5-5話 山にいる

「おーい。女子ィ~」

 廊下で軽く声をかけて障子を開けたのは、翔太だった。後ろには高木もいる。

「俺ら、外の階段で雪かきすることになったから。そのまま下に降りてほしいって言われたから、女子はこっちで待機だってさ」

「そうなんだ。行ってらっしゃい」

 先に応えたのは瑠璃だった。

 二人はそのまますぐ行ってしまいそうだったのを、瑠璃は立ち上がって止めた。

「あ、ちょっと待って」

「なんだ?」

「ここ来るときにさ、ヒメ見なかった?」

 瑠璃は続けて訊ねる。

「ヒメ? どうかしたのか?」

「トイレに行ったっきり帰ってこなくて」

「迷ってるんじゃないか? ここ意外に広いし。それか腹でも壊したんだろ」

「そうかなあ……」


 ヒメがトイレに行くと言ったきり、もう二十分以上経とうとしている。

 いくらヒメがほんわかしているといっても、場所がわからなければ人に聞くぐらいするだろう。


「心配なら行ってみるか?」

「うーん。もう少し待って帰ってこなかったら見に行ってみるよ。ありがとう」

「おう。じゃあな」


 瑠璃はその背中を見送り、障子を閉めた。

 それから七海先輩とユズの前に座り直すと、三人で困惑した表情を浮かべた。


「他に誰か見てないかな」


 ユズが首を傾ぐ。


「うーん。誰か来れば聞けるんだけど」


 などと相談をしていると、ちょうどまた廊下から声がした。

 今度は女性の声だった。

 はい、と七海先輩が応対すると、障子が開かれた。

 中年の女性が数人、「あ~、いたいた」と言いながら入ってきた。腕からはぱんぱんに詰まった古い布袋やくしゃくしゃになった紙袋をいくつも下げていて、それらの荷物を素早く部屋の片隅へ置いていく。


「お待たせぇ。今日の巫女さんらよね。いまからお着替え手伝わせてもらいますぅ」


 女性たちは素早く膝をついて、頭を下げてにこやかに挨拶をする。すぐさま立ち上がって、おのおのの準備を始めようとした。瑠璃たちも慌てて挨拶を返す。


「みんなこういう服着るのは初めて? おばちゃんたちが着付けするから、まずは……」

「あの! その前にいいですか?」

 おばちゃんたちの猛攻を止めたのは七海先輩だった。

「ヒメ……もう一人女の子見ませんでした? トイレに行ったまま帰ってこなくて」


 中年女は一瞬、なんのことかというように三人を見返した。

 だがすぐにぱっと顔を明るくさせる。


「ああ、あの子ねえ。途中で出会って、お役目役を頼んだんよ。ほら、一晩お山の中で過ごすお役目ね」

「えっ?」


 瑠璃はびっくりしたように目を瞬かせた。何か特別な――そうでなくともクジか何かで決めるのかと思っていたのだが、そんな事であっさり決まってしまったのか。

 他の二人も同じだった。七海先輩とユズが驚いた顔で互いを見る。


「すぐにええですよって言ってくれたから、そのままお着替えのために別室に連れてったんよ~」

「そ、そうなんですか?」

「やだわあ。誰か教えてあげれば良かったんに。ねえ」

 女性は他の女性たちに同意を求める。彼女たちもうんうんと頷いていた。

「いくら忙しいって言ってもねえ。心配になるわよねえ」

 他の女性が、瑠璃たちに同意するように言った。

「え、ええまあ。トイレから帰ってこないので心配になっていて。そういうことだったらいいんです」

 七海先輩がそうまとめた。

 だがそうとわかればホッとした。明日の朝まで会えなさそうなのはともかく、変な所に行ってしまったり体調不良なわけではなさそうだったからだ。

「も~。誰か連絡係おらんかったん?」

 そう言いながら、女性たちは着々と準備を進めていた。荷物の中から和紙の大きな包みを取り出して、中から巫女服を取りだしていく。着せる順番に上になるように床に置いていく。それが三人分だった。

 瑠璃たちはそのめまぐるしい勢いについていけないまま、こっそりとささやきあう。


「どうする? ヒメの荷物もここに置きっぱなしだし」

「一応誰かが預かっておいたほうがいいんじゃないかな」

「じゃあ、私が持っておくよ」

「いいの? 瑠璃」

「ぜんぜん、大丈夫!」


 このときの瑠璃は軽く考えていた。

 いざとなったらヨナル君に影の中に収納してもらおう、という魂胆だった。

 だが当のヨナルは、何か思うところがあるのかじろりと影の中から周囲を見回し、それから再び中へと入っていった。







「……どうして!」


 思わず叫ぶように言う蛭川。

 それから周囲を見回して、誰にも聞かれていないことを確認してから続ける。


「ちゃんと家族関係なんかも確認してきたのは、あの萩野瑠璃って子だって言ったでしょう。忘れたんですか。家族に勘付かれると厄介になるって、あなたがたは――」

「まあまあ、落ち着いてくれ庸一君」


 いまにも食ってかかりそうな蛭川を大人たちが宥める。


「こんなにようさん若いのがおるけ、一人くらい前後したって構へんよぉ」

「そうそう。それに、天涯孤独を見つけてくるのも骨が折れるやろ」

「後は俺たちがうまくやっとくきに、庸一君はちゃんと別の」


 だがそんな男たちを、藤吉が睨んだ。


「もとはといえばお前らがでかい声で話をしとったのが原因じゃろうが。ええから、さっさと持ち場に戻りぃ」


 男たちはすごすごと藤吉を恨めしげに見てからネズミのように退散していく。


「ま、まさか……聞かれたんですか」

「ああ。でも、多少人選が前後しても構わん。ちょっとぐらい道筋が変わっても、ゴールは一緒や」


 藤吉は手をあげ、ぽん、とその肩を叩く。


「ええか、庸一。……守手様は、本物の神様じゃ。下手な事を考えると、自滅するぞ」







 三人がすっかり巫女の服装に着替え終わると、お互いを見てキャアキャアとテンションが上がっていた。雪かきの手伝いをするつもりだったことなどすっかり忘れ、携帯電話でお互いの写真をとりあう。


「やっぱり若い子がこんなにいると花があるねえ」


 六十代くらいの中年の女たちは、すっかり巫女の服装になった瑠璃たちを見てにこやかに笑みを浮かべている。


「ありがたい、ありがたいね」


 腰の曲がりそうな老婆たちは、熱心に瑠璃たちに向かって手を合わせている。

 ユズと七海先輩が互いに写真を撮っているのを横目に、瑠璃は着替えをしてくれた中年女へと声をかける。


「あのう、ところで……」

「なぁに?」

「ヒメは、ええと、お役目になった友達は、どういう……、その、ルートで?」


 瑠璃はうまく訊ねることができなかった。


「あ~。心配せんでもええよお。あの子もいま、着替えさせとるから。儀式の時間は夜だでねえ、そのあいだ、朝まで会えないから心配かもしれんけど」

「ええと、村の方から御神輿に乗ってくるんですよね?」

「うん、だからあんたたちとは完全に別行動になっちゃうねえ。けど、巫女さんたちには巫女さんらの役割があるから、まだしばらくここで待っとってねえ」

「はあ……」


 それ以上は詳しく聞くことはできず、瑠璃たちは半ば放置されるような形で部屋に残された。

 結局、三人は互いに写真を撮ったりたまに「これお食べ」と差し入れられたお寿司やおはぎを食べたりして過ごした。寿司はいなりと巻物が入った助六寿司だった。スーパーで買うようなパックではなく、どこかの家から持ってこられたような大きな入れ物に入っている。どうやら村の人たちで自作したもののようだった。

 もう一度中年女がやってきたこともあったが、「太鼓の音が聞こえたら、全員でタイミングあわせてね、これ飲んでおいてね」と、御神酒のようなものを置いていった。

 やはりこの儀式は冠婚葬祭の一つなのだな、という気がした。

 だがその後、誰が来ることもなかった。


 すっかり夜が更け、待つのにも飽きてきた頃。

 周囲が慌ただしくなったかと思うと、向こうの方から僅かに太鼓の音が聞こえてきた。


「あ、もしかして来たのかな」


 瑠璃が耳をすませる。


「なんかもう私、眠くなってきた」

「ほらユズ。これからでしょう」


 七海先輩がユズを叱咤する。

 太鼓の音はやがて神社を通り過ぎて、山のもっと上の深いところへと向かっていった。

 急にあたりがしんと静まりかえる。三人は互いを見返した。


「……大丈夫かなあ」

「まあ、大丈夫でしょ。あの子、あれで結構しっかりしてるし」

「それより、この御神酒を飲めばいいんですかね」

「たぶん……」


 妙に静かだ。

 そういえば自分たちは何をやらされるんだろう、と考える。まだここに来てしたことと言えば、着替えたことと助六やおはぎを食べただけだ。後はほとんど放置されていた。巫女だから、もっと祈りを捧げたり神楽を舞ったりなんて事を考えていたが、そんなことはぜんぜん教えてもらっていない。

 時間を確認すると、夜の十時を過ぎていた。


「御神酒を飲むのが仕事なのかな」

「そうじゃないかな」


 七海先輩が率先して、ひとまず御神酒を三人分に分けた。

 七海先輩がまず一口飲み、ユズがそれに続いた。瑠璃も飲もうとした瞬間。


「痛った!」


 太腿にものすごい痛みが走った。

 驚いたような二人に、瑠璃は慌てて付け足す。


「す、すいません。舌噛んで」


 実際は舌を噛んだわけではない。太腿の目立たないところをヨナルに噛みつかれたのだ。

 ――な、な、なんだよう、急に!? お酒飲むのはしょうがないじゃん!

 巫女服の影から睨み付けるヨナルに、涙目で訴える。だがヨナルは違うと言いたげに、頭を御神酒に向けて首を振った。

 ――え、なに?

 飲むな、ということなのか。

 だがこのまま二人の前で飲まずにいられない。瑠璃がどうしようかと戸惑っていると、突然今度はばたばたと音がして障子が開いた。振り返ると、蛭川が立っていた。全速力で走ってきたように息を切らして、瑠璃を見つめている。


「え? ……蛭川先輩?」


 蛭川は、瑠璃が持っている御神酒の器を見てから口を開いた。


「……飲んだのか?」

「……私はこれから飲むとこ……」

「そうか。間に合ったな。……ついてきてくれ」


 蛭川は言うが早いか、瑠璃の腕を掴んでどこかへと行こうとした。

 瑠璃は慌てて立ち上がる。その隙に、ヨナルが頭を御神酒の器にぶつけた。器は地面に転がって、中身が畳にぶちまけられた。


「え!? ちょっと、二人は!?」


 瑠璃が振り返ったとき、七海先輩とユズは様子が明らかにおかしかった。

 なにしろ二人ともとろんとした目をしていて、瑠璃が連れ去られてもまったく動じていなかったからだ。


「大丈夫だ。あの二人はちょっと眠るだけだ」

「え? え?」


 瑠璃は蛭川の行動が理解できず、そのままなんとか靴を履いて外に出るしかなかった。


「え、な、なんで私も行くんですか? どこ行くんですか?」


 だが蛭川は答えず、瑠璃の手をとったままずんずんと進んでいく。


「しくじった。僕のせいだ」

「何がですか?」


 蛭川はまったく質問には答えてくれず、瑠璃を神社から連れ出すと、山の奥へと続いている階段まで連れてきた。階段は山の上のほうまで続いていて、両側に炎が灯されている。そのせいか妙に温かかった。蛭川が二段飛ばしで上がるものだから、瑠璃もそれに合わせなければならなかった。


「ちょ、待って……」


 ぜえぜえと息を切らせながら階段を登り切る。これほど暗いのに息が白いのが見えた。上がりきった頃にはすっかり体が温かくなっていて、余計に冷たく感じる。顔が赤くなっているのがわかる。瑠璃がようやく目線をあげると、目の前には奇妙な洞窟が見えた。洞窟の入り口には神社でよく見かけるようなしめ縄がしてあった。


「え……、ここって……」


 ぐいっと引っ張られ、そのまま洞窟の中へと進む。


「油断していた。このままだと彼女は死ぬ」

「え?」


 長い通路の先には広がった空間があり、ろうそくが立てられて明るかった。一番奥には祭壇があり、ヒメが石壇の上に寝かされていた。あちこちにしめ縄やお札が貼られている。ここが最初に言われていた、お役目の人が一晩過ごすところなのか。

 瑠璃は困惑した。

 確か巫女は一人でここで過ごすはず。それなのに、祭壇の前には村人たちがいるのである。それも一人や二人ではない。ざっと見ただけでも三十人はいる。ちょうど祭壇の前だけが通路のように空いていて、左右それぞれ十数人がひざまずいている。彼らが全員違うタイミングで何かを唱えているせいか、うわんうわんと声が反響して不気味だった。


「守手様。守手様。今年の贄をお連れしました。どうぞ、我らを守ってくださいまし」


 そんなことを言いながら、祈りを捧げている。


「あの……贄って?」


 瑠璃はなにかの冗談かと聞くように、蛭川に半笑いでたずねる。


「そのままの意味だ。生贄だ。このままだと彼女は生贄として、守手様に食われる」

「え? 冗談じゃなく?」

「冗談じゃない」


 瑠璃はそれでも状況を飲み込めずにいた。

 だが、祭壇の前で祈りを捧げていた男がヒメに近寄り、その服に手をかけてナイフで引き裂こうとした瞬間、瑠璃は咄嗟に前に出た。


「ちょ、ちょっと!」


 いったい何をやろうというのだ。

 暗闇から飛び出した瑠璃を見て、人々は驚いたように注目した。

 人のいないど真ん中を走り、男の手に持ったナイフへと飛びついた。


「なにをしてるの!?」

「おまえっ。どこから!?」


 男はナイフを持った手を取られ、必死に抵抗した。ぐぐぐ、と互いに力が拮抗しあい、なんとか男をヒメから引き剥がそうと瑠璃は男に食らいつく。

 だが相手は男の力だ。互いにぐるぐると回りながらも、瑠璃はあっという間に引き剥がされ、たたらを踏んだ。さっきまでと位置が逆転していた。すぐ後ろに祭壇があり、寝かされているヒメがいた。どうやら気絶しているようだった。


「いったいどういうこと? ここで一人で過ごすんじゃなかったの」

「ああ、そういうことになっちょる」


 にらみ合い、もう一度飛びつこうとしたところで、瑠璃の腕が何者かに掴まれた。真横の死角から誰かにつかみかかられたのだ。


「まあ、ええてええて。生きのいい方が守手様も喜ぶじゃろ」


 聞き覚えのある声が後ろからした。


「お、女将さん!?」


 信じられないことに、瑠璃を羽交い締めにしているのは宿の女将だったのだ。

 暴れる瑠璃を取り押さえながら、やっぱり若い子は元気がいいね、などと苦々しく言っている。意味がわからなかった。この村の人間がいったい何を考えているのか理解できない。


「ちょ、ちょっと、離して!」

「こいつ、仲間か。どっから来たんじゃ」


 男が冷静さを取り戻したように、近づいてくる。瑠璃は女将を引き剥がそうと体をよじるが、それ以上の力で抑えつけられてしまった。


「ほら。大人しくしといて。あんたもいずれ、お友達とおんなじように――」


 だが、すぐさま女将はヒッと小さく呻いて瑠璃から離れた。瑠璃の髪の間から、赤黒く光る目が二つ、女将を睨み付けたからだ。それどころかそいつは牙を剥き、女将に向かってシャッと顔を近づけた。


「ひいっ!」


 女将が一気に瑠璃から離れ、ひいひい言いながら祭壇へと後ずさった。


「あっ……」


 よろめいて祭壇の上へと太腿をぶつけ、そのまま座り込んだ。


「何やっとんじゃ! ちゃんと抑えてろ!」


 男が怒鳴りながら瑠璃を捕まえようとした。その腕に、今度は瑠璃が即刻噛みついた。


「痛ぇっ!」

「こいつ!」


 だが騒ぎが本格化する前に、女将の何かに怯えたような声にすべてがとまった。


「あっ、あっ……!」


 女将は上を向いて何かに怯えたような表情をしていた。

 その隙をついて、瑠璃は地面に転がったヒメの体を引きずり、気絶したままの彼女を奪還した。視線を向けた時には、女将の口の中に、何かオレンジ色のものが勢いよく飛び込んでいったところだった。それは蛇のようにも見えたし、ウナギかドジョウのようなものにも見えた。とにかく細長くてうねうねした体を持つものが、女将の口の中へと一気に入っていったのだ。女将が自分の喉をひっかいている間に、喉が大きく上下しながら、何かが腹の中へ到達する。

「あ……」

 女将はいま起こった事が信じられないというように、ぶるぶると震えだした。


「あああああ。あああああ」


 震えは大きくなり、がくがくと体を揺らしながら両手で目を押さえ、苦しみながら体をくねらせた。

 その途端、顔にある穴という穴からオレンジ色の触手がぞぶりと飛び出してきた。目と鼻と耳と口はもとより、そのほかの細かい毛穴を内側から押し開いてオレンジ色が飛び出し、うぞうぞと蠢いた。


「な、なん……」


 あまりに衝撃的な光景だった。

 ヨナルがさっとその体で瑠璃の目を隠さなければ、トラウマになっていたところだ。


「守手様」

「守手様じゃ」


 村人たちが次々に平伏していく。

 瑠璃は今度こそ困惑したように、オレンジ色の触手に包まれていく女将と平伏する村人たちを交互に見た。ひざまずき、あるいは平伏し、手を合わせて頭をこすりつける人々の前で、女将の体はぞぐぞぐと出てくるオレンジ色の触手に包まれていく。なおも瑠璃に痙攣した両手を伸ばしてくる。

 シャアアァァ!

 ヨナルが牙を剥き出しにして威嚇した。体を強ばらせた蛇の威嚇だった。

 女将だったものは一瞬びくりと動きをとめた。オレンジ色の触手はゆらゆらと揺れる。だがそれでも女将だったものは怯まなかった。いや、もはやうぞうぞと蠢くオレンジ色の触手の塊といってもいいそれが、ゆっくりと近づいてくる。

 ヨナルが再び、しゃっ、と威嚇音を出しながら噛みつく仕草をする。

 今度は動きをとめることさえなかった。それどころか、天井や壁の隙間からも、オレンジ色の触手がうぞうぞと何本も飛び出してきた。


「ひ……」


 瑠璃は気絶したままのヒメを抱きしめ、目を見開く。


 ――な、な、なんで!?


 ヨナルはブラッドガルドの使い魔である。たいていのものなら追っ払えてしまえるはずだ。相手がただの魔物であるなら。少なくとも瑠璃は向こうの世界ではそう思っていた。それなのに。それなのに。それなのに!

 目の前のオレンジ色の触手は、まるでヨナルのことなど気にしないようにやってくる。それどころか、あたりから次々と数が増えている。これは一匹なのか、それとも群体なのか。

 いや、そもそもこのオレンジ色の化け物はなんなんだ。

 ここは現代だ。

 モンスターが跋扈する異世界ではない。

 それなのに。

 ヨナルに対して物怖じしないばかりか、まともにやり合おうとしている。


「……まさか」


 瑠璃は思い出した。

 思いついてしまった。

 ブラッドガルドの世界において、神同士は相手を殺す事ができない。

 その法則が、この現代でも適用されるとするなら。


「……まさか、本当に……」


 ヨナルがはっとして振り向いた。

 今度は別の意味で、警告するようにシャアッ、という音を出す。瑠璃の口を閉じるように、口めがけてすっ飛んでくる。

 けれども、遅かった。


「……神様、なの?」


 瞬間、穴から爆発するようにオレンジ色の触手が山の上から噴き出した。

 天に向かって伸びたオレンジ色は、何本もの指先が両手をあわせてまっすぐに伸びているようだった。それはまるで、祈るような巨大な手にも見えた。

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