挿話39 セスの場合
どうしようもなく、甘くて弱い奴だと思ってた。
背負っているものは立派で、本人もそれに報いようとしている。実力も運も時勢も、何もかもが見合っていない。体格に対して背負わされた荷物が大きすぎるのだ。そういう奴だ。どうにも駄目だ。
だから、奴がヴァルカニアの王と国家の再建を宣言した時は、驚きと同時に。
――やられた、と思った。
まあ、つまんない話だろうけど聞いてくれ。
そんな顔すんなよ、べつに時間を稼ごうってわけじゃねえよ。
最後の願いくらい叶えてくれたっていいだろう?
*
俺の生まれはいわゆる貧民街ってところでな。
特に子供が多かった。
俺みたいな奴だよ。俺も気が付いたらゴミみたいな所で、ゴミ同然に住んでた。俺を育ててくれたのは近所の年の近い兄ちゃんだった。そうやって子供同士で済んでたのさ。
そこにいるような大人っていえば、たまーにオッサンが来て、そこそこ見た目のいい奴を連れ去っていってたくらいだな。そうじゃなくても、いつの間にかいなくなってる奴なんてゴマンといたから、それをいちいち気にする奴はいなかった。
そんな顔すんなよ。俺がそこにいたのは、まだガキの頃だったからさ。
あとの大人は生むだけ生んで、あとは酒浸りかハッパ狂いがほとんどだ。
……ああ、ハッパってわかんねぇか。ケシの葉のことだよ、冒険者どもが使ってる安い薬草。あれ、使いすぎると依存するんだ。転落したゴミみたいな冒険者どもが持ち込んだんだ。冒険者ってな、勇者とかまともに戦える奴は別にして、一度転落するとロクなもんじゃねぇよな。
つっても、中には冒険者に憧れる奴ってのもいてな。運良く犯罪とも無縁でそれなりの年齢に達した奴がいたら、うまく出て行く奴だっていたからさ。もっとも、今言ったみたいに、仕事ができなくなって転がり込んでくる奴もいたけど。
でもな、一度当たればでかいからな。
成り上がりっていうのか?
だから、冒険者に憧れる奴はたくさんいたよ。その辺で転がってハッパに狂ってる奴だって元冒険者だったっていうのにな。
まあ、でも……。
やっぱり憧れっていうのはわかるんだよ、うん。俺だってそうだった。あんなクソみたいな所からいつか出てってやるってずっと思っていた。
それが大きく変わったのはある日のことだった。
さっき、クソみたいな生活だったって言ったろ。
でも月に一度か二度くらいか、教会の連中が貧民街で配給をしてたんだよ。中にはそりゃ、ほっといてくれ、みたいな奴もいたけどな。俺みたいな子供は真っ先に配給場所に行ってたよ。クソ堅いパンと豆のスープだけだったけどな。でもそんなものでも俺たちにとってはマトモもマトモだった。熱いスープがあるだけでも充分だったのさ。
ただ、教会って言っても、一枚岩じゃねぇのはそのときからなんとなく知ってたよ。馴染みのシスターもいれば、クソみたいな奴もいた。クソに塗れた爺の手を握って拭いてやるような女神みたいな奴もいれば、俺たちみたいなのに触りたくもなさそうなお高くとまった奴もいた。
だから、今日は当たりだとか外れだとか、初めて見る奴だとか、そういうのはこっちもわかってたんだよな。
……その日は、見たことのない男がいた。
その日は、俺達が結構好きだったシスターが来ててな。
それなのに、偉そうで、いちいちシスターにも指示しやがってさ。なんかいちいちカンに触ったのさ。いま思うと、単に俺たちに好意的なシスターだったから、そう思っただけかもしれないけど。
とにかく服装もそうだったし、シスターの対応からいっても、そこそこ上のほうの奴なんだなっていうのはわかった。顔のいい奴でも探してるのかと思ったが、そうでもなさそうだったな。
とにかくなんか好かない奴だ。
そいつは誰かって?
まあまあ、いまはそれは置いといて聞けよ。
とにかくそのいけ好かない司祭野郎は、俺達の好きなシスターをいじめる酷い奴みたいに映ったんだよ。少なくとも俺の目にはな。だからまあ、ちょっととっちめてやれと思ったんだよな。そいつの隙をついて、財布を頂戴してやったのさ。
ま、実際には財布じゃなかったんだけど。
え?
結果はわかるだろ。
一目散に貧民街のほうに逃げたけど、そのへんの神官にすぐ捕まったよ。どんだけ俺が脚が速くて、貧民街の地理に長けてるっていっても、大人に捕まっちまったらそれまでだよ。
俺はあっという間に抑えつけられて、司祭の前につれてかれた。
殴られるのか、唾でも吐きかけられるのか、どうにでもなれと思ったさ。
ただそいつは――俺が睨んでるのを見て笑いながら、一言「気に入った」って言ったんだ。
何言ってんだかわかんなかったよ。
そいつは俺を他のシスターや神官に捕まえさせておいて、貧民街から連れ出したんだ。それからどこかへと連れてきた。
馬車の中で、「お前はなかなか見込みがある」とだけ言ったよ。
それから、俺は孤児院に連れてこられた。
そこは、ヒエロニム先生のとこじゃなくてな。別の修道院みたいなとこだった。
そこには俺よりちっちゃいのとか、でかいのとか、色々いたよ。孤児院だから当たり前だけど。ああ、こういう世界もあったのかって驚いた。
……まあ、貧民街でいなくなった奴らはさすがにいなかったけど。
それから俺が孤児院に慣れるまでは、ちょっと掛かった。ただ、別に「こんなとこに連れてきやがって」みたいに思うほど、ガキじゃなかったのかもしれねぇな。貧民街でそこそこ培った能力で、あっという間にガキたちのリーダーになったわけだ。
……で、だ。
あそこにはたまに、あいつも来てた。
なんでか知らないけど、一応俺を気に掛けてはいたみたいだな。たまに顔を見せにきた。
意外だったけどな。親ってほどではないけど、……よくわかんねぇ。
まあ、ほんとにたまにだぜ。何ヶ月かに一度、気まぐれに現れては、自分が放り込んだガキンチョを見て、一言二言なにか言って帰ってくんだ。その間にも、俺達のところには新しいガキは来たし、年をくった奴は出て行った。病で死んだやつもいる。入れ替わり立ち替わりが二年くらい続いたよ。
そんなとき、俺のところにいつものようにあいつがやってきたんだ。
あいつは、妙にそわそわしてたな。
「セス。お前を見込んで、ひとつ頼みがあるんだ」
あいつはそう言った。
まあ、世話にはなったから聞かねぇわけじゃねぇよ。
「ふむ。実はな、ここからヒエロニム司教の孤児院に行ってもらいたいんだ」
まあつまり、孤児院を変われってことだ。
変な依頼だよなあ?
「そこに、カインという子供がいる。……そいつを監視してくれ」
何を言ってんのかよくわからなかった。
ただ、頼みだなんて改めて言われちゃあな。それに、なんだか面白そうだと思ったんだよ。カインって名前のガキに、どんな秘密が隠されているのかな。
だから、俺は承諾した。
ヒエロニム先生は……知らなかったんじゃねぇかなあ。
理由としては、自分の知ってるとこは定員オーバーだから、ヒエロニムの所で預かってくれないか……とか、そんなようなことをハキハキ言ってやがったな。何を言ってたのかは覚えてねぇけど、よくもまあこんな口から出任せが出るなと思ったのは覚えてるぞ。
それでまぁ、俺はヒエロニム先生のとこに来たわけだ。
お前の第一印象はなぁ……、なんかいけ好かなかったな。なんか自分が周りと違うって思い込んでるっていうかさ。まあ雰囲気からしてなんかこいつは違うなって思ってたんだけど。
孤児院に来る奴なんていうのは、最初からどこかしら傷を負ってるもんさ。しばらくは放置しておいても、意外となんとかなったりする。ただ、お前はそういうのとは根本的に何かが違った。
髪の色は変だし、そもそも他のガキどもからも遠巻きに見られてただろ。おまけに畑仕事は天才的に下手だし。なんだこいつと思ったよ。だからまぁ、最初は孤児院のガキどもを掌握するとこから始めた。
まあ、やり方はわかってたからな。それでも楽しくないのは嫌だからな。俺が楽しいようにやってやった。
意外か?
そうでもないだろ。
俺は楽しかったんだぜ、これでも。
はは。
まあとにかく、それからはお前も知っての通りだよ。
俺は定期的にあいつに手紙を書いて、そっとあいつの鳩に手紙を送らせてた。いまから思うと、よく見つからなかったもんだよ。
とにかくお前とちょっとずつ距離を縮めて、お前の秘密を聞き出そうと思ったんだ。
だからさあ。お前が――
「セス。僕はブラッドガルドを倒したいんだ」
……って言ったときは。正直、何言ってんだこいつ、と思ったよ。
だってブラッドガルドだぜ。あの最悪の迷宮主。
どんだけの冒険者が束でかかっても、仕留められない。魔物の王様みたいなやつだ。
でも、お前の話を聞いてたらわかったんだ。
ああこいつ、とんでもねぇもん背負わされてんなって。
だけどお前の語るのは夢物語ばっかりで、こいつマジか、と多少は思ったぜ。お前が王族だっていうのも最初は信じられなかった。あいつから聞いてなきゃ、とんだ眉唾だと思ったかもしれねぇ。
……ただ、ちょっと面白いなとは思った。
割と本気で――お前と、迷宮にブラッドガルドを倒しに行ってもいいと思ったんだぜ。
まあ、勇者が現れたあとに、孤児院を抜け出そうとして捕まった時だっただろ。情報を流してたのは俺だけどな。
あのとき、お前に対する扱いっていうのは一定してなかったんだよ。
教会はもともと、お前を保険として確保しておきたかったんだ。
ブラッドガルド討伐において、担ぎ上げるつもりでいたのかもしれないな。だいたい、ヴァルカニアの王家はバッセンブルグが保護してるはずだけど、もう形だけになってただろ。
でも、そこに勇者が現れた。
もし勇者がブラッドガルドを倒せれば、ヴァルカニアの土地は教会かバッセンブルグのものになる。何を考えてたんだか知らないが、勇者は冒険者の登録をしてたからな。そのときに、お前という王族を出せれば、バッセンブルグよりも優位に立てると思ったんだろうよ。
反対に、元々の血筋のものを置くのは逆に賛成できねぇって奴もいた。大人しく傀儡におさまっててくれりゃあいいけど、そのうちに反抗し始めるんじゃないかって見方もあったからな。
お前の存在は一旦留め置かれた。
生きててもいいし、別に死んでてもいい。
そういう存在になり果てちまったんだ。
でも、肝心の勇者はブラッドガルドを倒して旅に出ちまったからな。
結局はお前を飾ることにしたわけだ。それまでお前の気が済むなら、みたいな感じでお前を騎士団に入れといたんだろう。教会で保護していた聖騎士が王族の血を引いてるなら、話は出来すぎてるから。
……ブラッドガルドが復活する、あの日まで。
そりゃもう、俺も驚いた。
だって、予想外だろ。せっかく勇者様が封印したのに、たった一年足らずで出てきやがって。それどころか、お前も調査団に入れられるしさ。
あれ、どうしてだか知ってるか。
ひとつあるとするなら、俺を拾ったあいつだな。
あいつは、お前を王に据えることに対して反対派だったってだけの話さ。
後はお前の知っての通りだよ。
あのイーノックって先輩は、俺の前にあいつに拾われて、俺とは別で動いてたんだ。そういう孤児が俺と先輩の他にいたかっていうと、そこまではちょっとわかんねぇな。
まあでも、お前が迷宮で死ぬならそれで良かったんだ。
だって迷宮だぜ。生半可な事故じゃねぇからな。もう死んだってそれはしょうがねぇよ、っていう場所だ。そこで死にましたって言ったら諦めるしかないような場所だ。
オルギス隊長がいたからブラッドガルドの野郎のところまでたどり着けたようなもんだ。今だから言うけど……ブラッドガルドと対面したときは、さすがの俺でも脚が震えたよ。なんで俺は今まで生きてられたんだろうな。
そのオルギス隊長にはちょっと悪いことしたと思ってるけど。
あの人もな、敵が結構多いんだぜ、あれで。民衆からしたら英雄の一人だけども、利権的に見れば勇者に勝手についてったのを恨んでる奴もいるわけさ。自分の息がかかった、俺みたいなのを勇者の護衛隊としてつけて、ますます教会内で存在感を示そうっていうクソはいっぱいいたわけだから。
それを一人でかっ攫ったんだぜ。
そりゃあ恨まれるよな。
……そろそろあいつが誰か教えてほしいか?
さあ。
言わねぇよ。
自分の宿題だろ。
それを片付けるのも王様の仕事だろ。
一応、それなりに恩義はあるんだ。
これでもう全部終わったと思った。
俺達は一人を除いて奇跡的に生還。俺達は悲劇の先輩と親友を演じて、あとはもう他の奴らが処理してくれると思ってた。
ははは。
まったく、余計な手間を増やしやがって。
そりゃもう、とにかく逃げたぞ。余計なことを聞かれても困るからな。だって俺達はもう、お前はもう死んだと思って、そういう風に行動してたんだからな。というか、ブラッドガルドと出会って生きてるなんて、もう詐欺だろ。お前、体が透けてたりはしないよな。
誰かに捕まる前に、俺は逃げた。
走って、走って、走って、とにかく教会から逃げた。
それで――。
……。
お前を殺さないといけないと、思った。
*
「……言いたいことは……それだけ、ですか」
「ああ」
セスはそう言って僅かに笑った。
「俺は甘かった。俺の甘さがお前を生かしちまった」
「……セス」
「そんな目で見るなよ。これは俺の落ち度なんだ」
それからにやりと笑う。
「お前は甘くなるなよ、親友」
そう言うと、長い長い沈黙が降りた。
「……僕は、貴方を……。盗賊として、処刑せねばならない」
カインがそう言うと、近衛騎士の一人が横に立った。
無言のままカインに剣を差し出す。
この装置を見た者は、なんぴとたりとも許されない。それは、わかりきっていたことだ。まだこの魔導機関は隠されていなければならない。
だが、それ以上に。
この件を処理するには、教会側への脅しが必要だ。
この襲撃をただの盗賊事件として処理する代わりに、迷宮でカインが殺されかけたことは追及せず、有耶無耶にしてやる。そういう無言のやりとりだ。あるいはそれを教会側も理解していたのかどうか。
セスを抑えていた近衛騎士が、その首根っこを掴んで王へと差し出した。
カインは差し出されていた剣を手に取り、上段に構えた。
「やるときはスパッとやってくれよ。自分の部下を斬るとか洒落にならねぇだろ」
抑えつけられながら不遜にもそう言って見上げたとき、思わず目を見開いた。
剣を振り上げたその表情は、いまにも泣きそうなほどに歪んでいたからだ。
――ああ、くそ。そんな顔するなよ。仮にも王様が。
――なあ、カイン。……俺の……。
ごろんと音がして、賊の首が地面に転がった。
*
「はあっ、はぁっ!」
その頃、盗賊のリーダーは暗い闇の中をひとり、走っていた。
「く、くそ……っ、新興国家のくせにっ……!!」
手下たちはみな捕まり、あっという間に捕縛されてしまった。
街の構造は調べたはずなのに、兵士たちは理解できないような場所から出てきては手下たちを捕縛していったのだ。
殺されてたまるものか。
せっかくこっそりと開放されたのだ。このまま逃げ切って、もういちど体勢を立て直すのだ。
息を切らしながら前を向いたとき、そこに人影があるのに気が付いた。ぎくりとして立ち止まる。
「よう、久しぶりだな」
「お、お前は……!?」
目の前にいたのは、紛れもなく――かつての盗賊団で、自分が裏切った者だった。
勇者の犬に成り下がった、憎い男。
「ハンス! てめぇ……」
「リクに捕縛されたと聞いたが、また性懲りも無くのこのこと出てきたってか」
「黙れ! てめぇこそ、何しに出てきやがった!」
「なぁに。あの国がどうなろうと知ったこっちゃないが……。相手がお前なら話は別だ」
「こ、こ、この野郎……!」
男はナイフを出して突進しようとして、目の前にハンスがいないことに気が付いた。
「な、なに?」
「自分の不始末は、自分でなんとかするべきだろ。……なあ?」
ハンスはいつのまにか男の背後へとまわり、その首を腕で締め上げた。
「がっ……ぐ……」
「……お前とはちゃんと決着をつけておくべきだったのさ」
それが、男が最後に耳にした言葉になった。
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