番外編:お祭りに行こう【8万PV御礼】
「……なんだその格好は」
人間に擬態したブラッドガルドは眉間に皺を寄せながら言った。
見慣れない、といえば見慣れない。
というより瑠璃の世界の格好は常に見慣れないのは確かだが、形態としてはほぼ同じだ。ズボンやシャツ、スカートが無いわけではない。
「なんだって、浴衣だよ、浴衣!」
紺と白の地に、ひまわり柄の浴衣を着た瑠璃は鏡から胡乱な表情を隠さないブラッドガルドを見て言った。髪の毛もアップにして、小さな髪飾りで留めてある。
「いいでしょ!? 今日はお祭りだからね! 隣のおばちゃんに着付けてもらったんだ~」
「正装か何かか……?」
というより、いつものごとく『出かけるから人間態で』としか聞かされていない。ようやく鏡から瑠璃の部屋に出てくると、まじまじと見つめた。
正装にしてはやたらと派手な気がする。
「正装ってよりは少し楽に着る民族服的な……? まあ、この服じゃないとダメってことはないんだけどさ」
「貴様、着なくてもいい服のためにわざわざ時間をずらしたのか?」
日が長くなっているとはいえ、もう夕方だ。
「浴衣着るのはロマンなの! それに、本番は夜なんだから!」
言い分についてはまったくわからなかった。
「とにかく行けばわかるよ、行こう!」
そういうことになって、結局ブラッドガルドは再び外へと連れ出されることになったのだった。
瑠璃の案内のもと電車に乗り込むと、ブラッドガルドはちらりと乗客の姿を見た。現代においては既に見知った服装の人間ばかりだが、ちらほらと瑠璃と同じ形態の――つまり浴衣の――人間がいる。そのほとんどが若い女性ばかりだ。ただ、中には黒や紺の浴衣を着た男も混じっている。下がハーフパンツになった(いわゆる甚平だ)形態の男もいる。
瑠璃はちらっとその姿を見ると、ブラッドガルドと見比べた。
「ブラッド君も浴衣になってもらえば良かったかな」
「知らん」
真面目に言う瑠璃に対して、即刻答えるブラッドガルド。
やがて電車に人が乗り込んでくると、若い男女や親子連れが増えてきた。みな向かう場所はひとつらしい。
目的地についた時、その周囲の人間も一緒に降り立った。電車内にあったむわりとした汗と化粧の臭いが取り払われると、僅かに潮風の香りがした。外へ出ると、既に多くの人間が連れ立って歩いている。
「……おい」
「お。思ったより人いるねえ」
人いるねえ、ではない、と思わず言いそうになる。
「……貴様」
「はい」
瑠璃はしれっと片手を差し出す。
「あ?」
「あ? じゃなくて、はぐれたら困るじゃん」
ブラッドガルドとしては瑠璃の魔力がなくとも、ヨナルの気配を探ればいいだけなのでまったく困らない。だが瑠璃としてはそうではないらしい。とはいえ瑠璃の目はやや輝いている。少なくともテンションは上がっている。何かしないように捕まえておこうとかそういう意味ではないようだ。
まったく握られない手に業を煮やしたのか、瑠璃は勝手にブラッドガルドの手を取ると歩き出した。呆気にとられたまま、引かれるように歩き出す。この場合はもう何を言っても無駄だと理解していた。
「あ、ほら見てよ。もう色々ある!」
しぶしぶと指さされた前方を見ると、ふと食べ物の匂いが漂っていることに気付いた。
「――これは……?」
向こうのほうには屋台が見えていて、
文字を読むのには多少時間が掛かったが、たこ焼きや焼きそば、ざくざくポテト、といった文字が躍っている。
「ご飯とお菓子代わりにしようと思って!」
あっけらかんという瑠璃に、ブラッドガルドは眉間を抑えた。
「小娘……。そういう事は早く言え」
「その心変わりの速さだけは羨ましいなと思うよ」
シンプルにツッコミを入れる瑠璃。
ともあれ、これである程度乗せることはできた――と瑠璃は思った。
「たこ焼きとかの定番もいいけど、最近だとツイスターポテトとかかな~」
「まったくわからん」
「クロワッサンたいやきはチョコ入りのもあるらしーよ?」
「わからんと言っている。全部買え」
「それは無理」
ザックリと拒否する瑠璃。
「じゃあ、定番からいく?」
瑠璃はブラッドガルドの手を引きずって、カラフルな綿の並ぶ屋台にまで連れていった。軒先にぶら下がったキャラクターものの袋を横目に、屋台の店主に話しかける。
「ブラッド君、どの色がいい?」
「違いはあるのか?」
「色」
「……。なんでも」
瑠璃は適当に、ピンク色を選んだ。代金と引き換えに、わたあめの機械にピンク色のザラメが入れられる。機械が作動すると、次第に糸状になったものがふわふわと浮遊しはじめた。それを手に持った棒で絡め取る。糸はどんどんと綿のようになっていき、全て棒で受け止めると、瑠璃に手渡された。
瑠璃は屋台から離れつつ、ブラッドガルドに差し出す。
「はい」
「……そもそもなんだこれは……。糸のようだったが」
「砂糖だよ。専用の機械に入れるとこんな形になる」
「……。……砂糖が……こんな……姿に……?」
「そんなに衝撃?」
食べないなら先に食べるとばかりに、瑠璃はわたあめをもふりと口の中に入れた。
わたあめは綿というだけあってふわふわとしていて、まるで本当に綿でも口にしているような感覚になる。綿と違うのは、甘くて、次の瞬間には溶けてちいさくなって消えてしまうことだ。小さな塊になることもあるが、それでも食べた感覚は無い。
ブラッドガルドも一口かじりつく。しばらく口の中で感触を確かめ、二口目をかじりとった。
「……。甘いが……、食った気がせんな」
「まあそうだよね」
瑠璃ももふりと残りのわたあめを口の中に入れる。
「じゃあ次はツイスターポテト食べよう」
「それは単に貴様の食いたいものでは……?」
そのツイスターポテトにたどり着くまでにも、タピオカドリンク、焼きソーセージ、イチゴアメにお好み焼きと、様々な出店が出ていた。たまにキャラクターのついた笛などもあったが、いずれにせよ胃を刺激するものばかりだ。クラクラした。
「……まあいい。何か寄越せ、腹が減った」
「はいはい」
瑠璃は二本買ったツイスターポテトのひとつを差し出した。
ひとつの芋をツイスター状に切って揚げたという串刺しのポテトは、コンソメの味がした。
「……芋よりは肉の気分だが」
「食いながら言うなよ。肉ならソーセージとかかなぁ? あとはなんかあるかなー」
言いつつ、人の波をだらだらと歩いていく。周囲は似たような男女や、友人連れと思しきグループ、そして親子連れがほとんどだ。
――……まあ、祭りといえば祭りだが。
なんの祭りなのかはいまだにわからない。そもそもが周囲の人間は屋台に夢中になっている。何らかの儀式をしたり、中心に広場が見えるということもない。
「あ、ほら。射的もある。やろ!」
そして瑠璃は瑠璃で勝手に何事かを決めては引っ張っていく。見ると、コルクを弾丸代わりにする銃で景品を撃ち抜き、みごと倒れたものを貰える――というようなゲームだった。
銃口の先にコルクを詰め、両手で構える。片目を瞑ると、照準を合わせた。目標は上のほうにある人気ゲームだ。
「そこだっ!」
引き金を引くと、ぺちんと音がして後ろのカーテンにコルクが当たった。
「あー」
外れだ。二発目のコルクを銃口に詰めながら、瑠璃はもう一度照準を合わせた。今度は微調整を繰り返して、絶対の自信を持って位置を定める。
引き金を引いた。
ぺちん、と音がして、後ろのカーテンが揺れた。
「ぐぬ……」
「マヌケめ。貸してみろ」
ブラッドガルドが呆れた顔で手を差し出す。
「ブラッド君、やれんの?」
「大体わかった」
わかった、の言葉通り、コルクの玉を入れるまでも完璧だった。
片手で銃を構え、照準を合わせる。思わず通行人が見ていくほどの姿勢の良さだ。微調整を繰り返し、真剣な目が標的を睨む。
そして唐突に引き金を引く。
ぺちん、とカーテンから音がした。
「……馬鹿な……、これの何が……面白いと……」
ビキ、と銃から音がする。
「めっちゃ悔しそうなのはいいから銃壊さないで」
「おい残りも貸せ。仕留める」
「え~……」
嫌そうに残りのコルクを差し出す瑠璃。
だが残りの二発も外し、ブラッドガルドはこれみよがしに舌打ちをした。射的屋台の店主はニコニコしたままだったので、よくあることなのだろう。ぶつぶつと角度がどうだの威力がどうだのとと呟くブラッドガルドの腕を引っ張り、瑠璃は射的屋台から離れた。
ブラッドガルドの意識が削がれたのは、瑠璃が買ってきたたこ焼きを無理矢理口に突っ込んでからだった。
咀嚼したたこ焼きを三つほど食べ終えたあとに、ブラッドガルドはようやく言った。
「で、結局この祭りはなんの祭りなんだ」
「え? みなとまつりだけど」
もぐもぐとたこ焼きを咀嚼しつつ、瑠璃が答える。
「……さっぱりわからん。漁の祈願か何かか?」
「ええ? 考えたことなかったけど」
そもそもこの時期のお祭りは、もはや年中行事のようなもの。
神社のお祭りならともかく、港の祭りは何が目的なのかと言われると困ってしまう。
「でももうすぐ時間だからわかるんじゃない?」
「時間?」
「ほら、ヒト増えてきたでしょ」
「だからなんの……」
その後ろで、高い笛の音のような聞き慣れない音がした。振り向くと、光の尾が天にのぼっていくのが見えた。光が一瞬消えると、大きな音とともに爆発した。光が周囲へ霧散する様子は花のようで、呆気にとられる。
「もう花火始まるとこじゃん! 見えるとこ行こう!?」
「は?」
ブラッドガルドが聞き返す間もなく、瑠璃はその手を引っ張って歩き出した。始まった花火に足を止めている人間や、反対側から歩いてくる者も多く、そのたびにわたわたと足止めを喰らった。
――……ああ、そうか。
何をそんなに焦っているのかと思ったが、身長の差だということに気付いた。そもそもブラッドガルドは人間態になってもかなり高身長といわれる類だ。周囲の人間と比べても頭一つ分抜きん出ていることも少なくない。花火もばっちり見えている。
反対に瑠璃はほとんど埋もれてしまっているし、他の人間と同じく、見える場所を探さないといけないのだ。
「あーっ、くそ、見えない!」
「我は見えているが」
「この長身野郎……」
ほぼ初めて聞く罵り方だった。
「ならあのあたりはどうなんだ」
ブラッドガルドが大橋のあたりを指さした。
航路をまたぐ吊り橋状の綺麗な橋で、下をまたぐ観光船が人気になるほどのものだ。だがいまの人気は観光船より大橋の歩行者用通路だ。だいたいそこに人が集っている。
「あそこはダメだよ~。あそこも人多いし、ほとんどは車道だし、歩いてる間に花火終わっちゃう」
「……なるほど。なら影の中から行くか」
「えっ、行けるの!?」
瑠璃が尋ねるか尋ね終わるかくらいの間に、唐突に視界が暗くなった。ブラッドガルドは瑠璃を影の中に収納すると、自らもずるりと影の中へと消えていった。誰もが花火に夢中になっていて、そこから人間が二人消えたことに気付きさえしなかった。
それからずるっ、と瑠璃が影の中から子猫のように引きずり出される。
ハッとして瑠璃が周囲を見回す。あたりには誰もいないが、足場もほぼ無かった。草履から聞き慣れない音がする。
「はあああっ!? 何ここ!? 怖っ! 高ぁっ!?」
「暴れるな。殺すぞ」
「っていうかどこここ!?」
ブラッドガルドの細くて固い胴体にしがみつきながら見てみると、大きな吊り橋を支える柱の一番上の部分であることに気付いた。
「怖えーよ! 逆に怖い!! 絶対離すなよ!!」
一歩も動けなくなりながら、瑠璃は喚く。
「……、やはり面白……いや、これでよく見えるだろう」
「ねえそのわかりきった言い直しなんなの?」
そのとき、強烈な音と光が瞬いた。
「わっ」
夜空に大輪の花が咲いては散っていく。
「おお……」
場所さえ考えなければ特等席と言えた。
下で見ている人間たちも、花火に夢中になって二人の存在に気付かない。そもそもこんなところに人間がいるとも思ってもいないだろう。
「しかしこれは……結局なんの儀式なんだ」
「うーん……」
瑠璃は花火を見上げつつ言った。
「平和祈願……かな!」
空に煌めく華が散る。
打ち上がっていく花火はまだまだあり、夜空を彩っていた。
瑠璃はしばらく落ちていく花火を堪能していた。
「対価はチョコバナナだ」
「……三本くらいでいい?」
そして完全に下心を隠さないブラッドガルドに、瑠璃は負けじと応じたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます