4-1話 オカルト探偵団
黒髪の男は、テーブルの前に設置したカメラの位置を確認していた。
カメラの三脚は既にテーブルとガムテープで固定してあるが、ずれていると困るからだ。
茶髪の男は奥から歩いてくると、テーブルに紙の束を置いた。カメラ前のソファに座って、衣服を少しだけ整える。
「大丈夫か?」
「うん。そっちは?」
「いつでも。じゃあ、やるか」
「オッケー。スタート」
黒髪の男がカメラのスイッチを入れると、ソファ側に座った。軽く衣服を整える。ちらりと右側の茶髪の男が視線をあげると、カメラに向かって声を張り上げた。
「はい、どうも始まりました『オカルト探偵団』1号のショーヤと!」
「2号のコウキでーす」
笑顔で手を振る2号。
「『オカルト探偵団』は全国に散らばる怪奇事件や事故物件の真相に迫る、オカルトのうじゃうじゃ……」
「ちょっと~、ちゃんと全部言ってよ!」
本当ならばここで、「オカルト専門探偵二人組の動画チャンネル。みなさま、本日もよろしくお願い致します」と続くはずだ。だが今日に限ってはそんな省略も許されると思っていた。
二人はオカルト系動画投稿者だった。
ネットに転がる怪談話から都市伝説の照会だけでなく、実際の心霊スポットなどにも突撃するタイプの投稿者だ。実際に何か起きるのかどうか確かめたり、どうして幽霊話ができたのか取材を重ねるのが好評を博していた。チャンネル登録者もあと十万人と少しで百万人に届こうかというくらい存在し、界隈ではそこそこの有名人だ。
「いやあのね、実はこれ緊急で動画撮ってんですよ」
「うん。急だったよね。なに?」
「あのー、とある事故物件というか、心霊物件がですね。取り壊しになるっていう」
「……。へー! 取り壊し?」
2号は言ってから、また「へえー」と言った。
「どこよ?」
「その物件がですね、こちら。A県にある『坂の上の二階屋敷』でございます~」
編集用に少し間を置いてから、2号が続けた。
「この話さあ、一番早かったのは誰だっけ。事故物件調査隊のダテさん?」
「ダテさんは早かった!」
1号の物言いに、2号が爆笑する。
「あの人はねえ、マジで早かったよ! 俺たちんとこに話が来る前にもうすっ飛んでってたもん。あの人ホント行動力の権化なんだよ」
「ダテさんの情報源ってどこなんだろうねホント?」
「ホントねえ、ガチでそれを知りたい。あのー、ダテさんの情報源の方、情報お待ちしてます」
「待ってます~す」
頭を下げる1号に、手を振る2号。
「また次回~」
そのまま完全に動画終了の空気を醸し出した2号を1号が止めた。
「いやいや。まだだから」
「エンディングいまから流して……」
「まだ続くんですよ! 今からやるんだって。はい、えー、それでこの二階屋敷なんですけど」
気を取り直し、二人は話を続ける。
「でもさあ、二階屋敷って、なんか変な単語だよね?」
2号が言う。
「まあ、変な単語ですよね。実はこの物件なんですが、ちょっと変わってまして」
「二階が無いの?」
「それは平屋だよ。あのー、二階が認識できなくなるっていう……」
「え? なに? どゆこと?」
さりげない2号の促しに、ようやく1号は説明に入った。
「ここの家なんですけどね、まずどうして空き家になったかを説明しますと。最初にここに住んでいたのが、Kさんという結構な地主の一家が住まれてたんですね。現在の家自体は築六十年くらいで、何度か増築を繰り返して、二階もその増築で建てたらしいんですよ」
「ほうほう」
「ところがですね、三十年くらい前ですかね。当時はお父さんとお母さん、そして長男夫婦と妹さんの五人で住んでたんですって」
1号は指折り数えて、カメラに向かって指を差し出す。
「この長男の奥さんが最初に、ちょっとおかしくなっちゃって。精神病院の方に入ってたんですけど、結局亡くなってしまったと。その後、一緒に住んでた妹さんもガリッガリに痩せてちょっとおかしくなって、この方ももう喚きながら病院に入れられて、結局亡くなってしまったそうなんです。その後お父さんまで、突然叫んで道路に飛び出して交通事故で死亡」
「やばくない、その家。それまでなんともなかったの?」
「それまではほんとに普通のご家族だったそうです。で、旦那さんのほうも行方がわからなくなって、最後はお母さん一人で住んでたんですけど、そのうち親戚の方が引き取っていって、最終的に誰もいなくなってしまった……という物件なんですね」
嫁としてやってきた奥さんの死を皮切りに、何故か一家が次々に死んでいったり行方不明になった家。
れっきとした管理人がいるから勝手に入ることはできないが、それでも妙な噂はこそこそとあった家だ。
「その後は管理人さんが家を貸し出してたんですけどね。この家、二階建てなのに二階の存在がなくなるっていう不思議な家だったんですよ」
「どういうこと?」
「この家を最初に借りたのは、二人のお子さんを持つご家族だったそうです。それで、二階が三部屋くらいあるので、まるごと子供部屋として使おうと思われたんですね」
「いいじゃん」
「お子さんたちも自分の部屋が持てる~ってかなりテンション上がってたんですけど」
「嬉しいよね」
「でもいざ入居して、気が付いたら一階の和室の一つを子供部屋として使ってたんですって。何かあったとかじゃなくて、本当に気付いたら一階を使ってて。お子さん達も「自分の部屋欲しいな~」っていうくらい、二階の存在を認識してなかったっていう」
「えー?」
「他にもこういう事例がいくつかあって、外からも見えるし、資料の上でもちゃんと二階はあるんですよ。でもいざ入ると、二階の存在がすっかり抜け落ちてしまう。だから二階に何かあるんじゃないかって言われてたんですよ」
古びて、いまや借り手もいなくなった家。管理人自体も県外の遠くに住んでいて、滅多にやってこない家。それまで壊されなかったのは、管理人も二階にいる何かを恐れていたのかもしれない。だが周囲は次第に新しい住人に移り変わり、古い住人は「あそこは地主だから」と口を閉ざす。何があったのかさっぱりわからない幽霊屋敷。
これまでも何度か取り壊しの予定はあったようだが、なんだかんだと流れていた家。
だがそんな家が、取り壊されることが正式に決まり、もうめどは立っているという。これはオカルト好きにとっても結構なニュースだった。
二人はその後も話し合いながら、動画を締めくくった。
この件に関しても探偵団で追っていくからよろしく、というような内容だった。きりのいいところで動画を止めると、二人は息を吐いた。
「おし、こんなもんか」
「お疲れ~。すぐ編集かけるね」
「おう、簡単でいいぞ。……それにしても、二階屋敷が取り壊しなんてなあ。もしかして除霊でもしたのか?」
「それはいまダテさんが調査してんじゃない? あの人だったら速攻上げてそうだし」
「動画チェックだけしとくか」
1号はスマホで動画サイトをチェックする。
この取り壊しの件は、同じオカルト界隈の動画投稿者も何人か反応していたのだ。特に二人が言及したダテという投稿者は動きが速く、既に調査中なので期待してほしい、と言っていたばかりだった。
「うわっ、見ろコウキ、ダテさんとこの動画上がってる!」
「えー、ほんと! 二階屋敷のやつ? ほんと、早いな~」
「こりゃ最初と最後のとこ撮り直しした方がいいな」
「後で撮ってくっつけてもいいけど」
「なら、それでいくか」
二人はスマホを置き、ひととおり目を通すことにした。
ダテは既にA県まで赴き、『二階屋敷』近所で情報集めまでしていた。動画の中では少し小太りの男が、カメラに向かって喋っていた。背景はモザイクが掛かっているが、間違いなく二階屋敷のある周辺だった。完全に先を越された。
だがダテは、なんと近所に住む老婆の口を割る事にまで成功していたのだ。そこでは、いままで伏せられていた「旦那の前妻」の存在まで明らかになった。これには二人も度肝を抜かれた。まったく知られていなかった情報だ。先を越されたどころではない。
動画の中では相変わらず少し小太りの男が、熱心に老婆の話を聞いて、頭を下げている。
「……」
「……」
二人は黙り込んだ。登録者百万人も徐々に近づいているとはいえ、上には上がいる。
特にこれだけフットワークが軽い者が他にいてしまうと、出遅れた感は否めない。
そもそも動画サイトの投稿者だって登録者が一千万人いようと、興味が無ければ表示されない。最終的に、どうやら既に夏頃には管理会社の人間が訪ねてきて、周囲で事情を聞いていた事まで明らかになった。
「夏かあ……。そのあたりに何かあったんだろうな」
1号が首を傾ぐ。
「お祓いでもやったとか?」
「管理会社の人間が訪ねてきてすぐって考えると、たぶんお祓いかな……。ひょっとすると、有名な霊媒師でも呼んだのかも」
「この管理会社って確か……」
「ええと」
1号がテーブルの上の資料を引っかき回し、紙を一枚手に取る。
「『さんさんハウス』だ」
それから、二人は顔を見合わせた。
「……そういえば、ここも『さんさんハウス』なんだな」
「あ、ショーヤもそう思った?」
なんだか最近、聞き覚えのある名前の気がした。
「……なんか、聞いたよな?」
「うん」
「なんだ。なんだっけ?」
「ほら、ええと、あの――あ、そうだ! 幽霊物件って言われてる部屋が、何件か急に貸し出されたりしたとこ!」
「ああ!」
事故物件は事件事故のほかに、隣が墓地や危ない事務所があったりした場所もある。そのため、事故物件イコールすべてで何かが起きるというわけではない。だが幽霊物件は、貸し出し自体が中止されていたり、そもそもネットに載っていなかったりする物件だ。こういう場所は、明らかに何かが起きていることが多い。
そんな宙に浮いてしまった部屋のことを、それとなく幽霊物件と呼ぶことがあった。
会社側は否定するかもしれないが、そうした物件があることはオカルト界隈の中では有名だった。
とはいえ貸し出し中止になっている時点で優良というべきか、温情のある会社ではある。中には何かがあることを隠して貸し出す業者も多いからだ。
「これ、ひょっとして関係あるんじゃない?」
「『さんさんハウス』の幽霊物件が、次々にそうじゃなくなってる――。さすがに一件二件だったら偶然だけど、それ以上ってなるとな」
「少なくとも一枚噛んでる奴がいるのは確かかも」
二人はもう一度顔を見合わせる。
「たぶん、いま、他の奴らは二階屋敷の取り壊しの事で精一杯だろうからな。こっちを調べてみるのも、アリだな」
「『さんさんハウス』かぁ。知ってる霊媒師とかだったらいいんだけど」
「よし、それじゃあ動画だけ撮ったら、本格的に探ってみるか」
「オッケー」
そういう事になった。
この『さんさんハウス』で何が起きているのか、二人はまだ知るよしもなかった。
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