2-3-04
「カレヴァ! 今度は私が相手よ!」
ほたるが叫んだ。
リエンはステージ上のほたるたちを斜め後ろから見ていた。
少し前からキーボードを打つ手は止まっている。
真ん中にリーリン、その左手にアイノ、右手にほたるが立ち、三人は舞台の中央、ゼロ・ポジションにいた。そして、舞台から十メートルほど離れた場所にいるカレヴァを見下ろしている。カレヴァは両肩にカラスを載せて、今にもこちらに攻撃を仕掛けようと両腕を構えている。
制服姿のほたるは、初めて会った時よりもさらに幼く見えた。やっぱり日本の高校生はかわいい。リエンがそう思って見ていると、ほたるはスカートのポケットから小さなゴーグルを取り出し、それを装着した。そして、両手を目の前にかざす。ほたるの両手には黒い手袋がはめられていた。
「私はカレヴァに対峙した。
向こうの世界からの使者。
闇から来て闇に還る者。
黒いカラスをしもべに、この世界に災いをもたらす。
それは影から生まれた、影の住人。
決して光の中では生きていけない定めのもとに生まれた者」
ほたるは喋りながら、目の前の空間をまるでそこにキーボードがあるかのように、指で叩いている。
「なるほド。今度はキミが物語の語り手ということカ」カレヴァはほたるにいった。
リエンは聞いたことがあった。空間投影型のキーボード。まだ製品化されていないと思っていたけど……。そうか。確かリーリンのグループ会社にIT関連の企業があった。たぶんそこの試作品だろう。今、ほたるは私たちと同じように、『R⇔W』のサイトに小説を書いているんだ、とリエンは思った。
日本語だから、ダオとフィフィにはほたるのいっていることが理解できていない。でも、リエンの見るところ、なんとなくわかっているみたいだ。
「カレヴァよ。あなたに問う。
このまま小説家たちを連れ去り続けても、あとから続く者は必ず現れる。
これでは際限のない繰り返しだ。
この行為に意味はあるのか。
対処療法の永続ではなく、なぜ根本的な解決に目を向けない。
小説は、ライトノベルだけではない。
ライトノベルも、既に日本のイセカイストーリーだけにとどまらない。
こうやって東南アジアから多くの作者たちが現れていることがその証左だ。
イセカイストーリーはいずれ終息する。
人々が想像力を失う前に、それを終わらせることだって可能なはずだ。
カレヴァ。
なぜあなたはこの世界に実体化したんだ。
この世界と向こうの世界のつながりを断たないように、こちらの世界で調整を行うことが本来のあなたのあるべき姿ではないのか」
カレヴァはほたるの投げかけた言葉を聞いて、攻撃の構えを解いた。
「ふン。どうやらキミはさっきまでの三流小説家たちとはちょっと違うようだナ」
リエンはそれを聞いて落ち込んだが、さりとて、自分がそれほどの実力を持っているといえるだけの自信はなかった。
「では、教えてやろウ」カレヴァが話し始めた。
その間もほたるは仮想キーボードを叩き続けている。たぶん、カレヴァの言葉も小説の中に組み込んでいるんだろう、とリエンは思った。
「この世界は、もともとボクたちが作ったものダ。
そして、キミのいう通り、ボクはこちらの世界で、こちらの世界を調整するために実体化しタ。
しかし、それはこちらの世界の人間たちを尊重するということではなイ。そんな必要はないのダ。ボクたちの負の感情の捨て場所。その場所が維持できればそれでいイ。
いいかイ。
ボクたちにとってこの世界の人間は何の価値もないんだヨ。
だからこうやってキミの話を聞くこと自体、本来はナンセンスなんダ。
では、とっととみんなには消えてもらうヨ」
再び構えに入ったカレヴァにほたるはいった。
「それでもこうやってあなたが私の話を聞いているのは、そこにわずかでもメリットがあるからだ。
それは自分でも自覚しているはずだ、カレヴァ。
この世界を壊して、またいちから負の感情の捨て場所を構築するのは大きな労力が伴う。
だからあなたたちは、こうやってふたつの世界のつながりを維持しようとしている。
しかし、こうやって作家たちを消し去り続けることもまた、リスクと労力を伴うはずだ。
もう一度よく考えてみろ、カレヴァ。
キミたち得意の可能性の選択だ。
たぶんこれまでも様々な可能性を検討してきたはずだ。
作家を消さず、ライトノベルの方向性を変えることが最もリスクの少ない選択肢である可能性も存在しているはずだ。
そうだろ」
リエンには、一瞬、ほんの一瞬だが、カレヴァが躊躇したように見えた。
だが、即座にカレヴァは否定した。
「ダメダ。今のボクたちの観測では、この方法が最も優れた選択肢であることに変わりはない」
「ならば、カレヴァ。
私はあなたが来た闇の世界と真っ向から対峙する。
そして、あなたが己の影の中に隠している仲間たちを救い出す。
闇の住人よ。
この世界の光の力を思い知るがいい」
カレヴァは構えを解くことなく、首をかしげた。
「キミはさっきからいったい何をいってるんダ。
ボクは別に闇の住人でもなんでも――」
カレヴァがいい終わらないうちに、ほたるが叫んだ。
「暗闇から手を伸ばせ!」
同時に、アイノがスマートフォンに向かって叫んだ。
「センセイ!」
次の瞬間、建物の中の照明がすべて落ちた。
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