1-2-03

 図書館は平日の昼間なのでほとんど人はいなかった。

「ウキョウさん、ウキョウさん。すごいです。本がたくさんあります」

 メサは館内に入るなり、きょろきょろとあたりを見渡して、本棚の前をちょこまかと動き回っている。しばらくして、ソファにぼーっと腰かけている俺のところに、戻ってきた。

「ウキョウさん、ここにある本、全部読んでいいんですか?」

「ああ。もし読めるんならな」

「ほんとですか」メサはぴょんぴょん飛び跳ねている。「あ、でもまずは、幼なじみが出てくる本を読みたかったのでした」

「ちょっと待ってろ」

 俺は来る途中で考えていた本を棚から集めてきた。『嵐が丘』『大いなる遺産』『わたしを離さないで』『サイダーハウス・ルール』『時をかける少女』『ツ、イ、ラ、ク』『学問』の七冊――。これだけってことはないよなぁ。大事なものが抜けている気がするけど、急にいわれるとなかなか思い浮かばないものだ。

 中学生にはちょっと早すぎるかも、という本もあるが、まあ大丈夫だろう。

 そういえば、メサの年齢を聞いてなかったな。

「メサは今いくつなんだ?」

「ええと。十三歳ということになっています」

「なんだそりゃ」

「じゅ、十三歳です」

 ……まあ、いいや。

「とりあえず、今はこれだけ」

 俺がテーブルの上に七冊の本を置くと、メサは目をキラキラさせた。

「これ、読んでいいんですか」

「ああ。まだしばらくいていいから、ここで読んでろ。借りて持って帰ることもできるから、あわてて読まなくてもいいぞ」

「わかりました!」

 さっそく一冊目を読み始めるメサを残して、俺は図書館の中をぶらぶらと歩いた。人によっては考えられないかもしれないが、本のある場所にいると俺はいくらでも時間がつぶせる。

 一時間くらい経った頃、メサのところに戻ってみると、彼女はさっきと全く同じ姿勢で本を読み続けていた。まさに、一心不乱という言葉がぴったりの読みっぷりだった。

 メサが、ページをぺらり、とめくる。

 その真剣な表情に、俺は声をかけるのをためらった。

 それにしても――ぺらり――やたらと――ぺらり――読むのが――ぺらり――速い気が――ぺらり――するのだが――ぺらり。

 おいおい。

 こいつ、どんだけ読むの速いんだよ。

 世の中には速読というものがあるらしいが、これがそうなのか。俺は詳しくは知らないのだが、本当にこんなにも速く読めてしまうものなのだろうか。

 俺はようやく隣の席に座ると、メサに声をかけた。

「おーい。そろそろ帰るぞー」

「あ。はい。今まだ三冊目ですけど」

 もう二冊も読んだのか。

「残りは借りて帰ろう」

「やった。ありがとうございます」

 本をもって、貸し出しカウンターへ向かう途中、メサは立ち止り、一冊の本を棚から抜き出した。そこは児童書のコーナーだった。

 メサは、本を開かず、表紙をじっと眺めている。『フィンランドのくらし』という本だった。

 あれ。この本、確か……。

「それも借りるか?」

 俺が尋ねると、メサは首を振った。

「いえ。いいんです」

 そっと、メサは本を棚に戻した。

 なあ、メサ。お前、ほんとはいったいどこから来たんだ?

 心の中で、俺は問いかけた。

 

 本を借りて、俺たちは図書館を出た。

「幼なじみといっても、いろいろあるんですね」

「世の中にはいろんな人がいるからな。いろんな幼なじみがいる。まったく同じ人はいないから、まったく同じ幼なじみの関係なんてないんだよ」

 高校の前で、俺たちはまた立ち止まった。

 校庭には、もう誰もいない。

「ほたるさんは、ウキョウさんのことが好きなんですね」

「うん。たぶんな」

 メサがゆっくりとこちらを振り返った。

「悲しいですか」

 俺は一瞬言葉に詰まった。

「いや。悲しくはないよ。苦しくも、悔しくもない」

「そ、そうですか」

 メサは再び校庭に視線を戻した。

 まるで誰かが現れるのを待っているかのように、俺たちはしばらく誰もいない校庭を眺めていた。

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