閑話5(後)

 さて、ここで改めて説明しよう。


 「宵闇の魔女」とは、とあるダークファンタジーゲームのキャラクターである。ゲーム内で宵闇の魔女と呼ばれるレジーナは、色気たっぷりのキャラデザやスタイリッシュなアクションがウケて人気を博した。


 そんな彼女は、現在ではゲーム会社の枠すら越えた乱闘アクションゲーム、通称スタブラの登場キャラに抜擢、参戦している。スタブラに登場するというだけでまず世界で通用するキャラであることの証明だ。

 では、そんな世界的人気を誇るゲームのキャラクターが――何故異世界の人間であるカインの口から出てきたのか?


 どうあがいてもブラッドガルドのせいだ。


 というのも、勇者の仲間が封印を魔力探知した際、ブラッドガルドはどうせ復活しそうな事がバレるならと、ゲーム対戦中の効果音と音声だけ聞かせてからかったのである。


 そんなたちの悪すぎるイタズラに対して、異世界の人間たちは真面目に受け取ってしまった。

 しかも対戦の勝者となった宵闇の魔女(のプレイヤー)を褒めたことで、宵闇の魔女とはブラッドガルドの復活に手を貸したのではないかという憶測が成り立ってしまった。

 結果、各国はいもしない魔女を捕縛することに重点を置いた。ブラッドガルド再討伐に対して有利に立とうと考えたのだ。


 しかし詳しい情報を握っているのはごく僅か。多くの兵士は命令だからという以上に本質を理解はしていなかったのだ。


 そしてここで三者三様の心のうちを見てみよう。


 まずカイン。


 ――まさか、易々と教えてもらえるとは思ってはいないが……。


 カインにとって、宵闇の魔女はブラッドガルドに手を貸したとおぼしき人物。

 隠されても仕方が無いという思いと、奇妙な違和感を抱えていた。

 何しろ手を貸したという意味では、瑠璃という該当者がいる。しかし少なからず教えられた特徴とは乖離している。しかも当のブラッドガルドが魔女と呼ぶことはない。

 そのため彼は、緊張感を持って挑んでいた。


 瑠璃。


 ――誰?


 当然すぎる反応。

 そもそもカインの口から出たものが、現代のゲームの単語だとは誰も思わない。しかもここはゴブリンやスライムや土の精霊までいる世界。魔女くらい居るだろう。


 そして当のブラッドガルドは。


 ――なんの話だ。


 普通に忘れかけていた。

 しかしカインの緊張した面持ちに、何かを察する。

 ここ数ヶ月、ゲームによって鍛えられた脳がフルスピードで回転する。

 ゲーム。そう、ゲームだ。


 そしてここでもうひとつ。

 カインはここまでに致命的なミスを犯していた。

 探りを入れるのには効果的な一言ではあった。カインでなくともそう尋ねただろう。

 しかしこの場合に関しては完全に裏目に出てしまったのだ。

 彼の言葉を思い出してみてもらいたい。


 ――『宵闇の魔女――という言葉に聞き覚えは?』


「あるか無いかで言えば――ある」


 揺るぎない事実である。


「用件はそれで終わりか?」

「……ではっ! 宵闇の魔女とは誰なのですか!? あなたの復活に手を貸した宵闇の魔女というのは!」


 ――は!?


 完全に無の境地を貫いていたため、一歩出遅れる瑠璃。


 ――ほほう?


 地上でどうなっているのかを何となく悟るブラッドガルド。


「え……な、なに? そういう話があるの? というかどっから出てきた話なのそれ?」

「どこから、といいますか――実際に封印中の卿と接触していたらしいと……」

「ふあっ!!?」


 あまりに驚きすぎて、「は!?」の一言ですら噛んだ。


 ――それ、私じゃん!?


 瑠璃の顔が引きつる。

 魔女どうこうは置いておくとしても、封印の中で接触できていたのは瑠璃しかいない。

 だらだらと汗が流れる。


「え……な、なに? そんな風に呼ばれてんの……?」

「……いえ、なんといいますか」

「貴様、自分が魔女などとどれだけ驕っているつもりだ」

「どういうことなの!?」


 瑠璃にとっては、完全に自分しか該当者がいない状態で言われても困る。


「貴様が魔女ならとっくにこの世界の空はシバルバーと呼ばれておるわ」

「ホントどういうことだよ!!!!!」


 要は世界が何もかもひっくり返っていると言いたいのだ。

 しかもナチュラルに馬鹿にされたせいで瑠璃の混乱度合いは加速した。


「そうですね……最初はその、瑠璃さんが宵闇の魔女ではないかと思ったのですが……」

「う、うん」


 瑠璃は返事を待ったが、カインは微妙に言いにくそうに視線を逸らす。


「……妖艶な声の持ち主で、強大な魔術の使い手と言われていたので……」

「……」


 無言になる瑠璃の横で、ブラッドガルドの眉がピクリと動いた。

 普通に笑いを堪えていたのだ。


「……それってつまり、協力者はいるって知られてるけど当てずっぽう……?」


 ……に、聞こえなくもない。

 協力者はいるようだが正体不明――だから宵闇の魔女と呼ばれる誰かがそうだろう、と勝手に思い込んだ結果のように聞こえるのだ。


「そうではないようです。確かな情報であると」

「うーん……? でもあの部屋って私の他に、誰かが出入りしてた形跡って……」

「ブラッドガルドの幻術ではないかという話も出ました。そうなると今度はどうやって封印の中で回復したのか、という話になります。……それは、勇者リクへの冒涜――ひいては、女神への冒涜にも等しい」

「そのまま冒涜していれば良かったものを」

「待っていま話をかき回さないで」


 話が追いつけなくなるから。


「でも、聞く機会ってたくさんあったと思うけど、どうして今……?」

「……」


 カインはしばし迷うような仕草を見せてから、気を取り直すように言った。


「印象の件もありますが……。……瑠璃さんは今日、この部屋に来るまで、見た事の無い兵士や村人を見ませんでしたか?」

「見た見た。新しく迷い込んできた人?」

「はい。それが……」


 迷い込んだ人々の多さに疑問を持ったカインは、審査ついでに話を聞いた。

 その結果、彼らが追放された理由が、宵闇の魔女捜しであると見当をつけたのだ。

 なにしろ今まで見逃されていた小さな罪や、小さなミスを犯した人々はともかく。少数民族の魔女や術者、亜人、国によっては髪色や目の色で不吉とされたり、怪しいとされた魔術研究者など、果たして罪かどうかまで疑わしいものまで様々だった。


 しかも、何故突然捕まったのか理由もわからなければ対象者からは理不尽でしかない。

 魔力嵐を渡ってきた疲労と、光を見いだしたことでふつふつと沸き起こる憤り、悲しみ、諦め。とはいえそこに国から保護が得られる魅力が重なり、みな協力的だったのは僥倖だろう。


「結果的に良い方向へ話は進んだので良かったのですが……。……最終的に、七人ですよ」

「多い!」


 一年に一人でも多い。

 瑠璃たちが滞在している間は一人もいなかったのに、この数は異常だ。

 しかし、それ以上に重大なのは。


「それ以上の人間や亜人が、魔力嵐で死んでいるかと……」

「あ、……そっか……」


 ――……なるほど。まずいな。


 存在しない魔女を探して右往左往しているのは相当に笑えた。


 きっと今、そんな人物はいないとブラッドガルドが言っても同様だ。

 こともあろうにブラッドガルドの掌の上で転がされ、自分たちがやってきたのが無駄なことだと認めたくはないだろうから。


 だが死人が出るというのは瑠璃の最大の弱点だ。

 現代の人間として当然の反応なのだが、面倒この上ない。

 無視すれば良い話だが、ブラッドガルドは自分の行動に瑠璃の存在を組み込んでしまっているのに気が付いていない。完全なる無意識である。

 しかも「ゲームは縛りが必要」という概念が、自らを納得させていた。


「既に人間の手に取り戻した地で……彼らは死ぬことになるんです。しかも流刑地にされてですよ! 目の前に宵闇の魔女がいるなら、せめて正体を知りたい……! たとえ後で黙っておくことになったとしてもだ!」


 まだ国が整っていないのはカインが一番よく知っている。開けた瞬間に攻め込まれる可能性だってある。だが準備期間の間に、多くの人間が流入してくることになるのは予想外だった。彼らはその境遇から戦力にもなってくれるが、それ以上の人間が、せっかく取り戻した地で死ぬことになるのだ。

 瑠璃は顔を顰めた。

 その間も、ブラッドガルドは何をすれば一番報酬がでかいかを考えていた。


 ――……魔力嵐を弄る……。


 それだけで強大な魔力が動く。

 そしてそれは確実に「向こう」に察知されることになるだろう。


 そうすればきっと出てくる。

 奴が。


 あの忌々しい鳥と、その力を与えられた配下が。


「小僧。――真実が知りたければ」


 ブラッドガルドは餌を吊り下げ、カインに顔を近づける。


「……神の実を持って来ることだ」


 ――カカオじゃん。


 カカオである。

 別にこの世界にもあれば食べたいとか、そういうことではない。


 ……そういうことではない。

 現代でのじゃがいもが岩芋という形で存在したのと同じく、あってもおかしくない。つまりはそういうことだ。


「……か、神の実……?」

「他の奴らにもそう言っておけ。魔女の正体が……真実が知りたいのならば、神の実を持ってこいとな」


 ――カカオじゃん。


 もう一度瑠璃は思う。


「いやそれ……チョコじゃダメなの?」

「どの程度の?」

「ええ~……? い、一ヶ月分とか……?」

「足りん。それで足りるのは、そうだな――、小僧の憂悶に関して少し融通が効く程度か」

「む。融通効くならきかしてもらおうじゃないか?」


 ふんぞりかえる瑠璃。


「ふん。自らの領地で死なれるのが嫌なら、魔力嵐を薄くすればいい」

「そんなことができるんですか?」

「小僧、貴様……。できないならどうやって魔力嵐をおさめると思っているのだ?」


 それもそうだ、という空気が満ちる。


「急にブラッド君が優しい……」

「殺すぞ」


 多少無理矢理だが、傍目に見れば瑠璃の一言でブラッドガルドが譲歩したように思える。

 二人にそう思わせられればそれで良かった。

 そしてブラッドガルドにしてみれば、一ヶ月分のチョコレートを手に入れられるのだ。上々である。


「ただし――、そうだな。魔力嵐の完全解放と各国への宣言だが、我のタイミングでやらせろ」

「卿の? それは、構いませんが……。遅くなるのですか? それとも早く……?」

「そんなものは知らん」

「……。わかりました。急ピッチで進めることにしましょう。あなたの伝言も、宣言のときに伝えます」


 それで終わりになった。


 カインと一旦わかれ、瑠璃は影の中からいつもの部屋へと戻ってくる。

 意外に時間を使ってしまった。


 普段ならここでようやく菓子にありつけるのだが。


「……ねえ、あのさ」

「なんだ」


 見上げた瑠璃はやや聞きにくそうに言う。


「宵闇の魔女ってほんとに誰?」

 

 完全に弱みになるはずが、不安を隠しもせずに尋ねる瑠璃に、僅かに疑問を持つブラッドガルド。


「い……いや、ブラッド君がほんとに知ってる人ならいいんだけど、私のせいでその人が危険だったら頭痛が痛いというか迷惑じゃないか……!」

「なるほど。貴様はどう思う?」

「ぜんぜんわかんないから聞いてんだけど」


 ブラッドガルドからすれば、なぜ瑠璃がそこに思い至らないのかのほうが謎だった。

 とはいえ瑠璃は自分の世界と異世界を分けて考えているから当然なのだが。


「貴様が気にすることでもなかろう」

「だ、だってそれで人が死んでんだぞ!?」


 しかしそれは自分のせいではないとブラッドガルドは思っている。

 よく調べもせず推測だけで盛り上がり、欲に駆られて先走った人間どもの自業自得だと。


 とはいえそれでも、存在しない、ということを証明するのは難しい。


「……貴様がそれを言うのか。我に手を貸した貴様が」


 ブラッドガルドの長い爪先が瑠璃を示す。


 ぐ、と言葉に詰まる。


「ほんと……ほんとブラッド君さあ……ほんとそういうとこ……」

「魔女が誰であれ、もう遅い。それに魔術に詳しい優秀な人材は死ぬか、あの小僧のところへ流入している。小僧は中立を取る。我の敵は減る。いいことずくしではないのか」

「……わかるけど。わかるけどさあ……」


 テーブルに手をついて座り込み、ため息とともに膝を抱える。

 落ち込んだのに気が付いたのか、影の中からカメラアイたちがぴょんぴょんと飛び出てきて、膝やら頭に乗って慰めるようにその蜘蛛足で小さく撫でる。

 最後に出てきたヨナルが、首元からするすると優しく絡んだ。


 だが、ブラッドガルドはその様子を冷ややかに見下ろした。


 ……無表情で。


 ……見下ろしたまま、無言で、普通に困っていた。


 言葉も出ず、更には何故自分が焦っているのかにも困惑したまま、本来はまだ動くはずの脳があっという間に許容量を超えてフリーズしたのだ。無理矢理自我を引きずりあげて取り戻す。

 そうだ。小娘一人気にしている暇はない――ようやく奴らを引きずり出せる可能性が出てきたのだから。


「……。これは我が仕掛けたものだ、我が始末をつける。だから貴様は気にする必要は無い」

「……なんか変なところで律儀だよね……ブラッド君」

「殺すぞ」


 瑠璃が困った顔で笑うと、ようやく息を吐いた。

 さっさと気分を変えようと菓子の準備をさせ、ようやく普段通りを取り戻したのだ。

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