挿話30 女神、決意を語る

「それで、どっから話そうか?」


 瑠璃が首を傾ぐと、三人分の視線が向けられた。


 頭痛の酷そうなリク。

 複雑な表情をしたアンジェリカ。

 そして更に沈痛な面持ちをした女神。


 かつてカインが療養に使っていた部屋で、テーブルと椅子、そしてベッドがひとつあるきりの簡素な部屋だ。ここを選んだのは他でもない。お茶会部屋以外で、瑠璃が知っていて、かつ使える部屋がそこしか無かったからだ。


「その前にこの人誰!!?!?」


 唐突に現れた『三人目』こと女神セラフに一気に慄く瑠璃。

 女神はこほんと咳払いをしてから言う。


『申し遅れました。セラフと申します』

「……知ってるかはわかんねぇけど……、女神だよ」

「あー」


 この人かあ、という表情でセラフを見つめる。

 整った顔は物語のエルフのように美しく、流れる髪は糸のように透き通っている。周囲にキラキラとした光の残滓が流れ、煌めいては消えていく。背の羽根は綺麗に畳まれ、ワンピースのような白い布は絹のようにしなやかだ。その布が隠すのはふくよかで艶のある双丘である。

 少なくとも外見的には、清潔感と清らかさとほんの少しの艶が色を添えている。


「一応聞くけど、どういうファーストコンタクトだったの?」

「学校から帰る途中に突然召喚されたんだよ……。明るくて真っ白な空間に放り出されて、そこで出会った」

「……そう……」

「な、なんか急に目が死んでるけどどうした……?」


 そりゃあ自分のファーストコンタクトが、血と泥と淀んだにおいにまみれた狭い牢獄であったことを思うと目も死ぬ。


「そもそもなんでリクはこんなとこで勇者やってんの?」

「それは俺が勇者として召喚されたってのもあるけど……」

「正直に言うと、自分の幼馴染みが仮にも女神様に向かって駄女神とか叫んでる姿は見たくなかった……」

「そこなのか……!?」


 目が死んだまま言う瑠璃に、さすがに自覚が出たのか赤面するリク。


『それは同意しますね』

「だよね」


 真顔で言う女神に頷く瑠璃。


「っていうか聞いてよ!」

「えっ!? あ、アタシ?」


 今度は突然自分に矛先が向けられて動揺するアンジェリカ。


「こいつ、自分の世界に帰って、いない間のこと隠したんだよ。隠すのはいいけど、追求を避けるために何したと思う!? 直接魔法かけて記憶を上書きしたんだぞ!?」

「お、おいちょっと待てって。あいつに何を吹き込まれたか知らないけど、勝手な記憶を植え付けるわけじゃない!」


 リクは割り込む。


「あれは記憶の封印だ! 封印して欠けた部分を、自動的に意識のほうが補うんだ。どうしてここにいるのかの整合性を取るために……。だ、だから――その……俺だって、お前が告白してくるなんて、思わなかったんだよ……!!」


 アンジェリカはしばらく二人を見返したあと、冷静に言った。


「……少し落ち着きましょう」


 視線を瑠璃に向ける。


「そもそも、どうして魔術が必要になったのです? 他の方々には違う対処ができたのでしょう?」

「ああ、それは。瑠璃にはもともと魔力が無かったんだよ。なんか魔力隠してるとか言ってる奴もいたけど……」


 女神がそっと視線を外す。

 やっぱり駄女神なのかもしれないと瑠璃は思い直した。


「だからごまかしが効かなかったんだ。魔力を扱うための回路すらなかったんだからな」


 魔力が無いために通常の誤魔化しが効かず、瑠璃は混乱した。


 つい昨日まで、「草薙陸が行方不明である」ことを誰もが知っていたのに、当の本人が現れた途端にその事実が無かったことになっている。

 それどころか、行方不明の記事まで認識されない。あれだけ泣きはらしていた陸の両親にまで、奇妙な目で見られる始末。友人たちの困惑が、陸に問いただそうとする瑠璃をそれとなく引き離す。何が起きたのかもわからないまま、自分だけしか覚えていない記憶と、自分しか認識できないデータ。


 それは、自分一人がこの世界から少しずれた場所に追い出されてしまったような孤独――。


「それがお前のためにもなると思ったんだ。余計な心配をかけたくなかったし、これ以上変な奴だと思われずに済むし……。だから、……ああもう、言い訳なんて無しだ。あれこれ聞かれたら他の奴に俺がかけた魔法も解けてしまうって思って……」


 それで、辻褄あわせのものを用意していた。

 勉強するための教科書でもいい。たまたまここで会って話をしにきたでもいい。義理のチョコを早めにくれたでもいい。それこそ誰かに渡すプレゼントの仲介役になったっていいのだ。

 比較的わかりやすい想定のもと、リクは動いた。そして当日はやってきた。


 記憶を封じる魔術は、あくまで封じるだけ。欠けた部分は、本人の記憶や相手への感情、経験から整合性をとって継ぎ接ぎされる。


 友人たちと陸について話していたのは、告白の相談をするため。

 屋上に呼び出したのも、その結果。

 二月の頭にそういうことになったのは、バレンタインの時期をあえて避けたため。


 ――ああ。


 アンジェリカはちいさくため息をついた。

 そう記憶が整えられたということは、リクを憎からず思っていたのは事実なのだと、彼女は理解した。けれども――たとえハッキリと形になっていなくても、自覚が無くとも――どんな答えを出すかは、本当は瑠璃自身が扱うべきことだった。要は不幸な事故でもあるのだ。

 同じ女として、少なからずリクに思いを寄せる女として、目の前の少女にほんの少しだけ同情した。申し訳なかったとすら思う。


「でも、それがお前の本心なのか、それとも状況へのつじつま合わせのなのかわからなかったんだ、俺には……。だから、”わかった”なんて言えなかった。それに……」


 リクはそこまで言ってから両の拳を握った。その手をちらりと見る瑠璃。


「……結果的に、お前を傷つけることになったのは、ほんとに……ごめん。許してくれ!」


 陸は頭を下げた。

 両側から、アンジェリカとセラフが神妙な顔でリクを見ている。

 瑠璃はその二人を――というより、アンジェリカを見てから、深呼吸するように長い息を吐いた。椅子の背もたれに体重をかける。


「……わかったよ。もういいよ。とりあえず色々わかったし……」


 そう続けると、どこか安堵の空気が流れた。

 アンジェリカはこほんと咳払いをしてから、瑠璃を見た。


「……ええと、改めて……ルリさん、とおっしゃいました?」

「うん。えーと、萩野瑠璃です。えっと……?」

「アンジェリカと申します。リクの仲間です」


 二人は改めて名乗りあう。


「何故あなたがリクを殴ったかについては理解しましたが……」

「それはもういいよ別に……」

「いえ、そうではなく、あなた自身の事ですわ。あなたはどうやってこちらの世界に? ブラッドガルドに召喚されたのですか?」


 ああそうか、と瑠璃は納得する。

 まだそれに関してを言っていなかった。


「それについては私にもよくわかんないんだよね……」

「わからない……とは?」

「気が付いたら封印が私の部屋と繋がってたんだよ」


 鏡がどうのこうのというのは省き、自分の部屋がブラッドガルドの封印の中に繋がってしまったことを説明する。

 そこで死にかけのブラッドガルドと出会ったこと。しかし扉は繋がったままで、放っておくこともできなかった。力を取り戻せば何とかできるかもしれない、ということで、力を取り戻す手伝いをしたこと。


「だからむしろ利害の一致ってやつ?」

「では、リクに復讐をしたいが為にブラッドガルドを復活させたわけではないのですね」

「それは無いよ。私の記憶が上書きされてるって知ったのも、陸がもう一回召喚されてからだし」


 瑠璃は一拍おいてから続けた。


「ともかく、記憶を取り戻してもらって、ひとまず勇者を一回殴りたいって言ったら面白がって協力してくれたのは事実だけど。力を取り戻すのに協力したのはぜんぜん別の理由だよ」

「でも……、ちょっと信じられませんわ。あれほどの封印に穴が開いて、それも異世界に繋がってしまうなんて」

「でも瑠璃の話が真実だとして、死にかけのブラッドガルドが召喚できるとは思えないんだよな……」

「そこにいる女神様は思い当たることは何か無いの?」

『残念ですが……、事故のようなものではないでしょうか……?』


 つまり、女神にも原因がわからないということだ。


「一応、こちらの世界――という言い方をしますけれど、魔術に元々仕掛けがされていたという可能性もあります。ブラッドガルドに恩を売って使役しようとしたのではないか、ということですね。それが宵闇の魔女の正体ではないか、とも」

「今のところ原因は不明かあ」


 瑠璃が言うと、女神が不意に表情を正して言った。


『ですが、私が力を貸した封印でもあります。開いてしまった扉を閉じるだけなら、私でも出来ると思います』

「……どういうこと?」


 女神の真意をはかりかねて、その瞳を見返す。

 その奥には深い決意のようなものがあり、瑠璃は思わずひるんだ。


『……瑠璃さん。私と、ブラッドガルドは、どうしても敵対しなければならない理由があるんです。いえ……敵対というと微妙に正しくはないのですが』


 もう一度姿勢を正し、瑠璃をまっすぐ見る。


『瑠璃さんは、この世界を作った四人の精霊の話をご存じですか?』


 瑠璃は観念して、続きを促すように真面目な目で女神を見つめた。


「少し聞いてはいるけど」

『……では、ご存じないという前提でお話いたしますね』


 かつてこの世界は、風の鳥、火の龍、水の魚、大地の巨人の四体の精霊が最初に生まれた。それは今となっては神とも呼ばれるものだ。

 はじめに大地の巨人が死んで横たわり、今の大陸に。

 その周辺を水の魚が覆って海に。

 残った風の鳥は地上の世界を作り、火の龍は地下に留まった。


 世界を作った四体の精霊は、やがて役目を終え、世界そのものに溶けることを運命付けられていた。


 ところが火の龍は、シバルバーと呼ばれた場所で永劫に燃え続けていた。

 あらゆるものを喰らって燃え続けると、地表には氷河期が訪れ、あらゆる生命が死に絶えていった。これでは世界そのものが死に絶えてしまう。人間たちが火を分けてほしいと龍に祈ったときさえ、龍はそれを笑い飛ばし、火を独り占めにした。

 それどころか、火を分け与える代わりに、人間たちに生贄を要求したのだ。


 ――炎は我。我こそが炎。なれば、貴様ら人間は自らを差し出すのが道理。


 龍にとってごく当たり前の要求は、いたずらに人間たちの数を減らしただけだった。弱った人々は風の神へと祈った。風の鳥は火の龍と対極にある存在であり、人身御供を良しとしなかったからだ。

 風の鳥への独占契約――つまり信仰という名の自由との引き換えに、どうか慈悲を、と。


 自由を司る風の鳥はすぐに承諾した。自らの自由を差し出した人間たちの代わりに、火の龍のもとへと赴き、せめて火を分けてはくれまいかと尋ねた。


 ――我が要るならば、世界を寄越せ。我が世界の主に相応しい!


 これには、風の鳥だけでなく、既に世界に溶けてしまった巨人も魚も体を震わせた。なにしろ彼の野心は燃え上がり、地上へと噴き出して、あらゆるものを焼き尽くしたのだ。大地を覆い、水へと浸食し、熱波が吹き荒れる。地上は混乱した。もはやこれでは侵略だ。

 これはいけないと、風の鳥は今度は一計を案じた。

 人々に強い酒を作らせ、火の龍に今までの無礼の詫びと称して酔わせてしまったのだ。酒はもとより神への供物のひとつであり、強く燃え上がるもの。火の龍への最たる供物だ。たちまち火の龍は酒に手を出し、ぐっすりと眠ったところを――龍の皮、すなわち火そのものを剥ぎとり、地上へと持ち帰った。そして、新たな太陽となった。

 しかし一方で、炎という自分自身の最大のアイデンティティを失った龍は、手足をも失い、蛇のように這いずりながら呪詛の言葉を吐いた。


 ――”それ”は我だ。我のものだ! いつか必ず貴様を殺し、取り返してくれる……!


 そうして火の龍だったものは、呪詛を残して闇へと消えた。


『風の鳥もそれでまた役目を終え……、巨人や魚のように、世界の中へと溶けていきました。……そして、風の鳥は……、人々の長い信仰の中で、女神セラフィアという存在に変わっていったのです』


 しかし、話はそれだけでは終わらなかった。

 闇の中に消えたそれは、世界に溶けたわけではなく、長い時間をかけて戻ってきたのだ。


 それは闇の汚泥の中から自分自身を失ったまま現れた。

 火の龍からこぼれ落ちただけの、恨みのひと欠片。とっくに忘れ去られた呪詛の一片。強大な力を持ちながら、もはや存在する意味も理由も無くなったまま、空っぽで、虚ろで、何も無いもの。

 ただひとつ誤算だったのは、彼がかつて地上まで開けた風穴が、今や迷宮として果てのない迷い道になっていたことだった。

 だが彼は何も無い自分を迷宮の主と定義付けることで、その存在を固定した。迷宮の力を使い、その欲望がすり切れてなお、永遠に分かたれてしまった炎を取り戻すために、虚無に苛まれながらも貪欲に執着し続ける古き蛇。


 彼の力を恐れた人々は、彼にブラッドガルド――虚ろなる無の王、の名を付けた。

 それは真実が忘れ去られてなお、人々に植え付けられた無意識から浮かび上がった名だった。その無意識は人々にかつての恐怖を思い出させ、人々を必要以上に畏怖させた。


 そして転機が訪れたのは少し前。


『……聖女、と呼ばれる巫女の一人が、わたしのところを訪れました』


 自由を犠牲に自らを捧げた聖女に、風の鳥は慈悲を与えた。

 彼女の姿を借り、呪詛を生みだしてしまった心残りが、女神セラフィアとなって現れたのだ。


『ブラッドガルドが魔術を使えば使うほど……、この世界は呪詛に侵食されているのです。もはや意味の無くなった理由のために。それはもう、避けることのできない事態でした……』


 沈黙が降りていた。


「……とりあえず……」


 声をあげた瑠璃を、瞳が見つめる。


「それ魔王どころじゃなくて邪神じゃん」

「俺もそれで理解したからそれでいいぞ」

「ねえ、あの……異世界には邪神という恐ろしいものがいるの?」


 どうもリクも前に同じ感想を抱いたらしい。


「手を出さない……っていう選択肢は無いの……?」

『瑠璃さん。私は……、ブラッドガルドを、もう眠らせるべきだと思っています』

「……」

『私は……、彼を呪詛から生まれさせてしまった。この時代の、いえ、この世界の脅威としてしまった。私はブラッドガルドをもう眠らせたい――そして、私もこの世界に溶けてしまおうと思っています』

「えっ……!?」


 その言葉に、一番驚いたのはアンジェリカだった。


『神代はもう終わったのです。私たちは世界を作り終えたあと、世界に溶けてしまうことを運命付けられていました。外れてしまった運命は、元に戻さねばなりません――彼も、私も』

「そんな! セラフ――」


 女神でも様付けでもないその呼び名は、彼ら彼女らがここに来るまでに紡いだ絆の証明だった。

 瑠璃はしばらく黙ったまま、やがて顔をあげて陸を見た。


「それは……陸はいいの?」

「俺はもう、覚悟は決めてる」


 間髪入れずに答えは返ってきた。


「ここまで来ちまったんだ、こうなりゃ乗るしかないだろ」

「は……」


 思わずポカーンとする瑠璃。


「いや。いやいやいやいやいや」


 さすがに真顔でツッコミを入れる。


「もうどこからツッコミ入れていいかわかんないんだけど! まず陸は自分が死ぬとか考えてないの!? どういう発想なの!? 召喚されたからってそんなホイホイ……」

「だって俺勇者だし」

「勇者だしじゃなくてね!!?!? 『いのちだいじに』だろ!?」

「まあそれは半分冗談なんだけど――。俺だって命は惜しいよ。でも、それと『やらない』っていうのは別なんだ。それに、召喚されたからってだけじゃない」


 リクは指を二本立てる。


「お前ももう知ってるとおり、二回目なんだ、俺は。前回の時に頼みは聞いてるし、その時に覚悟は決めてる」

「それはそうかもしれないけど、……そもそもなんで陸がやるの!? こう言っちゃなんだけど、他の世界の事とか関係なくない!?」

「それはそうだけど……異世界の人間じゃないと無理なんだと」

「は?」


 その言葉を受けて、女神が口を挟む。


『私もブラッドガルドも、お互いを直接殺せないのです。せいぜい皮を剥ぎ取るくらい。神を完全に殺せるのは生物しかいないし、神が殺せるのは生物だけ……』

「お、おう。それなら……」

『ですがこの世界の人間では無理でした。ブラッドガルドに対する強烈な恐怖は、この世界を作った神を殺すという行為への根源的な拒否感――それだけならまだしも、自分たちが神の炎を奪って生きているという潜在的な後ろめたさと畏怖なんです』


 セラフは目を伏せる。そこに嘘偽りはなかった。

 この世界で、ブラッドガルドを目の前にしたときの恐怖の正体がそれだ。だから瑠璃と陸という異世界の住人は、単純にわけのわからないものや異形に対する恐れはあっても、それよりもっと根の深いものは持ち合わせていなかった。


『ゆえに――この世界の人間ではない何者かが必要でした。そして召喚されたのがリクだったのです』

「せめて、この世界の人々の技術を使ったんだけど……」


 どういうわけか、封印の扉は異世界へと通じた。そして、物語はあらぬ方向へと転がったのだ。だが運命はいまようやく正しい方向へと修正されている。

 瑠璃は一瞬視線を漂わせてから、アンジェリカのほうを向いた。


「アンジェリカさんはなんか無いの?」

「……まあ、そりゃ……、セラフが消えるどうこうは驚いたけど……。でも……」


 アンジェリカは少しだけ逡巡するように目を閉じてから、再び開いた。力強い瞳が瑠璃を見返す。


「アタシは、リクを信じたいから」

「ええ……」


 完全に聞いた相手が悪かった気もする。そもそもイレギュラーなのは瑠璃なのだ。


「お……お……おまえってやつは……、なんでこう……なんでこうっ……! そういうとこだぞ……!!?」


 目の前のテーブルをばしばしと叩く。


「そ、そもそもどうしてそんなに! 他の世界のために! ポイポイ命賭けれるんだよ!?」

「いま、お前がブラッドガルドを庇おうとしてるのと同じ理由だよ」


 瑠璃は言葉に詰まった。

 アンジェリカが少しだけピリッとした緊張感を持つ。


「……やっぱり図星か」

「……あのね。私は誰にも死んでもらいたくないだけだよ」

「お前の言う通り、他の世界だから本当は関係ない。だけど俺は、それでもこの世界を救おうと思う」

「ホントになんなんだよ世界を救うって……」


 頭を抱える瑠璃。理解したくないだけだ。


「それにお前だってそうだ。外じゃ、まだ宵闇の魔女を探し回ってる。いつお前のことが外に漏れるとも限らないんだ。……今ならまだなんとかなるんだよ」


 瑠璃は眉を顰めた。

 もう女神側は覚悟を決めているのだ。退くつもりもなく、ただ進むために。


「まだ時間はある。お前の言うように扉で通じてるんなら、今すぐ帰ったほうがいい。……たぶん、ブラッドガルドも退くつもりはない。俺たちがやらなくてもだ。じきにここは戦場になる。そしてもう、この世界には来ないほうがいい」

「なんかすごい現実離れした言葉だ……」


 瑠璃が一番現実逃避しながら言う。

 三人の視線が刺すようだと思った。実際はそんなことはなかったにも関わらず、瑠璃だけがそう思っていた。三人の顔を見回す。リクだけが頷いた。

 立ち上がると、くるりと背を向ける。後ろにある扉を開く。


「奴は結局――お前を利用しただけだ」


 どこかすまなそうな声色だった。


「……知ってるよ」


 瑠璃はちいさく呟いた。その声は黙して語らぬ迷宮に吸い込まれ、誰の耳にも届くことはなかった。

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