3-2話 やまわろ
「うわー! すごい! 山小屋風!」
「おしゃれ~」
コテージの内部は外と同じく、木製の壁になっていた。
玄関から入ったリビングは広く、七人がいてもまだ余裕があった。上が吹き抜けになっているのもあって、本来よりも広く見える。とはいえ本来は八人用だというから、十人くらい居てもじゅうぶんなスペースがあった。外から見えたベランダはここのリビングから繋がっているらしく、広い窓から外に出られるようになっていた。
荷物を中に運び込んでしまうと、自然とこのリビングに集まっている形になった。
「おっ、女子もこれで全員だな?」
「高木、はじめての奴もいるから、軽く自己紹介しとこう」
七海先輩の一言で、そういうことになった。
七海先輩から先に名乗ったので、女性陣から順に自己紹介を終える。そうして、今度はまだ会っていなかった男性陣への
「俺は高木純。バレー部所属だ。今回の立案者だ」
高木はいかにもスポーツマンといった風体で、やや色黒で筋肉も逞しい。バレーだけではなく他の競技もやっているのかもしれない。あるいは単純に体を鍛えるのが好きな可能性もある。
「そういえば高木先輩もバレー部だったんですね。良かったんですか? 私とヒメはバレー部じゃないのに」
「いーのいーの! こっちの眼鏡もバレー部じゃないから」
高木が示した隣の男がにっこりと笑う。
「蛭川庸一、純と同じく二年だよ。三人ともよろしく~。僕はバレー部じゃなくて、純と同じ学科。文学部の史学科にいるんだ。考古学とかやるとこだよ」
その隣は、眼鏡をかけた柔らかな印象を受ける男だった。肌の色も夏の日焼けくらいしか変わっておらず、確かにあまり体育会系の気配はしない。
「史学科って確か、若くてかっこいい女の先生いるとこですよね?」
「いるいる~。あの人目立つよねぇ。服もゴスというかロックだしさ~」
そこから普通の会話になってしまいそうなところで、横から手があがった。
「高木先輩、俺自己紹介してねぇっす! あ、俺は一宮翔太! 一年だ。工学部の方にいるから、普段はあんま会わねーかもなあ」
「翔太は俺と住んでるマンションが一緒でな。小さいとこだからすぐ仲良くなったんだ」
「学生用マンションじゃなかったから、先輩がいるって聞いて突撃しちゃったんすよね!」
三人目は同じ一年生だった。工学部というわりにはどことなくチャラチャラとした印象を受けた。明るい茶髪や態度のせいもあるかもしれない。だがどこか人なつこい空気もあって、先輩たちからはかわいがられているような印象を受けた。
これで全員。
2年の高木純、同じ2年の蛭川庸一、工学部1年の一宮翔太。
名前を覚えるのだけでもひと苦労しそうだった。
七海先輩が高木先輩にちらりと目をやる。
「それにしても、叔父さんよく貸してくれたわね?」
「おお。買ったはいいけど、全然来れてないらしくてな。それだったら貸してくれって言ったら一発だったぜ」
「さっきも見ましたけど、部屋の中って結構綺麗ですよね?」
瑠璃はそれが不思議だった。
埃のひとつでも積もっているかと覚悟していたが、そうでもない。
「ふふふ。掃除でも任されると思ったか。ほら、ここに入るときに、入り口のところに建物あっただろ。そこが管理人室になってるんだよ」
「え? 見たっけ? 瑠璃見た?」
「ログハウスならいくつか見たような……」
「管理人室みたいなのがあるんだよ~。駐車場のとこ。たぶん看板を見落としたんじゃない? 棟が二つ繋がってるような建物」
「そこに管理人がいて、人がいないときは管理してくれてるんだよ。布団の他にもバーベキュー用の道具とか貸してくれるらしいから、後で手が空いた奴は一緒に来るように!」
はーい、とまるで引率の先生に言うように全員が言った。
「それじゃまずは寝るとこ決めておこうぜ」
部屋割りも案外、簡単に決まった。
それというのも二階の部屋が四人部屋になっていたので、女性陣がそこに固まる事になったのだ。ちょうど屋根の真下にある部屋で、天井が斜めになっている。屋根裏風の雰囲気が、非日常感があって心が躍った。
一階には二人部屋が二つあったので、男性陣がそっちに別れた。じゃんけんの結果、高木と蛭川の二人と翔太が別れることになり、翔太がしばらく一人部屋を手に入れた事で喜んでいた。
後は風呂とトイレの位置を確認しつつ、さっそくバーベキューの準備を始めることにした。
これまたじゃんけんで管理人室まで行くメンバーを決め、高木の運転で瑠璃と七海先輩が乗り込んだ。高木たちの乗っていた白い軽ワゴンは荷物が無い分広かった。この分なら帰りはこっちに乗ろうか、荷物は男性陣の方で、なんて軽口を七海先輩が叩くものだから、高木から情けない抗議の声が上がった。三人は笑いながら下の駐車場まで降りてくる。
車を降りると、目の前に建っていたコテージへと歩き出す。遠くから見ると二棟のコテージのように見えたが、二棟は真ん中で繋がっていて、インフォメーションの看板が出ていた。
「あー! ここの二棟って繋がってたんだ。ぜんぜん見てなかった。七海先輩、見えてました?」
「ぜんぜん気付いてなかった!」
笑いながら高木の後ろから中へと入る。
雰囲気はコテージと同じだったが、中の様子は違った。入ってすぐのカウンターには木彫りの人形が置かれていたり、近くの本棚にはイベントのチラシが入っている。すぐ向こうの壁伝いには貸し出し用の釣り道具が並んでいた。
高木が声をかける前に、カウンターの奥にいた男が立ち上がった。
眼鏡をした、釣り人のような格好をした老人だった。ただその胸元にはネームプレートがつけてあり、ここのスタッフだというのは見てとれた。近くにあったプラスチックの引き出しを開けると、中に入っていた紙を一枚取り出す。
「この紙に代表者の名前と、住所」
ややぶっきらぼうな物言いだった。しかし高木が鉛筆を手にとると、黒枠の中を書けとか、人数だけでいいとか指示をしていた。高木がすべての項目を記入し終わると、老人は受け取った紙をまじまじと読み始めた。そのまま終わるかと思いきや、老人はもう一度眼鏡を外して紙を見た。
「……あんたら、奥の十五号棟に泊まってるんだな」
じろりと三人を舐めるように睨めつける。
高木はきょとんとして答える。
「そうですけど、なにか?」
「……そうかい。気ぃつけな。あんまり、境界に立ち入るんじゃあない」
「境界?」
「森との境界だよ。ほら、あのへんは端っこのほうだろう。あのへんは古い神社とかもあって危ないし、猿もわんさといるからな」
瑠璃と七海もきょとんとして、互いを見つめる。
「特に猿には気をつけな。あいつらに目をつけられると、厄介だでよ……」
老人はそれだけ言うと、横にあったはんこを手にした。朱肉を付けたはんこを紙に押しつけると、ティッシュで押しつけてから掲示板に貼り付けた。
「布団が七組、こいつは後で車で運んどいてやる。あとは?」
「えっ……あーっと、バーベキュー用の道具を貸してほしいんですけど」
「バーベキューか。それならこっちの紙に書いといてくれ」
そう言って老人が高木に紙を押しつけている間、よっこらしょ、とカウンターの奥へ歩いていく。そうして右の棟に続く扉を開けたあと、何かを探すようにガタガタと音がしはじめた。
瑠璃と七海はもう一度互いの顔を見てから、出されてきたバーベキューグリルを受け取るために近づいた。それからは何も無かった。
グリルや細々としたものを車に積んで戻ると、ちょうどいい時間になっていた。待っていたメンバーがちょうどお茶を淹れていたので、休憩がてら飲み始めた。しばらく待ったあとに車で布団が運ばれてきたあとは、いよいよバーベキューの準備に取りかかった。
冷蔵庫から出した肉を焼く頃には日が暮れてきて、外の灯りのついたテントの下でわいわいと食べ比べた。途中で大きな蛾が飛んできてテントにとまり、七海先輩が大きな悲鳴をあげて飛び退いたのには皆笑った。ひどい、と言いながら怒ってきたが、それも笑いながらだった。
灯りの少ない山の上は星がきらきらと輝いていて、地上とは違って涼しかった。
女性陣から先に風呂に入ってしまうと、楽しい時間はあっという間だった。一日目はそうして終わりを迎えようとしていた。部屋に入った後も女性陣でお菓子を食べながら笑い合い、やがて0時をまわる頃には次々に眠りについた。借りてきた布団は少しだけゴワゴワしていて、けして気持ちのいいものではなかったが、一日の疲れもあってかそのまま眠りについた。
だがそんな頃、男性陣の――高木と翔太は、懐中電灯を片手に森の中へ分け入っていた。
ガサガサと獣道を歩く。かつては舗装されていたのだろうが、いまはすっかり雑草にまみれている。とはいえ、かろうじて進めるくらいになっていた。誰かが手入れをしているのかもしれない。木々の間を抜けていくと、目の前に小さな社が現れた。
「なぁんだ。神社っていうからもっとでかいやつを想像してたんだがなあ」
高木と翔太は懐中電灯を向けた。
そこには一メートルほどの高さの木製の社があった。ずいぶんと古いもののようだった。これじゃ人ひとり隠れることもできない。
「でもちょうどいいんじゃないっすか。ここに昼間のうちに、何か目印になるものを置いといて、取りに来る、みたいな」
二人はこそこそと言い合う。どれもこれも、翌日の夜に行う肝試しの下見のはずだった。さてどうするか、と言い合う二人の周囲で、ざわざわと風が木々を揺らした。
「寒いな」
「そうっすね。それに……」
きぃきぃ、きゃっきゃ、という声が、木々の音に混じり合って聞こえてきた。
もっと幽霊だのお化けだの恐ろしい雰囲気にしたかったが、こんなに猿の声が聞こえてきては気分も興ざめだ。これじゃあ、野生生物に襲われる別の恐怖になってしまう。
「猿も居るって言ってたな。やっぱり一旦引き上げるか」
「猿って、夜行性だったっすか?」
「さあ?」
帰り道をいく二人の後ろを、ぎらぎらとした目が追っていた。森の中では不気味に輝く目がひとつ、ふたつ、と増えていき、まるで森全体が彼らの背を見るようにしていた。
*
瑠璃たちが眠りについてから、一時間ほどが経った。
瑠璃の布団の間から、するすると蛇の体が伸びてきた。しばらく周囲を警戒するように見たあと、そっと瑠璃の様子を確かめる。よく寝ている。鼻の先で、ぶに、と頬をつつく。起きない。もういちど、ぶに、とつつく。やっぱり起きない。よく寝ていた。
……はずだった。
「……ううん」
瑠璃が目を覚ますと、ヨナルがびくっとしたように離れた。
それから、そろそろともう一度確かめる。目が合った。
「……どしたの」
瑠璃の声は小さく密やかだったが、そこにはわずかな緊張感があった。
ヨナルはばつが悪そうな顔で一旦引っ込んだ。どうやら寝ていることを確かめるつもりが、瑠璃が起きてしまったらしかった。だがそんなことをするなどただ事ではない。瑠璃は起き上がると、何かあったの、と小さく尋ねた。じっと見つめる様子に、仕方ないというように影蛇の身が伸びた。ぐいっと頭を向けたその先には、扉があった。瑠璃はそっと部屋を抜け出した。ヨナルの身が伸びる先、入り口を出て、二階のベランダの方へと足を進める。
木々の音が妙に聞こえる気がする。
そうして、鍵を開けてベランダの窓を開け放った。
「え」
途端、四方八方から声が聞こえた。
きぃぃぃぃぃぃ。
ぎゃっぎゃっ。
きゃあーっ。きゃあーっ。
「な、なに? この声。猿?」
猿の声が、あちこちから聞こえてくる。
瑠璃は慌てて外に出ると、窓を閉めた。
肩口からその身を伸ばすヨナルが、しゅううう、と威嚇音をたてた。頭を一旦引かせた後、その身を膨らませながら威嚇音をたてる。蛇の声に気付いたか、猿の声が低くなり、両者がにらみ合うような声をたてた。奇妙な緊張感がその場を支配する。猿の声はまるでコテージを取り囲むかのようにしていた。あちこちから金色に光る目が瑠璃を見ている。
やがて、しゃあああっ、という音とともにヨナルが顎を開いて前に突き出した。
猿たちの声がぎぃぎぃと響き渡ると、一度は引いたようだった。ざざざざ、という音とともに、風のように引いていく。あっという間に風の音が引いてしまうと、やがて静かになった。不気味なくらいに。空にはきらきらと星が瞬いている。
「……びっくりしたぁ。あれ、管理人さんの言ってた猿の集団かな」
それにしては数が多いような気がした。
夜だったから、余計に静かでそう思えたのかもしれない。
「これに気付いたんだね、ヨナル君」
指先を当てて、すりすりと頭を撫でる。ヨナルはされるがままに撫でられていた。
「戻ろっか」
小さく言うと、足音を立てないようにそのまま部屋までそっと戻る。
――だけど、猿って夜行性だったっけ……?
瑠璃は疑問に思いながらも、部屋に戻った。
ベランダから微かに見えるその背中を、いまだ残る金色の目がまじまじと見ていた。
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