1-3-02
「いえ。そんな。こちらこそ、連絡するのがおそくなってしまって、すみませんでした」
一瞬ぼーっとしてしまった俺は、あわててアイノさんにいった。
「メサ。ちゃんとお礼をいいましたか?」
「いってません!」アイノさんの言葉にメサは即答した。
なんじゃそりゃ。ほたるとヨシカさんが大笑いしている。
「いつもこうなんです」アイノさんはため息をついた。
「でも、メサちゃんも日本語すごく上手ですよね」ヨシカさんがいった。
「メサは日本の漫画やアニメが好きで、日本語はそれで自然に覚えました。私の仕事が通訳や、フィンランドに来た日本の方にフィンランド語を教えることなので、日本語に触れやすい環境でしたけど。でも、私、ほとんどメサに日本語を教えたことがないんです」
「今のお気に入りは、ラノベなのです!」
「はい、はい」俺はメサにうなずくと、アイノさんに尋ねた。「それじゃあ、仕事を通じて親父と知り合ったんですか」
「はい。シンイチローは、フィンランドのプロサッカーリーグの取材で来てました」
「フィンランドって、サッカー強かったっけ?」ほたるが首をかしげる。
「いいえ。とても弱いです」アイノさんが首を振る。「残念ながら」
「なんといっても、アイスホッケーの人気がダントツだからな」俺の記憶では確か……。「ワールドカップの出場経験もなかったはずだ」
「あら。でも、最近強くなってきたみたいよ。慎一郎がいってたわ。確か日本人が移籍したのよね」ヨシカさんが、アイノさんを見た。
「そうなんです。フィンランドサッカーが強くなった原動力が、その日本から移籍してきた選手だといわれています」
「へえ。そうだったんですか」ほたるがいった。
「はい。日本ではあまり知られていないと思います。でも、彼が来てから、フィンランドのサッカーは明らかに強くなりました。シンイチローは彼の独占取材記事を書いていて、私は彼のフィンランド語の先生でした。彼は近い将来フィンランドに帰化する予定です」
俺はうなずいた。「そうか。それで親父と知り合ったんですね」
「シンイチローは、いってました。息子がSNSに小説を投稿しているんだって。それで私はそれをメサに教えたのです」
「私、すぐにウキョウさんの小説のファンになっちゃいました」
意外だった。親父がそんなことを他人にいうなんて。
俺の気持ちを察したかのように、ヨシカさんがこちらを見てにやにやしている。
「意外?」ヨシカさんが尋ねた。
「だって、親父は俺がラノベを書くの、嫌がってましたから」
「オー。そうなんですか?」アイノさんが首をかしげる。
「うまく説明できないんですけど。俺はそう思ってました」
「そうでもないのかもよ。今度ちゃんと聞いてみたら?」ヨシカさんはいたずらっぽく俺に笑いかけてから、アイノさんにいった。「いつまで日本に?」
「来週の金曜日に発ちます」
「今って、冬休みなんですか?」ほたるが尋ねる。
「はい。フィンランドの学校では、二月にスキー休みというのがあります。学校は二週間お休みで、子供たちはスキーや家の手伝いをして過ごすのです。ちょうど私も、この近くで開催される国際スポーツコミュニケーションのシンポジウムに参加することになったので、二人で日本に来ました」
「ああ。県立体育センターでやるやつね。お客さんが話してたわ」
うなずくアイノさんの腕を、メサがつかんで揺さぶった。
「アイティ。私、ウキョウさんのところにいたいです」
「だめです。これ以上迷惑をおかけしてはいけません」
「迷惑ではありません!」きっぱりとメサがいった。
いや、お前がいうなよ。
「じゃあ、うちに来る?」ほたるがいった。
「行きます!」
即答だな。
「ちょっと、メサ――」
「私は構わないわよ」ヨシカさんが微笑む。
アイノさんがほたるとヨシカさんを交互に見た。
「あの、お二人は……」
「アイ・アム・ハー・ファーザー」ヨシカさんが答える。
「オー」アイノさんはなぜかヨシカさんの手をぎゅっと握っている。「素敵なお父さんです。いいですねー、ほたるさん。うらやましい」
「え。あの、まあ」
珍しく、ほたるがおたおたしている。
「アイティ」メサがぶんぶんとアイノさんの腕を揺さぶっている。
しばらく考えていたアイノさんは「本当にいいのですか?」とヨシカさんに尋ねた。
「うちは大丈夫よ。私たちだけだから。昼間、ほたるは学校で相手はできないけど。京ちゃんは暇だから、いーっぱい遊んでもらえるわよ」
「いや、俺もバイトがあるんだけど」
「週三日、しかも深夜でしょ」
「……はい。そうです」
「じゃあ、決まりね」
「ありがとうございます」アイノさんが深々と頭を下げた。
「よかったね。メサちゃん」ほたるがメサの腕をつんつんしている。
「はい! よかったですね、ウキョウさん」
「……はい」
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