74-6話 王と勇者と魔術姫、魔女の行方を知る
ヴァルカニア、時計塔城会議室――。
「いかがでしょうか、カイン陛下。わたくしの姿が見えておりますでしょうか?」
「ええ、大丈夫です」
カインの目の前には誰もいない。それどころか、外には衛兵が待機しているが、会議室の中にはカイン以外誰もいなかった。人間の代わりに壁にかかっているのは、宵闇迷宮から『発掘』された四角いディスプレイだ。魔力を持った水晶で作られたと思しきディスプレイには、二つの四角い枠がった。
そこに映っているのは、此処にはいないはずのアンジェリカとリクだった。
「ですが、リクさんの映る枠が小さくて――どうにかなりませんか」
「ああ、それなら画面に向けて、こうやって……」
リクがまるでスマホを操作するかのように、親指と人差し指を離してみせる。
「こうして親指と人差し指を離すと、大きくなるはずだ……はずです。逆に小さくしたいときは指を近づける。一本だけでスイッとやれば見やすいところに『枠』を移せるはずだ」
「わかりました」
リクの言う通りに指先を動かすと、それぞれの枠がそれに応じて拡大縮小した。カインの目が、僅かにホッとしたように動いた。それから言われた通りに人差し指を動かすと、今度は枠が移動する。
カインは何度か動作を繰り返したあと、アンジェリカとリクが映る枠を同じ大きさにして並べた。
「よくできてますね。ありがとうございます、画面のほうはこれで良くなりました」
「魔力のほうはいかがでしょうか?」
「安定しているようですね」
「それは良かった。こちらからもちゃんとカイン陛下が見えておりますわ」
アンジェリカは微笑む。
そして、不思議そうに
「魔術師の扱う水晶球のようですが、それよりもずっと鮮明ですわね。まるでカイン陛下が本当に目の前にいらっしゃるかのようです」
「……お二人も、本当にここにいらっしゃるわけではないのですよね?」
「わたくしも驚くばかりですわ。これが世に出回れば、確実に世界は変わるでしょう」
世界には、もっと小型で魔術師同士が会話できる水晶球が存在している。それに比べれば壁が必要だし、大きくてかさばる。魔術師によっては使い勝手が悪い、水晶球に劣ると主張する者もいるだろう。
しかし、これほど鮮明で誰でも利用できるならば、話は違ってくるだろう。そのうえ、カメラアイのような眷属や小型のものがあれば、あっという間に世界は変わってしまうだろう。
「そうだな……。まさかこんなものまで出てくるとはな」
リクはなんとも言えない表情をする。
これはいわば現代の文明の利器を模倣して作られたものだ。瑠璃が持ち込んだそれが、あろうことかブラッドガルドによって――「異世界ナイズ」されて生み出されてしまうとは。しかもこれは、宵闇の迷宮によって、無理の無い範囲で再現されてしまっているものだ。
果たして喜ぶべきなのか、恐れるべきなのか。
しかしアンジェリカの意識はそこには無く、リクがさっきから口調が砕けていることの方に気を向けていた。
「ちょっとリク。カイン陛下がいるのを忘れないで」
「え? あっ……、す、すいません」
リクが思わず口元を押さえて謝罪しようとしたが、カインはそれを遮った。
「いいんですよ。この場も非公式のものですから、砕けて話してくださっても構いません。むしろ僕のこともカインと呼んでください」
「で、ですが陛下」
「王族としてもアンジェリカさんのほうが先輩ですし。それに、ルリさんもお呼びするんでしょう? 堅苦しいのは彼女も望まぬかと」
アンジェリカとリクがお互いに顔を見合わせる。
「そういうことなら……」
「じゃあ……よろしく、カイン」
「はい!」
カインは笑って答えた。
「そういえば、その当のルリはいまこっちにいるのかしら?」
「この時間ならブラッド公のところにいらっしゃるかと思いますが……実はさっきから繋がらなくて」
「ああ、実はそれが、こっちもなんだ。瑠璃のとこにはあのカメラアイ? とかいうのがついてるから、魔力が届くなら繋がるはずなんだが……」
「あら、そうだったの? ……近くにいないのかしら?」
カインがいる手前、遠回しに「違う世界にいるのか」という事を尋ねる。この世界に瑠璃がいるのは、たいていブラッドガルドの迷宮の奥底か、ヴァルカニアくらいだ。居るのならば繋がるはずだ。
だが瑠璃には魔力が無い。カメラアイは独自のネットを形勢しているため、ひょっとすると繋がらない可能性もありえる。
「……気は進まねぇけど、ブラッドガルドの所に繋げてみるか?」
「ブラッドガルドに?」
「奴のところだったら多分繋がるだろ」
リクはなんともいえない表情をして言う。
アンジェリカとカインが同意したので、ひとつ息を吐いてから魔力を弄った。しばらくすると、ディスプレイ上に三つ目の枠が現れた。だがリクやアンジェリカが繋いだ時と違って、テレビやパソコンの乱れのような不快なノイズが走る。そのまま、急に枠がぷちんと音を立てて消え去った。
「あいつ、切りやがったな」
リクは一瞬画面を睨むと、もういちど魔力を弄った。
再び画面に枠が現れる。ノイズが走ったのは同じだったが、今回は安定した。だが、今度は枠が黒いものに浸食されるように、枠の中から外へかけて黒い染みが広がる。思わずリクの口から「うわあ……」と声が出た。この三人以外ならばそこから染み出る魔力に引きつって何もできなくなっていただろう。なにしろブラッドガルドの魔力がそのまま反映されているのだから。
やがて、不機嫌の極みのような顔をしたブラッドガルドがぎろりと画面の向こうに現れた。
「……なんだ、貴様ら……」
地獄の底から響くような声が届く。
「おめー、一回切っただろ」
「ご機嫌麗しゅう、ブラッド公」
「アンタに用じゃないわよ。ルリいる?」
「雁首揃えて繋げてくるとはいい度胸だ……。小娘はここにはおらんぞ」
「なんだ、まだ……ええと、俺の国か?」
リクの問いに、ブラッドガルドは僅かにため息をついた。
「こちら側にはいるぞ。いまは確か、海上迷宮だ」
「へえ。……ん?」
「え?」
「はい?」
三人は頭の上に巨大な疑問符を浮かべる。
言葉はわかるが何を言っているのかわからない――とはこのことだろう。一拍おいて、カインが口を開く。
「……ジョークですか?」
「何故我がジョークなど言わねばならんのだ。奴はいま、魚女に海に放り投げられて、海賊どもと一緒に海上迷宮にいる」
もういちど沈黙が降りた。
三人が三人とも、その言葉をよく噛み砕いて何を言っているのかを理解する。
「「「はああああああ!!?」」」
三人の声が綺麗に揃い、ブラッドガルドが鬱陶しそうに顔を歪めた。
「やかましい。黙れ三バカ」
「バカはこっちの台詞だ!!!」
「何がどうなってそうなってるのよバカじゃないの!!?!?」
カインは叫ばなかったが、死んだような目で現実から逃避していた。
情報量が多すぎる。
まず魚女――おそらくブラッドガルドと同じ、原初の水の精霊チェルシィリアが出てきたこともそうだし、それが瑠璃を海に放り投げたこともそうだ。どういうことなのかさっぱりわからない。そして当の瑠璃は海賊と一緒にいて、海上迷宮にいる。もはや理解が追いつかない。
「そう言うな。奴が四苦八苦している様なかなか見応えがありそうだぞ。面白いほど役に立たんし、いまは映像待ちだがな」
「悠長に見物しようとすんな!!!」
リクは叫んでから、舌打ちをした。
勢いよく立ち上がり、すぐさま視線を窓へ向ける。
「――邪魔をするな、勇者」
意図を感じ取ったブラッドガルドが、忠告のように言った。リクの魔力が羽根となってあたりに舞い散る。
「なんだと?」
「これは我と、あの魚女との賭けだ。貴様が行っては何もかもが台無しになる」
「賭け!? お前、なに考えて……!」
「頭を使え」
いやお前に一番言われたくない、という空気が三人に満ちて黙り込む。その沈黙を肯定ととったのか、ブラッドガルドは構わずに話し続けた。
「……でも、ブラッド公の言う通りかもしれません。……これが、ブラッド公と、水の魚――チェルシィリア様の間で行われているなんらかの『賭け』によるものであるのなら。僕ら人間では、そこに介入できない」
「だからって、よりによって瑠璃を巻き込むかよ……!」
激高するリクを横目に、アンジェリカは思考する。
土の精霊に続いて、水の精霊まで姿を現した。これは単に、存在が変化したブラッドガルドを見に来ているだけではないと思われる。奪われた炎に執着した男が、なぜそれを放棄し、完全な闇となることを受け入れたのか――その要因が宵闇の魔女にあると見て、その力を見極めようとしているのかもしれない。
だが、果たしてほんとうにそれだけなのだろうか。
アンジェリカがちらりとブラッドガルドを見る。
「とはいいますが、リクさん。……正直……。その……」
言いにくそうなカインに、アンジェリカはハッとして、リクとともに視線を向ける。
「……本当に危険になれば、ブラッド公が動くかと……」
一瞬の沈黙が降りる。
「……言えてるわね」
「なあ、本当にあいつに任せて大丈夫なのか?」
「……貴様ら、殺されたいようだな……」
アンジェリカとカインは目を逸らし、リクはため息をついた。
*
前回までのあらすじ――という言葉で現状が説明できるとするならば。
いつも通り扉を通ったら、何故か海の上にいて、どういうわけか海上の迷宮を攻略することになっていた、ということになるだろう。
「いや、ほんとなんで!!!」
瑠璃は叫ぶように言った。
あれから三日。怒濤のように――そしてあっという間に準備は整えられ、瑠璃は海上迷宮の入り口とやらにいた。
「まあまあ、腹ァ括れよ後輩」
「そうだぞ新人」
「なんでめっちゃ楽しそうなの!? なんでめっちゃ楽しそうなの!!?」
入り口といっても、ブラッドガルドの迷宮のようにわかりやすい入り口があったり、洞窟や廃墟といったわかりやすいエリアがあるわけではない。しかし、ここから先は確実に何かが違う――そう思わせるものがあった。
そして当の海賊達は、クリストファーへの敵意はすっかり消え去っていた。代わりに迷宮に対する好奇心と闘争心だけでいまは動いているように見える。
「まっ、お前はダンジョンとか入ったことなさそうだよなあ」
「いや……まあ……、あるけど……」
見栄を張りたい気分になって、ついそう言ってしまう。
「へえ、意外だな。どこだよ?」
「ブラッドガルドの迷宮」
「話を盛るなよ!!」
どうやらジョークの類いだと思われてしまったらしい。
「だいたい、あそこはもう別格だろ」
「突然置いてある箱に宝が入ってるとかいう話だしな」
――それブラッド君のコレクション……。
迷宮である「領地」の範囲と「家」の概念がほぼ同じである結果、冒険者たちが持ち込んだり落としたりしたものを適当な箱に放り込んでおいたのが宝箱の正体だ。いまもあるかどうかはともかく、海賊たちにまで話が流れているのには驚きである。
「宵闇迷宮は惜しかったなあ。大盤振る舞いだったみてぇじゃねぇか」
「その前のブラッドガルドと勇者の戦いなんて、地響きがこっちまであったしな」
「お……おう……」
さすがになんと反応していいかわからない瑠璃。素知らぬふりをして適当に相づちをうつ。
「それに、あの小僧に焚きつけられなくても、いずれ船長は海上迷宮に向かっただろうよ」
海賊のひとりの言葉に、瑠璃はひとつ瞬きをする。
「どうして?」
「そもそも、これはヴァルカニアに行くこと自体が目的じゃねぇ。もちろんそれも入っちゃいるが、海上迷宮を突破することこそが最高の栄誉なのさ。……海を分断された俺たちにとっちゃな」
「そうそう。偉業を成し遂げることができりゃあ、船長だって報われるもんさ」
「報われるって?」
「そりゃあお前、船長はあれでも末端貴族だからな」
瑠璃にはいまいちピンとこなかった。ただ、少なくとも海上迷宮を突破することで何らかの栄誉を貰えるというのなら、貴族としての地位や名声は上がりそうだ。
「ま、それに俺たちだって船長に報いたいんだよ」
「あの人はもっと先に行くべきだからな」
「……」
瑠璃は、海賊たちの背後に立った影の主を見た。
「報いたいなら――喋ってないで手を動かせ」
ゴン、ゴン、と次々に拳骨を喰らった海賊たちが、頭を抱えて呻いた。
拳骨の主である船長は、その様子を見てけらけらと笑った。
「だ、大丈夫……?」
「うおおおお」
「な、なんのこれしき……!」
「おう、そうだ。お前も準備は終わったか? 新入り」
バルバロッサが瑠璃を見る。
「い、一応……」
「これから先は――迷宮だ。気を抜くなよ」
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