荒れ地に行こう(8)
「拡張って、もっとゆっくりだったんだよナ」
ココはそう教えてくれた。
カインのもとに誘いが来てからきっかり三日後のこと。
カインと瑠璃の二人は、広場に集まった収集家たちと一緒に並んでいた。
「そうなの?」
「昔はほんとに気が付いたらってくらい、少しずつ大きくなってったんだよナ」
周囲にいた、話を聞きつけた収集家の男たちも頷く。
「それが半年前は一気に拡大したんだナ」
「今までこんなことは無かったのにな。確かにちょっとおかしいとは思ったよ」
「だなあ。でも、あれほどでかい建物があらわれたんだ。半年も経っちまったが、ようやく訪れたチャンスなんだ」
収集家たちがお互いにああだこうだと言い始めると、瑠璃はそっとカインを横目で見た。
カインもその視線に頷く。
「……おそらく勇者殿との一戦でしょうね。あの一戦では迷宮ごと揺れるくらいだったという話ですから」
「勇者君ってそんなヤバい奴なの?」
「ヤバいのはブラッドガルドなんですが……。しかしブラッドガルドをそこまで本気にさせる……、勇者殿もかなりの実力だったのでしょう」
「何そのチートレベル」
「チー……なんですか?」
その時、乾いた音が二度響き渡った。
「よしっ、みんな聞いてくれ!」
振り向くと、収集家のリーダーであるひげ面の男が、ちょうど両手をたたき合わせたところだった。
「これから我々はあの”城遺跡”を探索する! 城遺跡は今までにない巨大な建物だ! 中は何があるかわからん。心してかかるぞ!」
おうっ、と野太い声が響く。
収集家たちは古い家々のことを遺跡と呼んでいる。例の拡張で出てきたという巨大な建物も、それにならって城遺跡と呼ばれているらしい。
本当に城かどうかはまだ内部を調べてみないとわからないらしいが、とにかくそれほど巨大ということだ。
普段は見回りや魔物退治に回っている人々も何人か加わって、収集家たちは三つのパーティに分かれた。話を終えたリーダーが瑠璃のいるパーティまでやってくると、軽く自己紹介が始まる。
二人のいるパーティにはココとコチルもいて、そこにリーダーも加わった五人パーティだ。他の二つと比べると一人、二人ほど人数が足りない。少数精鋭といえば聞こえはいいが、結果的にあぶれたようなパーティだ。それに、収集家のメンバーも他の二つのほうが多い。
「そして俺がリーダーのグレックだ。……しかしなあ。なんで嬢ちゃんまでいるんだ」
「面白そうだったから!」
「そうかい」
やや呆れたような声ではあったが、納得されてしまった。
そういう理由で動いても仕方ないと思われているのだろう。
もちろん、他パーティのメンバーの中には――理由はどうあれ、瑠璃が参加することに渋い顔をしている者もいる。だが、リーダーがいいと言ったのだからひとまず不満の声はあがらなかった。
パーティも違うし、何かあっても自己責任ということだろう。
「ま、足手まといにはなるなよ」
「はーい」
「ルリはともかく、意外なのはコチルだナ」
「……」
コチルは無言のまま顔をあげた。
「どういう風の吹き回しなんダ?」
「……気まぐれ」
それっきりだった。ココとグレックは顔を見合わせて肩を竦めただけだった
しばらくすると、グレックの指示で移動が始まった。
村の人々に見送られて出発するのは、物珍しい気分である。
移動中もある程度リーダーの指示で休憩などが行われたが、基本的にパーティごとの移動になった。他のパーティとは、休憩中に差し入れや交換などを行ったくらいだろう。
コチルやカインが寡黙である分、ココと瑠璃が喋り、グレックが合いの手を入れる。結果的にバランスのいいパーティであるように思われた。
みな、見知らぬ城遺跡に興奮しているのだ。
二日ほど行軍が続いた頃、誰かが叫んだ。
「見ろ!」
森を抜けた丘の向こうに、巨大な城壁が見えた。
叫び声とともに何人かが走り出し、思わず瑠璃も走り出した。
あたりはまだ魔力嵐の影響から回復して間もなく、木々は倒れ、やや荒廃の跡が見えていた。しかしその足下には確かに緑が生い茂り、廃墟と自然が調和したような奇妙な場所のようだ。
瑠璃が興味深く眺めていると、後ろから歩いてきたカインがその横に立った。
「あれが城遺跡……」
「城ってよりは、あれって」
城塞都市。
その名が二人の脳裏に浮かんだ。
城郭都市ともいうその作りは、領主の住む館を城壁で囲んだ作りだ。石作りとおぼしきその壁は、ぐるりと周囲を一周するように立っている。青色の三角屋根がいくつも覗いているのが城の部分だろう。内部からは緑色の木々が見えている。元々あったものが放置されて複雑に絡み合っているらしく、建物を浸食しているように見える箇所もある。
しかし建物自体も無事とは言いがたい。
あきらかにえぐれて、壊れている箇所もある。
城塞都市は街の人々の逃亡阻止という側面もあるが、一番は防衛のためにある。それが果たせなかったというのは一目瞭然だ。
あの都市は負けたのだ。
そしてそれはおそらく百年前――正確にはもっと年数は少ないものの――ブラッドガルドの迷宮拡張に対抗しきれなかった人々の現実なのだ。
それが、勇者とブラッドガルドの戦いによって再び姿を現わしたのだ。
歓声をあげる収集家たちと違って、カインは神妙な顔で都市を見ていた。
瑠璃がちらりとその顔を見上げると、カインは静かに言った。
「……ヴァルカニアは元々、小さな砦から始まったといいます」
「砦?」
「はい。ヴァルカニアの祖は、当時はまだ一介の領主に過ぎなかったシグルド卿という人物でした。彼は魔物から身を守るために小さな砦を作り、そこを”小さな庭”と名付けました。それが、ヴァルカニア――小さな庭の王、という名の国の由来だそうです」
「ほへー」
小さいと言われると首を傾げるところだが、他と比べてそうなのだと言われると納得するしかない。
もともとヴァルカニアは豊穣な土地を持つが小国であり、それゆえにブラッドガルドから土地を取り戻すという名目で狙われたのだ。
二人が話をしている間に、興奮した収集家たちが我先にと城塞都市へと向かった。
「俺たちも行くのナ」
「あっ、はい」
ココたちに促され、瑠璃も後を追った。
都市の手前にある水路も一緒に出てきたものらしく、橋の上では水が使えるかどうかの議論が少しだけ行われた。
橋を渡ったところにある城塞都市は、思ったよりも損傷が激しかった。
それは魔力嵐での損傷というだけでなく、何かが激しくやりあったような跡があちこちに散見された。魔物との最後の防衛ラインがここだったと否応なく理解できる。
「凄いぞ、家がこんなに並んでる!」
「中は? 中は無事なのか?」
「おおい! 誰かいたら、返事をしてくれ!」
各々が興奮して騒ぎ回る。
だが無理もないことだった。リーダーのグレックでさえ口笛を鳴らし、「こりゃすごい」と呟いたほどである。
コチルも目を丸くし、あたりを見回している。
「この石壁もまだ使えそうだナ」
「このままじゃ無理そうだが、資材が手に入ればずいぶんと変わりそうだ」
「ここの装飾は王家の紋ってところか」
「ああ。こりゃお宝だぞ」
都市の中は外と同じく損傷が激しかった。だが損傷はされていても、統一された家々が立ち並び、かつてそこに人の営みがあったことを如実に教えてくれる。内部にも階層らしきものがあるようで、左手側から石の階段が伸び、上へとのぼれるようになっていた。その手すりにも装飾の跡があり、かつてここにあった文化が高いことを証明している。
緑に溢れて植物が多いところも、おそらくは元々植物が植えられていたと考えられる箇所があった。
上の階層に立ち並ぶ家々も、ほとんどは損傷している。これを直すのは大変そうだとみただけで思ってしまう。
そういえば王家の紋とやらはどこだろう、と瑠璃があたりを見回していると、急に上から悲鳴があがった。
「うわっ!」
その叫びに呼応するように、グレックの足が地を蹴った。
壊れた手すりの上を蹴り上げ、ガレキのような階段を一足飛びで跳躍すると、収集家の一人に飛びかかった獣へと上空から飛び降りた。手が背中へ伸び、研ぎ澄まされた大ぶりの刃が獣を一閃する。体重とともに貫くと、重い音が響き渡る。魔物のギャッという小さな悲鳴が響いたかと思うと、ぴくぴくと痙攣したあとに動かなくなった。
グレックは息を吐きながら、血に濡れた刃を引き抜く。
ピッ、と小さな音を立てて血を振ると、肩にかける。
「浮かれるなよ、小僧ども! 魔物の巣になってやがる――こりゃさしずめダンジョンってところか!」
しばしの動揺が落ち着くと、収集家たちは不意に自分たちの目的を思い出したように声をあげた。
「え、ええー。リーダー凄い!」
瑠璃が驚きながら褒めると、グレックはにやりと笑った。
「なぁに、なんてことはねぇさ! これでも昔はコロシアムで第一線張ってたんだ!」
「そうなの!?」
「ああ! まあ、過去のことはあんまり詮索するもんじゃねぇけどな! はっはっは!」
そう言うと、グレックはその場に散らばっている収集家たちを振り向いた。
「よし、お前ら! 収集家どころじゃねえ――今からは冒険者とでも名乗れ! 俺たちは今から、魔物どもよりここを取り返す!」
冒険者という言葉に、収集家たちの目が輝く。
「目指すはあのバカでかい――王城だ!」
「はーい!」
瑠璃が声をあげると、それにつられたように他の収集家たちが咆哮をあげた。
三つのパーティはすぐさまに分かれて、広い内部の探索に移った。
「……驚きました。リーダーをやってるくらいですから、多少は……と思っていましたが」
階段をくだってきたグレックに、槍を下ろしたカインが言う。
「俺からすれば驚いたのはお前だぞ、カイン」
「……そうですかね……」
グレックが言ったのはおそらく、村で魔物を退けたときのことだろう。
「コロシアムにいたの、リーダー?」
瑠璃が尋ねると、グレックは頷く。
「ああ、負け無しの人気闘士だったんだぜ、これでも。最近はすっかりなまってたからちょうどいいさ」
「へえー。人気だったんだ!」
「おうよ。ところが、剣闘士にあこがれてコロシアムに降りたお貴族様に負けを強要されてなあ。ちょいとつついてやるつもりが、うっかり命まで奪っちまった。おかげで追放されてこんなところに来ちまった」
「ええ……」
「なあに、若気の至りってやつだ。はははは!」
そんな若気の至りがあってたまるかと思ったが、来てしまったものはしょうがない。
「つっても、俺以外にはあんま聞かねえほうがいいぞ、ここの奴らに過去は無い」
「ご、ごめんなさい」
「いいってことよ。それより、他の奴らに遅れを取る前に、俺たちも行くぞ」
「はーい」
後ろからココとコチルが追いついて合流し、四人は歩き出した。
歩いていくその背を見ながら、グレックは剣を軽く拭いてしまいこんだ。
ここにはたくさんの人間がいて、亜人がいる。
外から来た者たちは、ほとんどは過去を語りたがらない。旅人でもない限り。彼らの過去は、たいてい察しがつくものだ。
追放奴隷か、追放された闘士。
あるいはつまらない罪を犯して捕まった者。「帰ってこれば許される」ぐらいの罪を犯した者たちだ。
「……だがな。お前たちはいったい何をした?」
グレックはその背中へ問いかける。
「何をして此処へやってきた? ……ただの旅人とも思えねえ」
鋭く視線を動かした先には、瑠璃がいた。
始めて見る景色にキャッキャと驚いては、カインに宥められている。
何かが引っかき回されている気がする――その存在そのものに。
目を細めたグレックに、前を歩くコチルが振り向いた。
「どうした。リーダー」
「……ああ。今行く」
グレックは歩きだし、前を行くパーティへと急いだ。
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