メートル。

 呪文を唱えていてはまた移動され、防御される可能性がある。

 僅かな隙を活かすには無詠唱で最速の一撃を放つのが一番だ。

 が、焦った上に無詠唱での魔法などはほとんどした事がない。ラティーナの放った一撃は、魔法の盾すら発動させずに片手で叩き落とされてしまった。

「判断は悪くなかったが、修練不足だな」

 レスティヌはそう言い、ゆっくりと近付いてくる。

 レスティヌが手を眼前に構えると、ラティーナもそれを模して構える。完全に優位は消え去り、一対二の状態。しかし、メリダはしばらくは魔法は撃てないはずだ。メリダが再び魔法を完成させる前にレスティヌを倒せば勝機はある。時間を稼いでいればエネアスが復活――は期待できそうにない。エネアスは未だ地面に倒れ伏したまま苦しそうに腹を押さえていた。

「メリダには一撃目を外すようにしか指示していない。それに最大まで溜める攻撃は威力があり過ぎて、現状は使う必要はない。どうする?」

 ラティーナがメリダに目をやると、次弾装填と言わんばかりにメリダが掌をこちらに向けていた。

「えっ?」

 ふと視線を戻すと、レスティヌが目の前にいた。目の前をレスティヌの掌が覆い隠す。

「どうする?」

 ギリリと歯噛みし、ラティーナは観念したように言った。

「あー、もう! 負けよ。負けでいいわよ!」

 ラティーナが敗北を宣言すると、教師は苦虫を潰したような顔をして、いつもよりも若干覇気なく宣言した。

「勝者、レスティヌ・マグナ、メリダ・ウェルス」

 わっと歓声が上がる。レスティヌは、それに応えるように手を振り、メリダはオロオロと狼狽えるばかりだ。

「まさか、彼女があんな魔法を使うなんて……。正直凄いと思ったわ」

 悔しい想いを堪えながら、ラティーナは賛辞を贈る。

「ああ、彼女は最高だ! 私が想像していたよりも遥かに優秀だった。元々、女性は距離による魔力減衰が少ないというのが通説だが、彼女は群を抜いている。君も見ただろう? あの射撃訓練で、カゲロウのようにか細く遅い光弾が、的に当たるまで一切の光を失わなかった光景を! 教師は非難したが、私はまるで逆の感想だ! 彼女は素晴らしい! どれだけ時間が掛かろうとも一撃の超長距離魔法が戦場でどれだけ有用か、一晩あっても語り尽くせぬほどだ! ん? どうした、何をそんなにふくれっ面をしているのだ?」

 ラティーナは何も言わず、レスティヌの脇腹を突く。

「いたっ、痛いではないか。何をするのだ?」

「うっさい!」

こちらは負けて悔しいのを必死で抑えているというのに、この男はペラペラと他の女のことを褒めちぎって……。もうちょっと健闘を称えるとか、そういう気遣いはないのか? ラティーナは最初は指先で突くだけだった掌を握り、威力を高めていく。

「いや、そろそろ本気で痛いから……ゴフッ!」

 最後に良い所に拳がめり込み、レスティヌは撃沈した。

「ああ、もう! こんなことなら降参しなきゃあ良かった!」

 そう言うラティーナに、レスティヌは腹を押さえ、うずくまりながら答える。

「……確かにその通りだ。なにせ私も限界に近かった。後二、三回もCランク魔法を使えば、魔力が欠乏し、著しく身体能力が落ちていただろう」

「は?」

「それにメリダも魔術師のランクがCであるにも関わらず、Aランク相当の魔法を行使したのだ。二発目は撃てなかっただろう」

「あんた、騙したの?」

「力を実際より大きく見せて、相手に降伏を迫る戦術は極めて真っ当だ。こちらが思い描いた通りの戦いとなり、実に気分が良い」

「あんたねえ……」

「てめぇ、卑怯な真似しやがって……」

 ラティーナがプルプルと怒りに震えていると、レスティヌの後ろにエネアスが立っていた。だが、まだ痛むらしく、腹を押さえたままだった。

「卑怯? 何が卑怯だと言うのだ?」

 レスティヌも腹を押さえながら立ち上がる。

「あんな豪快なフェイント使いやがって。油断した隙を突くしか能がねえのかよ、おまえは?」

「それに関してはむしろ感謝して貰いたい。あの一撃、当たったら君は死んでいたのだ。それを外すようにわざわざ指示をしたのは私だ。それに最初から二対二だと公言していたはずだ。それを無視して、攻撃されたら卑怯だなどと些か暴言ではないか?」

「ぐ……っ。だ、だが、てめぇのやったことは不意打ちと口八丁な降伏勧告じゃあねえか! こんな勝負認めねえ!」

「そういうのなら、二人掛かりで私一人を仕留められなかった君達は遊んでいたのか? 油断していたから不意打ちでやられたと? 油断できる程、私は君に負けた覚えばないのだがな?」

「くっ……」

 負けたという事実がある以上、何を言っても無駄である。元々口の上手さでレスティヌに勝てる見込みはなく、エネアスはこれ以上反論ができずにいた。

「あぁそうだよ! 負け惜しみだよ! くそ! 完敗だよ!」

 悔しそうに吐き捨てるエネアスを見て、レスティヌが笑う。

「いや、君は実に良い悔しがり方をする。これだから君を負かすのはやめられない。君は最高の対戦相手だ」

「嬉しくねえよ」

 最後にくそっ、と悪態を吐いて、エネアスは頭をボリボリと掻き、振り返る。

 そこには、近付いたはいいものの、中々話の中に入ってこれないメリダが立っていた。

「あー……凄い一撃だった。正直ビビったわ」

「え、あ、ごめんなさい」

「あ? いや、何であ……」

「何故謝る必要がある? そうか、真剣勝負の最中にわざと外してしまったことを悔いているのだな? しかし気に病むことはない。その責任は指示した私にある。君は最高の仕事をし、見事勝利を――」

 と、言い掛けたところでレスティヌの後頭部に軽く衝撃が走る。

「痛いじゃあないか」

「いや、おまえはもう黙れ。人が言い掛けているのを邪魔しやがって」

「では、君はなんと声を掛けるつもりだったのだ?」

「いや、それは……」

 言いたい内容はレスティヌとそう変わりはないのだが、改めて聞かれると答えに困るものである。エネアスが言い淀むと、レスティヌがここぞとばかりに言葉を続ける。

「もし仮に当ててしまっていても気に病むことはないぞ。闘いの最中に注意を怠ったエネアスが悪いのだ。仮に死んでしまったとしても君はもちろん、私も悪くない!」

「やかましい!」

 スパァンと気持ちの良い音を出しながら再度エネアスがレスティヌの頭を叩いた。

「舌を噛むところだったぞ」

「もう引っこ抜いてしまえ、そんな舌」

 取っ組み合い、言い争う二人を後目にラティーナが呆れ、メリダがクスクスと笑う。普段あまり見せない笑顔に、エネアスは少し頬を赤らめる。

「惚れたか?」

「ちがっ! 俺はラティーナひとす……」

 レスティヌに言われ、エネアスが慌てて反論するが、すぐに口を紡ぐ。

「ああ、くそっ! 行くぞ、レスティヌ! 再戦だ!」

「ちょっと待て、本当に私はもう魔力が残っていないのだが……」

「うるせえ! そのままボコボコにしてやる」

「卑怯者は君の方ではないか! 二対一で一方的にこちらを攻撃したうえ、人を卑怯呼ばわりし、なおかつ疲れたところを一方的に打ち倒すつもりとは大した策士だな、君は! しかし、この場で私に勝っても私より上だと思わないことだな! そんなことを吹聴しても君の男振りを下げるだけだぞ! だからエネアス、今日のところは止めておこう! 私たちはよく頑張った! 一日の修練としては十分なはずだ!」

 ズルズルと引きずれながらもレスティヌは口を休めることを知らなかった。

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