83-6話  四柱、集結

 より爬虫類らしさを増した巨大女を見下ろし、リクがだれにともなく尋ねた。


「なあ、あいつ……、なんかでかくなってないか?」


 気のせい、ではない。

 四肢が曲がり、四つん這いになったせいでもない。

 尻の付け根から生えた尾のせいでもない。

 最初に現れた時よりも確実に大きくなっている。大きく顎を振りかざすと、小さな山がその顎の中に消えていった。もはやどうすることもできない。いくらその口の中にデザートが消えていっていても、果たしてこれほどすぐに大きくなるものだろうか。


「えっ、そりゃそうでしょう」

「そりゃそうだろ」

「なんか俺がおかしいみたいな答えをどうも!?」


 食い気味につっこんでしまった。

 アズラーンとチェルシィリアは、当たり前のような顔で言う。


『……本来の『原初の女神』は、もっと巨大だったんですよ』


 上を飛んでいたセラフが念話で話しかけてきた。

 おそらくリクだけでなく、その背中にいる仲間たちにも届いているだろう。


「マジかよ。ブラッドガルド以上なのか……」


 地下で行われた一度目も、地上で行われた二度目も、ブラッドガルドは最終的にその巨体を現した。一度目は異常な回復で人型の姿を保てなくなり、獣の形質があちこちから飛び出したような姿になった。二度目は魔力の核を明け渡していたことで人型ではなくなり、一度目と同様だったがスライムのようにどろどろに溶けかけた姿だった。

 そういえばどちらもアイデンティティを失っていた時の姿だが、いまはどうなのだろうとリクは思う。かつては火の龍だったブラッドガルドは、炎を失った自分を受け容れたことで、闇の神として定義づけられた。それなら、セラフや他の二人のように、本来の姿がちゃんと定まったのだろうか。アズラーンは小さな姿なら蛇だ……と言ったが、本体はいまどうなっているのだろう。


 リクはそこまで考えてから、思い直した。話を元に戻す。


「……。それで、どうやってあのデカ物を倒せばいいんだ。今のままじゃ単に消耗するだけだぞ」

「大丈夫だよ勇者君。それはちゃんと考えてある」


 アズラーンが頷く。


「それに、消耗させるのも意味があるのさ」

「どういう意味だ?」

「核を分離させやすくなるんだよ」

「核?」

『魔力の核のことですよ、リク』


 セラフが横から言う。


「スライムにあるみたいな?」

『そうです。どちらかというと――ブラッドガルドが瑠璃さんに預けたものに近い、というか』

「あ、そうか。つまり、核と分離させて、体を構成しているものをばらばらにしちまうのか」

「そういうことさ。……それこそスライムみたいに、内側にあるうちに破壊できれば一番いいんだけど」


 アズラーンは少しだけ顔をしかめて言う。


「『神』である僕らじゃ、同じ『神』である彼女の魔力の核は壊せない。僕らがお互いを殺せないのはそういうことなんだ。でも実際、魔力の核を分離させてどうなるかは、まだちょっと未確定だ。彼女はいわば、人間でいうところの『本能』に近いもので、昔は核が無くなってしまえば泥に戻ったけど」

「ブラッドガルドみたいになるんじゃないのか?」

『ブラッドガルドの場合は、あのしつこいくらいの恨みでだいぶおかしなことになってましたけど』

「お前も本人がいないからって言いたい放題だな……」


 でもわからないでもなかった。

 おそらくブラッドガルドには女神やリクに対する常軌を逸した恨み辛みを持っていたからこそ、魔力の核を失っても渡り合っていたのだろう。だが


「そうね。うまくいくのかしら。彼女の魔力の核もかなり肥大化してそうだし」


 チェルシィリアが眉間に皺を寄せて言う。


「肥大化って?」

「ほら、彼女を呼び出した魔人の子がいたでしょう。あの子もおそらく、女神の核と一体化しているはず。最初は女神の力を自分のものにしようとしたけれど、だんだんと女神のほうに乗っ取られかけてる。……だけどそれは、ある意味だと正確ではない」

「……え?」


 どういう意味だ、とリクは聞き返そうとした。

 そんなのは見ればわかることだ。次第にワニのような姿になってきているし、女神に意識を乗っ取られかけているのは見ればわかる。だがそれが正確ではないとは。


「どちらにせよ、やることは変わらないよ。引き抜いたら、リクにはすぐに魔力の核を割ってもらいたいね。そうすれば後は、泥に還せるかもしれない」


 アズラーンが言った直後、おおおお、と大地が揺れた。

 巨大な女の咆哮が世界中に響いた。

 ついでに、ナビが全世界同時中継をしているので本当に世界中に響いている。


 開けられた口が、半円系に作られた結界のひとつに向けられていた。


「まずい。あそこは!」


 ヴァルカニアだ。

 リクは剣を構え、魔力の白い翼を広げた。


 飛び立とうとしたとき、突然、黒いものが勢いよく飛翔してきた。

 最初はコウモリの翼かと思ったが、それは黒い骨で出来ていた。その瞬間、真っ黒で影のような炎が、巨大な女の口の中へたたき込まれる。黒い炎は、上顎を掴みあげるようにグイッと女を引き上げる。女の手が、自分の上顎を掴む何かを捕まえようとがりがりと上顎をひっかく。だがその間にも女の顎は押しやられ、ヴァルカニアから顔が逸れていった。

 ぐぐぐ、となおも女の顎は炎を喰らおうとした。だが炎は拮抗するように上顎を掴んだまま、背後へと押しやろうとする。まるでそのまま、上顎を折ろうとしているかのようだ。


「おい――クソ女」


 不機嫌を極めたような声が落とされる。


「それは我の庭だ」


 黒い骨の翼を広げたのは、ブラッドガルドだった。

 宙に浮いたまま足を組み、苛立ちを隠しもしない。相変わらずボロボロのローブを纏い、熱波に揺らされるようにわずかに揺れている。その片手は、まるで顎を掴むように爪を立てていた。手の内からは黒い炎があがり、勢いよく燃え上がっていた。


「ブラッドガルド……」


 他の三柱は目を丸くしていた。

 来るだろうとは思っていたが、いざとなると少しだけ驚いてしまったのだ。

 その三柱を横目に、リクは言う。


「いやヴァルカニアは返しただろ」

「は? 我の庭だが?」

「話通じない奴かお前!?」


 勝手に他人の駐車場に車を駐めて、いざ持ち主に文句を言われたら「俺の車が駐めてあるから俺の駐車場なんだよ」とわけのわからない主張をする人間のようだ。

 ブラッドガルドはそのまま腕を押し込んでいく。

 だが、女の背中が後ろへと曲がり始めたあたりで、勢いよく顎が閉じられた。そのまま綿菓子でも食べるみたいに、黒い闇が喰われていく。女の目がキュウッと一瞬、ブラッドガルドをとらえる。だがすぐにその目は違う場所へと向けられた。

 ブラッドガルドは心底嫌そうな顔をしながら――あるいは面倒臭さを含んだような表情で舌打ちをした。

 巨大な女の視点は逸れたようで、それで一旦はよしとしておいた。


 ばさりと羽を広げて、三柱の近くへとブラッドガルドが降り立つ。


『ブラッドガルド。来てくれたんですね』

「まさか本当に来るとは思わなかったわ……」

「ああああ~! あのブラッドガルドが本当に来るとは……!」

「ほんとお前ら散々な言いようだな!?」


 思わずリクも突っ込みを入れてしまう。

 せめてセラフくらいオブラートに包んでほしい。

 だがブラッドガルドはまったく気にしていないようだった。


「黙れ無能ども。貴様らがあの女神を、まっっっ……たくどうしようもできんから来ただけだ」


 ブラッドガルドは嫌みのように溜めてから言った。

 下手をしたら中指でも立ててきそうな勢いだ。


『何言ってんですか、あなた一人でも無理でしょう』

「あなたも結局食われていたじゃない。無能仲間」

「殺すぞ」


 話が進みそうにないので、リクが止めるように口を開いた。


「まあいいさ。とにかく来てくれたんだろ。ありがとう」


 ブラッドガルドは、落ちたに蟻がこれでもかとたかっているのを見つけたような顔をしていた。それでも一応は矛をおさめたようだった。


「ふん。――ところで勇者。貴様はどこまで奴の対処を聞いている?」

「魔力の核を分離させるってところまでだな。どうするんだ?」

「僕らが女神に攻撃を与えていくよ。そして、核を探し出したら分離させる。できれば外側に近いところにあってほしいけど……まあ、無理だろうね」

「前は、そこから封印を施したけれど――今度は、勇者にバトンタッチね」


 リクが魔力の核を壊したら、あとはその抜け殻がどうなるかだ。

 果たして原初の泥に戻ってくれるのか。

 それとも、ブラッドガルドのように核が無くても暴れ回るのか。

 それは魔力の核を取り払ってしまわないとわからないことだった。


「ふん。まあどうとでもなるだろう。『最後に巨大化するのは負けフラグ』と聞いたからな」

「お前がそれ言うのか?」


 思わず心の底からつっこんでしまった。


「我は本体だから問題は無い」

「ええ……」


 そんなこと言ったらあの女神だって本体だろ、と言いそうになったが、こじれそうなのでやめておいた。

 後ろでは白い鳥が丘に降り立ち、翼を閉じる。


『アンジェリカたちは降りていてください。ここからは私が』


 白い鳥の背中にいたアンジェリカたちは少しだけ戸惑った。

 けれども互いに顔を見合わせると、頷いてから丘に降りた。それからリクの方を見る。リクも頷いた。


「私たちも、核を分離させるまで援護するわ」

「ああ。よろしく頼む」


 リクは頷いてから、アンジェリカたちの背後へと視線を向けた。


「――お前も手伝ってくれるんだよな?」


 そう尋ねると、そこにいた人物は心底嫌そうな顔をした。

 アンジェリカたちがびっくりしたように振り向くと、クロウが心底嫌そうな顔で腕組みをしているのが見えた。


「……まあ、そのために来たからな」

「めちゃくちゃ嫌そうな顔するわね!?」


 嫌な顔をぴくりとも崩さないクロウにアンジェリカが言う。


「リカ。大丈夫なんですかあの人……」

「大丈夫でしょ、一応……」


 こそこそと仲間たちが話し合うのを尻目に、リクは少しだけ苦笑した。

 ちらりとヴァルカニアのほうを見る。時刻は十二時ちょうど。そろそろ昼食の時間にきていた。原初の女神が本格的な昼食に入る前に、なんとか事は済ませたかった。


 全員が自分の役割を頭にたたき込んだところで、白い鳥が姿を変え、白いワンピースを着た人型に変わった。きりりと口の端を結び、


 更にそれが白い光となって、空を自在に飛んでいく。

 それに続くように、黒く禍々しい光と、青い清浄な光が飛び、最後に黄色く安定した光が、女神めがけて飛んでいった。四つの光が女神を取り囲む。


「さて――原初の女神様。出てきたところを悪いのだけど――」

「そろそろおねむの時間です!」

「君に世界を喰い尽くされるわけに、無に帰す時間が来たようだ」

「……では、不様に死ぬがいい」


 それぞれの光が大きく膨れ上がったかと思うと、四つの力がぶつかりあった。強烈な光が放たれ、リクたちですら目を覆わなければならなかった。その光は世界を駆け抜け、暗く垂れ込める闇を大きく照らした。

 それが収束したように一気に消えていく。

 途端、今度は凄まじい轟音とともに女神めがけて落ちていった。

 神の雷のように、白と黒と青と黄の光が交互に周囲を走り抜けながら、強烈な光とともに女神の体を抉っていく。


 ナビの画面を見ていた人々も目を覆い、背け、強く瞑った。

 あまりのことに言葉を失い、光を放つ画面を見ることができなかった。

 やがて光がおさまり、しゅうしゅうと立ちこめた煙が晴れたとき、人々はそれを見た。

 抉れたのは確かだった。背中が焼けただれ、落ちかけた背びれがびらびらと揺れていた。背中のタマゴ状の盛り上がりも、潰したように無くなっている。女神の顔がぐるりと、上空の四柱を見た。爬虫類めいて伸びた口からは太い舌が覗いていて、ぎょろりとした目が上を見た。しばらく何が起きたのかというように上空を見ていたが、やがて口を開くと、空を裂かんばかりの咆哮をあげた。

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