挿話49 復元と再会のナビゲーター

 庭、とその場所は呼ばれていた。

 かつてはエルフ達の楽園だったその場所は、いまは女王のおさめるカナン王国が保護している。保護とはいっても、ほとんど管理と言っていい。だがエルフ達の数の減少にくわえ、奴隷として捕らえられていくエルフの流出をおさえるには、保護を受けるしかなかった。時代の流れと言えばそれまでだ。


 外からではただの森にしか見えないはずのその庭を、リクは王宮の窓から見つめていた。世界樹は特殊な結界で守られているという。だから、外からではただの森にしか見えず、客人しか中に入れないのだと。

 だが、見ていると微かに遠近感が狂ったような感覚がある。結界にわずかなゆがみが生じているのだろう。ゆがみは現状おさえられてはいるものの、このままではいずれ破られ、世界樹が姿を現すのも時間の問題のようだった。


 じっと森を見下ろすリクのそばに、静かに近寄ってくる影があった。


「ここから見ると、ただの大きな森のようでしょう?」

「女王陛下……」


 リクは声をかけた人物へと振り向いた。


「ですが、いま、あの森は奇妙な異変に見舞われているのです」

「もしかして、エルフ達が一斉に倒れた時のことですか」

「まあ」


 女王は口を手で隠し、言葉を紡ぐ。


「本当に恐ろしい出来事でした……。勇者殿は既にご存じだったのですね」

「ええ。各地で同様の現象が起きていたようです。エルフ達はもともと数が少ないですから、偶然で片付けられたケースも多いでしょう。ここのエルフ達はどうでしたか?」

「そのとき、わたくしは長老と一緒におりました。長老が倒れたのとほとんど同時に、森にいたエルフ達が体調を崩して……」

「そうですか……」


 女王は恐ろしいと言いながらも、その表情には恐怖の色はなかった。

 思わず舌を巻く。


「……ともかく、エルフ達が心配ですね。早急に、エルフの長老とのお目通りをお願いしたいのですが、いまは長老は大丈夫なのですか?」

「勇者様の頼みとあれば、すぐにでも。勇者様がお力を貸していただけるとなれば、長老もすぐに承知してくださるでしょう」

「ありがとうございます、女王陛下」

「ですが、あの地はエルフ達にとっての聖地であると同時に、わたくしたちの大切な場所でもあります。勇者様以外の立ち入りは、制限をさせていただきたいのです」

「制限、ですか?」


 リクは聞き返すように言う。


「ええ。できればあの森に入るのは勇者様のみ……。もしお望みであるのならアンジェリカ様とナンシー様のどちらかを。あとの護衛のお二人は論外とさせていただきたく……」


 女王が言いかけた途中で、靴の音がひとつ響いた。


「……いや、俺達も行かせてもらう」


 二人の話にずかずかと割って入るように、男の声がした。

 女王と話すにしてはずいぶんと不躾で不敬な態度に、その眉間に皺が寄った。ともすれば一触即発になりかねない空気だったが、その空気を場違いすぎる声が一蹴した。


「はーい、どうもーっ! 護衛のナビでぇす!」


 ほぼ場違いな少女の横から、苛ついた表情の青年がその顔をむりやり押しのける。

 その格好は、まるでただの冒険者のようだった。

 リクがその名前を呼ぶ。


「……クロウ」

「俺達はただの護衛じゃない。魔女の使いだ。……宵闇の魔女のな」







 その一週間前。

 リクはアンジェリカとナンシーを連れて、カナン王国へと出発したところだった。

 数人を連れての旅路だったので、リクは魔法は使わずに馬車で向かうことにした。表向きには、ヴァルカニアとの友好関係をとりもつための会議というものだった。確かにその意図もある。だが、本当のところは違った。

 世界樹の調査のためだった。

 世界樹は、この世界を作った四柱の力がぶつかる地点に立っている。

 ゆえに、何かあれば一番にその異変が現れる場所だ。特に、世界が崩壊するかどうかという事態が起きれば、確実に。

 だがその世界樹は現状、カナン王国の保護という名の占有状態にある。つまり何か異変が起きても、リクですら手を出せない状態にあったのだ。そのカナンの女王とて、裏から手を回して、いろいろと世界樹に何が起きたのかを探らせていた。世界樹の保護は国にとって重要なことである。だが、もはやお手上げ状態になったのだろう。


「セラフでもどうにもできなかったのか?」


 リクは、半透明の姿で椅子に座っているセラフに尋ねる。


『あそこは、特別ですから。私たち四柱の力がぶつかっているということは、私だけでもどうにもできないんですよ。他の力に干渉されますし』

「何かするには全員揃わないと無理ってことか……」


 ナンシーが微妙な表情をする。

 アンジェリカも同様だった。

 一人絶対に来なさそうな奴がいるからだ。


『……皆さん、絶対無理そうって顔しないでくださいよ』

「いや無理でしょ」

「無理だな」

「無理かもね……」

『そ、それはそうですけど』


 セラフですら否定しない。


「そもそも、あいつがまず何考えてるかってところからわかんねぇからな……」

「碌な事考えてないのは確かね」

「それは言えている」


 反対意見すら無かった。


「……ところでリク。ここに乗った時から聞きたかったんだが……」

「あ、ああ。なんだ?」


 ナンシーは馬車に乗っている、とある人物へと指を向ける。


「どうしてここに宵闇の魔女の使い魔がいるんだ?」


 そう言われた途端、その人物はにこやかに手を振った。


「俺にもわからん……」

「やーやー! お久しぶり! ナビちゃんって呼んでね!!」


 そこにいたのは、かつての宵闇迷宮で、魔女の使い魔としてナビゲーターをつとめた「ナビ」その人であった。当時と寸分違わぬ姿でそこに居て、ほぼ同じテンションで喋り始める。

 だが本来、魔力の無い瑠璃に使い魔ができるはずはない。

 迷宮の主権が瑠璃に渡った時に、迷宮の魔力が暴走した結果生まれた一種のイレギュラーな存在だ。

 しかし現状。魔女の使い魔としてここにいる。


『迷宮の主権はブラッドガルドに戻ったはずでしょう。なぜここに?』

「あ~、それはね~。ブラッドガルドが気に入った施設があって、それが迷宮に残ってんだよね~」

「は?」


 ナンシーは初耳だった。


「あいつ、そんなことしてたのか……」

「そうそう。カカオ農園とチョコレート工場の一角が残ってるよ」

「マジで何してんだろうな」


 思わず素で言ってしまうリク。


「で、魔力を少しずつブラッドガルドのものに入れ替えて、自分のものにしようって魂胆だったんだけど。そこに私たちの残滓があったんだよね。それを引っ張り上げて、こう!」


 テテーン、という効果音でもしそうなほどの勢いで、自分を指さすナビ。

 なにが「こう!」なのかは誰にもわからなかった。


「だから~、今の私は、ブラッドガルドが復元したみたいな感じかな?」

「……そして、俺達の役目は攪乱と囮だ」


 ナビの前に座る茶髪の青年が、ちらりと四人を見ながら言う。


「堕ちた神に――ブラッドガルドに二度も命と知恵を授けた魔女など、奴らにとっては垂涎ものだろう。だから、俺達は向こうをおびき寄せる餌になりえる」


 その声は、かつて宵闇迷宮で知り合った青年そのものだった。

 冒険者クロウ。

 宵闇迷宮で生まれながら、迷宮の攻略を目的とする使い魔。彼もまた、ブラッドガルドによって引き上げられ、復元された一人だった。


「それにしても、お前まで使い魔だったとはな」

「まあな」

「だいぶナビとは性格が違うんだな」

「そりゃそうだ。俺は主の中にあったブラッドガルドの記憶が元になって出来てるからな」

「……でも、だからといってこんなことまでする必要あるの?」


 アンジェリカが眉間に皺を寄せて尋ねる。

 アンジェリカとしても、一般市民である瑠璃を危険に晒したくはなかった。いくら外で魔女や巫女などと呼ばれていても、本当の瑠璃はただの同じ年頃の女の子なのだ。戦いとは無縁で、ただ規格外の強さの者たちが周囲にいるだけの一般市民。


「たぶんブラッドガルドは面白いからやってるだけだぞ」

「帰ったら一回殴っていいかしら?」


 キレ気味の顔を隠しもせず、アンジェリカは言った。


「本来なら、あんなアホ主などこちら側に来させずにしておけばいい。それが一番いい方法だからな。だが、そうともいかん。一度関わってしまった以上、主はこちら側に来るのをやめはしないだろう。ただのアホじゃなくて、心配性のアホだからな。――だから俺たちが攪乱する」

「……」


 クロウの言葉を聞きながら、アンジェリカは静かに頷いた。

 瑠璃を守りたいのならば、瑠璃の世界から出さなければいい。けれども瑠璃自身はそれをよしとしないだろう。


「……ねえあんた、確か、ルリの中のブラッドガルドの記憶が元になって生まれたって言ってなかった?」

「そうだが、何か文句でもあるのか」

「そうじゃないけど、ブラッドガルドが元になってるにしては、だいぶマイルドになってる気がしたのよ」

「一回あのアホ主の頭の中を介してるからな。それはそうなる」


 クロウはため息をつくように言った。 


「だが女神に対するこの苛立ちはちゃんと受け継いでいるから安心しろ」

『やめなさい!!!!!』


 自分の胸にクロウの剣を突き立てられたセラフが、思わず叫んだ。


「馬車の中で剣を抜かないで!?」

「いやクロウ君もほんと女神様のこと嫌いだよね」

「嫌いで片付けて大丈夫なのかあれは……?」


 こうして不安渦巻く道中は、とにもかくにもカナンにたどり着くまで続いたのだ。

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