56-5話 サメさえ出せばなんでもいいわけじゃない
ギルドの役人たちは、勇者からの報告書を前に頭を抱えていた。
沈鬱な表情のまま、一人が重ねられた紙に触れてばらけさせた。
「……あと二、三パーティからの報告がありますが、ほぼ同じ内容です」
視線は上座へと向けられている。
ギルド長を任されている男だった。ため息をついてから、自分を落ち着けるようにして言う。
「……なんなんだ、これは? 何が起きてる」
理解の範疇を超えている。
「迷宮に魔法生物が増えたから、なんだというんだ?」
魔法生物とはそういうものだ。虫型の魔物もそうだが、迷宮や巣を守るための護衛のような役割を持っている。核や女王を守るための護衛。危険な存在。街にとっての脅威。そのため冒険者に依頼して数を減らしてもらうもの、というのがギルドでの認識だ。
しかし今回は違う。
「こともあろうに迷宮側から冒険者に討伐を依頼? 討伐数ごとに報酬? そのうえ――『祭り(イベント)』だと!? 何を考えてる!?」
自称使い魔のナビは積極的に冒険者を呼び込み、報酬で釣ってまで魔法生物を討伐させた。最終的に三百をひとつの目標にし、それを『祭り(イベント)』などと呼ぶ始末。
「リク様の報告によると、ゲーム的発想ではないか、と……。使い魔が親となって行われる、賭け事のようなものではと」
「なんのために!?」
なにひとつ理解できない。
これではただ、本当に冒険者に楽しみを提供しているだけに見える。
イベントを開催する意味があるはずなのに、見えてこない。
ギルドでは調査の意味もあって、積極的な『イベント』への参加を促した。本性を暴くためだ。優秀な冒険者はたくさんいる。だが報酬はあきらかに迷宮が提示するものに負けていた。結果的に、イベント参加者に比べて報告はごく僅かなもの。もちろん勇者は調査報告をしてくれたが、問題は他の冒険者だ。
それほど迷宮が垂らす餌は魅力的だったのだ。そんなことが続けば、この先もしも迷宮の真意があきらかになったとしても、その前にギルドの面目が潰れてしまう。
――だが、いまは冒険者に頼る他ない。
ブラッドガルドは倒され、浄化が進み、季節外れの豊作があった。
それだけならまだよかった。
浄化は止まらず、豊作は普通のことになりつつある。羊飼いや牛飼いたちも、成長が少しずつ早い気がする、と、喜び半分で報告している。それは果たして喜ばしいことなのか。少しずつ感覚が狂わされてきている。まるで何かが、喜びの影に隠れて浸食してくるような気分だった。
だが頭を悩ませる事態はそれだけではない。
――それに、あの魔導地図! 便利な地図だと? 冗談じゃ無い!
――あんなものが他国の手に渡ればどうなる!? それこそ戦争どころじゃない!
世界で一番早く魔導機関を作られたヴァルカニアは、早々に中立を宣言した。あのときは胸をなで下ろしたものだが、この事態を見越していたというのなら。
――あれだけ抑圧された冒険者を迷宮が迎え入れただけでも最悪だ。しかも妙な街を根城にしているだと? ふざけるな! 街を制圧するか? それとも……。
「……ギルド長?」
「……モグリの冒険者は徹底的に洗え。ナイトメア・タウンに出向いても構わない。ギルドを通していない冒険者は必ず捕らえろ!」
ギルド長はテーブルを叩いた後、盛大に息を吐いた。
*
その頃のリクはというと――。
「なんでダンジョンにサメが居るんだよ!!!」
全身全霊で叫んでいた。
その場にいた全冒険者を代表する叫びだった。
『なんでと言われましても、実際に居ますからね』
ナビはどこか遠い目で答える。
『出るとなれば幽霊にもなりますし、雪山や家にだって出ますよ』
「出ねーよ!!?」
何がどうしてそうなったのか――話は少し前に遡る。
第三階層。
その扉が開けられると知った冒険者たちの動きは、様々だった。一気に三百体の討伐に成功し、すべての報酬を手に入れた者たちが増えた。次第に鬼瓜大王の数も減っていったこともあり、イベントを切り上げて第三階層への準備を進める者たちも増えた。なにしろナイトメア・タウンの宿屋が拠点として利用できるため、準備も早かったのだ。
リクたちも第三階層へ行くことを選んだパーティ、ということになる。
第三階層に続く扉の前に到着すると、ルゼルやガフといった、既に見た事のある冒険者も幾人か待っていた。後ろからした足音に振り向くと、ソロ冒険者のクロウが歩いてくるところだった。そのタイミングで、水晶板から魔力が通る。
『はーい! それでは、そろそろ第三階層を解放しまーす!』
今回は前回のように『開けられない事態』があるわけではないようだった。かけ声とともにガゴンと音がして、奥の扉がおもむろに開いた。
我先にと冒険者が中に入っていく。
リクたちも後から扉の中に入ると、その向こうはいままでとまったく違った空間が広がっていた。
黒を基調とした空間に、柱が並び、そこかしこに光る文字で案内や何かの名前が書かれているのだ。床は絨毯のようで、幾何学模様が描かれている。広いエントランスの向こうには通路があり、奥の階段に行くまでにも、いくつも扉が並んでいる。
「宮殿かなにかか?」
「へえ。第二階層とは本当に違うんだな」
――宮殿じゃない……。見覚えがある……?
柱や隅に張られている絵画のようなものは、一見すればただの絵画かポスターでもある。エントランスにはカウンターがあり、ともすれば誰かがそこを陣取れば店として完成する。
――これ……映画館……だな!?
それこそ映画に取り込まれそうなレトロなものじゃない。現代的な感性に溢れた新型の映画館だ。
『第三階層、『銀幕の扉(シネマティック・ユニバース)』へようこそ! ここはあまたの扉へと続く巨大回廊となっておりまーす!』
「銀幕……? どういう意味だ?」
「なんでもいいだろ! それより後れをとるな!」
『あ、言い忘れてましたけど――』
ナビが言いかけたそのときだった。
「うわああっ!?」
奥へ乗り込んだ冒険者から悲鳴があがった。
全員の視線が奥へと向けられたとき、ダンジョンの床から唐突に何かが出現した。サメだった。冒険者を呑み込んでどこかへ泳いでいった。何度見てもサメだった。
何を言っているかわからないと思うが、サメだ。あの海に泳いでいるサメ。
「……えっ」
全員の目が信じられないものを見たような目になる。
『あー。遅かったですね』
「なんでダンジョンにサメが居るんだよ!!!」
そして、この叫びに繋がったのである。
「と、いうか今の奴らは……!?」
『第二階層のどっかに飛ばされました』
じゃあなおさらなんでサメなんだよ、という空気が流れる。
ナビは他にも映像を出した。作業服で奇妙なマスクをかぶった大男が、血まみれの斧を片手に通路を歩いている映像だ。
『それとか、迷宮内でイチャついた人たちには、こんな感じのめちゃくちゃ怖い警備員さんが追いかけていきますので』
「な……なんで?」
「マジで何故……」
――異世界の人間に通じないだろそのネタ……。
そう思った瞬間だった。
『……来ます!』
突然セラフの声が響いた。反射的に手に魔力を集める。
だがそれよりも早く、横からヒュッと風を切る音がした。クロウの剣が勢いよく地面を薙ぐ。地面から出てきたサメが、避けきれずに縦に真っ二つにされた。ぱぁん、と腹と背に分かれたサメが、断面から魔力を散らして地面に転がった。うお、と誰かが叫ぶ声がする。サメは魔法生物特有の消滅の仕方で、ゆっくりと世界に還っていく。浄化が続いているのか、やや消滅が早かった。そのかわり、からん、と音をたてて板きれのようなものが転がる。
全員が息を呑んでいる間に、クロウは板きれをつまみ上げた。
「……『ダンジョン・シャーク』。……チケット?」
『ちょっと!! なに勝手に倒してんです!?』
「つまりこれは……討伐証か」
――……チケットだな。
タイトルはともかく、書いてあるのは間違いなく映画のチケットだ。
「……わざわざこんな風になっているということは……。集めたらどうなるんだ?」
クロウの問いに、期待の視線があちこちから向けられる。
『はー!? なんです!? 物事には順番ってものがあってですね!?』
「つまり報酬が出る何かがあると」
『むがあああ!』
結局問い詰められたところによると、チケットはいわばこの階層限定の通貨のようなものだった。第三階層にいる特定の魔法生物を倒すことで手に入れられる『チケット』三枚で、第四階層への魔法陣を起動する鍵を手に入れられる。他にも枚数によって交換できるものがあると知ると、冒険者たちは一斉に扉の奥へと進み出した。
本当にあっという間だった。ぽかんとしたまま、リクはそれを眺める。
「やっぱりなんか用意されてたな」
「……そうね」
「また餌で釣るようなものですが……」
オルギスはため息をついた。
「だが、ルールは守るべきだろう」
声がした。
血もつかなかった自身の剣を一瞥しつつ、クロウがリクたちを見ていた。
「そうかあ?」
「ルール外の行動にどんなケチをつけるかわかったもんじゃないからな。あるというのなら、従っておいたほうがいい。それに、そのほうが報酬も高い。ギルドだって調査のために参加を推奨していたはずだ」
「……ああ。確かにその通りだ」
リクは頷いた。
ギルドは冒険者を手駒として、ルールに従うことを推奨している。ただそれはあくまで調査のためである。まさか迷宮のほうが報酬が高いなんて思いもしなかっただろう。
「なら、なにも問題ないだろ」
剣を自分の肩にかけて、ぽんぽんと叩く。
「……それに、迷宮自体が暴走気味なら、下手に変なところを弄るより形式に従ったほうがいい」
「……なるほど」
「迷宮全体に影響力を持つなら、なおさらだ」
使い魔も迷宮から生まれたものなら、不安定な存在に違いない。
下手に変なところに触れない、というのは理解できる。
だが、逆にセラフは困惑していた。
――……それほどの魔力を……いまの主が持っている?
この巨大な迷宮を維持するには、本来なら相当な魔力が必要だ。
そもそもこの迷宮だって、以前の主、つまりブラッドガルドが核となったからこそ、規格外のものとなった。それを暴走しているとはいえ、ある程度形式だった形にするのに、魔力が無くて大丈夫なのか。
いや、魔力が無いからこそ迷宮が暴走していると仮定していた。
でも、もしどこかに、不安定でも強い魔力があるとするなら――。
――……ブラッドガルド?
――まさか、この世界のどこかに魔力が残っている……?
そんなものがあればすぐにわかるはずだ。
――でも現に、私がまだこの形で活動できている……。
『ブラッドガルドを永遠にこの世界から消し去り、世界を救うこと』――そんな聖女の願いを受けて、自由を引き換えに形作られた体。願いが叶えば、いずれ自動的に世界に溶けてしまう体。それは、最後にちょっとした仕事を――瑠璃が通ってきた扉を閉じて終わるはずだった。
だが、迷宮は不自然なほど早く動き出し、浄化は止まらず、このままではやがて世界そのものの時間が進んでしまう。世界に溶けている場合ではない反面、自身が自然消滅する気配も無い。
――たったひとつ可能性は……ある。けどそれは、……とうてい、信じられない……。
『……ん?』
目を伏せかけたセラフは胸の違和感に気が付くと、自分の胸をもう一度よく見下ろした。一枚布のようなワンピースの中で揺れる豊満な胸。……の合間から、剣が飛び出ていた。
『はあああああ!!? ちょっと!!?』
思わず飛び退くセラフ。
後ろを見ると、クロウの手が剣を持っていた。
姿を隠した半神の状態なら、魔力が通らないものからの影響は無い。とはいえ、さすがに剣をぶっこまれた経験も無い。何かが貫くまで考え事をしたのも初めてだ。
「……なにかこのへんから、気配がするんだが」
『やめてください!!?!?』
クロウの手が再び伸び、セラフの逃げたあたりを剣で探る。結果的に胸から腹をスカスカと裂かれる。いくら影響が無いとはいえ気分のいいものではない。
「虫か。それとも新種の魔法生物」
『やめなさい!! やーめーなーさーい!!!』
「み……、見えてないんだよな、本当に……?」
「……たぶん」
こそっと仲間内に言うリク。それほど的確な腕だった。
――クロウってどっか抜けてるのか鋭いのかどっちなのかしら……。
アンジェリカもやや呆れ気味にその様子を見る。
――……あら?
――魔力プロテクト? 魔術師でもないのに、珍しいわね。
不思議なことではない。特に高位の魔術師は魔力を隠すことがある。実力や真名を隠すこともできるからだ。冒険者になった魔術師でも魔力を隠しておくことはあるが、迷宮の中だと逆に不審がられるので一長一短だ。なにしろ人型の魔人や使い魔を疑われても文句を言えない。
表情をぴくりとも動かさないまま、クロウが剣を引いた。
「……まあ、気のせいか。じゃあな」
そうしてさっさと剣を鞘に戻すと、足早に奥へと足を向けた。
「そういえばここ、いまだにシバルバーの魔力に当てられてるんだっけか」
「にしてもポンコツすぎるだろ」
「……リク。これでも我らの女神なのです。そこまで言わないでください」
「オ、オルギスが一番酷くないですか!?」
「……もういいから行きましょうよ」
アンジェリカはそう言いつつ、クロウが消えたほうへと視線を向けていた。
*
「ああっ、クソッ……やってやったぞ……!」
サメが消滅して音を立てると、剣士は尻餅をついた。
仲間の魔法使いが、よろよろとチケットを手に取る。
「ダンジョン・シャーク……チケット。つ、疲れたああっ」
「まったく情けない。ブロー、大事にとっておくように。誰かに盗まれたらもう一回やる事になるのだぞ」
大の字になった盗賊が遠いところを見ながら言う。
「寝たまんまじゃ全然説得力ねーぞ、ポッド」
「黙っていろ、ビル」
反論が返ってくる前に、ブローと呼ばれた魔法使いが杖に体重を預けながらその場に座り込んだ。
「いっそ、扉の中の試練だか魔法生物のほうが楽かもしれないよ」
「そうだなあ。あいつがスパッとやるもんだから、もっと楽かと思ったぜ」
ビルがようやくその場に座り込む。
「あいつって、ええと、勇者より早かった人だよね。あんな凄い人がいたなんて知らなかったよ」
「まだ下のランクなのではないか。上のランクだったらもっと知られているだろう」
そう言って、ようやく起き上がるポッド。
「名前は……、クロウだったか」
「確かそんな名前だったよね。上の階だと、ルゼルさんとこのパーティにも手を貸してたって。ソロでやってるなら、僕たちのパーティに入ってもらうって手も無い?」
ブローの提案に、ビルが首を振った。
「あー。腕は立つけど、やめておいたほうがいいかもしれない」
「なんで?」
「あいつ、モグリ疑惑があるからな」
「えっ。そうなの!?」
意外だ、というような顔をするブロー。ポッドも目を丸くした。
モグリとは、ギルドに加入しないで冒険地に潜る冒険者のことだ。
多くは報酬の総取りを目的にしていたり、なんらかの理由でギルドを放逐・除名になった者が多い。
「でも、モグリであれだけ目立つのって危険じゃない? 普通に冒険者登録してると思うよ」
「しかしいまの迷宮のルールだと、ギルドに入っておらずとも報酬が手に入るぞ」
そういう意味では納得できる、とポッドは頷く。
「ま、たぶん実力に反して名前が知られてなかったってのが本当のところだろうけどな。でもモグリが多いのは事実らしくて、ギルド員まで迷宮に入ってきてるってさ」
「……そういえば、『ナイトメア』にギルド員がいた、という話があったな」
「へえ……。それじゃちょっとモグリの捕縛に本腰あげてるのかな。ナイトメアが便利すぎるから、入り口もなかなか通らないしさ」
「そうかもなぁ。さて、そろそろ行こうぜ。なんかこの先にまた『エントランス』があるみたいだし」
「冒険者に基本優しいよね、この迷宮……。難易度はほとんど変わらないのに……」
三人はよろよろと立ち上がると、二つ目のエントランス目指して歩き始めたのだった。
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