挿話48 地道な作業も積み重ね
「え? じゃあ、その魔女には会ったことが無いのかい?」
「そりゃそうだ。この国に居るからって、魔女に簡単に会えるわけないだろ」
バリーは肩をすくめ、酒をあおってからまた口を開く。
「もしかしたら、その辺を歩いてたり……とも思ったんだがな。ブラッドガルドの作った『あれ』も、もとは魔女が教えたっていうじゃねぇか」
ぐいっとバリーが顎で示した先。
ここはヴァルカニアの酒場の中だ。その方向にあるものを、たとえ相手が誰であってもわかっただろう。その方角には、魔導機関車の駅があると誰もが知っていた。
ブラッドガルドが作り上げた「魔導機関」。魔法、魔術に次ぐ、第三の魔力の利用方法。現在、その最たるものが魔導機関車だ。馬でも人でもなく、魔力によって多くの人を運ぶ車。
現状はヴァルカニアの中しか走っていないが、その技術をどうにかして手に入れようという者はたくさんいる。もちろんヴァルカニアだってその技術がすべて理解できているわけではない。とにかく動くから使っているだけだ。
「もしかしたら、ここもブラッドガルドがうろうろしてるんじゃねぇかと思ったが……意外にそうでもなかったな。あんな奴、居たらすぐにわかりそうだからよ」
「ちがいない」
向かい合った男はくすくす笑った。
フードをかぶっている姿で、商人だと名乗る男だった。フードの中から見えている顔は、人好きのしそうなにこやかな顔だ。銀色の髪はちゃんと手入れがされていて、金色の目は柔らかに笑う。バリーには、確かに商人だと思った。物腰が柔らかく、笑顔もいいが、油断ならないやつの典型だ。
彼とは初対面で、この酒場で出会った。もうすぐここで商売をする可能性があるので、いろいろと教えてほしいと言ってきたのだ。ここに拠点を移した冒険者としては、酒さえ気前よくおごってもらえれば何でも答える心意気でいた。
その商人は首をかしげるように続けた。
「でも、ブラッドガルドだけでなく魔女も不在とはね。一度は見てみたいと思ったんだけどな」
「そりゃあ、毎日ふらふらしてるわけじゃあないだろう」
バリーはにやにやと笑った。
また酒を飲んでから尋ねる。
「しかしあんた、どうして魔女に?」
「そりゃあ、あんなものの知識を与えたなんて言われてる魔女。一度会ってみたいと思わないかい?」
「まあなあ……あの魔導機関車ってやつには俺もびっくりしたからな。魔女が主になった迷宮も、俺たちの知るどんなものとも違ったし……」
「そうだろう? だからもしお近づきになれたら、その発想がどこから来てるのか知りたかったんだ。なのに、これほど巧妙に隠れているとはね」
商人の言葉に、バリーは少しだけ考える。
「……うーん。どっちなんだろうな?」
「どっちって?」
きらりとその瞳が光る。
「だからよ、隠れてるのか、ブラッドガルドに隠されてるのかどっちなのかって」
「隠されてる……。……ああ! なるほど! その考えは無かったなあ」
「そりゃあよ、あんなもんを作る発想があるのなら、俺だったら独り占めしちまうね」
バリーは冗談めかして笑う。
「その頭脳をおいそれと他人に渡したくはないだろうさ。自分のところで独り占めして、そして自分のためだけに働いてもらいたいに決まっている」
「なるほどね」
わかる話だ、と男は言った。
「ま、いつかは解明されるだろうけどな」
「……そうか。いや、ありがとう。だいぶ参考になったよ」
「そうかい? たいした話はしてないと思うが」
だが男は腰袋の中から袋を取りだし、その中から硬貨を一枚取り出した。中からはちらりと金色の輝きが見えて、バリーは一瞬目を奪われた。さすが商人というだけはある。
テーブルの上に置かれた硬貨は、酒の代金分より少し上乗せされていた。
「約束の時間があるんだ。もしまた次があったら、またおごらせてもらうよ」
「おう、そうか。楽しみにしてるぜ」
バリーはほくほくと笑いながらそう言ってやると、男を見送った。
それから硬貨の色をまじまじと確認して、まだ食事が何回かぶん取れそうだなと思った。
「変わった奴だったなあ。なあ、マスター」
顔をあげて、つまみになるものを注文する。
ちりん、とバリーの耳に鈴の音が響いた気がした。
*
ヴァルカニアを離れたフードの男は、どことも知れぬ古びた廃屋の中へと入っていった。ちりんと鈴が鳴る。廃屋の奥から、呼応するように小さな鈴の音がした。男はそのまま奥へと入り込むと、唯一扉が閉められた部屋の前に立った。
埃っぽく、何年も使われていない部屋のドアノブは、最近誰かが触ったかのような跡がついている。ひるむこともなく、男は扉を開けた。
中から、視線が入ってきた男に向いた。
目の前には同じようにフードをかぶった男たちが二人。先に来ていたようで、既に待ちわびた様子だった。中に入って扉を閉めると、するりとフードを下ろす。目の前の二人の男たちも、同様にフードを下ろした。
銀色の髪がぱさりと広がり、同じ金色の瞳が互いを見た。
三人ともが同じ顔をしていて、違うのはわずかな装飾品や髪型だけだ。
「やあ兄弟」
「ああ」
「来たな」
まったく同じ声で、彼らは互いを認識しあった。
それからひそひそと、何かから隠れるように小声でささやきあう。
「どうだ?」
「やはり魔女の存在は隠蔽されていた」
「こちらもだ。少なくとも魔女の存在は秘匿されている」
「ふん。やっぱりか」
魔女の情報は絶対的な機密事項であるようだ。
迷宮では使い魔があれほど派手に動き回っていたというのに、その本体はといえばついぞ噂を聞かない。
「他には?」
「『宵闇迷宮』で見られたという不可解な道具の数々には、魔導機関とおぼしきものがあったという。やはり、ブラッドガルドに知識を与えたのは魔女かと……」
「なあ」
そのうちの一人が、話を遮るようにして眉をしかめた。
「こんなの、手間がかかってしょうがない。一番上の兄貴は何を考えてるんだ? 魔力さえ使えれば、どんな奴の口だって割れるじゃないか」
不快そうにする同じ顔を見ながら、他の二人が顔を見合わせた。
それから、少しだけため息をついてから続ける。
「魔力はまずい。少なくともヴァルカニアと、バッセンブルグも奴の息がかかっている可能性がある。……特にヴァルカニアはブラッドガルドが作り、その残滓のごとき小さな魔力があちこちにいる」
「あの小さな眼球のようなものか? あんなものに何かできるなんて思えないね」
「いや、いまは身を隠しておくべきだ。少なくとも兄者がそう言うのなら」
「勝手な事をすれば、姉上の身に何が起きるかわからないんだぞ」
その言葉が出ると、顔をしかめていた男もぐっと言葉に詰まる。
「……わかったよ」
男がそう言うと、もう一人の男が頷いた。
「まったく……。それにしても、あの国は奇妙なものばかりだな」
「迷宮もそうだった。いったい魔女は何者なんだ?」
だが三人が顔をつきあわせても、魔女の頭の中のどこからあんなものが出てくるのか想像もつかなかった。
「だが、新たな知見は手に入れられた」
「知見?」
「もしかすると、魔女は自ら隠れているのではなく――ブラッドガルドによって隠されているのかもしれない」
「隠されている? 何故?」
「その必要性を感じない。魔女はブラッドガルドに知恵と生命を与えるほどの強い力を持った存在なのは明白だ」
他の二人が尋ね、反論する中で、男は少し逡巡してから言った。
「つまり、ブラッドガルドはその知恵と力を占有したい……。なんらかの契約なり誓約なりを行わせ、首輪をかけている可能性がある」
「……ほう。それは僕たちに無かった知見だ」
「魔女はおそらく、ブラッドガルドを二度も蘇らせた。たぶんいまも、その知恵を与え続けている……。そうする理由は、何らかの首輪によって今度は従わざるを得ない状況にある……」
「……となれば、もし魔女が見つかれば……」
「そうだ。……うまくいけば、簡単に姉様に献上できるかもしれない。そうなれば、ブラッドガルドもおびき出せるだろう」
三人の中で思考がまとまったことを示すように、互いに目を合わせる。
三人とも、まったく同じ表情をしていた。
「……そうすれば、姉様もきっと……」
それだけ呟き、まったく同じタイミングで、口の端をあげた。
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