荒れ地に行こう(10)
帰ってきたパーティは歓声とともに迎えられた。
瑠璃たち以外の他のパーティは魔物に苦戦したものの、群れのボスであったあの魔物を倒したことで力が激減。旧都はダンジョンとしての力を失い、魔物の集団としても統率を失った結果、一気に巻き返しをはかったようだ。
比較的傷の浅いメンバーで剣や布を収集し、手当の必要なメンバーと、今後の物資調達のための立て直しのため一旦撤退することが決まった。何人かの見張りを残したあと、他のメンバーは村へと戻ったのだ。
だが村へ戻っても、リーダーであるグレックは簡単な指示を出しただけで、旧都への同行はしなかった。
瑠璃はといえば、コチルの家で白湯を飲みながらカインに尋ねた。
「つまりあそこにあったのは、全部カイン君の血筋を証明するものだったってことだよね」
「まあ、そのようですけど……」
カインは渋い顔をしていた。
おそらくは王族にのみ伝わっていた魔術。継承されていた魔血印の紋章。そして何より王族と似た特徴。
あるかもしれないと思っていたものがほとんどあった上に、収穫としては上々だろう。
「嬉しくないの?」
「いや……そういうわけではないのですが」
だが、カイン以上に渋い顔をしているのはコチルだった。
家の中にはカインと瑠璃は当然として、主であるコチル、グレック、ココ、そしてどういうわけか鍛冶屋のペックも同席していた。
家の外からもどこから事情が漏れたのか覗き込んでいる者が何人かいて、グレックは思わずため息をついた。
ただひとり、ティキだけは『子供だから』という理由で部屋の外へと追っ払われ、ぎゃあぎゃあとわめきながら連れて行かれたのだが、他の者たちの口に戸は立てられなかったらしい。
「つまりなんだ、お前は……ここの血を引く王子だったってわけか?」
「ええ、まあ……。一応はそうなりますね」
「はあん、人は見かけによらねーなァ」
グレックはけらけらと笑う。
「だがまァ、だからなんだっていう話だな。お前がここを支配しようって言うなら話は別だが」
支配、という言葉を口にした時、ぴりっとした空気が一瞬走った。
それもそうだ。
今までこの村はほとんど平等だった。だがそこに、唐突に王の血を引くものがあらわれたのだ。今後そいつがどんな手段に出るか、慎重に吟味しなければならないのだ。
ただ、グレックがその空気を散らして笑い飛ばしていたのは確かだ。
そんなときだ。
「お前は――」
全員が、スッと伸びた手の先を見た。
その手はゆっくりと、しかし確実にカインの喉元をとらえ、胸ぐらを掴んだ。
「私たちを。……支配するために来たのか?」
コチルだった。
「……ぐ」
カインが返事をする前に、うめき声をあげた。
「ちょ、ちょっと。コチル!」
「支配するために来たのかと聞いた」
瑠璃の制止もきかず、コチルはカインの喉元を締め上げる。
「おいおい、落ち着けってコチル」
グレックが呆れたようにコチルを引き剥がす。
「まあまあ、リーダーの言う通りだヨ、コチル! みんなこの村が好きなんだヨ。ねっ、ペック爺さん?」
ココはペックにも同意を求める。
ペックが何か答える前に、ココはすぐに向き直った。
「今までみんなこーしてやってきたんだシ、いまさらだヨ。それに、カイン君も今までいわなかったってことはそーいう事でショ?」
「おう、そうだそうだ!」
窓の外から野次馬が同意する。
「ねえあれほんとにどっから話が漏れたの?」
さすがに瑠璃が尋ねるが、みな首をひねるばかりだった。
カインはようやく立ち直ったが、その表情は暗かった。
「……半年前……」
ぽつりと呟いた言葉に、グレックが声をかける。
「ん? なんだって?」
「……半年前……、ブラッドガルドが倒されました」
その途端、皆はぎくりとしたように押し黙った。沈黙は窓の外へも波及して、あっという間に静かになった。
ここがどういう場所なのか、みな知っているのだ。
思い出したと言っても良いだろう。
「ば……ばかなことを」
コチルの声は震えていた。
だがそのコチルを制したのは、じっと黙り込んでいたペックだった。
「小僧。順に話してもらおうか」
「爺さん……」
グレックが呟く。
「……今から一年ほど前、女神の加護を受けたという勇者が現れました」
カインは静かに話し出した。
勇者の出現はあまりに唐突だったこと。
魔術師や聖騎士の仲間とともに迷宮へと潜ったこと。
一年前というのが、ちょうど疑われて裁判にかけられた時期であること。
しかし女神の出現とともにそれが真実だとわかったこと――。
そして勇者と迷宮の主であるブラッドガルドが直接刃を交えたのが、ちょうど半年ほど前のこと。
「ここに来てから一ヶ月ほどが経っていますから、実際には七ヶ月かそれくらい前ですね」
「ちょ、ちょっと待て。一年前ってことは……その勇者ってやつは……公になって半年足らずでブラッドガルドを倒したっていうのか!?」
「はい。みな、驚きました」
当然のことのように言うカインに、さすがのグレックも半笑いになっていた。
「話によると、ブラッドガルドが怒りのあまりに迷宮そのものを揺らしたと。……噂の域を出ませんが、それほどの戦いだったということでしょう。おそらく半年前の『大拡張』が、それに当たるのではないかと思いました」
「あれは凄かったナー。地面も揺れて、魔力嵐が吹き荒れて」
ココは言って、何人かがうんうんと頷く。
「あれがブラッドガルドと勇者とやらの戦いだったっていうのか……とんだ迷惑だな」
グレックは笑ったが、どこか乾いた笑いだった。
「まあしかし、当初は信じられませんでした」
だが実際、ブラッドガルドは封印された。
迷宮から光が見えたと証言する者もいれば、とんでもなく恐ろしいうめき声が響き渡ったという者もいる。雷が落ちたような音がしたという者もいれば、女神が降臨したと証言した者もいた。
いずれの証言も眉唾だったが、ただひとつ。
抗えない真実として、迷宮は迷宮としての力が微量だが弱まってきていると判断された。それはブラッドガルド――つまりは迷宮の主が生きていてはありえない現象だ。
「封印の中で完全消滅を待てば、迷宮の魔力もある程度落ち着くはずでした。つまり、この土地の魔力嵐は収まって……」
「そ、それってサ、つまり……?」
「はい。盟約の通り、勇者の所属するバッセンブルグと教会のものとなった」
瑠璃が見回すと、みな、血の気が引いたような顔でカインを見つめていた。
「――その予定でした」
「予定?」
「はい。ブラッドガルドはまだ生きていたんです。つまり、復活の兆しがあるほどだと判断されたのです」
どこからともなくため息が漏れた。
「なぜわかる?」
ペックだけが冷静に尋ねる。
「まず、国に集まった王たちが何もせずに解散したことです。ブラッドガルド討伐成功を掲げ、あれほど鳴り物入りで各国の王がバッセンブルグを訪れ、終戦宣言が出るだろうと思われた中で――何もしないまま時が過ぎたんです。おそらくはまだチャンスがあると踏んだ者が少なからずいたのでしょう。
続けて、他ならぬ僕自身がそれを目撃しているからです。これは教会の調査団によって、確実に届けられる情報でもあるでしょう」
カインは、自分がかつて教会にいたことをかいつまんで説明した。
「じゃ、じゃあ、……大丈夫なんだよネ?」
「……可能性は無いとは言い切れません。少なくとも、女神が勇者という存在を選んだ以上、再びブラッドガルドと勇者の戦いが無いとは言い切れない。そして、もし……、新たな勇者が選ばれた場合、その勇者がバッセンブルグではない国を選ぶ可能性も」
「言い出したらキリが無いが……、振り出しに戻ったって感じか」
グレックは頭を掻きながら言った。
「しかし、どうして最初から話をしなかったんだ?」
「僕の出自もそうですが、ブラッドガルドが倒されたと言って信じましたか?」
「どうかな」
「面白いこと言うナーって感じだったよネ! たぶんネ!」
「おめーは気楽でいいな……」
呆れながらココへと言葉を放るグレック。
「しかし、まあ、なんだ。……俺たちは、遅すぎたのか」
グレックは足を組み直した。
「長い間、考えねぇようにしていた。だが、もうそんな次元の話じゃねぇんだな」
もはや無関係ではいられないのだ――という意識が見てとれる。
この小さな村には、外へ出たい住民と、ささやかな幸せのままでいたい住民とで意見は分かれている。
それでも魔力嵐があることで、「どうせ出られない」ということで一致していた。だがその住民同士の問答などもはや意味の無いものになっていたのだ。
これからはもう、その事実を受け入れられるかどうかになっている。
いずれ訪れる終わりのときに、どうするか。
見知らぬ支配者に服従するのか、抵抗するのか。
「……できない」
コチルがぽつりと呟く。
「できるわけない。そんなこと!」
再び吼えると、テーブルを勢いよく叩いた。
「私にはここしかない。そんなことさせない」
「落ち着けって、コチル。確かに俺たちにはもう行くところなんざ無ぇんだ。この村は……受け入れてくれた恩義と……それなりの愛着ってやつがある」
そうだそうだ、と外からも野次馬の声がする。
その声がひとつのざわめきになると、ペックが顔をあげた。
「それで。……お前さんはどう思ってるんだ」
コチルの視線が再びカインへと向かう。
「僕は今まで、この土地は取り返さねばならないものだと思っていました」
そう言うと、ひとつ息を吐き出した。
「だけどこの一ヶ月近く村にいて……わかりました。ここはもうとっくにあなたがたの場所だった」
ココを含めて、外にいる何人かが顔をあげる。
その表情には僅かばかりの希望が含まれていたが、代表して声をあげたグレックは冷静だった。
「そりゃどうも。だがよカイン、状況は変わらねぇんだ。結局、今のままじゃブラッドガルドの野郎が討伐されれば……、そいつのものになるっていうのか」
「そうですね。少なくとも一度はそうなっていたはずですから。そして、今度は各国も本気で動くでしょう、教会も含めて。復活直後のブラッドガルドならなんとかなるかもしれない、おこぼれにあずかれるかもしれない――その血を引く僕を殺そうとする程度には」
瑠璃は一瞬カインを見たが、その表情に動揺は無かった。
むしろ村人たちも一瞬目を丸くしたものの、この村がどうなるのかわからないという事実のほうが重要だった。
暗い影は不安として広がっていく。
「……僕を殺そうとしたのが何処の者かわからない以上、僕は他国にみすみすこの地を売るつもりはない。ここを諦めるつもりもない。僕の先祖は、休戦協定にすら参加させてもらえなかった。誰かの手に渡すくらいなら、僕はせめて、僕が選んだ人々と歩みたい!」
カインは吼えた。
あたりはしんと静まりかえっていて、誰もがカインに注目していた。
「……かつて……」
ペックは口にした。
「この村はもっと小さな村だった。儂の爺さんが昔、城の兵士をしていたらしくてな。王が最後まで残った事も知っていたよ。それでも敵わず、最後に残ったのはこの村だった。いつ潰されるかわからない恐怖の中で、いつか助けがやってきて、外へ出られる日を夢見ながら、爺さんは死んだ」
「……」
「外から迷い込んでくる奴らにいちいち絶望するのも疲れて、いつしかこの村は大きくなった。外へ出ることよりも、この中に籠もることを願う奴らも増えた」
外で何人かが視線を背けた。
「儂もこのままでいいと思った。叶うならずっと、このまま……小さな幸せのまま……、だが……世界はそれを許してはくれんのだな」
ペックが息を吐く。
「小さいなぁ……儂らはあまりにも小さい」
その姿は鍛冶をしている時とはずいぶん違っていた。
「……休戦協定は、あくまで休戦協定が主体です。しかしそれも、当時のヴァルカニア王族という管理者のいなくなった土地を、ドサクサに紛れて奪い合った結果――お互いに自滅した結果です」
カインは事実だけを言う。
「ブラッドガルド討伐による土地の譲渡は、表面上は『ブラッドガルドという怪物に取られた土地を人間の手に取り戻した功績を讃え、討伐者に譲渡されるもの』――」
「……表面上は、か」とグレック。
「ですがこれは、土地を取り戻すのに、討伐以外に方法は無いと思われているからです。……もし、先に何らかの方法で取り戻すことができたら? そしてそれが、旧国の末裔だったら?」
「……」
「……そして今後討伐が成功したとして、既に人間の手に戻っている土地を譲り受ける権利はあると思いますか? しかも、きちんと当時の末裔が管理している土地を。たとえ権利はあったとしても、当時のヴァルカニア王族は休戦協定から弾かれています。そんなものは知ったこっちゃない」
カインは目の前を見据える。
かつてブラッドガルドの前でわめき散らした姿はそこに無い。
「……あるのか。ブラッドガルドを討伐する以外で、方法が?」
「確かにブラッドガルドは、この国を征服した憎い相手です。でも、力で立ち向かっては……おそらく勝てない。女神に選ばれなかった、勇者でもない僕らは、違う方法をとらねばならない。たとえ、失敗したとしても。それでも僕は……、僕はこの村に存続してもらいたいですからね。それに、恩義もあります」
カインの目線がちらりとコチルを見た。
コチルは視線を外したが、その表情にさきほどの焦りのようなものは無かった。それでもどこか苦々しい顔で、小さく呟いた。
「……私は」
そのとき、扉のほうからばたばたと音がした。
何人かの制止を振り切って、ティキが無理矢理入ってきたのだ。
「俺はこの村がこのままじゃないと嫌だ!!」
「ティキ! おまえ……」
「外には行きたいけどさあ、村が変わるのなんてヤだぜ、俺は!! わけのわかんない奴らに支配されるなんてまっぴらだ!!」
ティキが叫ぶと、外にいた者たちも次第に声をあげはじめた。
「なあ、あるんだろ、方法? ブラッドガルドの野郎をぶっ倒す以外で、なんか方法が!」
わいわいと声があがる。
「約束しますよ。この国を取り返して、この村を存続させることを。そしてこの村から、再び国を再興させるために、どうか――どうか、ご協力お願いします!」
カインは頭を下げた。
「当たり前じゃん! ってーか、カインが王子とか全然見えねーんだけど!」
「そりゃそうですよ、一応は村育ちですし」
「でもめっちゃ下手じゃん」
「……人には得手不得手があるんです」
やや笑いが起こったところで、グレックが突然手を叩いた。
「……よし、俺は乗るぞ、その話。どうせわからん未来よりも俺は現実を取る。ここで足掻いたほうが何倍もいい」
「おう、どうせ過去なんかもうとっくに捨ててる!」
「あんな奴らに従うのはまっぴらだからな!」
「捨てきれてねーじゃねーか」
外から再び声があがり、わあわあとした歓声に変わった。
その中で、コチルがようやくカインを見つめた。
「……。ちゃんとお前が、約束を守るかどうか。見ているからな」
「わかってますよ。よろしくお願いします」
カインは大きく頷くと、コチルも小さく頷いた。
横から見ていたペックは、その様子に何も言わず、目を閉じた。
「だがどうするんだ? その方法っていうのは何なんだ?」
「はいはーい! ちょっといい~?」
瑠璃があまりに拍子抜けした声をあげたので、さすがのコチルの目もキョトンとした。
そもそもいままで瑠璃はほとんど蚊帳の外で、全員の目から離れていたのである。それが急に話を振られてこの反応だと、みな肩すかしを食らったような顔になる。
「なんだ、嬢ちゃん。今は大人の話し合いの時間だぜ」
「なんでだよ!! 私だってここにいるだろ!!」
さすがにツッコミを入れる瑠璃。
そして、ひとつ咳き込んでから続ける。
「んっとね。話をする前に、カイン君にひとつ質問……っていうか確認かな?」
「ええ、なんでしょうか」
「普通、こういう事話す時ってどうする? 例えば、戦争で一時的に取られた領地を返してほしいとか。それでなくても、なにかやってほしい、みたいな話がある場合とか、貴族の人とか王様とかはどういう対応してる?」
「ええと、そうですね」
カインは顎に手を当てて少し黙り込んでから、先を続けた。
「こちらから出向くこともありますが、基本的には招待です。特に珍しい食材や料理などで食事会を催すのが理想ですね。これも目玉料理次第ですが、そこから交渉に入ります。これは会議であったり、何らかの闘技や、時にはチェスなどの勝負をすることもあるそうです」
「うん、そっか!」
瑠璃が急にそこで話を断ち切ったので、全員がぽかんとする。
「……おい、ちょっと待て。嬢ちゃん」
「ん?」
「ブラッドガルドを国の偉い奴と同じように……交渉しようっていうのか!?」
「そうだけど」
あまりにあっけらかんと言うので、グレックは信じられないものを見るような目で見た。
「はは……、だがな、そんなのは理想論だぞ。……途方もなさ過ぎる」
「大体、どうやってブラッドガルドに連絡取るっていうのサ?」
ココが言った瞬間、ふと冷たい風が吹き抜けた。
なんだろう、と誰もが不安になった。
「こちらからわざわざ連絡を取る……必要は、無いと思われます」
カインの後ろから――正しくは瑠璃の後ろから。
その気配は暗闇となって、じわじわと浸食してくる。
まだ真昼なのにもかかわらず、妙に暗いと思った。体が熱い。それなのに、冷たい風は心地良くもなければ汗を奪い去ってもくれない。
「……もう、聞かれているんですよ。僕らは」
カインが呟くと、ぞわりとした空気が広がった。
先程まで盛り上がっていた人々も、一瞬にして黙り込んだ。
それが何なのか誰にもわからない。
しかし得体の知れないものが、急速にあたりへと広がっていった。寒気と怖気が足のつま先からよじ登り、払うこともできぬまま心臓をめがけて這い上がってくる。
「そうでしょう? ブラッドガルド公」
カインが瑠璃へと振り向く。
瑠璃が瞬きをするよりも早く、その影がひとりでに伸びた。壁に立ち上った影は人の形をしておらず、炎のごとく揺らぎ、蛇の形をとった。
「あ……、あ……」
「う……」
やがて蛇の目にあたる部分がぎらりと瞳のごとく光ったかと思うと、それは蛇からゆっくりと姿を変えていった。衣服と髪が広がり、その頭からは片方が折れた角が不気味に伸びる。
誰もが口から声にならぬものをあげ、動けずにいた。脂汗がたらりと落ちるのも拭うことができない。ただ目の前で自らの心臓を握られたかのようだ。小さな家の中のあらゆるものがカタカタと音を立て、動けぬ人々の代わりに虚しく振動する。小さく後ずさったのはグレックだけで、ジャリ、という小さな音だけが不穏げに耳に届いた。
「嗚呼。そうだな……」
地の底から響くような声が、耳から入り込んで脳を揺さぶる。
影から指先が、すり切れた衣服が、足先が、その体がずるりと出てきた時、誰もが声にならない静かな悲鳴をあげた。誰の口からも出ていないのに、脳の中で響き渡った悲鳴は、頭を揺らした。
あらゆる憎悪と恐怖とが駆け上がってくる。
古ぼけた家の中に闇が訪れ、此処が何処なのか、果たして村だったのかどうかさえ定かでなくなった。
その者を前にした時、誰もが戦慄に支配される。
「よくも我を呼べたものだ、小僧――」
世界最大にして最古の迷宮、その主にして、女神が敵と断じた最悪の魔物――ブラッドガルドがそこに立っていた。
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