56-3話 討伐イベントはカボチャと共に
「うぉお~い。ナビちゃんよ~……」
冒険者が声をかけているのはギルドの受付でも酒場の店員でもない。
ブラッドガルドの迷宮あらため、宵闇迷宮の自称案内人、ナビである。
主の使い魔を名乗ってはいるものの、ナビは比較的話しやすいと判断したようだ。冒険者の態度もどことなくなれなれしい。
『なんですうう? 私、いまめっちゃ忙しいんですけどお……』
水晶板の向こうで、ぐでっとした態度を隠さないナビ。
「オメー、それでどこが忙しいってんだよ」
「サボんなよ使い魔」
「神の実よこせ」
『あーもーなんです!? なにが文句あるって言うんですか! 迷宮には入れたでしょーが!』
「迷宮を開けておいて第一階層だけって、そりゃねーだろうよ。仲良く足並み揃えろってかあ?」
『も~。私だって開けたいんですよぉ、第二階層!』
ナビは叫んだ。
ここは第一階層の外れ。
第二階層に続く扉がある、と推測されている場所である。
第一階層を難なく攻略した冒険者たちは、ここで足止めを喰らっていた。
ごく普通の洞窟のようになった迷宮は、鈍った体を慣らすのにはちょうど良かった。だが魔石の類は既にナビによって回収されてしまっていて、物足りない。
しかし冒険者を駆り立てるのはそれだけではない。
『神の実』の噂が一気に国中を駆け巡ると、「そんなものを魔人に持たれるのは危険」という建前のもと、多くの貴族たちから依頼が殺到したのだ。神の名を冠したその実に、媚薬や不老不死の夢を見たのである。実際、ブラッドガルドでさえ死の淵から蘇ったというのだから、事実に近いと思われたのだ。
『スマートナビ』についても依頼は出されたが、その危険性に気付く者はまだ少数だった。地図の自動作成と、周囲にいる生命体の表示。もしそれが迷宮だけでなく地上の街にも適用されるとしたら――。
『ほら皆さん、魔法生物ってわかりますよねえ? 迷宮の魔力で発生するやつです』
「え……なんだっけ」
「スライムとかじゃなかったか、核のあるやつ」
『あれがですねー。いま、わりと弱い奴しかできないので、いっぱい作ったわけですよ』
「よく冒険者を前にしていっぱい作ったとか言えるな……。それで?」
『……なんかもう、しぬほどできちゃって……』
「お、おう……」
スン……という表情になるナビに、冒険者たちはそう応えるしかなかった。
『そりゃーそんなに強くないですよ! でもすごい引くほどいるんです! これじゃ意味ないんですよ!!』
「引くほどってどんだけだよ」
『えーっとぉ……確かこのへんに……。えー……』
向こう側で何かを探すようにゴソゴソと画面から消えるナビ。するうちに、とうとうごく自然に片手のヘビ君まで外しはじめた。当然のことだが、布製のヘビはくったりしながら映っている。
「おいそれ相棒だろ」
「扱い雑すぎない?」
『あ、これだ!』
水晶板の映像が突然乱れ、パッと迷宮の中の映像が流れた。その瞬間、冒険者たちがざわついた。
「な……」
「こ、これは……!」
『まあこういうわけでしてぇ……あっ、そうだ!』
「お。なんか思いついたか?」
『皆さん、魔物退治のご依頼なんかぁ、受ける気、あります?』
その言葉に、冒険者が再びざわつく。
「……ほう!」
「迷宮からの依頼とな」
「そりゃー……報酬次第だなあ。なあ?」
冒険者がニヤニヤと笑い、うなずき合う。
『ふっふっふ……。言いましたね……? 言いましたね。皆さん?』
ナビが不敵に笑う。
『ではでは、討伐数に応じて出そうじゃあないですか、豪華報酬……!』
「おおっ……!?」
『時刻は明日の十時から、一週間! 第二階層にて! 討伐イベントを開催いたしますっ!!』
*
「……マ……ジで……なに考えてんだ……?」
リクは完全に茫然としていた。
隣でアンジェリカも唖然としていた。オルギスたちも困惑を浮かべている。
リクの左上で姿を消したまま飛んでいるセラフに関しては、言葉を失ったまま頭痛と闘っていた。
新たな主が出現するのはまあいい。迷宮が作り変わるのも理解できる。
だがその名前は――。最高機密であったはずの『宵闇の魔女』の噂は、冒険者レベルにまで広がっていた。ブラッドガルドを復活させ、取り入ったかと思えば、その消滅とともに迷宮をかっ攫い、『宵闇の迷宮』と名乗りをあげた稀代の魔女。
本人が出てこないとはいえ、宵闇の魔女に相応しい所業だ。
迷宮の第一階層終わりの広場には、多くの冒険者が集っていた。豪華報酬が得られるという『討伐イベント』なるものの存在は、冒険者を駆り立てていた。第一階層が比較的攻略しやすくなっていることもあって、亜人の商人が隅で露天を開いたりもしている。ちょっとした祭り会場だ。
ギルドからはそもそも、主の特定や使い魔の調査も当然依頼として貼り出していた。だがこうなると話は別。豪華報酬そのものへの調査が貼り出され、よりいっそう冒険者は増えていた。
当然、リクにも話は回ってきていた。
もはや頭を抱えた国王からの直接依頼だ。
教会からは、既にブラッドガルドも倒されているし関知しないということだった。だがオルギスとシャルロットが何も言われないまま送り出されたのを見るに、おそらく教会も構っている暇がないと思われた。
だが、これはさすがに想定外だった。
「……勇者、リク?」
尋ねられ、ハッとしたように声の主のほうを見る。
「……勇者リクだろう?」
あっさりバレた。
目の前には冒険者と思しき茶髪の青年がリクを見ていた。
「な、なあ、これ、いま何が起きてるんだ?」
青年はもう一度迷宮を見上げてから、リクへと視線を戻す。
「さあ……」
「わかんねぇのか?」
「宵闇迷宮の主――の使い魔ナビを名乗るものが、増えすぎた魔法生物を討伐する代わりに豪華報酬を出す依頼を『討伐イベント』と言い張っている」
――めっちゃわかってるじゃねぇか……! いや全然わかんねぇけど!!
「そ、そっか。ありがとう、ええと――」
「……ソロ冒険者。クロウ」
「ありがとう、俺はリクだ。まあ、知ってるだろうけど」
「知ってる」
そう言ったクロウに、ナンシーが横から声をかける。
「しかし、クロウ殿。この騒ぎは一体……」
「あれのせいだろう?」
クロウが指さした先には、『豪華報酬一覧』と書かれた水晶板があった。
討伐時に落とす『鬼瓜の証』と呼ぶアイテムを所定の場所まで持ってくると、それと交換で報酬が貰える。まずは討伐一匹で、傷薬一つ。五個、十個、五十、百と徐々に必要数は増えていくが、そのたびに報酬が貰えるシステムだ。
その最高必要数は三百。実際に倒すとなるとなかなか大変な数だが、その目玉として貰えるものが高品質の魔石とくれば――。
――いや……なんのゲームイベントだよ!?
思わず声に出してツッコミそうになってしまった。
このノリは、完全に現代のスマホゲームやブラウザゲームのそれだ。
ギルドでも討伐の証のため、指定のアイテムや部位を持ち込むことはよくある。特に魔法生物に関しては、たいてい核の提出を求められることが多い。少なくとも何匹以上倒したことがわかるように
しかしそれだって、多くてもせいぜい二、三グループに依頼するのが関の山。リアルとゲームは違うのだ。だがこれほど大規模な冒険者を動かすのはよほどのことがないと無理だ。あたりでは魔石につられてか、新たなパーティが組まれている。
「なあおい、お前たちのパーティー、二人なんだろう? こっちと組まないか?」
「ちょっとっ! アタシたちのパーティが先に声をかけてたのよ!」
「おおい、モーリス! 今回はソロ同士、一緒に組まないか?」
「岩塩だけ品で欲しいんだけど、できるかな。ちょっと別の依頼を受けてて」
「それじゃあ、報酬は金に換えてから折半ってことで」
魔石だけではない。中には砂糖や岩塩といった貴重な調味料から、武具の加工に使う鉱石。特殊なランタンなど、いったい何が貰えるのかわからないものまで。
しかも交換は、ナイトメア・タウンで行え――と書かれている。
「ナイトメア・タウン? それは一体……」
『えー、皆様、大変長らくお待たせいたしました!』
ナビの声が響いた。
『当迷宮は第二階層の討伐イベント『襲来! 鬼瓜大王!』準備のためメンテナンスを行っておりましたが! 当該時間になりましたので、第二階層への扉を開けさせていただきます!』
おおおお、と雄叫びがあがった。
――いや、鬼瓜大王ってなんだ!?
興奮のせいか、リク以外だれもそれに突っ込まない。
『それでは、ようこそ冒険者様! 第二階層、『悪夢の箱庭(ナイトメア・ガーデン)』へ!』
開けられた扉の向こうには、闇が漂っていた。
墓場があちこちに点在し、黒を基調に、赤や紫、そしてオレンジといった強烈な色が不気味さを深めている。あちこちにある照明はねじ曲がっていて、ステンドグラスや窓枠の装飾も、蜘蛛の巣が描かれている。
井戸の中からは緑色の光が漏れ出し、コウモリの翼や、笑う形に切り取られた鬼瓜のランタンが点在している。
そんなまるで街中のような迷宮の中を、ゴースト系やゾンビ・スケルトンといった不気味な魔物が闊歩していた。その全てが魔法生物だ。
その中を、カボチャ頭の魔物が縦横無尽に飛び回りながら徘徊していた。
そしてリクは。
――ハロウィンじゃねーか!!
というツッコミを必死でおさえていた。
異世界の冒険者にとっては見慣れない光景が、目の前に広がっている。気圧される者あり、未知の迷宮に心躍る者あり、そしてただ報酬に踊らされる者あり。だが皆、報酬につられてか中へとどんどん入っていく。
「じゃあな、勇者。運が良ければ」
「あ、ああ」
こうやってクロウのようにソロで動く者もいるらしい。クロウはさっさと第二階層に足を踏み入れ、歩いていってしまった。
「と、とにかく行きましょうリク……」
アンジェリカが困惑しながら言った。
既に戦闘はあちこちで始まっていた。鬼瓜大王、と呼ばれる魔法生物は、いわゆるジャック・オ・ランタンだ。笑うようにカットされたカボチャが、ローブを纏ったような魔法生物。カボチャの頭の中からは光が漏れ出ていて、時に集団で笑い、イタズラレベルのトラップを仕掛け、劣勢と気付くと壁の向こうへ逃げたりして冒険者を翻弄する。それが第二階層を埋め尽くさんばかりに存在するのだ。
リクたちも武器を構え、襲ってくる鬼瓜大王とやらに立ち向かった。
だがその十分後には。
「い……意外に大変ね、これ……!?」
ドシュウ、という音を立てて大王が霧散した時には息切れしていた。なにしろ素早いわ逃げるわバカにしてくるわ、オマケにくだらないイタズラはするわで、一体倒すのにも運が悪ければかなり時間が掛かるのだ。
「も~……。結構弱いからいいけど、かなり時間かかるわねこれ……!」
言いながら、アンジェリカは地面に落ちたものを拾い上げた。
霧散した後に落ちた『鬼瓜の証』は、ジャック・オ・ランタンを象った小さな装飾品のようなものだった。掌に乗るサイズで、僅かな魔力を感じる。小さすぎて誰のものかと言われるとわからない。
「これが鬼瓜の証とやらね。……趣味としてはいいと思うけど」
「しかし、魔石を手に入れようとするとなかなか厳しい気がするな」
リクが横から覗き込む。シャルロットも見てみたが、魔力は魔力、という感じだった。オルギスが見ても、結局は同じ結論に達した。
「砂糖や鉱石も、冒険者の報酬としては美味しいほうでしょうからね」
「……それが本物かどうかはさておきな」
唯一、ナンシーはそのあたりを疑っていた。
いくらなんでも、迷宮が報酬を出す、という現実を前に、無頓着な冒険者が多すぎる。それが罠とも限らないのに。
「ま、それはナイトメア・タウンとやらで交換してみないとな。いま、地図だとどのくらいだ?」
「ええっとですね……」
シャルロットが地図を確認しようとしたそのときだ。
「あっ、おーい! 街に入るならこいつを買わないか?」
少し先にいた冒険者の男が、ニヤッと笑いながら言った。その手には白い布が持たれている。
「ええ? 今度は何よ」
「お買い得だぜぇ。今なら銅貨十枚だ。へへっ、どうだ?」
「こいつってなによ? ただの布じゃない」
「いやいや違う、こいつをかぶるんだよ。この牙でもいいぜ」
「何に使うんです、こんなもの?」
シャルロットが尋ねると、男は笑った。
「ナイトメア・タウンは人間は入れないんだと。だが、こいつで仮装して『人間じゃないですよお』とくれば、中に入れるわけさ」
「そんな馬鹿な」
「そう思うだろ? ……お。あいつを見てみろ」
頭から全身、目と口のところだけ穴をあけた布をすっぽりとかぶった冒険者たちが、街の入り口とやらで検問を受けていた。
横から入ろうとした何も仮装していない冒険者は、見事に門前払いを喰らっている。
「……な?」
男はニヤッと笑った。結局、リクはため息をついて牙と布を人数分買い込んだ。男はほくほく顔で、また違う冒険者に声をかけに行った。
――ホントにハロウィンだし、MMOも混ざってんのかコレ……?
だんだんNPCめいた動きをする冒険者まで出てきたことに、リクはげんなりした。
ナイトメア・タウンに至っては本当に普通の街で、中で魔法生物が生活している他は、酒場だの宿屋だの、ひととおり揃えていた。大王狩りの休息地として普通の宿屋が使えることに、冒険者たちは珍しさを感じていた。ここが本当に迷宮の中なのかと思えるほどに、第二階層そのものが、ハロウィンをベースに独特の世界観を作ってしまっている。
ちなみにセラフは完全に放心状態で、もはや駄女神どころではなかった。
「駄目だ使えねぇ……」
まあ無理もないと思いながら、リクたちは先を進んだ。
倒してみるよりも先に街に入ると、これまた驚くことばかりだった。
ナイトメア・タウンは住人たちの憩いの楽園、という触れ込みで、休憩場所として最適だった。道中には陽気なガイコツが酒を飲んでは肋骨の隙間から再び酒樽に戻っているのを横目に、二つの樽から出たり入ったりしているゴーストや、壁に映った笑う謎の影、暗闇で光る目――。そんな一種アトラクションめいたものを見ながら、冒険者が集っているという酒場にたどり着いた。
そこで酒を飲んでいた冒険者たちの一人は、リクを見つけるとこう言った。
「気をつけたほうがいいぜ、勇者。ここで油断して仮装を取るとすぐに街から追い出されるからな」
「……マジか」
見知った冒険者ことガフは、酒を煽りながら笑った。
その酒も出所が怪しいところだが、少なくともガフが言うには本物らしかった。
「しっかし、この迷宮の主はなに考えてんだろなあ。ま、俺たちはいい稼ぎになるからいいけどよ。女も骨しかいねえが、酒も美味い」
酒場のステージで歌っているのも、音楽を弾いているのも骨ばかりだ。
「お待たせしました」
リクの前に炭酸水が運ばれてきた。ちらっと見上げると、どうも魔法生物ではない亜人のようだ。ここで働いているらしい。コボルトの亜人はオオカミオトコなどと呼ばれ、もはや世界観のひとつに組み込まれているようだった。
「オオカミオトコ……ね。コボルトにしろ、コボルト亜人にしろ、そう呼んだことなんて無いんだがな」
ガフは首を捻っていた。
「おおーい、ガフー!」
「おう、ダニー! スコット!」
ガフは酒を飲み干すと、声をかけてきたほうへと歩いていった。
「じゃあな勇者! お互い気張ろうぜ」
へらへらと機嫌良く去っていくガフを前に、リクたちは顔を見合わせた。
「……とりあえず、これからどうしましょうか?」
「一応、この街の調査をしたほうがいいと思う。なにか裏があっても困るし」
「わ、わたしもそう思います!」
全員の視線がリクへと向かう。
「それじゃあ――」
オルギスとシャルロットが宿屋を探しがてら街を見回り、ナンシーは独自に街の全体調査をすることになった。ハンスはきっとどこかで既に裏側を見回っているだろうから、いなくても気にしないことにした。
残されたリクと、ほぼ役立たずになっているセラフを交互に見てから、アンジェリカは息を吐いた。
「……ホントに。いったい何考えてこんな内装にしたのかしらね」
アンジェリカが言うと、リクは少しだけ声を潜めた。
「……ハロウィンだ」
「ハロ……ウィン? なに、それ?」
「現代……というか、俺の故郷の祭りだよ」
ハロウィンのことをかいつまんで説明する。
ただ、現代に本物の魔物はいない。だからどことなく、この階層の現状はテーマパークめいたものを感じていた。
「……そう、リクの故郷の……。……ってことは、やっぱり……」
この迷宮の主は、瑠璃である可能性が高い。
アンジェリカは既に、迷宮の主が瑠璃である可能性をリクに告げていた。
もしそうなら、誰よりも早く迷宮の底にたどり着いたほうがいい。誰かに主として倒される前に。魔女として処刑されてしまう前に。
「……そうだな。もうこの迷宮潜るの三度目だぞ……。だいぶ迷宮がリニューアルされてるけど」
新鮮味だけはあるのは認めるリク。
「この先もずっとこんな感じなのかしらね?」
ただ、ハロウィンが瑠璃の願いとどう繋がっているのかわからない。
「……いや、そうでもない」
「えっ」
リクは一瞬びくりとした。
唐突に、これまた聞いたことのある声が聞こえたからだ。
背後から現れたのは、クロウだった。
「ええっと……確か、クロウか」
「宿屋は決まったか?」
「いま、仲間が探してくれてるところだ」
「そうか」
「それより、そうでもないって、なにが……?」
リクはどこから聞かれていたかと、おずおずと尋ねた。
「第三階層への扉は、まだ閉まったままらしい。……一応、一週間のイベントが終わるまで……ということだが……」
クロウは少しだけ考えてから、続けた。
「……もしかすると、第三階層はまた違った内装になっているかもしれない」
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