挿話51 東方国の乱

 国境にある宮殿は、厳戒態勢に入っていた。

 東方を支配する草原王と砂漠王の会合は、定期的に行われている。


 かつてこの二つの国は、双壁の国とか、双子国とか呼ばれていた。それというのも、二つの国は双子として生まれた王子がそれぞれを支配することで成り立った歴史があるからだ。そのため、草原の国と砂漠の国は、それぞれ兄弟国として存在していた。

 長い歴史の中では緊張状態に陥ることも、融和的になることも多々あった。それでも均衡を保っていられたのは、同じ神への信仰――大地の神アズラーンから大地を譲られた民という信仰のためだ。西の諸国への対抗、そして兄弟国ならではの習わしが幾つも存在していたことだ。特に王家に双子が生まれると、片方をもうひとつの国へと留学させるということまであった。

 そして、この国境にある宮殿もそうだった。


 国境を跨いで作られた宮殿は、草原王と砂漠王の会合だけに使われる施設だ。

 定期的な会合と、そして突発的な会合の時も。


「やあ。久しいな、フェンネル」

「そうだな、ザフィル」


 二人は互いに身振りでの挨拶も交わして、テーブルについた。

 フェンネルと呼ばれた草原王は、白い衣装に身を包んだザフィルとは違い、青い民族衣装を身に纏っていた。一枚布で作られた布を、左を上にして着込み、その下には同じ色のズボンを履いている。その青を更に引き立てるのが、色鮮やかな糸で織られた肩掛けだ。足も、これまた色鮮やかな糸で装飾された膝丈のブーツを履いている。

 その後ろに立つ高級奴隷たちも、似たような鮮やかな色合いの民族衣装に身を包んでいた。


「今日はいったいどうしたんだ? 有無を言わせず会合を開くなど。それとも、西のことで何かあったのか」

「ああ」


 王たちの会合は、しかし和やかにはじまった。

 なんとなく腹を探るような会話からはじまるのは、いつものことだ。そして緊急の会合であることを示すように、本題へとゆるやかに入ろうとしていた。この国どころか――世界を脅かしかねない存在が、復活しかかっている。そのことをフェンネルへと告げるために。

 しかしまだ本題へも入らないうちに、アズラーンはその奇妙な違和感を感じ取っていた。


 ――……。なにか、変だな……?


 ザフィルの後ろにひかえていたアズラーンは、わずかに視線をずらした。なにか特別な魔力を感じるわけではない。だが、微かにぴりぴりとした緊張感があるのだ。もちろん、二つの国の王の会合となれば緊張感に包まれるのはいつものことだ。いつ砂漠の盗賊たちが襲ってこないとも限らないし、草原にだって賊はいる。

 しかし、今日は妙だった。

 それを差し置いても、奇妙な緊張感に満ちている。

 たとえ衛士に新人がいたとしてもありえないようなものだ。


 ――なんだ、いったい?


 アズラーンはじっと二人の王が話し合うのを見ながら、気配を探った。


「ところでザフィル。ずいぶんと遠回りをしているようだが」

「もっとストレートに聞きたいか?」

「そうだな。そろそろいいだろう――、だが」


 不意にフェンネルの後ろの奴隷たちが動いたかと思うと、一斉にザフィルに向けて武器を向けたのである。

 それに呼応するように、ザフィル側の高級奴隷が王を守るように動いた。


「フェンネル。貴殿は何をしているのか、自分でわかっているのか?」

「わかっているよ、ザフィル」


 フェンネルはまったく動かないままに言う。

 その背後の扉が開き、ばたばたと衛士たちまで入ってくる。


 アズラーンが合図をすると、ザフィル側の背後の扉も開き、衛士たちが入ってきた。突然の事態にやや戸惑ってはいたが、すぐに対応をする。


「父の代やその上の世代でも、何度も衝突はしてきた。だが貴殿は、本気で我が国が欲しいというのか」

「そのとおりだ。いままでも無くはなかったことだ。それが私の代になってほんの少しだけ足を踏み出した」

「そんなことをしているヒマはないのだぞ。私は――」

「ザフィル、貴殿は知っているのではないか。アズラーンよりも古い時代、この地を支配したという原初の女神のことを……」


 アズラーンが目を見開いた。


「な……。き、貴殿、それを知って……」

「実に興味深い存在だった。最初こそ面食らったがね」


 フェンネルは足を組み直して、少しだけ身を乗り出す。


「当然だ。女神セラフが世界の主だなどと思っている西側諸国――私がそれにどれほど苦々しい思いをしてきたか! そのうえ、あのブラッドガルドを再び神として認めるなどと、笑えぬ事態だ。だが……」

「……」

「原初の女神はアズラーンよりも古い――本物の女神となるだろう!」

「待てフェンネル。それは――」


 言うよりも早く、奴隷たちがわずかに動いた。ザフィルの奴隷たちとにらみ合う。


「私は原初の女神に希望を見たのだ。この世界を作り出した真の女神――その存在によって、奢った西の国々に一泡吹かせてくれる! その原初の女神を討とうというのならば、貴殿は敵だ、ザフィル王! 貴殿の死をもって、開戦の狼煙としよう!」


 アズラーンをはじめとしたザフィルの高級奴隷たちが、それに立ち向かった。


「はっ!」


 同じ高級奴隷のオルファが槍を蹴り飛ばしてから、手を払った。小さく呪文を唱えると、簡易の魔法が発動する。砂埃のようなものがあたり一面を覆う。


「アズラーン様! 王を!」

「わかった! ザフィル、こっちだ!」


 アズラーンがザフィルの手をとって連れだした。その周囲を奴隷たちが守りながら、背後の扉から脱出する。思わず舌打ちする。


「しまった……、まさか、草原国の方にここまで入り込んでいたとは……!」


 盲点だった。

 まさか草原王の懐にこれほど深く入られているとは思わなかったのだ。

 となると、草原国と普段連絡を取り合っている外交官などが既に敵の手にかかっている可能性は高い。ここで草原国での懸念も潰しておきたかった身としては、遅かったとしか言いようがない。


「なんということだ、フェンネル……」

「とにかく今は逃げるんだ。幸い、草原王がたぶらかされたのは民も知るところに――」


 アズラーンは言いかけて、ハッとした。


 ――しまった。そういうことか……!


 草原王がなにゆえ砂漠国に宣戦布告したのか、国民が知るところになれば――原初の女神の存在そのものが、国民に広く知られることになる。

 原初の女神を認識する者が増えること。それは彼女の復活を支える柱となる。だからこそこそとやる必要があったのだ。


 ――僕ら四柱は、認識する者が増え、信仰を手に入れるほどに力が増大する……。それは原初の女神とて同じ……!


 逆に言えば、認識する者が少ないほどその存在は消えてゆく。混沌に近い存在であるほど、その傾向は顕著になる。

 いままでは、存在したかどうかもわからぬ女神は、ただの神話の中の存在でしかなかった。信仰は廃れつつあり、ただの神話のひとつとしての研究対象でしかなかった。だがその存在は、いまや現実のものとなりつつある。何者かが女神を手に入れようとし、その存在を認知する者を増やそうとしている。


「……とにかくここを抜けるんだ! きみは生きて国に帰らねばならない」

「ああ。わかった」

「ザフィル王! こちらへ!」


 王の横を通り抜け、衛士たちが迫り来る草原国の衛士たちへ応戦するのに加わる。

 そのなかの二人が、宮殿の外へと向けた道へと案内する。

 背後からは奴隷たちがしっかりと守り、王を宮殿から脱出させるために懸命に走った。







 その頃、砂漠国の中心地。

 がやがやと賑わう露天通りを抜けて、フードをかぶった冒険者がひとり、宿へと入り込んだ。照りつけるような太陽から建物の日陰に入ると、ようやくひと心地ついたような気分になった。

 幸運なことに空いている部屋がいくつかあり、彼は指示された部屋へとあがっていった。


「はあ~~」


 部屋に入り込むと、荷物を放り出して息を吐いた。

 砂のついたフードを取り払うと、冒険者であるルディはあたりを見回した。


「バッセンブルグとは大違いだ。さすが砂漠の国……」


 まだ服についた砂を払うと、砂埃が舞った。思わず咳き込む。

 それから服を壁にかけ、窓から外を見た。さきほど通ってきた通りが向こうの方に見えている。白いターバンを巻いた人々が行き交っているのが見えた。


 砂漠の王がヴァルカニアと交流を持ち始めると、西と東を結ぶルートが開きだした。もともとそれなりに小さなルートは存在していたが、それは基本的に商人のためのもの。護衛として冒険者がついて行くことも稀にはあったのだろうが、これほど活発になったのははじめてだろう。

 つまり、ルートの拡大によって冒険者が行き来できるほどになったのだ。かつてはブラッドガルドの迷宮があったことでバッセンブルグに人が集中していたが、ヴァルカニアの建国によって視野が広がった。更に、ヴァルカニアと交流しはじめた東の国の存在を皆が認識しはじめると、今度は東のほうにも視界が広がったのだ。東の国にもダンジョンや迷宮が存在していることを知ると、興味を示す冒険者もそれなりに出始めた。

 それでも以前のルディだったら、行ってみようとも思わなかっただろう。

 けれども砂漠の国へとこうしてやってきたのは、純粋な好奇心に従ったからだ。


 それもひとえに、「宵闇迷宮」で人生が劇的に変わったからだと言っていい。かつての冒険者パーティ「紅の騎士」を追い出されたときはどうなることかと思ったが、迷宮で見つけた魔道具がルディのすべてを変えてしまった。

 ルディは静かに腹に手を当てた。少しだけ熱い。そこには、自分と一体化したベルト型の魔道具がある。いまは見えないし消えているが、確かにここにあるのだ。これが無ければ、自分はいまごろどうなっていたかわからない。

 感傷に浸っていたそのときだ。突然ベルトが熱く反応した。


「ん? ……なんだ?」


 敵がいるわけでもないのに、これほど反応するのは珍しい。消えていたベルトが不意に現れ、腰に巻かれる。


「こ……これは……!?」


 不穏な気配がする。中央の魔石が光り、そこから照らされた光が次第に壁を照らす。四角く壁の一部が照らし出され、そこに奇妙な映像ノイズが走った。


『おー! ほんとに繋がった! やるじゃん~!』

「この声!?」

『さすが主の迷宮から生まれた魔道具~~』


 四角い光のなか。映し出された少女は、両手でピースサインをしてにこやかに笑った。見覚えがあるのと同時に、ごくりと喉の奥で唾を飲み込む。少しだけ冷たい汗が流れる。


「な……ナビ!?」

『はーい! 正解! 宵闇の魔女様の使い魔! ナビだよお! 久しぶりぃぃ!』

「な、な……」


 そのハイテンションな様子に、ルディは今度こそ面食らった。

 宵闇迷宮で、冒険者を導いた使い魔ナビ。迷宮がブラッドガルドに返されて以降は姿を消していた使い魔が、どういうわけかルディの目の前にいるのだ。

 実際にいるというより、なんらかの方法で繋がっているが、いることには間違いない。


『やあやあルディ君! よくも主様の迷宮から魔道具をかっぱらってくれたよねぇ~~。元・冒険者パーティ「紅の騎士」所属で、いまはフリーのルディ君……いや、仮面騎士ナイト君と言ったほうがいいかな!?』

「あ……」


 そこまで知っていることに、目を見開く。


『仮面騎士ナイト君のことは迷宮にいた時から知ってるよぉ。魔道具で変身して、正体を隠した仮面のヒーローとして活動してた事くらいね』

「うっ……」

『ところで、宵闇迷宮が無くなったあとはどうしてたのかな? 変わらずヒーロー活動かな?』


 言い当てられたルディは、言葉に詰まった。

 力を手に入れたとしても、苦労があったのは事実だ。正体が冴えない冒険者なのは事実だし、なによりこの力は迷宮で手に入れたものだ。正体がわかれば何を言われるかわかったものではない。

 だから、ルディは仮面騎士ナイトとして何かあったときに動いていた。おそらく自分のように、こうした魔道具を手に入れた者がどこかにいるのかもしれないとは思いながら。


『おお、いいねいいね~。そういう展開嫌いじゃないよお。あっ、別に正体バラそうってわけじゃないからね』

「そ、それじゃいったいなんなんだ。まさかこのベルトを返せってことか?」

『いや違うけど』

「違うのかよ」


 さすがに肩透かしを食らった気分になる。


『もうそんなベルト外したいっていうなら、方法が無いこともないけど?』

「……」


 突然そんなことを言われても、言葉に詰まってしまう。


『それにね、ルディ君だかナイト君がその砂漠の国に居てくれたのは、超ラッキーなんだよ!! 実はちょっとお願いがあってね!』

「お願い?」

『うん。ルディ君。きみさー、世界を救うお手伝いをする気、無い?』

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