4-2話 オカルト探偵団

 1号と2号はそれぞれ手分けして、『さんさんハウス』がこの夏から秋にかけて貸し出している幽霊物件を探し出した。

 確実に現状貸し出されている「元」幽霊物件は三軒がヒットした。すべてアパートかマンションだ。『二階屋敷』のようにとり壊されたり、奇妙な現象が起きると噂されていた物件も数えると五軒になる。把握しきれていないものや、あるいは噂だけで現状がわからない物件があると考えると、確実にそうだと言い切れるのはやはり三軒だ。

 これだけでも偶然とは思えない。なにしろ、オーナーは別々の人物なのだ。

 もし同じ人間だったら、部屋を空けておくのはもったいないとか、変な噂が立つのは嫌だからという理由で一斉に解禁するのはありえる。実際そういう人間はいるからだ。奇妙な現象が起こって住人が短期間でいなくなるような部屋を貸し出しているオーナーや管理会社。しかし複数の人間がこの数ヶ月で同じ事を思うだろうか。しかも同じ「さんさんハウス」が仲介している中で。

 しかもそれだけじゃない。


「……A県の区域に集中してる!」


 1号は目を爛々と輝かせた。

 解禁された部屋は、すべてA県のとある地域に集中していた。

 ビンゴだ。

 二人はにやっと笑うと、お互いの手をたたき合った。


「このあたりにあるのは、日羽店か?」

「いや、このへんって大学や商店街も近いから何店舗かあるし、さんさんハウスの子会社の店舗もあるよ」

「ああ、そうか。今後このへんの別会社の管理してるとこもそういうのが出てくる可能性があるか」

「でも、なんで急にこんなことになってるんだろうね。お祓いができるような人が入ってきたとかもあるけど、逆に経営がやばいとかもありそう」

「経営がやばくなって、幽霊物件でもなんでも貸し出さないとやってけないって?」


 二人は首を捻る。


「とにかく、これはやっぱり偶然じゃないな。早いところ調べちまわないと、他の奴らに先を越される案件だ」


 二人は計画を立て、他の幽霊物件をピックアップすることにした。

 わかっているのは、再び貸し出されるようになった幽霊物件は必ず「さんさんハウス」の人間が調査という名目でやってきていることだ。それは一度だけではなく、本職らしき人間が来ていることも確認されている。

 さすがに日羽店への直接取材はお断りされてしまった。にべもない。







 翌日から二人は、日羽店近くのそれらしい幽霊物件を見て回ることにした。

 世の中で幽霊屋敷と称される家はいくつかあるだろうが、そのほとんどはたいてい空き家で見た目が古くてぼろいだけだ。子供たちがそう言っているだけだ。ほとんどの人はそれらを幽霊物件とは認識していない。単なる空き家だとか、古くて危ないから危険だと思っているだけだ。

 しかし中には本物がある。本物の怪奇現象が起きる幽霊屋敷が。

 その中にはオカルト界隈では名の知れた場所もある。


「ここもまだ手が付けられてないみたいだ」


 2号はチェックシートに赤ペンを入れた。


「うーん、外れか」


 二人は手分けして、それらしい幽霊物件まで赴いて聞き込みを行っていた。

 最近、「さんさんハウス」の人間がやってきたかどうかをそれとなく聞いて回る。他の動画投稿者に遅れをとらないためにも、知り合いにも聞き込みをして回った。来てはいるものの、内見に来たけど結局入居はしなかったとかそういう話がほとんどだった。


「まあ、次だ次」


 そうやって、しらみつぶしに一軒一軒つぶしていく。その合間に――というか、自分たちの動画撮影や編集の合間にやらなければいけないから、なかなかあたりが無い。

 その間に、『二階屋敷』はいよいよ取り壊す段階になった。取り壊される前に二階屋敷にも一度行っておきたかった。同じように収録しに行く投稿者も多かった。オカルト界隈では、「そもそも取り壊しができるのか」という話も出ている。注目の的だ。

 二人が二階屋敷に行くと、既に誰かがカメラを回しているところだった。


「え!? ……ちょっと待って! あそこにいるのってさあ、アレだよね? オカルト探偵団!」


 カメラを持った男が勢いよく走ってくる。

 わーっと声をあげてじゃれついたのは、見知った動画投稿者だった。同じオカルト界隈の知り合いだ。


「てっしーさんじゃないすか!」

「ようヘボ探偵どもォ! よく、この俺を……この俺の存在に気付いて……えー。なに?」

「言えてないじゃないですか~」

「ちょっと今の、カットで! お二人も来てたんですね。突発ですけど、コラボいいですか」

「ぜんぜんいいっすよー! こちらこそ、いいんですか」

「いいよいいよぉ」


 三人で突発コラボの動画を撮りつつ、話はやはり二階屋敷が中心だ。


「昨日、ダテさんも動画撮りに来たらしいっすよ」

「マジで? あの人ほんと足が早いなあ。動画見ました?」

「見た見た! 前妻の件とかぜんぜん知らなかったんですよ、俺」

「あれ凄かったですよねー!」

「確かこのあたりのおばあちゃんに聞いてたんでしたっけ。ほんとダテさんは足が早い」

「ほんと、行動力の権化ですよね」

「お二人も結構早いと思いますけどねえー。それにしても、二階屋敷もこれで取り壊しかあ」


 「てっしー」は二階屋敷を見上げて、感慨深げに言う。

 家は何も言わないが、どことなく閑散とした空気を感じた。


「でも、まだ取り壊せるかはわかんないじゃないですか」

「そうかなあ。なんか俺、ここ普通に取り壊す気がするんだよね。前に来た時より、なんか風通しがいい気がする」


 それは霊感のようなものなのか、それとも少しだけ木々が片付けられているからなのか。だが、確かに家全体というか、家の二階部分から感じていた奇妙な圧のようなものは無くなった気がした。


「やっぱりここお祓いか何かできる人が何かやったんだろうね。見た目はほとんど変わってないんだけど、なんか綺麗さっぱりっていう感じがするんだよ。何もいないというか、何も無いっていうのかな」


 「てっしー」は動画内でも外でも霊感があると公言していないが、こうした感覚には定評があった。ということは、やはりその手の人間の手が入ったのだろうと二人は確信する。

 二人は少しだけ互いの顔を見合わせた。それから1号が口を開く。


「そういえば、てっしーさんは他に取り壊しになりそうな幽霊物件とか知ってます?」

「えー? うーん。いやー、俺はちょっとなあ。やっぱりそれこそダテさんとか、きみたちのほうが詳しいんじゃない?」

「そうかあ……」

「それに、ここまで有名なとこだと滅多に無いと思うけどね」

「まあ、そうですよね」


 二人はてっしーと再び動画を撮ったあと、礼を言って車に乗り込んだ。

 結局、目新しい情報は得られなかった。







 それから二週間ほどした日曜日のことだった。

 二人は遠征先から戻る途中で、高速は使わずに一般道を通って帰っているところだった。高速を使わなくていい距離だったというのもあるが、突発的に動画が撮れることもあるからだ。


「すっかり夜になっちまったな」

「もうすぐ日を跨ぎそうだよ」


 車を運転しながら、1号はちらりと横を見た。

 2号がカメラを回している。


「何撮ってんだ?」

「いまは1号の運転を撮ってる」


 ははっと1号は小さく笑った。


「しかし使えない動画ばっかり溜まってくねぇ」

「まあ途中で何が起きるかわかんねぇし、とりあえず撮っとくっての染みついてるからなあ」

「動画のストックも減ってきちゃうしねえ」

「さんさんハウスの件もなかなか進展がないしなあ」


 それを象徴するように、さっきから赤信号で連続で止まっている。

 またかよ、と1号がごちた。


「そういえば、このあたりって例の日羽店のあるあたりだよね。どっか何か起きてないかな」

「……そういえば、見に行くのは昼間ばっかりだったから、ちょっと寄って見てみるか。ここから近い幽霊物件ってどこだ?」

「えーっと……ちょっと待ってね」


 2号がメモ帳を取り出した。

 1号が車のライトを付けて手元を照らす。ありがと、と小さくかえってきた。ページをめくり、調べた物件の住所を照会していく。


「あっ、ここから近そうなの一軒ある。行ってみる? ただの肝試しになるかもしれないけど」

「そうだなあ。どのあたりだ?」

「いま、カーナビで探すよ。次の赤信号か、無理ならどっかで止まろう」


 2号がカーナビを操作し、目的地までのルートを検索する。

 ここから2キロほど離れた場所にある一軒家だった。ルート検索を終えたカーナビが、次の信号で曲がれと指示を出した。

 1号がウインカーを出すと、カチカチと特有の音が響く。


「この家、どんなとこだっけ?」

「首吊り屋敷だよ」

「ああ!」


 それだけでわかった。

 文字通り、家の中で首吊りがあったところだった。発見が遅れて、見つかった時には首がすっかり伸びきっていたという曰く付きの家だ。それから、夜になると「ずずーっ」という何かを引きずるような音がするという家だった。そうして目が覚めた時には、上から首の伸びた人間が見つめているという噂だった。

 ただの噂と言えばそれまでだ。だがその後も二人、実際に同じように首を吊って死んでいる。そのうちの一人は、家を借りた人間とはまったく無関係の人間だった。面識の無い人間が突然やってきて、この家で首を吊ったというのだからいい迷惑だ。

 近所の人間もあまりに気味が悪いので口を閉ざしているという、明らかに曰く付きの物件である。


 二人が近くまでやってくると、最初に気がついたのは1号だった。

 空き家だからというのもあるが、このあたりは外灯が無い。だから、ひどく暗いはずだった。だが奇妙なことに、灯りがちらりと光っている。


「……なあ。奥、灯りがついてないか?」

「えっ」


 言われた2号は、慌ててカメラを起動させた。

 そのまま二人で車を降りて、こそこそと家の前に立つ。

 玄関先は灯りはついていない。だが、明らかに人の気配がする。灯りは家の奥の方からだ。二人は顔を見合わせた。


「人がいるのかな……」

「……よし、確かめるぞ」

「嘘でしょ、忍び込むつもり?」


 さすがに許可を取っていない家への侵入はまずい。

 管理人の許可が無ければただの不法侵入だ。それもあって、二階屋敷だって家の前での撮影にとどめている。


「庭の生け垣に紛れて、確認してくるだけだ。お前は不安なら、残ってろよ。カメラは持ってくから」

「え……」


 2号は少し逡巡したが、すぐに決心した。


「待ってよ、一緒に行くから」


 そうして1号に続いて、2号がこそこそと庭の方に回った。

 ぼんやりと灯りがついている。今の時間を確認すると、とっくに十二時を過ぎたところだった。中の灯りは、小さな豆電球がついているような灯りだ。


「……やっぱり、人がいる?」

「ちょ、ちょっとカメラ隠せ。……いや、やっぱり撮っておくか?」


 2号は結局、そのまま撮り続ける。


「もしかして肝試しとか?」

「懐中電灯って感じではないな。豆電球だな、こりゃ……。ってなると、電気が通ってるんだよな。あちゃあ……、下手するともう人が住んでる可能性もあるぞ……」

「嘘だろ、出てた? ここ、一応「さんさんハウス」の管轄だよね?」


 ここが普通に借りられていたというのなら、既に把握しているはずだ。それなのに人がいるなんて思いもしなかった。管理人がたまたま泊まっている時に来てしまったのだろうか。

 思えば、玄関先は少しだけ葉が取り払われていた気がする。それにしたって、曰く付きの家の中に泊まっていくことなどありえるのだろうか。しかも、管理人なら首吊りがあって、その後も妙な事件があったと知っているはずだ。

 どういうことなのかと、二人は困惑していた。

 もしかして何か違うものが光っているのではないか。

 正体がわからぬまま、二人が一瞬、無言になったその時だった。


 それは、突然訪れた。

 唐突に影からぬっ、と出てきた手が、二人の口元を塞いだのだ。


「んっ!?」

「うっ!」


 二人はあっという間に生け垣の近くから引きずりだされた。恐怖がせり上がってくる。夢中になりすぎて、近づいてくる者に気がつかなかったのだ。


 ――まずい!


 この取り押さえ方は、明らかに正当な人物じゃない。誰だ、の声もなく、ただ口元を塞いでくるなんて尋常じゃなかった。振り払おうと、なんとか手を引き剥がそうとする。二人をまとめて片手で取り押さえているのにものすごい力だった。いっそ息ができないくらいだった。というより、鼻はちゃんと出ていると気付くまで少しかかった。息はできる。


「……なんだ、貴様ら」


 そのくせ、二人を抑えている『犯人』は、なんでもない事のように問う。

 まったく力を入れているように感じない。


 1号はなんとか手を剥ぎ取ろうとしながら、その顔を見た。

 どんな屈強な男かと思いきや、茶髪の美男子だった。男の自分から見てもそう思うくらいだった。ここに女性がいたなら確実に黄色い声をあげていただろう。だがそこに浮かんでいる笑みは、ひどく邪悪に感じる。


「静かにしてろ。あれにバレたらうるさいからな。……なあ?」


 くつくつと、まるで面白がるような含み笑いをして茶髪の男は――ブラッドガルドは言った。

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