挿話50 世界樹での謁見

 世界樹の根元にダッシュでたどり着いた少女が、顔を輝かせた。


「あー! エルフだ! エルフ! すごい! 私はじめて見た!!」


 唐突にやってきた人間――もとい、人間に似た姿の使い魔に、エルフの長老は少しだけ目を見開いた。あまりのことに、周囲で様子を見ていたエルフですら動揺を隠しきれずに。


「こんにちはエルフのおじーちゃん! 私ナビです! ナビって呼んでね!!」

「おお。これは賑やかなお嬢さんだ」


 あまりに邪気が無いからか、ナビが差し出した手を握り返す。ナビは笑いながらその手を軽く振る。女王がその様子に目を丸くし、周囲のエルフ達はますますわけがわからないといった顔をした。

 そもそもが、女王がこうして他の人間を連れてくること自体、あまり無い。勇者とその仲間のアンジェリカは理解できた。そして森の入り口で警戒を担うもうひとりの仲間であるナンシーも。

 しかしその他の二人は、正体が知れなかった。

 そのうえ、その二人はまったく正反対に見えた。

 ひとりはこうしてエルフの存在にはしゃいでいて、もうひとりはそれを完全に放置している。


「やっぱりおじーちゃん長生きなの? 何歳くらい生きてる? 若いエルフってめっちゃ綺麗?」

「やめなさい、質問攻めにするのは」


 誰も言わないので、アンジェリカがつい後ろから言う。


「陛下。この方々は……?」

「……」


 女王があっけにとられているのを見て、エルフの長老は意外に思った。


「はじめまして、俺はリク。勇者、というものをやらせてもらってる」

「私はアンジェリカと申します。もうひとり、私達の仲間であるナンシーが森の入り口で警戒をしていますわ。……。それと……」


 挨拶の気配が無いのを感じ取って、アンジェリカがクロウに目線を送った。


「……クロウだ」

「……あなたは。いや、あなたがたは……」


 長老は、思わずというようにナビとクロウを交互に見た。


「宵闇の魔女様の使い魔だよ~」

「ほう」


 少しだけ驚いたように、長老は目を見開く。


「それにしては……。……いや、これは驚きですな」


 途中で言いかけたことをやめ、長老はただそれだけ言うにとどめた。

 女王が咳払いをひとつして、長老の視線を向けさせた。


「彼らはともかく……。勇者様がたは、あなたがたに何が起きたのかを知っているようでしたので」

「そうでしたか。やはり、何か起きているのですね?」

「ああ。エルフ達が一斉に調子を悪くしたことがあっただろう? そのことでちょっとな」

「それよりここ凄いね!? いろいろ見てきていい!!?」

「いや駄目でしょ」


 その横では、クロウがこちらを気にするエルフ達にガンを飛ばしていた。


「なんだお前らこそこそと。文句があるなら直接言いに来ることだ」

「喧嘩を売るなよ!!」


 そしてそれを止めるリク。


「頼むからせめてナビくらいは見ててくれ……」

「無理だな」

「なんでだよ同じ使い魔だろ!!?」

「お互いにお互いを放置してるんじゃないわよ……。話が進まないでしょ」


 アンジェリカはナビを引っ張ってきながら、あきれかえったように言う。

 リクの肩にとまっていた鳥が、エルフの長老に視線を送った。長老はその視線に気がつくと、ひとつ頷いた。

 長老は若いエルフ達に視線を送り、この場は大丈夫であることを示した。


「さて、女王陛下。どうぞお座りになってください。彼らが落ち着くまでに、お茶をいれてしまいます」

「……ええ、ええ。そうですわね。いただきましょう」


 魔女にとられかけた支配権が戻ってくるのを感じたのか、わずかに傾きかけた女王の機嫌はこれでなんとかなりそうだった。







 ようやく切り株のテーブルに全員がついたタイミングで、紅茶の入った木製のカップが全員に配られた。


「おお。これおいしいね、おじーちゃん!」

「そうですか。口にあったようでなにより」


 その会話を見ながら、リクは女王に視線を向けた。


「……改めて、女王陛下。ここまで連れてきてくれたことには感謝します。ちょっとうるさいのがいるけども」

「ええ。驚きました。お二人が自分の正体を隠さないことにも」

「いまさらだ」


 クロウは呟くように言ったが、その目線は世界樹を向いていた。

 世界樹は外から見るよりもずっと巨大だった。この森に張られた結界によって、外部からは隠されているためだ。あまりに巨大で、そこにあるだけでかなりの存在感を放っている。ひとつの生態系すら出来ていそうだった。


「……どうしたの」


 アンジェリカが尋ねると、クロウは小さく「見ろ」とだけ言った。

 巨大な傘のように見える枝葉には、わずかに欠けたところがあった。同じく巨大ななにものかに破られたようにも見える。それでもアンジェリカには特に違和感は無かった。だが視線をその下にまで下ろしたとき、巨大な幹にわずかな牙の跡があるのが見えた。高い場所ばかりだ。まるで上から下まで降りてくるようについている。どれもここ最近付けられたもののようだ。

 いくら世界樹が巨大だといっても、結界で隠されている。まさか龍がぶつかったわけではあるまい。


「あれはおそらく、『原初の女神』の仕業……というより、魔力の残滓だ」

「な……」


 アンジェリカは言葉を失った。


「ど、どうしてあなたがそんなことを……わかって……」

「知ってるよ~! ブラッドガルドが見せてくれたからね! でっかい口のなんかでっかいの!!」


 ナビがちゃんと挙手をして話に割って入る。


「中途半端に言うな。……龍のごとき巨大な顎を持つ、古き女神。この世界を作った、ブラッドガルドやセラフといった四柱が現れる以前、原初の泥の中ですべてを貪り尽くさんとしていた、……古い大顎の持ち主だ」


 今度は女王が目を見開く番だった。

 世界樹が落とした言葉の『錆びた大顎の主』、それがこんなところで解明するとは思わなかったからだ。


「お、おい! 物事には順番ってものが……」

「グダグダ言っていても仕方ないだろうが。……どうも、そいつの復活を企んでる奴らがいるようだ」


 クロウが放った言葉に、森の中がしんと静まりかえった。

 四柱よりも古い、大顎の女神とでも呼ぶ存在が、蘇ろうとしている。


 クロウは立ち上がると、視線を世界樹に向けた。


「あの傷はここ最近で出来たものだな? エルフ」

「ええ、そうです」

「あれは、封印が解けかけていることを示している。世界樹は四つの力がぶつかる場所だ。一番安定する場所ではあるが、……ほころびが出るならここだ。そしてもうほころびはあの傷という形で出来ているな。忌々しい……」


 リクは眉間に皺を寄せ、アンジェリカはじっと傷を見つめた。

 ナビがテーブルの上を這うテントウムシに指を向けていると、黒斑点の赤いテントウムシはそのまま飛んで逃げていってしまった。その視線が、テントウムシを追うように世界樹へと向けられる。

 クロウは視線を戻しながら、再び椅子に座った。


「俺が言いたいのは、そんなバカな事はやめておけ、ということだ。大顎の女神が復活して、それでどうなる。制御できるとでも思っているのなら、輪をかけてバカとしか言いようがない」


 クロウの言葉は、この場の人間といいうよりも、森に伝えているようだった。


 ――ああ……。


 リクは、クロウがどうしてここまで来たのかを理解した。

 新たな神を求めるときというのは、現状に不満や不安があるからだ。新たな神ならば、現状を変えてくれるかもしれない――そこにはつけ込みやすい隙が生じる。特に若いエルフたちは、国に庇護されなければならない状況を憂いているかもしれない。

 だからこの言葉は、むしろエルフたちへの牽制なのだ。

 そして、少なくともその言葉を運ばせたということは、ブラッドガルドもこの世界が滅びるのをよしとしていないのだと悟った。

 リクの肩で、聞いていた白い鳥が少しだけ目を閉じた。


 じっと話を聞いていた女王が、紅茶を少し飲んでからクロウに視線を向ける。


「……お話はわかりました。しかしクロウさん。魔女殿は何もしてくれないのでしょうか……?」

「俺の主に何を求める気だ。あれは何も出来ん」


 断言したクロウに、女王は少しだけ眉間に皺を寄せる。


「……しかし、魔女殿はブラッドガルドを蘇らせたのでしょう?」

「そうだっけ?」

「ええ、ナビさん。魔女殿は、いったいブラッドガルドに何をしたのです……?」

「なんもしてないよー?」


 一瞬だけぴりついた空気を払拭するように、ナビは言う。


「何も……? そんなことはないでしょう。魔女殿はブラッドガルドに、生命と知恵を与えた。それは周知の事実なのですから」

「えっ」


 ナビが明らかに「なにそれ?」と言いたげな顔をしたので、女王の方が戸惑いかけた。

 ナビの顔がクロウに向く。


「あ~。どうなんだろ。与えたって言えば与えたことになる?」

「……まず、「あげた」と「与えた」の意味が同じである事は理解できているか?」

「それはわかるよそこまでバカじゃないからね!!?」


 ナビの代わりに、クロウが言葉を引き継ぐ。


「……女王。確かに肯定はしておこう。俺たちの主は、ブラッドガルドに生命と知恵を与えた、とな。だが具体的に何をしたか――と言われると、おそらく理解はできないだろう。そもそも俺とて、どのような経緯をたどったのか一言で説明ができん。……知りたければそれこそ、神の実でも持ってくることだ。そしてあいつに直接聞くんだな」


 クロウの目元が微かに笑った。

 ブラッドガルドとは似ても似つかないが、わずかにその痕跡を感じるような笑みだった。


「……この二人、普段のルリとブラッドガルドの再現なのよね……」


 アンジェリカがこっそりとリクに聞くと、リクはなんとも言えない表情をした。

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