4-4話 オカルト探偵団

「言っておくが」


 ブラッドガルドはそう前置きしてから続ける。


「コソコソしている貴様らと違って、我らはちゃんと許可は取れているからな。勝手に入っているわけではない」


 まるで説明口調のようだった。

 それでもまだ普通に話しているような風だったが、その手だけはものすごい力で、1号と2号を押さえつけていた。


「その上で、貴様らが何者かは知らんが――、あれには決して知られてはならんのだ。あんなものがいることも、そしてここが何かある物件だということも」


 あれって、なんだ。

 無理矢理に家の方へと顔を向けさせられた。家の方だった。

 1号は怯えながら、窓を見る。

 いつの間にか窓は開いていて、そこに寝袋が一つあった。

 寝袋の上には人がひとり、座り込んでいた。スウェットのラフな上下を着ている少女だった。いましがた寝ようとしていたところにも見える。だがその目は閉じて下を向いている。その前には、人が突っ立っている。いや、突っ立っているわけではなかった。足は、つま先で立っているように見えた。それもまだ違うように思える。

 口元を抑えられていなければ、ひぃっ、と情けない声が出てしまうところだった。

 なにしろその足は、上から吊られた足だったからだ。吊られた首は異様に伸び、だらんと伸びた足が畳すれすれのところまで落ちているのだ。首のロープが揺れるたびに、その足先がざあ、ざあ、と畳を擦って音を立てている。

 がらんどうの目や口から、黒い液体がこぼれている。もはやそれが血なのか、体液なのかすらもわからない。

 黒い液体としか言えないものが、床にばたばたと落ちて音を立てている。

 しかもそれは一人ではなかった。

 よく見れば奥の方にも一人、そして更に向こうにも一人。

 少女は首を吊った者たちに囲まれていたのだ。


 ――あ、あ、あれ!


 1号は自分を抑えつけている男に目線をやった。

 いまにも失神しそうだったが、口を抑える男がそれを許してはくれなかった。こんなものは見たことがない。オカルト探偵団などとコンビ名を作って、各地のオカルト現象の検証などをやってきたが、こんなことははじめてだった。

 2号は震えながら、カメラを回していた。

 撮ることしかできなかった。

 2号の角度的に少女の顔は見えない。それでなくともぶれまくりで、まともに撮ることなどできていなかった。


 首を吊った者たちは、ゆらゆらと目の前の少女を見つめていた。

 ずずず、ずずずう。ざざあ。

 ばたばた。ぼたぼた。

 不気味な音が響き渡る。

 そのうちに首を吊った者たちの目がこちらにも向くのではないかと、二人は気が気でなかった。涙目になったまま、それを見ているしかなかった。いますぐにでも悲鳴をあげてここから逃げてしまいたい。


「貴様らにも見せてやろう。あれの中にいるものを」


 ブラッドガルドはそのとき、嘘をつかなかった。

 「あれ」を指すものが少女であるとも家であるとも言わなかった。

 だが二人は、それが当然のように少女のことだと思い込んだ。別にこれといった魔法を使ったわけではない。二人が勝手にそう取っただけだ。


 なにしろ次の瞬間には、少女の影から勢いよく何かが飛び出してきたからだ。

 影蛇たちだった。

 巨大だった。人をも飲み込んでしまいそうなほどだ。

 そのすべての蛇が牙を剥き、その身をくねらせながら部屋に吊られたものたちへ一斉に顎を開く。そうして蛇たちは、首を捻りながら吊された者たちの胴体へとかぶりついた。勢いでぶちっと紐ごと持っていったもの。紐が引っかかり、首で切断されごとりと落ちたもの。落ちた首が床に届く前に、蛇の口の中へと持っていかれるもの。

 耳をつんざくような、おかしくなりそうな悲鳴があがり、首を吊った者たちが体を揺らす。逃げようとしているのだろうか。だが、天井から吊られた現状では逃げることもできないようだった。ただただ、吊られた者たちは悲鳴のような嗚咽のような、あるいはそのどれでもない意味の無い言葉を繰り返していた。

 蛇たちは悲鳴ごと、顎の中へと迎え入れた。

 だが寝袋の上だけが聖域であるように、そこには何も掛からなかった。


 1号も2号も必死でその光景を目に焼き付ける。

 信じられなかった。だが現実だ。

 口元を抑えるその痛みが、この光景は現実だとたたき込む。


「言うなよ」


 二人は、男の笑みが蛇のようだと思った。


「そのカメラの中身もだ。もし明確に口にしてしまえば、あれは貴様らも食い殺すだろう。そういうものだ」


 二人は大きく何度も頷いた。

 ぱっと手を離した瞬間、二人はほとんど泣きながら一斉に走り出した。さきほどまで腰を抜かしていたのが嘘のように飛び出し、庭でスッ転びながら車へと戻っていった。

 ブラッドガルドは二人が逃げていくのを見ながら、立ち上がって首を傾いだ。


「……ふむ。あれだけ脅しておけば十分か」


 それからゆっくりと家の中に視線を戻す。

 家の中では影蛇たちが、畳に残された黒いものや、残りの人影を食べて掃除していた。寝袋の影の中に隠れてガードしていた影蛇や、瑠璃の耳を塞いでいた影蛇がそろそろと出てくる。彼らは横に倒れそうになった瑠璃の体を支え、いまだすやすやと眠りに入ったままの体をゆっくりと寝袋の中に戻していた。

 「あるじもてつだってほしい」と言いたげな影蛇達の目線から全力で目を逸らしながら、ブラッドガルドは家の中に戻って窓を閉めた。







 あれは、夢だったのだろうか。

 1号はあれからどうやって家に戻ったのか覚えていない。どうやらほうほうの体で家まで逃げ帰り、ベッドの中で震えていたのは覚えている。起きるとベッドの中は泥と葉と土まみれで、つんとアンモニアの臭いがした。服を捨て、風呂に入り、ベッドを元通りにするのには結局買いに行かなければならず、二日ほどかかってしまった。


 夢だと思いたくても、カメラの中にはあの日の光景が映し出されている。

 車内で話をしながら、あの家に確かに行ったことが鮮明に映し出されている。

 あの家で見たものは、本当だったのだろうか。

 でも全部を確認する気にはなれなかった。見れば、あれが夢ではなく真実だと本当に理解してしまうだろうから。


 動画も突然の休止をしてしまってから一週間になる。動画は毎日あげていたし、いままでこんなことは無かったから、SNSでも「どうしたんですか」という声が届いてきた。そろそろ反応しないと、いくらなんでもまずいだろう。


 1号が2号にようやくメールを入れると、2号も同じことを考えていたようだった。さすがに撮影部屋までやってくるのは次の日になったが。


「……よう」

「元気だった……?」


 二人はお互いに声をかけると、どちらともなく笑い出した。

 1号は2号を撮影部屋に入れたが、あの日の出来事は話題に出すのを避けていた。この一週間で他のオカルト系投稿者もかなり進んだらしく、一緒に動画を見ておくことにした。その間にメールの確認もする。まったく手を付けていなかったせいで、この一週間でかなり溜まってしまった。視聴者からの体験談もかなりの量になっていて、ひとつひとつの確認が大変すぎた。中には「二階屋敷」で出会った「てっしー」からも来ていて、あの日のコラボ動画が出来たから先に公開しておくという内容だった。


「あちゃあ、しまったなあ。これ、四日も前に公開されてる」


 2号はメールチェックをしながら苦い顔をした。


「てっしーさんのやつ?」

「そう」


 あのとき、二階屋敷の動画は誰も彼もが素早さを求められていたから、致し方ない。二人は完全に出遅れてしまった。コラボ先であるオカルト探偵団の動画がなかなか出ないせいか、SNSにもそれに関する呟きが結構あった。


「てっしーさんのやつも後で見ておかないと……、その前にメールかなあ」

「それがいいかもな」

「くそ~~、なんでこんな事になったかな~~」


 2号がさすがに体を伸ばしてぼやく。

 だが、すぐに黙り込んだ。


「……」

「……」


 わかっている。

 あの光景は、いまでも夢だったのではないかと思っている。

 オカルト系動画投稿者としては美味しい動画ではあったと思う。だがそれ以上に恐怖が先に立った。


「あれは、本当にあったことなんだよな……」

「……うん」

「たまに、とりついてるものが強すぎて……とかいうの、来たことはあるけどさあ。まさか、ホントにそんなことが……」

「あれって、食べてたよね……」

「……」


 思い返すと、ぞくりと二人の背中に冷たいものが走った。


「……仕事しよっか」

「そうだな……」


 二人はむりやり話題を終わらせた。この事実を受け止めるにはまだしばらく掛かりそうだ。それに、誰かに言おうにも信じてもらえるだろうか。

 しばらく二人はメールチェックや動画視聴に時間を使った。一週間も何もしていない分の付けが一気に回ってきたようだった。

 編集作業をしていた1号がぐっとのびをして、立ち上がる。


「何か飲み物持ってくるわ。何がいい?」

「コーヒーある?」

「缶コーヒーなら」

「じゃあそれで」


 2号は相変わらずメールチェックに勤しんでいるようだった。

 そのPCから、明らかに自分たちとは違う声がしている。


『ほらもう、怖いの来たァ!』


 男の声がしている。男の後ろではゲーム音のような音がしていた。

 いったい何を見ているんだろうと、2号の使っているPCを覗き込む。どうやら後ろで動かしているらしく、画面には動画サイトは映っていない。


「それ、なんの動画見てるんだ?」

「ゲーム実況だよ。いまはたぶん、ホラー実況。ちょっと気晴らしにね。ラジオ代わりにもなるし」

「へえ。器用だなあ。俺はそういうのつい見るから駄目だ。手が止まる」

「意外に集中できるんだよねえ」


 2号はメールチェックに戻りながら言った。器用なものだ。

 1号は部屋を出てキッチンで缶コーヒーを二つ持って戻ってきた。さっきとは違う声がする。


『こんにちはー!』


 女の子の声がする。


「なんだ、女のゲーム実況者?」

「いや、自動再生にしてるからわかんない。たぶんそうじゃない?」


 動画サイトでは一つの動画が終わったあと、関連性のある動画が自動的に再生される。同じ投稿者の事もあれば、まったく知らない人間の動画が突然再生されることもある。


『今日はブラッド君もいるから一緒にやってくよ~。ほらブラッド君、挨拶して!』

『……あ?』

『あ? じゃないよ。ごめんね毎回!』

『我も毎回聞きたいが、なぜ我が挨拶をせねばならんのだ。これを見ている奴らがするべきだろう』

『じゃあ今日のゲーム実況なんだけど』

『おい……』

『今日はブラッド君の選んだゲームなんだよね……』

『……そうだったな。よし貴様ら、これの悲鳴を聞けるぞ』

『ねえもうそれ怖いヤツだって言ってるよね!!? もうやだよ怖いやつ!!』


 動画の中では、女の子の声を無視してカチカチとクリック音がした。


『ほらもおおお、怖いやつだよ!!』

『左に行くだけのゲームだ、何も怖い事はないだろう』

『それ知ってるからな!!?』


 聞いているだけならごく普通の――まあ男の方が多少キャラが強い気はするが――ゲーム実況のようだった。

 だが、二人は顔を見合わせた。


「……なあ。なんか、この声……、聞いた事無いか?」

「……あ、ああ……」


 特に、ブラッドと呼ばれている男の方。

 二人の記憶を揺れ動かす。頭に浮かんだのは同じ人物だった。


 ――『貴様らにも見せてやろう。あれの中にいるものを』

 ――『そのカメラの中身もだ。もし明確に口にしてしまえば、あれは貴様らも食い殺すだろう。そういうものだ』


 その声がリフレインする。


「ま、まさかな……?」

「ははは。そんな、まさか……」


 二人は引きつりながら、顔を見合わせた。

 動画サイトでは、相変わらず脳天気な声が、妙に低い声とのやりとりを繰り広げていた。

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