1-1-05

 ばっちぃん! 

 派手な音を伴った強烈なビンタを浴びながら、俺の脳裏に浮かんでいたのは『押しかけコスプレ少女と俺の幼馴染が修羅場な件』という、この状況をライトノベル的タイトルで表現した文章だった。

 どんだけライトノベル脳になっちゃったんだよ、俺の頭は。

 俺は少し悲しくなった。


 リビングの入り口に、北村ほたるが立っていた。

 高校の制服を着て、透明なアクリルケースを抱えている。

 こたつに座っている俺と、こたつの上にちょこんと乗っかっている上半身裸のメサを交互に見ると、ほたるはアクリルケースをそっと足元に置いた。そして、つかつかと俺のそばまで来てしゃがむと、思いっきり俺の頬をひっぱたいた。

「この変態!」ほたるが怒鳴る。

「痛ってぇ」

 あまりの痛さに、俺の左目から涙がぽろぽろとこぼれた。

「反省して泣くくらいなら、最初からするな!」

「反省の涙じゃねぇよ!」

「開き直るっていうの? 最低」

「待て」

「京ちゃん。合意の上でもダメだからね。犯罪だからね」

「だから待てって!」

 何なんだ、この安っぽいラブコメみたいな展開は。


 ほたるが勝手にうちに上がりこむのはしょっちゅうだったけど、こんなに朝早く来ることはめったになかったから油断していた。玄関のドアも開いたはずなのに全く気が付かなかったとは。うかつだった。

 いや、別にこちらには、やましいことは何もないのだが。

「それで? どうしてこの子がエルフのコスプレさせられたうえに、裸にむかれなきゃならないのよ」

 これまでのいきさつをすべて話し終わったにも関わらず、なんでそんな理不尽な言葉を浴びなきゃならないのよ。

「お前、ちゃんと俺の話聞いてた?」

「ねえ、メサちゃんだっけ」あっさりと俺を無視して、ほたるはメサに語りかけた。「正直にいっていいんだよ。大丈夫だから」

「ウキョウさんは、悪くありません」

「ほらみろ」

「ふうん」

 まだ納得しきれない表情で、ほたるは俺を見た。

 メサはまたシャツを着て、その上に俺のカーディガンを羽織っている。どうやらこたつが気に入ったみたいだ。たまにこたつの中を覗いてほくほくしている。

「ねえ」ほたるが小声で俺にいった。「ほんとにおじさんがメサちゃんをよこしたの?」

「ああ。だって親父がいったんだよ。俺が帰るまで面倒をみてくれって」

「それにこの格好……」

「それについては、まったくわからん」

「ほんっとに、京ちゃんが着せたわけじゃないのね?」

「しつっこいな、お前も」

 まったく、こいつは普段どういう目で俺を見ているんだ。

 そんな俺の気持ちはまるで察していない様子で、ほたるはなにやら考えを巡らせているようだった。

「もしかして……」ほたるは視線をリビングのドアのほうへ向けた。それから、ふと壁の時計を見上げると、立ち上がった。「私、そろそろ学校に行かなきゃ」

「後ろ、乗ってくか?」

 俺が立ち上がると、ぴょこん、とメサもこたつから飛び出した。

「大丈夫。まだ時間あるから」

 ほたるはリビングの入り口で立ち止まると、じろりと俺を振り返った。

「いっとくけど……」

「わかってる。変なことはしません」両手を上げて俺は苦笑した。「信用しろって」

 ほたるは、まったく信用していない視線を俺に向けた。

「今日は部活ないから、放課後また来る。ヨシカさんがいっしょに晩御飯食べようって。お店で」

「わかった。いつもごめんな」

「ううん」

 そういって首を振ったほたるの表情は、少しだけ和らいだように見えた。

 リビングのドアを開けながら、「あ」と、つぶやいて、ほたるは足元を指さした。

「この子、よろしく。細かいことは夕方説明する。それまで放っておいて大丈夫だから」

 そのとき、ようやく俺はほたるが持ってきたアクリルケースに注意を向けた。ケースの中には、葉のついた木の枝が入っていた。

「じゃあね」ほたるはいい残し、出ていった。

 リビングのドアがぱたんと閉じる。

 俺とメサはしゃがみ込んで、ドアの脇に置かれているアクリルケースを覗き込んだ。

「ベイビー・ドラゴンだ」

 メサがつぶやく。

 ケースの中から、一匹のグリーンイグアナが無表情に俺たちを見上げていた。

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