56-9話 ソロ冒険者・クロウ(前)
「まだ慣れないな、ここは……」
窓の外を見て、そのギルド員はぼやいた。
見慣れぬ建築の屋敷に、スケルトンやゾンビの住民。さながら地獄のような光景だ。ハロウィン・タウンと名付けられたこの街を初めて見たとき、あまりのことに言葉を失った。それなのに。
はあ、とため息をつくと、奥の部屋からギルド員がもう一人出てきた。片手には籠を持っていて、もう片手でカップケーキを頬張っている。
「あー、先輩。なに黄昏れてんすか。カップケーキ食べます?」
「カップケーキだって? 誰に貰ったんだ」
「ここ貸してくれたスケルトンの婆さんです」
「はあ!?」
先輩ギルド員は思わず二度見した。
「お前なあっ……危機感が足りないぞ!? 魔法生物の作ったものなんか……!」
「場所を貸してもらう、なんてことやっておいて、今更すぎるんすよ先輩」
後輩ギルド員はそう言うと、カップケーキを美味そうに頬張った。
そもそもギルド支店として利用しているこの建物は、そのスケルトンの婆さんから借りている場所なのだ。魔法生物として生まれたスケルトンが、人間のように管理人をしているだけでも頭が痛い。いくら迷宮だからといったって限度がある。
初めて来た時だって、信じられずに剣を取ったら出禁になるところだった。魔物なんかに出禁にされても痛くも痒くもないし、いまだって納得がいっていないのだが、なにもかもがおかしすぎる。
それを思うと、ブラッドガルドの迷宮が懐かしい。あの頃は何も無かったが、もっと迷宮らしかった。
「まったく、ただでさえこっちは頭が痛いっていうのに……」
「知ってますよ、あのお貴族様でしょ。パーシバル・ベクター。ベクター男爵家の三男坊」
「ああそうだ。ギルド役員のバリュー氏の第三秘書の姪っ子の知り合いだ。唐突に立てることになった宵闇迷宮支部の管理人。あれほどの働き者を俺は知らん」
先輩ギルド員は皮肉げに言う。その表情は憎々しげに僅かに歪んでいる。
「まあやることはやってくれてるんでいいと思うんですけど」
「無能な働き者が上に居座るほど手に負えないものは無いんだぞ。あいつのおかげで決まりかけていた人事がイチからやり直しになったうえに、現場を知っている上司が一人もいなくなっちまった。俺たちは意味の無い調査報告を一日中書いてなきゃならない。ハロウィン・タウンのことだって聞いてただろうに、剣を向けるから面倒なことになるんだ! だいたい、ベクター家の狙いは当然……」
「神の実を狙っているのはベクター家だけじゃないでしょ、先輩」
「その通りだ」
先輩ギルド員は唸った。
実際、パーシバル・ベクターは運良く迷宮支部管理人などという地位に滑り込めたはいいものの、いつ「貴族系役員の血縁関係者」に乗っ取られてもおかしくない状態にある。どちらがマシになるかはそれこそ運命にしかわからない。
結局、ギルドの中からも、外からも、神の実を狙った貴族たちの水面下の攻防は行われている。それに振り回されるのはいつだって罪の無い公務員たちだ。その公務員ですら、貴族位を狙って虎視眈々と準備を進めている者だって居る。
加えて、重要なのは神の実だけではない。
「そ、それよりお前のほうはどうなったんだ」
「まあ進んでますけど」
カップケーキを食べ終えると、ガシガシと頭を掻く。
「ヴァルカニアの連中は案外やりやすかったですけどね、向こうから来てくれましたし」
ここにギルドが出来たと聞いた途端、ヴァルカニアの調査隊を名乗る連中がやってきた。自分たちは調査が目的であると言い、証拠品も提出し、所属をあきらかにしていったのだ。勝手にヴァルカニアの関係者を名乗られるのも困る、ということなのだろう。
「ありゃあ誰か優秀な参謀がいるのかも。それ以外だとやっぱり誤魔化す奴らが多いですけど……」
そもそも、迷宮にギルド支店を作ったのは、モグリの冒険者をあぶり出す――ということになっている。
実際、ヴァルカニアの使者を名乗ったがゆえに、詐欺罪で捕縛された者もいた。
「それでも無理があるんですよ。ギルドはあくまで依頼者と冒険者が公平になるようにするものでしょ。迷宮に入るかどうかは関係無いじゃないですか」
大筋では正解だ。
冒険者という、傭兵とゴロツキがが大半である連中を国で統括し、管理し、立場を与える。そして依頼者とのやりとりを円滑にする。それがバッセンブルグの冒険者ギルドだ。そこには迷宮に入るかどうかなど本来は関係無い。
依頼で迷宮に入る必要はあっても、迷宮そのものの自治権など無いのだから。だから、迷宮にギルドが入って冒険者であるかないか調べることそのものに不信感を持つギルド員もいる。
「……仕方ないさ。お偉方は怖くてしょうがないんだろう。あんなものが他国の手に渡れば――」
地図と人数のわかる道具。それはまさに魔法の道具と言っていい。そんなものがあれば――もしも迷宮以外の、街や、城や、施設の中までわかるというのなら――それは国家の危機といっていい。みな知らないふりをしているだけで、とっくに国のお偉方はその有用性と危険性に気付いているのだ。
後輩ギルド員は肩を竦め、自分のテーブルの上に無造作に置かれた資料を手に取った。先輩の前のテーブルへ出す。
「怪しそうなのはいくらか情報は入ってきてますよ」
先輩ギルド員はその資料を手に取り、目を通した。
「疑いの晴れたのが二組。ヴァルカニアの使者を名乗った連中は、詐欺罪で地上に送還ですね。傭兵を名乗るならともかく、怪しすぎるので。現在は五組を調査中です。その他未確認が十七組……。ほとんどは傭兵や噂を聞いてきた腕の立つ旅人とかだと思いますけど、挙動が怪しいのが二組ほどいますね」
それから別の資料を手に取り、渡す。
「加えて、最近じゃ仮面の騎士みたいなわけのわかんないのまで出てきました」
頭の痛い事態だ。
顔を隠して、しかも迷宮の魔力を纏った鎧を着た騎士。あきらかに敵ではあるのに、その行動はほぼ『冒険者を助ける』ということに集約されていた。
「ま、これは単なる仲間割れじゃないかと思いますけどねぇ? 神出鬼没なんで、これは難しいかと」
使い魔といったって、一筋縄ではないはずだ。
ナビが頂点に立つことをよしとしない勢力もあるはず――ということで、おおもとの予測は立てられていた。
「そうだな。潰し合ってくれればそれでいい」
「あとそれから気になるとこといえば、魔力を隠してる自称ソロ冒険者の剣士が一人いますね」
「魔力を隠してる? ……剣士が?」
「はい。同じ冒険者から警告や注意を受けているところを見たって話もありますけど。相変わらず魔力は伏せているようです。いまはトバス先輩が追ってます」
「そうか。なら、いまはトバスに任せておくか……。少し気になるがな」
「すいません。正しくはパーシバル・ベクターが率いてますけど」
頭痛が酷くなった。
気が遠くなる。管理人というのはそういうことをするものではない。胃がきりきりと痛くなるのも感じた。つくづく余計なことをする男だと、先輩ギルド員は思った。
なんとか息を吐いたあと、視線は自然と窓の外へと向けられた。
そこには安心する街の景色など無く、スケルトンの女が半透明の犬を散歩させている。その横をすっかり慣れた冒険者が、喚くこともなくすれ違う。
「……そういえば、婆さんが言ってましたよ。これは内緒だって言ってたんすけど」
「なんだ、迷宮の攻略方法でも教えてくれたか?」
呆れた口調で尋ねる。
「第五階層で、もうすぐ神の実から作られた菓子が完成するって。こっちにまで回ってきたら、カップケーキがもっと美味しくなるはずだって」
「……へえ、ケーキがねえ」
先輩ギルド員はそう答えてから、顔色を変えた。
「……なんだって?」
「神の実は菓子に加工すると絶品だって……。そのための工場が第五階層にあるって……ほら、仲良くしておいていい事もあったでしょ……」
後輩のほうは笑いながら言っていたが、次第に声に覇気が無くなっていく。
「……これはこれで、とんでもないことになるかも……」
後輩は苦く視線を逸らした。
先輩ギルド員は硬直したまま、キャパシティを越えた。後ろにぶっ倒れた音が建物じゅうに響き渡ると、後輩の叫び声も一緒に響いた。
*
「……まさか迷宮内に塩が生成されるとはな……」
クロウは洞窟から運ばれてくるネコグルマを見ながら言った。
「おう、いいだろ! この中で出回ってる塩はみんなここで採掘されてっからな!」
オークやゴブリンタイプの魔法生物が、やたらと明るく言った。
みな黄色い兜――工事用ヘルメット――をかぶり、しっかりした作業着に身を包んでいる。
第四階層。唐突にジャングルに覆われ、天然の要塞と化した階層。
第三階層とともに解放されたものの、ナビはこの第四階層以降の説明をしなかった。ただ話に出すときに『第四階層の『神秘の密林』』と言うので、名前自体は存在する。
第三階層までと迷宮のタイプすら違う展開に、冒険者たちは驚き戸惑っていた。
しかしそれも、第四階層に塩と砂糖があると知るまでの間のことだ。
「しかし、冒険者もとうとうここまで来たかあ~」
「そのようだ。俺以外にはどんな奴らが来てる?」
「ん~。有名どころじゃあ勇者パーティだろ、それからルゼルとかいうパーティと、あと……」
現場監督のようなゴブリンが指先で数えながら名前をあげていく。
それらが冒険者の中でも指折り、ということなのだ。
「多いな。これからも増えるだろうし」
「そうさなぁ。でもこっちとしてはある意味で願ったり叶ったりだ。タダみたいな塩で、タダみたいにこき使えるからな。あっちのほうには魔物が出るって廃棄された塩鉱山もある」
ついこの間できたばかりの迷宮で廃鉱か、とクロウは鼻で笑う。
だが、ここはそういうものだ。できたばかりの砂糖農園が魔物に占拠されていたり、わけのわからない遺跡があったりする。
「で、俺たちぁタダみたいな塩で丸儲けってわけだ。ひひひ」
「その塩を冒険者が街でまた高く売るんだろうが」
「そしたら値段をちょっとずつ、つり上げるだけさ。俺たちには手を出せないんでさぁ。ひゃっひゃ」
こうした役割持ちの魔法生物に攻撃してもいいことはない。というのも、手を出そうとしたが最後、額に『出禁』と書かれ――しかもハートマークつきで――外に放り投げられるのだ。その額の文字はいわゆる呪詛の類らしく、迷宮に入れない呪いがかけられる。バカみたいな話だが、事実だ。
第二階層のハロウィン・タウンでは、最初のころにそんなことが良くあった。特にバカバカしいと断じて本気で手を掛けようとした冒険者が、外で倒れているのが見つかった。額にはやはり『出禁』とハートマーク付きで書かれていて、憤慨しながら迷宮に戻ろうとしたところ、呪詛が発動して勢いよくビンタされるように吹っ飛ばされたらしい。
「これならそのうち、あのお方のところにも到達するかもなあ。アンタも行くんだろ、あのお方のところまでさ」
「ああ」
「まあ、頼むよ。あのお方を救えるのはアンタしかいない」
その言葉に、クロウはもう一度魔法生物を見た。
「俺たちぁ、みんな一緒だ。頭のテッペンに『エヌ』がついてる。でもアンタは違う、クロウ。アンタは、アンタだけは、選ばれた正真正銘の『ピーシー』なんだから」
「専門用語で喋るな。理解できん」
クロウはまるで、独特な方言を聞いたかのような反応をする。
「アンタだけがその役目を託されたんだよ、わかるだろ」
鼻で笑ってやる。
「それが、この迷宮の主の願いだったからだろう」
「……あのお方の本当の願いがわからないほどじゃないだろう、アンタ」
ゴブリンが小さく言うと、クロウは表情を強ばらせた。驚くように目を丸くしたあと、僅かに哀れみを見せた。
「……馬鹿な奴だ」
同じように小さく呟く。
無言の間があった。
だがすぐにクロウは顔をあげると、気を取り直すように言った。
「まあいい。ところで、誰にでもそれを言ってるのか?」
「ははは。まさか!」
ゴブリンは笑い飛ばす。
「他のお人には、ちゃんと『あのお方を倒せるのはアンタたちくらいじゃねぇかなぁ』と。そんだけ」
「……なるほど」
「それじゃ、アンタはどうします? 俺から第五階層へのヒントを得るために、なにをします?」
「……そうだな、やることはやってやろう」
クロウは息を吐いた。
「そういうゲームだろう、これは」
「へへへ、毎度ォ。それじゃ、廃鉱のほうにご案内いたしますよう」
ゴブリンが案内しかけたところだった。
ガサガサと正規の道ではないところから音がしたかと思うと、密林の中をかきわけてプハッと息を吐き出した集団がいた。
「や、やっとついた……!」
「ゲホッ、ゴホッ」
どうやら迷いに迷ったらしく、衣服も髪の毛も葉っぱまみれだ。
「まったく! なんだここは!」
ついでに怒声も響いた。
「第四階層がこんなにわけのわからない場所とは……ここの主は何を考えているんだ」
それに関してだけはクロウは同意した。
全員がほぼ同じような衣服に身を包んでいて、腕にはギルドの腕章をつけている。クロウはゴブリンを伴って早々に歩き出そうとした。
「あれ? きみ、ひょっとして……」
そのうちの一人が、踵を返したクロウに声をかける。
「彼かもしれません、特徴が一致しています」
そう言う男の肩を掴んでむりやり横にどかせると、やや貴族的な格好をした男が前に出た。
「冒険者のクロウだな!?」
威圧するように言ったが、全身葉っぱまみれだ。
「わたしは冒険者ギルド、迷宮支部管理人。パーシバル・ベクターだ! お前の所在を確かめさせてもらうぞ!」
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