荒れ地に行こう(9)

 城遺跡――仮の名前であったはずの名は、その都市をよく表わしていた。

 この都市を言い表すのに必要なのは「旧都」という言葉だ。しかしあまりの荒廃具合に「遺跡」でも間違ってはいないと思わされる。

 瑠璃はあたりを見ながら溢れる興奮を抑えきれずにいた。


 ――すごい……! ネットでしか見たことの無い光景……!!


 ネットでなくとも海外旅行でもすれば見れるのだが、あいにくと海外旅行の経験は無い。遺跡の類はただでさえ非日常的だった。

 スマホが使えれば今すぐ何枚でも写真を撮るところだが、今そんなことをすればあきらかに不審がられる。それは瑠璃にとっても避けたい事態だった。加えて、あたりからときおり感じる魔物の気配というものも邪魔をした。観光客気取りであちこち行くわけにもいかない。


 魔物は遺跡狼と言われるものだと判明した。黒紫色のごわごわした体毛に、犬にしては巨大な耳が背中に向かってピンと伸びている。黄色い液体を口から零しながら、常に怒り狂っているような表情。その顔には巨大な赤い目がぎらぎらと光っているのだ。

 名前の割に本物の狼とはだいぶかけ離れているため、遺跡狼という名そのものを忌避するものもいるらしい。


 とはいえ、瑠璃のいるパーティはどことなく魔物たちが距離を置いている気配があった。その真相を知るのはカインだけだが、それでも襲ってくるものは襲ってくる。そのときは迷宮と同じように戦闘は任せて瑠璃は邪魔にならないところに引っ込んだ。状況に応じて石を投げたり気をそらしたりという事をしつつ、一行は奥地を目指した。


「いやあ、すごいナ、ここは!」


 とはいえ興奮を抑えきれずにいるのは瑠璃だけではない。

 ココも地図を作りながら、何度目かになる言葉を吐いた。

 移動しながらのマッピングになるからか、さすがに綺麗とは言いがたい。それでもコチルも横から熱心に地図を見て、現実の風景と見比べている。


「まったくだ。こんなものが魔力嵐の中に隠されていたとは――やはりすぐにでも調査すべきだったな」

「しょーがないヨ、あいつらのほうが早かったシ」


 ココのいうあいつらとは、魔物のことだ。


「その割には警戒してるようだな。まあ、この人数だからな……」

「リーダーが一匹倒したからじゃナイ? まあいいじゃん! 楽っちゃー楽だヨ」


 地図を見ていたコチルが、視線を外して周囲の警戒に入った。

 瑠璃も近辺を見ながら通れそうな道を探す。


 少し離れて石壁の向こうを覗き込むと、開けた空間が見えた。


「あっ」


 開けた空間の下は水の堀になっていて、橋がかかっている。その向こうには破壊された扉があり、巨大な建物へと続いていた。

 瑠璃は石壁から後ろへ声をあげた。


「ねえ、あそこ!」

「ん?」

「あそこから城の中に入れそうじゃない?」


 グレックとコチルが声を聞いてやってくると、瑠璃は場所を空けた。

 グレックが最初に覗き込み、コチルがそのあとに確認をする。その頃にはココとカインもやってきた。


「あそこが城の入り口のようだな。どうやら俺たちが一番乗りだぜ」


 グレックがにやりと笑う。


「魔物の気配。……無い。今のうち、行ける」

「よしっ、とっとと行っちまおう。ヌシがいるならあのあたりかもしれねぇし」


 そういうことで話がまとまると、コチルが懐から小さな炭の塊を取り出した。

 地面の石畳に目印を描き、他のパーティへのメモ代わりにする。そして一同は城に向けて出発した。


 あたりを警戒しつつ、無防備になる橋を渡る。

 橋はところどころ罅が入っていたものの、渡れないほどではなかった。唐突に周りに建物が無くなるので、丸裸にされた気分だ。

 とはいえ扉のほうは完全に破壊されていたので、走ればすぐに隠れることはできたのだが。


 少しだけ城内の気配を確認し、一気に扉の中へと移動する。

 すると、荒廃した城の中があらわになった。


「こいつは……!」

「すげぇナ!」


 壁は剥がれかけ、床はところどころボロボロになり、よくわからない場所に椅子や箱が転がっている。階段にあったらしき何かの像は転がって砕け、柱の装飾もこぼれ落ちてしまっている。

 あたりには武具が散乱し、錆びてはいるが鉄としてはまだ打ち直せば何とかなりそうなものもある。


「おうおう、武器までこんなに……こりゃ直せばだいぶ一新できるぞ!」

「欲しい」

「えっ」


 珍しくストレートに言い出したコチルに瑠璃が驚きつつ、カインは横で転がった箱を検分していた。


「こちらの箱が使えそうですね。このあたりの武具は全部このあたりに入れて……玄関近くに保管しておきましょう」

「おう、そうしヨそうしヨ!」


 炭の塊で目印を描き、しばし武具探しに没頭するパーティ。

 それを取り除いただけで、だいぶ歩きやすくはなった。だが天井からは何かが垂れ下がり、古びたカーペットがむなしく踏み潰されている。

 ひとまず入り口にあった大階段は無視して全員で右側の通路へと入ったが、そこからもやはり階段が設置されていた。

 城として大きいかどうか、誰にも判断がつかなかった。


 魔物の気配も少ないせいか、グレックが立ち止まってから言った。


「分かれ道が多いな。どうする?」


 奥への道と、その隣から階段が続く道を見ながら尋ねる。


「できるだけ一緒に行動したほうが良さそうですが……」

「魔物も襲ってこないシ、二手に分かれるのもアリかもネー」

「ふうむ。そうだなあ――比較的安全なのかもしれん」


 ここまでくると、魔物たちが様子をうかがっているのに慣れてきてしまっていた。


「よしっ、俺たちは一階を重点的にまわる。カインと瑠璃は二階を回ってくれ」

「いいのか」


 コチルが二人の前だというのに尋ねた。


「大丈夫だろう。合図の仕方はわかってるな?」

「はい。それじゃあ、二階を見てきます」

「そっちも気をつけてね!」

「それはこっちの台詞だヨ」


 それだけ言うと、二人と三人は別れた。

 戦力を考えれば心許ない二人だ。しかしそれがどういう意図のもとか、瑠璃はあまり考えることはしなかった。

 階段をのぼると、一階と同じような通路が延びていた。


「階段は入り口のところにもあったけど……、そこに続いてるのかな?」

「おそらくは。……さすがにここの構造は、僕にもわからないので……」

「うーん……」


 ひとまずいくつかの部屋をまわり、右翼側から中央を通って左翼側へと向かうことにした。ひとつひとつの部屋の安全を確認しつつ、まだ布や資材が残っている部屋は印をつけていく。

 三階以上は塔になっているところしかないようで、比較的探索は楽に進んだ。塔部分はのちほど合流してから探索することにして、中央部分に入る。

 ちょうど大階段から入ってきた入り口が見えた。まだ自分たち以外のパーティは来ていないのを確認し、再び探索に戻る。


 しばらく歩き回っていると、不意に巨大な扉が現れた。


「でっかい!」

「おそらく、これは……」


 カインは首をひねったあと、僅かに開いた扉の向こうを確認した。

 埃とかびのにおいがして、足を踏み入れた先には巨大な広間が佇んでいた。


「お、おお……すごい」


 一番奥の壁は古びたカーテンがかかっているが、左右の柱の装飾や豪華絢爛といってよく、緊張と期待が同時に沸き起こってくる。

 金で作られた装飾もあるらしく、瑠璃は余計に目を輝かせた。


 そろそろと、しかし次第に足早に奥へと向かう。


「すごい!」


 声をあげる瑠璃とは対称的に、カインは静かにあたりを見回していた。だが、溢れる感動を抑えきれずにいたようだ。

 先に一番奥へとついた瑠璃は、かつて玉座だったようなものに何かが書かれているのに気付いた。日本語ではないし、こちらの文字は相変わらず読めないが、こちらの文字だということはわかる。


「カイン君! これわかる?」


 声をあげると、ついてきたカインも覗き込んだ。


「これは……詠唱……のようですね」

「詠唱って、魔法の?」

「はい。多分詠唱だと思うのですが……。ええと。我は……、我は庭の主……なり?」

「庭の主って……」


 瑠璃が言いかけたその瞬間、ぞくりとした衝撃が走った。


「下がって!」


 カインが瑠璃をかばいながら後ろへ跳んだ。

 途端に目の前の壁が砕け、古びたカーテンを引き裂きながら濛々と土煙をあげる。その穴の向こうから、ざりり、と砕けたガレキを踏む音がする。


「遺跡狼だ!」

「……!? しかし、これは……!」


 あらわれた遺跡狼は他のものよりも一回り大きな体躯をしていた。

 ぐっと前足に力を入れると、そのままゆっくりと後ろの二本足で立ち上がる。


「だ……れ…………ダ……」


 牙を剥き、煙のような吐息を吐きながら、その口元から確かにそう告げられる。


「こ……ここハ……おれノ……もの……ダ……!」


 ぎらりと目が光り、ぼたぼたと黄色い涎が落ちていく。


「はあー!? 喋った!?」

「……そうか、ここは最奥……!」

「何それ!?」

「おそらくこのあたりは魔力嵐に近いんです! そして、ここはダンジョンの『最奥』……! 魔力が溜まって、ボスの存在が高まってるんです!」

「ごめん全然わからん! 進化系のボスってこと!?」

「すいません今はそれで!」


 カインは説明放棄をした。

 お互いに何を言っているのかわからない状況ではあったが、今はそれどころではないのだ。


「……来ます!」


 カインは槍を構え、瑠璃は隠れられる場所を目で探した。

 瑠璃が壁際に待避すると、後ろで金属質な音がした。振り向くと、カインが爪を槍で受け止めたところだった。

 姿を隠せるような場所はなく、せいぜい一番奥のカーテンの後ろくらいしかない。だがそこは獣の後ろにあり、隙をついて走り出すしかない。それよりもカインから視線を逸らすほうが先だろう。


 獣の爪が振り下ろされるのを避けながら、カインは後ろへ下がる。槍の分の間合いを保ってはいるが、意外にその爪が素早い。

 その獣の目が一瞬、瑠璃を追った。

 カインが隙を見逃さず、槍を突き出す。だがその槍は避けられたかと思うと、逆に獣の手がカインの首を掴んだ。


 ――まずい……!


 だが一瞬のうちに、カインの視界は反転した。

 壁に向かって放り投げられ、頭のほうから落下したのだ。凄まじい音を立てながら、なんとか受け身を取る。だが、背中から壁にぶつかって地面へと落下した。


「う……」


 なんとか立ち上がろうとすると、獣の視線が既に自分ではなく瑠璃へと向かっているのに気付いた。


「ちょ……なんでこっちぃ!?」


 瑠璃は後ずさりながら叫ぶ。

 こちらのほうが弱い、と踏んだのだろう。

 獣は腕を振りかぶりながら向かってくる。


「おあーーっ!?」


 すんでのところでしゃがみこむと、後ろの壁が派手に壊れた。


「あわわっばばっ」


 四つん這いで横から抜け出したが、一歩遅かった。

 つま先のほんの少し後ろに鋭い爪が突き立てられたかと思うと、振り返ったその首が絞まりかけた。


「うぐっ……!?」


 あっという間に喉元を捕まえられた瑠璃は、そのまま壁に叩きつけられる。


「瑠璃さん!」


 ひどいにおいが近づき、足下にぼたぼたと涎が落ちていく。

「おまえ……うまそう……」

 あぎとがゆっくりと開かれ、その向こうで糸を引く黄色い液体が見える。

「ひぎっ……」

 全身に鳥肌が立ち、ぞわぞわと冷たいものが落ちていく。

 涙目になりつつ、どうすることもできないまま


 だが、今にも食らいつかんばかりの動きがぴたりと止まった。

 目がぎょろぎょろと動き、瑠璃をまじまじと眺める。


「……なんダ、おまえ……?」

「ひっ」

「……ナンダおまえ……、なんだオマエぇえ……!? どこからそいつを……!」


 威圧というより狼狽えているように見えた。


「があああああああ! おまえ! おまえはあ!」


 わけのわからない焦燥に駆られたように、獣が雄叫びをあげる。

 瑠璃はあまりのことに呆気にとられたが、隙をついて獣の腹を蹴り上げた。だがその程度で怯むようなものではない。


「ぐぎぎっ……」


 足で獣を引き離そうとするものの、瑠璃の筋力では到底無理だ。


「は、な、れ、ろおおお……!」


 そんな瑠璃の後ろの壁で、その影が伸びていた。

 その影はひとりでに、どんな光をも無視してぐっと伸びたようだった。それは瑠璃どころか人間の形ではなく、太くのたうつ蛇だ。その頭とおぼしき場所で、目にあたる部分がぎらりと光る。

 そのとき――横から伸びた槍が、獣の体を貫いた。

 勢いのまま叫びをあげた獣の体が瑠璃から離れた。隙をついて瑠璃は急いでその場から離れる。


「――おおおおっ!」


 カインが雄叫びとともに踏み込み、腹部を薙いだ。うめき声さえあげさせぬまま、槍で足を払うと、今度は足に気を取られた獣の上段から槍を叩きつけた。

 ぐっと踏み込み、薙いだ腹部を勢いよく踏みつける。声をあげて後ろ側へと転がった獣を見やりながら、カインは槍を構え直した。


 獣は小さく唸りながら、カインを見据える。

 だらだらと黄色いよだれを垂らし、再び片手を振り上げつつ向かってきた。


「ふっ!」


 上段からの爪攻撃を槍で受け、押してはじき返す。

 続けざまに切り裂いてこようとするのを再び受け止めてから、腹を蹴り上げて距離を取る。左右からの爪をしゃがんで避けて横に転がると、背後からの一撃をすぐに振り返った獣に受け止められた。

 力が拮抗したまま、お互いに弾かれる。


「はあっ!」


 気合いの声とともに、カインが槍を突く。だが槍を交わした獣は再び爪を振り下ろし、ザッ、と小さな音をさせた。爪がその腕を切り裂いたが、怯むことなく槍を突き出した。


「カイン君!」


 ドン――という音が響き、槍が獣の腹を突き破った。


「ぐうううううっ、うう……!」


 獣の手が槍を引き抜こうと伸びる。


「――我は……庭の主なり」


 だが、カインの口からこぼれた詠唱のほうが早かった。

 それが詠唱だとわかったのは、その瞬間から体が熱を持ち、魔力が動き始めたからだ。


「刃にて闇を刈り取り、木漏れ日を灯す者……!」


 詠唱とともに槍先へと魔力が集中する。


 ――熱い……!


 指先から槍へと集う自分の魔力に負けそうになる。しかし、そのまま槍を掴む指先に力を入れると、雄叫びをあげた。


「……刈り取れ、クロノスフィア!」


 魔力がいびつな鎌の形となったように見えて――そして光となって爆ぜた。

 それでも獣にとっては致命傷となったようで、腹を抉られた獣は小さなうめき声をあげながら後ろへと倒れこんだ。

 カインは土煙のあがる獣を見据えながら、肩を揺らす。

 そして、ゆっくりと槍を引いた。

 いまだ整うことにない息で上半身を小さく揺らしながら、目線は獣へと向けられている。


「……今のは……」


 カインは呟いたが、ふと、近くで腰を抜かしている瑠璃へと視線を向ける。

 慌てて歩き出して片膝をつく。


「大丈夫ですか」

「な、なんとか」


 それからちらっと、二人で絶命する獣を見た。

 獣はぴくりとも動かず、完全に死んだことが見てとれた。


「慣れるもんじゃないねー……」


 瑠璃が苦笑しながら言うと、カインは目を見開いた。

 一瞬たじろいだように動きが止まったが、すぐさま気を取り直して手を差し出した。


「どうぞ」

「ありがとう」


 手を取ると、そのまま立ち上がる。


「ダメだよもー、腰が抜けそう」


 情けないことを言う瑠璃に、カインは苦笑する。

 ひとまず腰が元に戻ってから、瑠璃は鞄の中から救急キットを取り出した。今まで見せることはなかったが、現代ではアウトドアや災害時に欠かせない便利品である。その用意の良さというべきか、奇妙な薬の数々にカインは興味を引かれたようだが、消毒剤の痛みに意識が持っていかれたようだった。

 簡単な手当を終えたあと、瑠璃は改めてあたりを見回した。


「というか、ここは何の部屋なの?」

「おそらくは謁見の間でしょう。玉座は壊れているようですが」

「これが謁見の間!?」


 瑠璃の好奇心に火がついた。


「ええ。さっきの詠唱も――ここに誰かが戻ってきたときの為に書かれたのでしょう」


 カインの言い方はぎこちない。

 それもそうだ。何しろ詠唱にそのまま『庭の主』などと入っているし、戸惑ったように片手を握ったり開けたりしている。

 瑠璃はしばらくカインを見つめていた。


「とりあえずそれは後から考えることにして――この部屋調べてみない?」

「そ、そうですね。……あと、さっきの……」


 ひとまずカインがもういちど獣の様子を確認し、その間に瑠璃はきょろきょろとあたりを見回していた。


 一応、使えそうなものも検分するという名目で、装飾やツボといったものの他に転がっていないかを見つめる。

 玉座の近くに落ちていたものを拾い上げると、首を傾げた。

 燭台かと思って拾い上げてみたのだが、どうも奇妙な形をしている。


 土台の部分には魔法陣のようなものが描かれていて、枝つき燭台にそっくりだ。持ち手のところも装飾が施されているのだが、ロウソクを刺すには短すぎる。それに針というより少しナイフめいていて、指先を乗せたら傷つけてしまいそうだった。


「これ何?」

「これは昔の魔血印用の道具……といえばわかりますか?」

「全部わかりません」

「ええと、魔血印とはですね……」


 魔血印とは、その人固有の魔力を紋章にしたものだ。


 かつて、契約や盟約書には血判、つまり指先の血が使われていた。

 今でも平民以下は血判を利用するが、貴族や王族、そして教会や商人でも一部の地位の高い者たちは魔血印を使用する。

 魔力を印にしたほうがその人物だという事がわかりやすく、偽造も効かないからである。


 その有用性もあって、魔血印はあっという間に広がった。貴族や、高級商人などはその血を示すために、子供や後継者に一部の紋章の譲渡を行うことが許されている。引き継ぐ箇所を決め、引き継がれる箇所を家紋に使う者もいる。

 反対に王族などは紋章すべての譲渡が認められ、王となるものが冠とともに引き継ぐ儀式まであるほどだ。一応、血が繋がっていれば似たような紋章にはなるものの、やはり引き継ぎをしなければ同じにはならない。引き継ぎも一定の儀式をしなければ完全な譲渡はできないので、それが王族の証にもなる。

 本人どころか高貴な血の証明になりえるものなのだ。


「昔はまだ血に魔力を混ぜるというやり方でしたので、ここに指を刺して血を出して、それで……というものだったようですね」

「これでやると普通に病気になりそう」


 真顔で言う瑠璃。

 錆びた刃の威力をわかっているのは瑠璃もカインも同じだ。


「とはいえ、少しもったいないですね……。研いだり魔力を流せばもう一度使えそうですが」


 言うと、カインはしばらくあちこちを調べだした。


「……ねえ。ってことは、カイン君も決まった魔血印があるの?」

「ええ、ありますよ。一応譲渡はされているので……この城にある紋章と同じ魔血印になるかと」

「えっ、マジで。見たい」

「いいですよ」

「いいの!?」


 軽いノリでかえってきたことに驚く瑠璃。


「……まあ、僕も一度確かめてみたかった……というのはありますし……」


 そのとき、廊下のほうからばたばたと音がした。


「おい! 大丈夫か! こっちから凄い音が――」


 グレックたちが部屋の中に入ってくる。


「あ、リーダー! もう大丈夫、こっちは――」


 瑠璃が声をかけたが、グレックは驚いたように目を見開いた。

 後からやってきた二人も同様で、ココはあわあわとカインを見て、コチルも静かに目を見開き、毛を逆立てた。


「……おい、あれは」

「なんです?」


 カインが振り向いたとき、ようやく瑠璃は三人の視線の先に気が付いた。

 視線を上に向けると、さきほどの魔獣が引き裂いたカーテンが揺れて、その向こう側が見えていた。ちらちらと見えているその先には、一枚の絵画があった。

 古い肖像画の中からこちらを眺める人物は、まだ若い青年だった。

 王族を示す白銀の髪、目の色、そして纏う空気――その前に立つカイン。彼はまだ気が付いていなかった。


 その人物が、自分とうり二つだということに。

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