1-2-06
「なあ、メサ。質問があるんだけど」
餌をやり終わって、再びこたつに入ってきたメサに俺は尋ねた。
「なんでしょう」
「今朝、お前がいってたお父さんって、俺の親父のことじゃなくて、お前の父親のことなんだよな」
「はい。お父さんは私のお父さんのことですよ」
「メサは、俺の親父は知らないのか」
「知ってますよ」
「え。知ってるの?」
やっぱり、という表情で、ほたるが俺を見た。
「はい」メサは、きょとんとしている。「シンイチローのことですよね」
「どこで会ったんだ」
「会ってません」
「ええと、どういうこと?」
「シンイチローに会ったことはありませんけど、シンイチローのことは知っています。お母さんからいつも聞いてました」
俺とほたるは顔を見合わせた。
「つまり、メサのお母さんと俺の親父が知り合いだっていうことだな」
「はい」メサがこくりとうなずく。
「京ちゃん。もしかして……」
ほたるがいおうとしていることはわかった。俺もそれは真っ先に考えたけど、すぐに思い直していた。
「いや。メサは今、十三歳なんだ」十三年前は俺の母親がまだ生きていたし、親父の仕事も国内での取材がメインだった。「だから、その可能性は低いと思う」
もちろん絶対、ということはない。でも、今までその存在を知らなかった妹が突然訪ねてくるなんて、それこそラノベの世界の中だけで十分だ。ややこしい。
「そうだよね。ごめん」
ほたるの言葉に、俺は首を振った。
「あの、シンイチローがどうかしたのですか」メサがいった。
「一応聞いておきたかっただけだよ」俺は答えた。「でも、メサをいつまでもここに置いておくわけにはいかないんだ」
「私は問題ありません」
そういう問題じゃないんだけどね。俺はほたるを見た。「さて。どうしたものか」
「とりあえず、ヨシカさんに相談したら?」ほたるがいった。
「ああ。俺もそのつもりだった。でも、その前に、一応メサの家族に連絡を入れておいた方がいいと思うんだ」俺はメサにいった。「確か、お兄さんがいるっていってたよな。連絡先、わかるか?」
メサはふるふると首を振っている。
「兄さんは、やめたほうがいいと思います」
「どうして?」
「兄さんは、やばいです」
「やばいって……。どうやばいの?」
「相当、やばいです」
俺はため息をついた。
ほたるが俺のあとを引き継いで、メサに尋ねた。
「誰かほかに連絡できそうな人っている?」
「お母さんなら……」
「お母さんも、日本にいるの?」
「はい。私と一緒に来ました。連絡できます」
俺はポケットからスマートフォンを取り出した。
「あの……」
メサが俺のスマートフォンに恐る恐るといった感じで、手を伸ばしかけた。
ほたるがメサの背中に手を当てた。「向こうでかけよっか」
メサはこくりとうなずくと、ほたると一緒に立ち上がった。
ほたるは俺と視線を合わせ、手のひらをそっと俺に向けると、メサを伴ってバスルームに向かった。
「連絡取れたよ、京ちゃん」
五分くらいしてふたりが戻ってきた。
彼女たちの様子からすると、特に問題なかったようだ。
「そっか」俺は少しほっとして肩の力を抜いた。「心配してなかったか、お母さん」
「はい」メサがうなずいて、ほたるを見た。「ですよね」
「うん。なんか、こういうの慣れてるみたいだった。すごく恐縮されちゃった」
まあ、メサのこの調子だと、さもありなんだな。
「ふうん。ていうか、お母さんも日本語できるんだ」
「うちは家族全員、ぱらぱらです」
「それをいうなら、ぺらぺらな」
「そ、そうでした。えへへ」
ふたりはまたこたつに入り、メサはまた中を覗き込んでほくほくしている。
「それで、このあと、お店にメサちゃんを迎えに来るって」と、ほたる。
「わかった」
「私は反対です!」メサが、がばっとこたつの中から顔を上げた。
「あー、わかった、わかった」
メサが頬をふくらませる。
「だって、私がいなくなったら、誰がウキョウさんの執筆を阻止するんですか」
「まだいってるのか」俺はため息をついた。「だいたい、お前、俺の小説のファンだっていっときながら、もう小説は書くなって、むちゃくちゃじゃないか」
「むちゃくちゃじゃありません」メサはぶんぶんと両手を胸の前で振った。「私はウキョウさんの小説が大好きですけど、それとこれとは別なんです」
「といわれてもなぁ」
「だーかーらー。書くのやめないと、世界が滅ぶんですってば、もう。ほたるさんからも何かいってくださいよ」
突然の無茶振りに戸惑うかと思ったが、意外にも、ほたるは真剣なまなざしを俺に向けた。
「京ちゃん。メサちゃんのこと――」
「ん?」
「ううん。なんでもない」
ほたるは首を振った。
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