78話 くりきんとんを食べよう

「や~、すごいね、ここ!」


 瑠璃はほくほく顔で、地面に落ちているイガ栗を火ばさみで拾い上げた。ぽいっと背中の籠に入れると、小さな音がしてわずかばかりの重みが増えた。


「うっかり頭に投げるなよおー。痛いぞ~」


 注意をして回っているのはヴァルカニア民の一人だ。

 その日、瑠璃は籠を背負い、火ばさみを持ってヴァルカニアの森に居た。

 村だったころの名残もあり、手の空いている国民たちがこうして食料探しをすることはよくあった。実際、他にも幾人もの人々が同じような格好で栗拾いに精を出している。ただ以前のように必要に駆られたものではなく、いまは半分イベントや楽しみのようになっている。


「でもいいのか? ルリ。こっち手伝ってて」


 近くにいたティキが尋ねる。


「ぜんぜんいいよ~! 気晴らしになるしね!」


 そう言う瑠璃は笑いながらカチカチと火ばさみを鳴らす。日本で山に行くより断然近く、受験勉強の合間の気晴らしにはちょうどいい。その意味は瑠璃にしかわからないだろうがそれでいいのだ。落ちているイガ栗をもうひとつ、背中に放り入れる。

 ただ、ヴァルカニアの民からすれば、瑠璃の存在は居るだけで魔物避けになる。実際は瑠璃についている影蛇が余計なものを睨み付けて遠ざけているだけなのだが。


「でも栗のイガは? 本当にこのままでいいの?」

「おう。魔力嵐の中にいたときは、これを火の焚き付けに使ってたからな。火の周りが早くて優秀だぞ」

「あれっ、そうだったんだ。火つけるのってやったこと無いから覚えてない……」

「お前、危なっかしいから任せなかったんじゃねぇかな」

「そんな理由!?」


 確かにあまり役に立っていた記憶はない。


「まあ気をつけねぇと火だるまになったトゲ玉が飛び出してくるけど」

「地獄か」


 あまり想像したくはない光景だ。


 それからしばらく栗を拾い、いっぱいになったところで森の入り口に戻る。そこでは何個かテントが張られ、近くでは火が炊かれていた。男たちが集められた栗のイガと中身を分離させ、虫が食っていないかを選定している。ほとんどは保存に回すようだが、いくらかは茹でて配るようだった。茹で場では女たちが大量の栗を茹でている。国というよりは本当に村か大きな街といった光景だ。実際に村であった時は、冬の間の保存食だったらしい。

 こうした大規模な食料集めはそのうち国の中枢の手を離れ、ギルドなり協会なりを作ることも検討しているらしいが、そうなってもきっとこの光景は変わらないだろう。

 ティキは荷物を下ろしたあとに、ちょっと待っててと言ったまますぐさまどこかに行ってしまった。瑠璃はそれを見送りながら、あたりをきょろきょろと見回す。


「お~。すごい栗のにおいがする。蒸したらそのまま食べるの?」


 籠を下ろし、誰にともなく尋ねる。


「そのままでもいいですけど、一部は栗団子にしようと思ってるんですよ」


 下のほうから女の子の声がした。

 見下ろすと、栗の入った背負い籠を抱えた女の子がいる。耳の長いエルフだった。


「栗団子って?」

「あれ? 知りません? 栗玉とか潰し栗とか……。取り出した栗を濾して布で丸めたものなんですけど」

「……あーー! 栗きんとんみたいなやつ!?」


 瑠璃は思い至る。


「こっちでは栗団子って言うんだね~」

「潰して濾して丸めたものはだいたい団子っていいますからね」


 そう翻訳されているらしいのは理解しやすくて助かる。

 うんうん、と瑠璃も頷いた。


「私も虫より栗を団子にするほうが好きですね」

「そ、そうなんだ」


 前半部分に聞き流してしまいた言葉が聞こえてきたので、瑠璃はその通り聞き流した。


 ――そういえば前にブラッド君に聞いた気がするなあ……。


 とは思ったものの、あまり考えないことにした。それぞれの民族にはそれぞれの文化があるのだ。


「おーい、ルリ~。栗団子もらってきたぞー。作りたてのやつ!」

「え、ほんと? ありがとう!」


 ティキが手に持った二つの布袋のひとつを受け取る。


「じゃあ、私はこれで。ゆっくりしてってくださいね」

「うん。またね」


 エルフの子はぺこりと頭を下げて仕事に戻っていく。二人は女の子を見送ってから、布袋の中身を開けた。

 薄い黄色の塊だった。きれいに濾された栗に、小さな欠片が混じっている。百パーセント、栗と砂糖だけで作った栗団子は日本ではかなり高価な品になる。そんなものが食べられるとは贅沢この上ないな、と思った。ぱく、と口の中に入れると、栗にしては滑かでしっとりとした味わい。口の中でほろほろとこぼれていく。


「お~。いいねえ! おいしい!」

「いつも蜂蜜使ってるんだけどよ、今回は砂糖を入れたらしいぞ。ブラッドガルドの迷宮でさまよってた奴」

「さと……、なんて?」

「この間、ブラッドガルドの迷宮でさまよってたんだよ」

「何が?」

「砂糖のゴーレムが」

「なんて???」


 真顔で言われても真顔で返すしかない。


「あ、そうだ。これもらうのと引き換えに、王様のところに運んでくれって言われたんだけど」

「ティキさあ……」


 今度こそ、そういう事は早く言ってよ、とばかりの目線でティキを見る。


「いいじゃねぇか。お前、結局行くんだろ」

「そりゃ行くけど」

「――そうだな。我も貴様に用があるからな」


 突然の声に、瑠璃とティキは同時にゆっくりと上を見た。

 地面に作られた影の中から伸びていた人影が、二人を見下ろしていた。


「オアーー!! びっくりした!!」

「ブラッドガルド!? 急に出てくんなよ!!!」


 テント内部の様子も、一瞬ざわついた。微妙な緊張感が走り、ちらちらとそちらの方を見たり、慣れていないものは腰を抜かした。


「我も貴様に用がある」

「え? なんかあったっけ?」


 瑠璃は自分の前に垂れているブラッドガルドの三つ編みを軽く引っ張り、とれかけた赤リボンを結び直した。


「……知らん、とは言わせんぞ」


 ブラッドガルドは空になった布袋を指さし、瑠璃が理解するのを待った。







 結局、時計塔城まで荷物を運んだ後、その一室を借りることになった。

 ブラッドガルドが出てきた以上は『献上』しなければならないため、表向きにはそのために一室を解放したのだ。


「んもー……、ここの保存食を食べ尽くすつもり?」

「なんの話だ」


 しれっとした態度で、ブラッドガルドは目の前に積まれた栗団子を口にする。その手からすれば小さな塊は、あっという間にその口の中に消えていった。


「栗、と入っているからには、他のきんとんもあるのか」

「えーっと……」


 どう説明したものかな、と瑠璃は少し悩む。


「きんとん、だけだと違うものになる……」

「は?」

「そもそも『きんとん』ってお菓子と、お正月に食べる『栗きんとん』と、この栗団子みたいな『栗きんとん』はみんな形状が違うから」

「……」


 露骨に顔を引きつらせるブラッドガルド。


「さっぱりわからん」

「えっと……」


 もはやこれは見たほうが早い。

 だが、ここではスマホが通じるかどうかわからない。


 瑠璃がブラッドガルドを見上げる。すると、その手がわずかに動いた。その途端に瑠璃のスマホが音をあげ、電波が無かった間の通知が次々と表示される。ブラッドガルドが空間を繋げたことで、遠くなっていた電波も繋がったのだ。


「それ毎回どういう現象なの?」

「こっちが聞きたい」


 ブラッドガルドにとっても謎のようだった。

 ともあれ、繋がったのならやることはひとつだ。スマホで検索すると、画像を出す。


「これが和菓子の『きんとん』で」

 色のついたそぼろのようなものがまぶされた、小さな毛糸玉のような丸い和菓子を見せる。

「これがお正月に食べる『栗きんとん』で」

 黄金色の餡のようなものに絡めた栗を見せる。

「これが栗団子みたいな『栗きんとん』」

 最後に、薄い黄色の小さな塊を見せる。


 ブラッドガルドは露骨に微妙な表情をしていた。

 瑠璃は一番最初に見せた画面に戻すと、もう一度テーブルに置いた。


「和菓子の『きんとん』は、この形状のお菓子のことだよ。製法って言ってもいいかな。春だと桜色にしたり、秋には赤と黄色にしたりとか、色を変えて季節の風物の見立てにされてるよ」

「……確かに季節の見立てが入ると和菓子だな」


 そこまで理解されてしまうと話は早い。


「で、お正月に食べる『栗きんとん』ね。これはええっと……サツマイモや栗を砂糖で絡めた黄色い餡に、栗を入れたやつ。これは代わりに豆を入れた豆きんとんとかもあるよ」


 漢字で書くと『栗金団』。

 明治以降に広まったものであるらしく、おせち料理の定番のひとつだ。

 名前の通りに金の団子や布団という意味を持ち、その鮮やかな黄色は、金塊や金の小判を連想させる。そのため、商売繁盛や金運を得る縁起物とされている。一年の金運を願っておせち料理として食べるのが一般的だ。


「豆きんとんはピンクとか緑とかあるけど、だいたい栗きんとんは金色が主体かなぁ」

「……金運を願うのはどこも同じか」


 おそらくフィナンシェあたりのことを言っているのだろう。


「そのおせちとか言うのはよくわからんが」

「正月は年が明けた一日目で、おせちは正月の料理」

「なるほど」


 大体理解したようだ。

 それであっさり理解する邪神もどうなのか。


「もともと栗自体が縁起のいいものって感じだったらしいからね」

「ほう」

「栗の保存食で『かちぐり』ってものがあって、それが『勝ち』に通じるから、必勝祈願とか勝負運を願って食べることもあるみたい」

「そこまで理解して食べていたか?」

「いや全然」

「だろうな」


 大して面白みもない返答だったらしい。

 ブラッドガルドは目の前の栗団子をつまんで口の中に入れる。


「あっ、でもこれ今度原初の女神様と戦うにはちょうどいいかも?」

「……」

「なんでそんな顔すんの!?」


 微妙に引きつったような、ややいらついたような顔をするブラッドガルドに、つっこまざるをえない。この場に他に誰かいたとしても、少なくとも瑠璃がつっこむしかない。


「……で、問題はこれだな」

「んっとねぇ。これは漢字で書くとこれだね」


 瑠璃は『栗金飩』と書かれた漢字を見せる。

 読めるかどうかはさておき、同じ字と違う字があることがわかればいいのだ。


「こっちは岐阜県のお菓子だよ。土地の名産ってやつ?」

「土地の名産?」

「中津川とか恵那のあたりでできたやつで、作り方はほとんどこの栗団子と一緒かな。栗に砂糖を加えて、茶巾で絞ったやつ。一応それは栗の形にしてあるらしいよ」

「……栗を潰して栗の形に成形しなおすのか……?」

「まあそこは、お菓子だから」


 ブラッドガルドにすべて食べ尽くされないうちに、瑠璃はおもむろに目の前の山からひとつ栗団子を取った。口の中に入れる。

 いっしょに淹れてもらったのは紅茶だが、どういうわけかよく合った。


「昔から栗がよくとれてた場所でね。宿場でお菓子として出したのが始まりらしいよ。明治に入ってから商品化が進んで、栗菓子の専門店ができるようになってからじゃないかな、全国区になったのは」

「ならばこれも年中売っているのか」

「ん~、どうだろう?」


 瑠璃は首をかしげる。


「栗きんとんで有名なのは『すや』ってお店があるんだけど、そこは季節販売しかしてないよ」


 すやの栗きんとんも、百パーセント栗と砂糖しか使わない贅沢品だ。使用される栗も国内産しか使わないのだという。


「何故だ」

「なぜって?」

「さっき、ここの小僧も言っていたぞ。栗は加工がしやすく保存もきくとな。季節ものという意味ならわかるが、モンブランも年中売っているだろう」

「そりゃあ、栗の名産地のお店だからじゃないかなあ。すや、ってもともとは中津川にあるお店みたいだし。中津川の駅には『栗きんとん発祥の地』の石碑もあるんだって」

「ほう」


 ブラッドガルドは残った栗団子を咀嚼しながら、少し考えたあとに言った。


「……その中津川とかいう所に行くまででもないか」

「えっ」


 暗に日本で売っている栗きんとんを買ってこい、という意味の言葉に、瑠璃は気がつかなかったふりをしようとした。遅かった。


「……では、そのようにせよ」

「ええーー」

「ええー、ではない。この栗団子と『すや』とやらとどう違うのか、食わねばわからん」

「えー、駄目かなあ」

「同じものでも場所、作る者たちが変われば違うものになる――それに、いまなお季節にこだわるその矜持がどれほどのものか、見てやろうではないか」

「うーん。違うところで聞きたかったような台詞だ」


 まさかこれを聞いて栗きんとんのことだと思う者はどれだけ居るだろう。


「他の二つもだ。手を抜くな」

「栗金団は正月しかないんだけど!?」


 結局、そういうことになってしまった。

 瑠璃の抗議は、様子を見に来たカインが部屋に来るまで続いたのだった。

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