「女神の加護」で最強勇者の異世界再訪譚(中)
「な、なんだおまえは……」
立ち直った一人が声をあげる。
「リク! こいつら盗賊なの!」
「ってエトラお前またかよ!」
はじめて会った時もそうだった。
そのときエトラは既に捕まったあとで、奴隷にされる寸前だった。そこにリクが空から落ちて――もとい落とされてきたので、今とおなじく「なんだおまえ」ということになったのだ。
「今はお説教は後にして! それにこいつら、まだいるみたいなの。盗賊団みたい」
エトラはそう言ってリクを見つめてから、はっとしたように顔を赤らめた。
さっき盗賊に引っ張られたせいで、艶めかしく肩が露出していたのだ。リクも慌てて視線を外し、その間にエトラは肩の衣服を直し、サッと胸元を隠した。
「う、うーん、全体像はわかんないか、さすがに」
「そ、そうね」
「なんなんだお前はっ、ばけものかっ!?」
盗賊の一人がナイフを手に叫んだ。
リクはエトラを後ろへ追いやって、前に立つ。両手を軽くあげつつ、盗賊を見た。
「……できれば穏便にすませたいんだけど……!」
盗賊が一歩動くたびに、リクたちも一歩、距離を取るように動く。
うめき声をあげて、他の二人の盗賊がようやく起き上がる。目の前で両手をあげているリクを劣勢と見たのか、それぞれナイフを抜いた。
やや興奮気味だった盗賊も、次第に余裕を取り戻してきたようだ。
「へ、へへ、そうだ。大人しくそいつを渡しな」
「いや、普通に見逃してくれればいいんだけど」
「そういうわけにはいかねぇ」
一歩、一歩と間合いを取りつつ、後ろへ下がっていく。
とうとう背中に樹があるところへと追い詰められると、リクは視線を動かした。
下卑た笑いを零しながら、盗賊がリクを取り囲む。
「どっちかっていうと……お前たちのほうが危険って言うか……!」
指先に力を込めると、強烈な魔力が放たれた。
「うわあっ!?」
「な、なんだ、なんの魔術だ!?」
まだ魔力をこめただけで、魔術にすらしていない――というのは言わないでおいた。その代わりに心の中だけで毒付く。
――毎回どういう力の譲渡してんだ、あの駄女神ぃ!
強烈な光が指先に集う。
というより、正直なところは半年ぶりだから力の使い方を思い出しきれてないところがあるわけだが。なので、ほぼ八つ当たりをされた女神にとってはいい迷惑だ。だが、それでも文句を言いたい時はある。
銃のように軽く撃ち出したかったところだが、これはもう無理だと判断した。
ちょっと運が悪かったと思ってもらいたい。
指先を盗賊たちに向けると、奴らは一斉に青ざめて後ろを向いた。
集めた魔力を三つに分けて、その背中、というか急所に打ち込んでいく。
「があっ!」
「ぐっ!」
「……うぐっ!」
面白いようにリズムをとりながらそれぞれが倒れていく。
「よしっ! エトラ、ロープ持ってるか!?」
「一つなら!」
「一つか……じゃあ足りない分は……」
エトラが籠にくくりつけてあったロープを外す。
速やかに受け取ると、まずは気絶した盗賊たちを引きずり、それぞれの腕を背中に回した。一人目の腕をロープで縛ると、そのままつなげて二人目。そして三人目まで縛り上げると、背中合わせの状態でぎゅっと締め上げた。さすがにこのままだと足りないので、魔力を紡いでロープ代わりにして、一気にまとめて体ごと縛り上げておく。
だんだんと使い方を思い出してきた、という点では、この三人に感謝したいところだ。
「ふうっ……」
一仕事終えたいい気分である。
額の汗を腕で拭い取る仕草をすると、後ろからエトラが呟いた。
「……本当にリクなのよね?」
「ん?」
後ろを振り向くと、エトラに改めて笑いかける。
「おう! 元気だったか……っとお!?」
「リク~~っ!」
「おわわわっ、ちょ、ちょっと待っ……」
気が付いたときには、視界が空を向いていた。
バランスを崩したリクは抱きついたエトラに押し倒されたのだ。
「本当にリクだわ! 空から落ちてくるなんてリクしかいないもの! 大地が受け止めてくれるのもね!」
「……はは……。しかし、帰ってきて一番最初に会うとはなあ……」
こんな偶然あるものか。
……と、前回ならここでもうひとり。
――アンジェリカが突っかかってきたんだけど。
さすがにそんな偶然は無いようだ。
それに、今はここを根城にしていると思われる盗賊団をなんとかすべきだ。バッセンブルグの王都に早いところ向かいたかったが、一日くらいちょっと善行を積んでも誰も文句は言わないだろう。
「ねえ、今までどうしてたの? ブラッドガルドを倒した気分はどう? 旅に出たとか聞いたけど、ちゃんと家に帰れたの?」
「ちょ、ちょっと待ってくれエトラ! その前に……」
「え?」
ほとんど馬乗り状態になったエトラは、もう一度赤面した。
おずおずとリクから降りたのを確認してから、リクは上半身を起こした。
「えーと……それから盗賊団。だろ?」
「……そ、そうだわ。あいつら、まだ仲間がいるみたいだし」
「うーん。吐かそうにも全員気絶しちまったしなあ。規模はさすがにわかんないよな?」
「そこまではさすがに……。でも、違うポイントにもう一グループあるみたいなの。話しぶりからするとそこも別働隊みたいだったから、最低でもあと二つ、グループがあるかも」
なるほど、とリクは少しだけ考える。
いま縛り上げた盗賊は茂みの中へと隠し、簡易の結界を張って、人目につかないようにしておいた。騒ぎに乗じて他の奴らがやってきても厄介だ。
「とにかく、いちど村に戻ろう。盗賊はそのあと! エトラも怪我してるだろ?」
あちこちについた擦り傷を指摘すると、エトラはやや顔を背ける。
「こんなの平気よ」
「そう言ってると大変なことになるんだって。歩けるか?」
「平気だって。この程度慣れてるもの」
「じゃあ、これは俺が持つよ。ロープも外しちまったし。無理すんなよ」
リクはエトラの籠をさっさと持ち上げると、その肩を叩いた。エトラは一瞬顔を赤らめたが、そのまま彼の横で歩きだす。無理に担がれたりしないぶん、ずいぶんとマシだった。きっと心臓の音が伝わってしまっただろうから。
そしてリクの肩には、空から降下してきた小さな鳥がとまった。
*
その夜、盗賊たちは村への包囲網を進めていた。山の中に潜み、グループに別れたあとは好きにするのが彼らのやり方。それから先はもうお互いに干渉しないのが流儀だ。流儀といってもなにか信念があるわけでもなく、唯一のルールのようなものだった。
いままで彼らはそれでうまくやってきた。
ただ、この日はそれまでと違って奇妙な予感を感じている者はいた。
「くそっ、うまくいかねぇな」
何度もナイフの持ち手に布を巻き直しながら、男は毒づいた。舌打ちをこぼしては、また巻き直す。これをやるのが仕事の前の大事なルーティンで、成功率に関わると信じていた。
「お前のジンクスも大概だな」
他の男が笑う。
「馬鹿にしたもんじゃないぞ。これをやってから、間違いなしなんだから」
「へえ。それじゃ今回は駄目か。もうそろそろ合図が来るはずだ」
「……」
「お前の分まで俺たちが分捕ってやるからよ」
頑張るというよりは、暗にダメな時は囮になれと言われたようなものだ。だがナイフの男は、文句を言う気分にもなれなかった。
何かがおかしい。
ジンクスどうのこうのでなく、時間が近づくと、明確な予感になりつつあった。やがて、暗い山の中に、音もなくちかりと小さなあかりが一瞬灯った。合図だ。
「よしっ、いくぞ!」
見つかったとしても、人間の目というのは光のほうに引きつけられる。魔法というのは便利なものだ。その間に、暗い茂みの中から一網打尽にする。それが経験則だった。
だが、茂みを下って村のほうへ降りていったその瞬間、一斉についた灯りに取り囲まれた。
「なっ……!?」
「なんだっ!?」
「いたぞ!!」
「囲め囲め!」
眩しさに目がくらくらしている間に、あちこちから声が聞こえてくる。バレていたのだ。
「こ、これは……」
「くそっ、あいつら気付いてやがったの、かっ!?」
横で走り出そうとした男の最後は、ほとんど叫び声に近かった。
「どうした!?」
足元に貼られた見えないロープに見事な程に引っかかり、そのまま転倒したのだ。頭をしたたかに打ち付けたあと、魔力で作られた縄によって、そのまま引きずられていく男を思わず呆然と見てしまった。しかも、村人たちは既に農具を手にしている。
「よ、よ、よし、あと二人だ」
「油断するなよ、相手は盗賊だ」
「お、お前が行けよ!」
「馬鹿、怖がるな!」
だが村人たちは尻込みしているのか、じりじりと距離を開けたまま近寄ってこない。
これはチャンスだ。
「へっ、ちょうどいい! 全員まとめてやるぞ!」
「おうっ!」
残った二人でナイフを手に、雄叫びをあげる。
「うおおおおっ!」
相手は農具しか持っていない素人。
目の前に恐怖に歪んだ顔が見えた瞬間、その視界が何故かひっくり返った。何か滑り落ちるような音が耳に響き、何が起きたのかしばらく理解できなかった。
落とし穴だ。
しかも、深い。
上から覗きこんでくる人影が見える。
「はっはー、うまくいったな!」
上のほうから村人たちの声が聞こえた。
やられた。
まさかこんな古典的な罠に引っかかるとは、思ってもみなかった。土は巧妙に偽装されていて、いくらなんでもそんな方法はしてこないだろうという油断があったのは否めない。なんとか起き上がろうとするも、牧草の塊のようなものに挟まれてうまく動けない。しかも、上からは土をかけられつつあった。
「くっ、くそっ、ぺっ、何しやがる!」
「大丈夫だ、死なない程度にしてやるからよ!」
さっきとはうってかわった調子の村人たち。
「しかしまさか本当にいるとはなぁ」
「ヤツの言ったとおりだったな」
「うんうん」
ヤツ?
ヤツって誰だ?
男の頭の中を疑問が渦巻く。誰か裏切り者がいたのか、それとも嗅ぎつけた誰かがいたのか。 それにしたって、趣味が悪い。
どれもこれもナイフに布を巻き付けられなかったせいだ、と男は思った。
「おーい! こっちもうまくいったぞう!」
別のところから村人が駆けてくる。
「おう、こっちも片付いたところだ」
「残りはあとは任せるしかないな」
「よし、埋めろ埋めろ」
そう言うと、また土が降った。
――だが、リーダーは……。いや……どうかな。
ナイフに布を巻き付けていれば良かった。そうすれば、手から滑り落ちることもなかっただろうに。男はそう思って苦笑した。
その頃、盗賊のリーダーは怒りに打ち震えていた。
ただの農民ごときにあっという間に攻略され、しかも望みの一グループは行方不明ときた。しかも目の前には、一人の少年が立っている。
奇妙な格好だった。
黒髪であることはさておき、服装が一番おかしい。三つ揃いのようでもあるし、貴族に近いのかと思えば少し違う。それは現代日本でいうならブレザーというが、こちらの世界にそれらしい服は無い。前に来たときは途中から上着を脱ぎ、ワイシャツの上に軽鎧とマントを羽織ったので、その姿で記憶している者のほうが大半だろう。
「さて、残るはお前一人ってとこだな」
周囲には倒れた盗賊たちがいる。
「貴様……、貴様ッ……! 貴様がいるなんて報告にはッ……!」
「そりゃそうだ。今日戻ってきたところだからな」
嘘は言ってない。
「さて、大人しく捕まってほしいところなんだけど……。……。なあ、お前どっかで会ったことないか?」
「忘れたというのかっ!? 俺は覚えているぞ、リク・クサナギ……!!」
「え、ええ……、俺の名前まで知ってんのか!?」
リクはすっかり忘却の彼方だった。
しかも早々に言わなくなった本名まで知っているということは、一度は名乗ったはずなのだが。記憶を辿り、はたと思いつく。
「あっ、……なんだおまえ、ハンスのこと裏切った副リーダーじゃないか」
「ようやく思い出したか!?」
「うーん。あんまり記憶に無いんだけど……」
前回、冒険者ギルドの依頼でハンスの盗賊団を壊滅させたところはちゃんと覚えている。ハンスも改心した後は影となって情報収集を担当してくれた、いまや大事な仲間の一人である。
しかし、当時の団内で何があったかまでは把握しきれていない。
やや義賊感もあったハンスに対し、副リーダーだった人間がそれを良しとせず、裏切って、謀反を企てた――そのゴタゴタの最中にリクがやってきた、という流れだ。
「……ごめん、名前なんだっけ」
「~~~ッ、きさまッ……!」
リクにとっては、すれ違いざまにぶつかっただけの人間から、執拗に恨まれているようなものである。
元・副リーダーである男は、ナイフを抜きざまに口の中で何かを唱えた。リクは咄嗟に警戒する。魔力が動いたのだ。
驚いたことに、ナイフに通された魔力は一瞬にして刃を駆け上がり、炎となって燃え上がった。暗い夜の中に真っ赤に映える。
周囲で余裕の表情を見せていた村人たちが、一瞬で引きつった顔をした。
「う、うわあああっ!」
「なんだありゃあ!?」
「逃げろおっ!」
村人たちを無視し、巨大な炎の剣となったナイフがリクに突きつけられる。
「貴様を殺せば! 俺は勇者殺しとして名を馳せられるッ!」
自らの炎に照らされる男の顔は、赤く燃え上がっていた。限界まで唇をつりあげ、醜悪に歪む。
「死ねぇっ! リク・クサナギぃぃ!!」
「リクぅっ!」
向こうからエトラの悲痛な声が聞こえる。
思わずエトラは目を覆った。
「――『飛翔せよ、盾』――」
短い詠唱がリクの口から紡がれる。
その途端、強烈な金属音が響き渡った。
「は?」
男の目の前にあらわれたのは、巨大な羽根の意匠のついた透明な盾だった。魔力でできていることを示すように、宙に浮かんでいる。それが炎の刃を受け止めたのだ。
それどころか、受け止められた刃はまったく動くことがないらしい。剣を引き抜こうとして一瞬たじろぐ。戸惑いが目に浮かび、呆気にとられている。
「残念だけど――その程度じゃ俺を殺すのは無理だな」
リクはにやりと笑うと、指先に込めた魔力を発射した。
「うん、まあ……まだちょっと精度に不安があるんだけど……それは……」
「な、な……」
「許せ」
魔力の弾丸が指先から次々に発射される。
ただの魔力の塊なのだが、拳ほどの大きさの塊が次々に打ち込まれれば、ほとんど殴打と代わらない。腹の次に足を、そして足に意識を取られる間に頭を。
次第に、へぶ、とか、ぶえ、とか奇妙な悲鳴が聞こえたあと、どさりと土の上に転がった音がした。
からからとナイフが地面に落ちて、巨大な痣を作りつつ、地面に大の字に伸びた男があらわになった。
「よしよし」
リクは指先を下ろす。
近づいて男を何度か蹴りつけ、意識が無いことを確認し、頷いた。それからくるりと振り向き、茫然としている村人たちを見回した。
「片付いたぞ!」
リクの宣言から一拍遅れて、村人たちの雄叫びが響いた。
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