74-17話 決着・解決・ゆっくりおやすみ

 海賊達は相手の大将が勇者と知ると、どういうわけかあっけなく投降した。

 見た目にも怪我人が多かった彼らだが、すんなりと自分の命を選択したことに皆が驚いた。海の男たちは水夫だろうが海賊だろうが、プライドが高い。海とともに在ることに誇りを持っている。それゆえ、水夫達がそれを野次る場面もあった。それでも多くの海賊達は何も語らなかった。

 だが理由はすぐに知れた。

 最後まで残っていた髭を蓄えた海賊の一人が、唐突に膝をついてこう言ったのだ。


「俺達の命をすべて差し出す。代わりに、船長の治療を頼みてぇ」


 リクが呆気にとられたように瞬きをする。


「頼む――この通りだ」


 彼が地面に頭をこすりつけると、騎士団もまたお互いを見合ってどうしたものかと考えていた。最終的に騎士団の視線はリクへと向けられた。この場の大将はあくまで勇者リクである。

 リクはしばらく考えてから顔をあげると、騎士団に言った。


「……人命が優先だ」


 そういうことになった。

 船がつけられると捜索が行われた。船は予想以上にボロボロになっていて、まるで幽霊船のようだった。そこに、重傷者と、牢屋に入れられた海賊が数人いた。牢屋にいるのは船長に刃向かった者だから、と聞かされていたので、扱いは慎重にした。少なくとも船長派とは隔離することになった。

 後は騎士団に任せてリクが奥へと進むと、「こっち」という少年の声がした。フランクと名乗った彼の顔には殴られたような痣があったので驚いたが、治りかけなんだとうそぶいた。

 船長室にはベッドに寝かされた船長がいた。目の負傷と疲労から高熱を出したらしく、ひとめ見て危険な状態だとわかった。


 ――なるほど……。


 ほとんどボロボロになった彼らがプライドを捨てても守ろうとしたものを、リクはすぐさま理解した。フランクはリクに頭を下げると、そのまま連れられていった。

 即席の担架で船長が運ばれて行く中、リクは見回した船長室で、明らかにこの世界にそぐわないものを見つけた。日本語で書かれたはちみつレモンの瓶が二つ。両方ともすっかり中身が無くなっていた。こんなものが持って来られるのは一人しかいない。リクは、仕方ないな、というように息を吐くと、そっと瓶を回収した。


 ほとんどの海賊達が捕縛されると、騎士団が商人として借りていた建物に連れられていった。一つの部屋ではなく数人ずつばらばらの部屋へと通したのは、瑠璃だけがいないことを悟られないようにするためだ。

 彼らは予想外に大人しくしていた。船長の事もあっただろうが、クリストファーと名乗った海賊が全員に、バルバロッサの無事が確認できるまで大人しくするよう命じたのもある。


「もしも命令違反があるようなら、地獄の底まで追いかけて首を刎ねる!」


 クリストファーはそう部下達を脅した。

 それから、リクへはこう宣言した。


「……だが、その代わり。バルバロッサを故意に殺すようであれば我々は容赦はしないぞ。お前が勇者であろうと」

「約束は守るよ」


 リクとクリストファーはコインとナイフをそれぞれお互いのものと交換し、それで誓いとすることにした。それから海賊達はだんまりを決め込んだ。


 ――まあ、何があったかは瑠璃が喋ってくれるだろうからな。


 リクはちらっと扉を見てから、自分の仕事へと戻った。







 一方のアンジェリカは、引きつった顔で聞いた。


「……ちょっと、もう一回言ってくれる?」

「えっ。どのあたりから?」

「ビームのあたりから……」


 何度聞いても想像が追いつかない展開だった。

 アンジェリカ以上に、そばで聞いていた騎士団のほうが死んだ顔をしている。


「だから~、ヨナル君がビーム的なやつを出して、迷宮の主の目を半分くらい吹っ飛ばして~。そこで食われてた船長を救出したんだよ」


 しかも瑠璃の語彙が適当なおかげで、驚けばいいのかなんなのかよくわからない。


「そのビーム的なやつっていったい何なの……」

「ヨナル君が吐き出したからよくわかんないけど、多分ブラッド君のなんかブレス的なやつ」

「あれかしら……。あの……ブラッドガルドがリクと戦った時に出したやつ……」


 アンジェリカの語彙も若干死んでいた。

 落ち着いた瑠璃のおかげで、少しずつだが何が起きていたかがわかってきた。

 ただ、ベッドに座っている瑠璃の伝え方に緊迫感がないという事実を除けば。


 マドラスのおかれている実情や、バルバロッサとクリストファーの関係、船の上で何が起きたかなど、それはもうべらべらと喋ってくれた。

 使い魔の出したビーム的だかブレス的だかいう魔力も、ブラッドガルドがどこまで回復しているかを悟るには充分だった。ブラッドガルドが直接魔力を送り込んだと見て間違いなく、そこまで回復しているのも驚きだった。使い魔が疲労で小型化するくらいなのだから、魔力をケチらずに使ったというべきか。


「それで、船長とクリストファーさんが剣でカリュブディスをなんかすごい剣技でガーッて切って、なんとか倒してワーッて皆で逃げてきたんだけど……。船長、無事?」

「いま、治療中よ」


 治療はリクが請け負ったものの、そう簡単ではない。回復魔法はあくまで体の治癒機能を向上させるもの。下手に消耗した状態で使えば、体が耐えきれない。


「そっかあ……」


 海賊たちが口を噤んでいることは、瑠璃には教えなかった。

 海賊達を攻め立てるよりは、瑠璃に語らせたほうがまだ色々と情報が出てくると思ったからだ。実際、かなり役に立っている。もちろん細かいところや瑠璃の知らないことはさておいて、大枠が理解できているか否かでは随分と異なる。

 利用しているようで多少は気が引けた分、瑠璃の希望は極力叶えるつもりでいた。


 ――まったく、『宵闇の魔女』とは言い得て妙ね。


 まさに『魔女』だ。

 彼女の存在ひとつでどう転ぶかわからない。ブラッドガルドを復活させたように、一見、悪意にしか見えないこともある。

 ただの少年だったリクは目に見える力を与えられたが、同じようにただの少女だった瑠璃には決して目に見えない付加価値がついている。


 ――できる限り、慎重に扱うべきね。ルリは……私たちが、守る。


 アンジェリカは心に刻んだ。

 今後も、彼女の口からは何が出てくるかわからないからだ。


 カップに入ったお湯を一口のみ、ふう、と息を吐いた瑠璃が改めて騎士団に目を向ける。


「ところでさあ、カイン君いる?」

「あ、いえ。陛下は此処にはいらっしゃらないんです」


 騎士の一人が答える。


「そうなの?」

「はい。ただ、後で通信することは可能だと思いますよ」

「うわっ、めっちゃ使いこなしてる……」

「何か御用でした?」

「うん。ブラッド君にレモンが食べれるよって言っちゃったから、できればヴァルカニアとレモンを貿易してほしいんだけど」


 瑠璃の言葉に、騎士団の方は思い当たるところがないようだった。それをちらっと見てから、アンジェリカが訪ねる。


「それって、黄色くて酸っぱい果実のこと?」

「そうそう! もしかしてあんまり有名じゃない?」

「そうねぇ」


 騎士団の反応を伺ってから、もういちど瑠璃に視線を戻す。


「たとえばマドラスがもっと……そうね、友好的で、レモンが特産品のひとつだっていうなら別かもしれないけど。今のところは、王族や物好きな貴族が食べたことのある程度じゃないかしら?」

「そういうものなの?」

「ええ。でも、自国の強みになる事に気付いてない事例はあるでしょうから。だから、レモンを取引することでどんな利があるか、教えてくれると助かるでしょうね。私からもカイン陛下に何か言えるかも」

「え、ええーっと……フルーツだからお菓子にもいいし、デザートにしてもいいし、あと普通の料理とかにも使える!」

「へえ。意外と幅が広いのね」

「あ、あと壊血病の予防してる!」


 ひらめいた、というように瑠璃が言う。


「カイケツビョウの……? ごめんなさい、ひょっとして……ええと、あなたの国とは別の言葉で言われてるものかもしれなくて」

「海の呪いとか言われてるやつの予防!」


 ――言ってるそばからーー!!!!!


 アンジェリカは口から出そうになった悲鳴をなんとか抑えた。


「えっ……あっ、お、おう……」

「あっ……ソ、ソウナン……デスカァ?」

「ちょっと!!!!」


 明らかに挙動のおかしくなる団員たちをアンジェリカは勢いよくひっつかみ、後ろを向く。


「驚くなっつったでしょアンタたち……」


 目の据わったアンジェリカに、ひっ、と小さく悲鳴をあげる団員。

 そもそも『海の呪い』とは、いまだ解決方法が知られていない。対処法を知っているのは、それだけで国家機密か、家宝もいいところだ。それをあっさりとこうも『病』であると断言し、その予防方法まで口にしたのだ。


「ど、どうしたのアンジェリカ……」

「なんでもないわよ!!?!?」


 瑠璃からすればアンジェリカの挙動もおかしい。


「つまりだな――」


 その斜め後ろから急に声がした。


「『海の呪い』と呼ばれる症状が、病なのか呪いなのか――国や個人によって見解が異なっている、という事だ」

「へー」


 瑠璃は納得したように言ったが、背後にいる『もの』を静かに振り返ってから、動きが止まった。

 一拍おいて、瑠璃がブラッドガルドの顎に気持ち良い一撃を入れた。


「▼□%!#=&!!!!」


 その後、ブラッドガルドにわけのわからない罵倒をする瑠璃を、わけのわからないままアンジェリカが落ち着かせようと背後から抑えつけ、騎士団が応援を呼ぶべきかそもそも敵うのかどうかでパニックになり、結局駆けつけてきたリクが止めるまで騒ぎは続いた。

 ひとまず騒ぎは『瑠璃のいた部屋に変な虫が出た』という、本当にそれで何とかなるのか微妙にわからない事にされた。カバーストーリーについて議論する暇が無かったのである。


「……言っておくが、元凶はあの魚女だぞ」


 ブラッドガルドは顎をさすりながらいけしゃあしゃあと言い放った。

 完全にキャパオーバーになった騎士団の面々は海賊達の監視に行かせ、ひとまず部屋には四人だけが残った。


「魚女ってだれ?」

「たぶん、水の大精霊のことね……。ブラッドガルドと同じ、『神』の……」

「えっ」


 そもそも世界に溶けているはずの水の精霊までもが現れたことは、それだけで由々しき事態である。何かが起きているのは誰でもわかる。


「あんなもの魚女で充分だ。奴が唐突に我が居城にやってきて、我が復活したのは本当なのか、魔女は何者なのか、なにゆえ我を復活させたのか、わめき立てたのが悪い」

「いや……なにゆえって……」


 リクは遠い目をした。

 だが理解できる。一度は封印されたブラッドガルドを復活させるとなれば、そこに必ず意図があると考える。それがブラッドガルドを使役するにしろ、崇拝しているにしろ、そうした理由だと考える。

 まさか、ドと超がつく一般人の自室の鏡に牢獄が繋がって、「このまま死なれると色々困るから」という通常では信じられない理由で復活したなど誰も思うまい。誰も思わなくても実際そうなのだから始末に負えない。


「ふん。奴め、小娘のことを強大な力の持ち主だと思っていたのだろうな」

「えっ。なんで?」


 リクとアンジェリカはそっと視線を外した。


「だから、あの小娘に魔術を使わせようとしても無駄だ、どんな状況にあっても自分の魔力を使うはずはない、賭けてもいいと――我は懇切丁寧に魚女に説明してやったわけだ」

「……ちょっと待って。それって、もしかして」

「そうだ。部屋に入ってきた貴様を、唐突に海に転移させた」

「半分くらいブラッド君のせいじゃないか!!!」

「我はもう殴っただろうが。殴るなら魚女を殴れ」

「いや……初対面どころか会った事もない人を殴るのはちょっと……」


 ブラッドガルドの目が、信じられないものを見るような目で瑠璃を見た。


「……つまり、アンタは自分に利しかない、ほとんど意味の無い賭けをふっかけたってことね……」


 そもそも魔力を使うはずがない、という言い方からしてほぼ確信犯だ。

 ブラッドガルドには瑠璃に魔力が無いことなんてとうにわかりきっている。それを、魔力を隠しているのではと疑う人物に告げるのはもう確信犯でしかない。何をふっかけたのか知らないが、どう足掻いても負けない試合をふっかけて、それを楽しんでいたのだ。

 直接的な力を振るうことしか知らなかったブラッドガルドが、こうした絡め手が出来るようになってしまったのも瑠璃のおかげだ。瑠璃のせい、とも言える。


「……もう一回殴っていいわよ、ルリ」

「うぬぬ……」


 言う前に殴るかと思ったが、瑠璃は緩慢に頷くだけだった。その目が妙に閉じかけている。


「ちょっと、ルリ?」


 異変に気付いたアンジェリカが、ルリの額に手を当てる。熱かった。発熱による強烈な睡魔に襲われているのだ。


「やだ、熱出てるじゃないの。寝なさい。氷作ってあげるから」

「いやめちゃくちゃに眠いだけだから大丈夫だと思う」

「それが大丈夫じゃないのだけれど!?」

「緊張の糸が切れたんだろ。できるだけ早く元の世界に……と思ったけど、体力が回復してからだな、こりゃ」


 しぶしぶというか、睡魔に勝てなかった瑠璃が、のそのそとベッドに潜り込んだ。

 リクが頭を掻いて、ひとつ息を吐いた。扉の方へと足をすすめる。


「何か使えるものが無いか持ってくる」

「ええ、お願い」


 リクが部屋を出て行くのを見送ったあと、何も言わぬまま影と同化して帰ろうとするブラッドガルドを思わず振り返る。


「いやアンタはここにいなさいよ」

「は?」


 完全に目の据わったアンジェリカに、不機嫌の極みのような顔をして見返すブラッドガルド。


「正直、ここじゃなくて海賊船に乗り込む方が良かったんじゃないの」

「我が行ってどうする」

「一応は『賭け』だったから?」

「それもある。だが、こんな無能の存在ひとつで右往左往する様が心底愉快だからな」


 それは事実なんだろう、とアンジェリカは思った。

 確かに、いまの瑠璃は奇妙な付加価値がついている。自分達はその身を確保しようと動いたし、下手をすれば真相を知ったマドラスに奪い取られかねなかった。ブラッドガルドにとっては、そのいざこざすら娯楽の対象に違いない。

 ただ、瑠璃はあくまで何も使えない人間に過ぎない。


「アンタの『娯楽』の幅は広すぎるのよ。限度を知ってほしいわね」

「何が限度だ。それに、結局勇者が行っただろう。文句のつけようもあるまい」

「ルリはアンタに来てほしかったに決まってるでしょ」


 ブラッドガルドは目に見えて眉間に皺を寄せ、なんとも言えないような表情をした。


「アンタが黒幕だろうがなんだろうが、ルリにとってはそんな事わかんないのよ。それに使い魔がくっついてるなら、アンタを頼りにするのは当然でしょ」


 アンジェリカは、ルリの髪の間からこちらを覗いている小さな影蛇を見ながら言った。ぴたりと額にくっついている。熱があるのはわかりきっているのに、そこにいるのはけなげにすら思える。

 ますますブラッドガルドの眉間に皺が寄った。理解ができない、というような顔だった。


「……他人を『助ける』のは勇者の役目だろう」

「……アンタ、意外に卑屈なのね。邪神だからかしら……」

「あ?」

「別に邪神アンタ人間ルリを助けてもいいじゃない」


 ブラッドガルドを見ないまま、アンジェリカは瑠璃の体に布団をかけてやった。

 それから踵を返して、扉に手をかける。


「他に毛布がないか探してくるわ。帰ってくるまではいなさいよね」


 忠告のように言ってから、アンジェリカは部屋を出た。

 きっと自分が帰ってくるまでは居るだろうと信じて、ゆっくりと探そうと思いながら。

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