3.エルフ、お墓参りをする

1-3-01

「いいと思うわよ」

 オムライスを食べ終わって、俺はヨシカさんにメサの母親の件を話した。そろそろ、ここに来る頃だ。

「じゃあ、あっちに移動しましょうか」

 ヨシカさんが店内の照明を点けて、カウンターから出てきた。まだ開店前だから、丈の長いニットにスキニージーンズという軽装だ。しかしこの人は何でこんなに足が細いんだ。

 俺たちはテーブル席にソファを移動させた。ほたるとメサは飲み物を運んでいる。

 席に着くと、隣に座ったヨシカさんがスマートフォンを操作しながら俺に尋ねた。「それで? 慎一郎と話はしたの?」

「いや、それが、例によってまったくつかまらなくて――」

「はい」

 ヨシカさんは俺にスマートフォンを差し出した。通話状態になっている。俺は慌てて耳に当てた。

「もしもーし。どうした?」

 親父の声だ。

「もしもし?」

「なんだ。右京か。どした」

 なんでヨシカさんだとすぐに出るんだよ。俺はそっと立ち上がって、テーブルから少し離れた。

「あのさ、ちょと聞きたいんだけど。メサっていう十三歳の外国の女の子、知ってる? 親父と直接面識はないみたいなんだけど」

「メサ、メサ……。いや、心当たりはないな」

 メサの母親の説明をしようとして、俺は戸惑った。俺はメサのラストネームさえ知らない。

「じゃあ、たぶんヨーロッパ系で、それくらいの歳の娘がいる女の人は? そのメサっていう子のお母さんと、親父は知り合いみたいなんだ」

「ヨーロッパ系で、十三歳の娘がいるくらいの年齢の女性……すまん、今度は心当たりがいっぱいありすぎてわからん」

 こ、こいつは……。

「で、そのメサっていう子がどうした?」

「ああ、実は今朝――」

 カランカラン、という音とともに店の扉が開いた。振り返ると、金髪の女の人が店の中を覗き込んでいる。

 メサがぴょこん、と席を立った。

「アイティ!」

「メサ!」

 女の人がメサを見て、店の中に入ってきた。

 この人がメサのお母さんか。優しそうな、柔らかな笑顔の女性だった。

「ごめん、ちょっとそのまま待ってて」俺は親父に告げた。

 ほたると、ヨシカさんが挨拶をしている。日本語は大丈夫みたいだ。ほたるは俺の友人、ヨシカさんはこの店のオーナーだと自己紹介をしているようだ。メサが俺の手を引っ張って、その輪の中に入っていった。

「アイティ。この人が、あの、例の、ウキョウさんです」

 あの、例の、ね。

「初めまして。メサの母親の、アイノ・ライコネンです」

「片桐右京です。片桐慎一郎の息子です」

 メサの母親のアイノさんは欧米人にしては小柄で、華奢な女性だった。当たり前だけど、髪は緑色ではないし、耳も尖ってはいない。アッシュブロンドの髪を腰のあたりまで伸ばしている。

「シンイチローには、とてもお世話になりました。シンイチロー、元気ですか?」

 俺はヨシカさんに借りたスマートフォンを「シンイチロー」といって指さしながら、アイノさんに渡した。

「ハロー? シンイチロー? ミナ・オレン・アイノ。ヨー! テルヴェ! ハワイユー。ヤー。……」

 何やら楽しそうに話し始めた。途中から英語になっている。

「メサちゃん、アイティって、アイノさんの呼び名?」ほたるがメサに尋ねる。

「ああ。アイティは、お母さんっていう意味ですよ」

 なるほど。

「そうなんだ」ほたるがうなずく。

 しばらく楽しそうに話していたアイノさんが通話を終えて、スマートフォンを俺に渡した。

「シンイチロー、今、ヘルシンキですね。食い違いですね」

 アイノさんが手を交差させた。

「それをいうなら、入れ違い、ね」そういって、ヨシカさんがそっとアイノさんの肘に手を添えた。「よかったら、コートを預かるわ」

「オー、ありがとうございます。日本語難しいです」

「すごく上手ですよ、日本語」ほたるがいった。

「サンキュー。ほたるさん、やさしいー」

 ヨシカさんがコートをハンガーにかけると、俺たちは席に着いた。

「メサがご迷惑をかけてごめんなさい」

 隣に座ったアイノさんがこちらを向いて、ぎゅっと俺の手を握りしめた。

 メサとはあんまり似てないな、と思ったけど、違った。

 アイノさんの瞳は、メサとまったく同じ色、エメラルドグリーンだった。

 それはまるで、深い森の奥にひっそりと横たわる、湖水の色のようだった。思わず中を覗き込まずにはいられない、そんな色だった。

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