2-3-03

 リエンは必死にキーボードを叩いていた。

 自分のブラインドタッチのスピードにはかなり自信があった。でも、とてもじゃないけど、間に合わない。頭で考えてから文章を打っていてはだめだ。

 自分の語彙力がどれほど乏しいか、リエンは痛感した。

 頭ではなく、まるで指先で考えるように文章を打っていると、自分の体の中に染みついている言葉しか役に立たないことがわかった。最近読み始めたライトノベルの蓄積だけでは太刀打ちできない。もっと体の深いところにあるもの。体の奥底にある言葉じゃなければ。

 そんなことを頭の隅で考えながら、リエンは文章を打ち続ける。

 ――カレヴァは自信に満ちた足取りでリーリンに近づいていく。

   でも、カラスたちの力はそれほど強くはない。

   私たちには物語の力がある。

 舞台から十メートルほど離れてカレヴァが立ち止まり、すっと右手を上げた。

 リエンは慌てて文字を打ち込む。

 ――力を抑える。

   カレヴァの能力を封じることが私たちにはできる。

   それが私たちの力だ。

   私たちは、カレヴァの遠隔攻撃を封じ込めた。

 よし。

 カレヴァは離れた場所から攻撃できる念動力のようなものが使えるらしい。でも、それを封じることはできているみたいだ。

「ふン」カレヴァが唇をゆがめた。「それでボクの力を封じたつもりかイ?」

 突然、カレヴァの両腕が伸びて私とダオに襲いかかった。

 ――防御!

 私の目の前で、バチン! と何かに弾き返されるように、カレヴァの腕が止まった。カレヴァの指先は鋭い金属のように尖っている。

 何とか間に合った。

 ――防御壁を構築しておいてよかった。

   カレヴァはこの壁は突破できない。

 リーリンが鞭を放つ。

 カレヴァの腕をかばうようにカラスたちがリーリンの鞭の前に飛び出し、叩き落される。

「ふうン」カレヴァが笑う。「じゃあ、これはどうかナ」

 今度は一瞬でカレヴァの両腕がリーリンに襲いかかった。

 あまりの速さにリエンたちは反応できない。

「くっ」

 リーリンはなんとかカレヴァの両手の先に鞭を巻き付け、動きを止めた。顔面の数センチ先で止まっているカレヴァの尖った指先が、じりじりとリーリンに向かって迫っていく。

 リエンたちが文章を打ち続けるが、効果が上がらない。

 リエンは焦りはじめた。


 なぜだ。

 ぽたぽたとキーボドに汗が落ちるのも気にせず、ダオは文章を打つ。

 一向にカレヴァに退く気配がない。

 やはり自分たちの実力では、太刀打ちできないのか。

 実際に対峙してわかったが、カレヴァの力の方が自分達よりも確実に上回っている。

 このままではリーリンは力押しされてしまう。

 ずるずるとリーリンの体が舞台の奥の方へ押しやられていく。

 いちかばちかだ。

 ダオは高速で文章を打ち込み始めた。

 ――その剣は最高にして最強。これまで、あまたの英雄たちの運命を切り開き、敵を切り裂き、命を救ってきた至高の法具。我、それを今この世界に召喚する。いでよ!

 ダオは文章を打ちながら叫んだ。

「いでよ! 聖剣エクスカリバー!」

 ダオの目の前の空間が光り輝き、ひと振りの剣が現れた。

 ノートパソコンを足元に置き、ダオはその剣を掴むと思い切りカレヴァの腕に向けて投げつけた。

 かきん。

 間の抜けた音を立てて、かららん、とその剣は地面に落ち、その姿をパイプ椅子に変えた。見ると、ダオの隣のパイプ椅子がなくなっている。なるほど、質量保存の法則か、と感心しているダオに声が飛ぶ。

「なにやってんだ、馬鹿!」フィフィが怒鳴る。「そんな便利な力じゃないって、説明受けただろ! 説得力がなきゃ力は成立しないんだよ!」

「だって、このままじゃ――」

「退きなさい! カレヴァ!」

 声のした方をダオが振り向く。

 アイノだった。

 いつの間にか、舞台の上にアイノが立っていた。その傍に、高校の制服を着たほたるを従えて。

     ◆

「あなたたちと一緒に戦う味方はいます」

 そういって、リーリンはふたりの女性を紹介した。

 アイノは小柄な金髪の女性だった。柔らかな雰囲気が魅力的な人だ。

 もうひとりは、ダオよりも若い、十代の女の子だった。

 リーリンの話によると、アイノは『トゥオネラ』から転生してきたらしい。メサというエルフの女の子とカレヴァという敵の母親だそうだ。なんとも複雑だが、味方であることは間違いないらしい。

 そして、ほたるは、カレヴァによって反地平面に幽閉されているライトノベル作家、右京の知り合いということだった。

「初めまして。ホタル・キタムラです」たどたどしい英語でほたるは挨拶した。

「ほたるも『R⇔W』に書いているんですよ。日本語ですけどね」リーリンが説明する。

 リエンがほたるに日本語で何か問いかけた。するとほたるはブンブンと首を振ると真っ赤になってうつむいている。

 ダオはだいたい想像できたが、リエンになんていったのか聞いてみた。

「ほたるちゃんは右京さんの恋人なのかな? って聞いたの」

 ダオとフィフィはやっぱり、とうなずいた。

「右京さんを取り戻そう」

 フィフィが英語でそういって、ほたるの肩に手を置いた。

 ほたるにはちゃんと伝わったみたいだ。ダオたちに向かって、力強くうなずいた。

     ◆

「やっぱりあなたでしたカ、アイティ」カレヴァがため息をついた。「あなたは特異点なんですかラ、あなたが関わると事象の予想がつかなくなってしまうんですヨ。困ったナ」

 カレヴァが腕を普通の状態に戻す。

 鞭がほどかれて、リーリンは深く息を吐く。それほどダメージは受けていないみたいだ。ダオはほっとした。

「みんなを解放しなさい、カレヴァ」アイノがいった。

「それはできませんヨ、アイティ。わかっているでしょウ」カレヴァが首を振る。

「私が直接ウッコにかけあいます」

「もう決定したことなんでス」

 カレヴァが再び攻撃の構えに入ろうとする。

 カレヴァの両肩にカラスがとまる。

「カレヴァ!」ほたるが一歩前に出て、日本語で何かを叫んだ。

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