《瑠璃とブラッドガルドのよくわかる世界講座 魔法編》

 それは普段と変わらぬ日のことだった。

 目の前には紅茶と、残ったドーナツ。


「ねえ、ブラッド君」

「なんだ」


 スマホを弄っていた途中、瑠璃は顔をあげた。


「ステータス魔法ってある?」

「は?」


 ブラッドガルドは、また変なことを言い出した、という感情をひとかけらも隠さぬまま言った。





「……貴様は、いまだによく解らんことを言うな?」

「あっその物言いは……さては無いな?」

「無いというか、なんだそれは」


 そもそもステータスの意味がわからないということに気が付いて、瑠璃は軽く説明する。


 現在使われている「ステータス」に、意味は二つある。

 ひとつは、社会的な地位や身分を現わす意味だ。

 例えば此処に『魔剣』なる強く高価な武器があるとして――「冒険者にとって魔剣を装備することはステータスである」としよう。

 魔剣を装備していることそのものが、冒険者の地位や強さの象徴となる。それがあって一人前、あるいは一歩抜きん出た存在として認めてもらえるようなものだ。

 そして、高価な強い武器を手に入れられるだけの金銭があるということは、それだけの強さや信用があり、時に名誉に直結する。

 ただし冒険者でない者から、「魔剣」は武器の中でどの程度凄いのかというのはわかりにくい場合がある。


 もうひとつが瑠璃の使った意味で、「状態」だ。

 パソコン用語などでも使われることはあるが、この場合はゲームで使う場合のことを指す。能力値など、強さを表わすものをいう。

 瑠璃が言った「ステータス」はこちらの分類だ。ステイタス、ということもある。

 レベルはもとより、能力値や体力魔力などを数値で示したものから、習得した技能やスキルなどを見られる。

 毒や石化などの異常を受けた際には「ステータス異常」と表現される。


「つまりはその人の強さとか、使える魔法とか、どんな特性があるかとか……あとは現状どんな異常にかかってるかが全部見られるってことだね」

「そんなもの自分で理解しろ」


 ざっくりと言うブラッドガルド。


「えーほら、自分の状態が全部見れたら便利じゃん?」

「知らん」


 おまけに、真顔で切り捨てられた。


「……と言いたいが、そういう魔術を開発すれば見られんこともない」

「おお! やっぱり!? ……というか、魔術って作れるんだ?」

「……」


 そこからか、という空気を感じる。


「貴様はこの檻がどうやって作られたと……」

「あ、そうか。なんかこの封印も魔法だったね?」

「……まあ、魔法というか魔術だな」

「魔法と魔術ってなんか違うの?」


 瑠璃が尋ねる。

 ブラッドガルドは紅茶を一口飲んでから、息を吐き出した。

 呼吸を整えるようにして続ける。


「……魔術とは何か、だが――」


 魔法と魔術の呼び名は曖昧だ。

 どちらも、魔力によって練り上げる同じ現象を指している。

 人によっては魔法といったり魔術といったりまちまちだが、たいてい意図するところはほとんど同じだ。


 しかしあえて違いがあるとするなら、魔法はより原始的なもの、ということだ。特に炎や氷を出したり、風を発生させたりといったものだ。それらの――火、水、風、土の四大精霊の基本的な力を魔力によって出現させるのが魔法だ。

 四大精霊が「世界を作った」という考え方は、女神の出現によってほぼ却下されているに等しい。しかし、魔術の根幹を成した魔法の始祖という意味ではまだ健在だ。


 では魔術はというと、魔法より一歩進み、魔術師によって改良されたものを指す。

 火の魔法もそれだけならば、その場に火を出すだけだ。それに竜巻のような勢いをつけて魔物に攻撃できるように改良したり、操れるようにしたりといったものが魔術だ。

 特に敵である魔物をなぎ払う術は現在に至るまで研究され続けている。


「魔法が古来からのシンプルなものに対し、魔術は、特定の詠唱や文字、媒体がどのような効果をもたらすかを考えて配置し、設計する必要がある」

「……設計……」


 それはだいぶ違わないかと思ったが、それ以上何も言えなくなる瑠璃。


「……この部屋を作っている忌々しい封印。倒せなければ閉じ込める――という発想なんだろうな、これは」


 中にいる者の魔力を奪う、封印術式。


 ブラッドガルド曰く「下手に動くと魔力を奪う」らしく、特に、鉄製の扉に近いほどそれは顕著になるらしい。扉は鉄製の扉に見えているだけで、実際にはそういうイメージの問題のようだ。封印の要のようなものであり、水袋の蓋のようなものだと説明された。瑠璃はむしろ膨らんだ風船の結び目を想像したが。

 ともあれ、扉に近くなるほど封印による警戒度は高まり、すぐさま対策がなされるのだという。


「……この異常なほどの強固な封印結界は、かなりの年月、優秀な魔法使いの雁首を揃えて練り上げられたものだ」

「ほー」


 なんでそんなところに自分の部屋の鏡が通じてるんだ、という疑問は湧く。


 ――こんな事実知られたら顎が開きそうだよなー。


 瑠璃は軽く思っているだけだが、この例えで言うなら既に顎は開きっぱなしのまま後ろにぶっ倒れているし、何人かは事実を受け入れられず寝込む者もいた。誤解とはいえ、宵闇の魔女などというたった一人に出し抜かれたという事実は、魔術師の高すぎるプライドを吹き消すのに充分だった。

 別世界と繋がっていることを知らずとも、事態は既に深刻だったのだ。


「だけどさあ、そもそもなんで勇者までいたのに封印? かなり強い人だったんでしょ。その場で倒すほどの力は無かったってこと?」

「……さあな。勇者にすらそんな力は無いと思われたか、何らかの政治的な意図が動いたのかもしれん」

「なんか急に政治的な意図とか出てきたんだけど……マジでなに?」


 瑠璃は真顔になる。


「封印結界が開発されたのは勇者の存在が知れ渡る前からのようだ。――魔術大国は長年の成果を使わせ、魔術師の存在を売り込み、台頭していた聖教会に一矢報いたかったのではないかね」

「なんかブラッド君が急にシャーロック・ホームズみたいに……!」


 探偵っぽい、という意味で瑠璃は使う。


「茶化すな。この話は終わりにするか?」

「あああ、ごめんて。……まあ、セージ的な意図があったのはわかったよ」

「……」


 本当に理解しているのかこいつ、というような目で瑠璃を見るブラッドガルド。


「しかし、いずれにしろずいぶんと趣味がいいものだ。戦力を大幅に削ったあとは、衰弱か餓死を待とうというのだからな」

「それ、趣味がいいの範疇なの? そういう問題なの?」

「何より奴らは我のことを、殺したいほどの相手であるにも関わらず、殺せないと思っていたようだしな」

「……何それ?」

「何故かは知らん。……自分で言うのもどうかと思うが、単純に我に対する恐怖なのではないか?」

「……へえ」


 瑠璃は微妙な反応を返した。

 恐怖と言われてもよくわからない。少なくとも現状は悪くないからだ。


「貴様はもう少し我に対して敬意くらいは持て」

「って言われましても」

「ふん。まあ期待はしておらん。貴様なんぞに敬われても虚しいだけだ」

「それはそれでどういう意味なの!?」


 瑠璃の憤慨も、ブラッドガルドは慣れたものだ。ちらりと一瞬見ただけで何も言わなかった。

 子猫が牙を剥いても所詮子猫、というようなものだろう。


「ところで、話を戻すと――ステータスの魔術だが」

「えっ、うん」


 やや忘れかけていたが、瑠璃はその一言で我に返る。


「そもそも、ステータスという概念は……貴様らがゲームをする上で、把握しているルールのようなものだろう。ゲームの中で使用できる技術、ゲームオーバーするまでの体力をわかりやすく数値化している、と言えばいいのか」


 瑠璃は頷く。


「では、その『ステータス』が確認できるという構造が、世界の……貴様の言うところの『システム』として存在しない限り、魔術で作るしかない」

「ふあっ? システム?」

「種を植え、水をやれば成長するように。心臓をナイフで刺せば死ぬように。魔力が魔法となるように。そういった基本的な現象をそう言った。そもそもステータス自体がルールの可視化であるなら、自分一人で見えていても意味が無いからな」

「え、そうかなあ? 個人情報危なくない!?」

「突き抜けているならともかく、魔力が十、という状態が強いか弱いか普通なのか、比較対象が無くてわかるのか?」

「……あー、魔法を出せばわかるとしても、比較対象は必要だよね」

「どちらにせよ最後はすべてなぎ払えばどれも変わらんがな」

「なんでブラッド君て発想がたまに脳筋なの?」


 多分その発想が原因で勇者に負けたんじゃないか――というのは口には出さないでおいた。

 もうちょっと自分の命を大事にしてほしい。


「脳筋ではない。人間より我のほうが強靱なだけだ、魔力的にも」

「それはそうだろうけど!?」

「それに、我に挑んでくるというだけで人間にとっては命が掛かっているだろう。それを無碍にしては名折れだ」

「……。一応信条があるのはわかったけど、なんで実際倒した勇者にはキレてんの?」

「女神が気に食わない」

「……そう……」


 即答に対しては、やや呆れを含んだ目で言うしかなかった。


「でも、ブラッド君がいくら悪い奴で人間より強くても、死ぬのは悲しいから気をつけてね……」

「は? ……まあいい、続けるぞ」

「うん」

「はっきり言うと、もしステータスなどというシステムが存在するなら、もっと早い段階で言語から数の数え方やら、単位というものは世界レベルで統一されている」

「うっ。確かに、誰でも見られるものを基準にしたほうが早い」


 それはもう社会のあり方そのものが変わってしまう。

 同じ剣を売るにしても微妙な攻撃力の違いを出したほうがわかりやすい。


「では、現状でステータスを確認する魔術を作るにはどうする?」

「えっ。……、基準が、要る……?」

「そうだ。それこそシステムで解れば楽だろうな。魔術の作り方は先ほど説明した通りだが……そのために単位の統一から始まり、体力をどう表示するか。どのような技術にどう名付け、区分けするか。更に、身体機能にどの程度数値があればどの特技が向いているか。それらを表示する魔術式を作り、更に時代が進んで新たな技術が出ればそれに適した数値や区分けを足していくことになる」

「うわめちゃくちゃめんどくさい」


 ストレートなツッコミだったが、ブラッドガルドも同意した。


「むしろそういうのこそ魔法でわからないの? 自動的に数値化したり……」

「……それを魔法で簡単に知りたい、というのなら、まずその魔術を作る必要があるな」

「うっ……なんかそれ、一つの魔術を作るのに、別の魔術が必要で、その魔術を作るのにまた別の魔術が必要っていうことになりそうな……!」

「まさにそれだな。魔力を視るのとはまた違う。一体の生物を分析し、基準を定めるにはそれ専用の魔術が必要になる」


 ブラッドガルドはそこで一旦言葉を止めたあと続ける。


「そもそもそういうものを魔術で知ろう、という発想がまだ無いのだ。あったとしても途方もない時間がかかるだろう。我が此処にいる間のことは知らんが――もしその間にそういう魔術ができたとしても、浸透するかどうかはまた別だろうな」

「浸透するかどうか……?」


 瑠璃は一瞬考えたが、すぐに結論にたどり着く。


「そもそも魔術を扱えるかどうかにも適正があるからな」


 魔術の適正が無くとも気軽に扱えるものならともかく、たかが自分の特性を見るためだけに膨大な魔力が必要になるとなれば、余計にごく一部しか利用できないことになる。

 便利なものは使えばいい。しかし現状、誰もが使えるわけではない。


「あー……そうか、改良して誰もが使えるようになるにはしばらくかかる……」


 スマホだって鞄みたいな携帯電話の時代から進化を繰り返してここまで来ているのだ。


「じゃあ『鑑定』の魔法とかも難しそうだよね」


 これもゲームでよくある魔法だ。

 辞典がなくともアイテムの正体がわかったり、拾ってきた剣が何の素材で出来ているか、どんな魔術を施されているかわかる――そういうものだと説明する。


「そういう魔術が専門で使える者が一人いれば、パーティで奪い合いが発生するだろうな」

「そのレベルなの!?」

「それはそうだろう。歩いて喋る辞典が人の形でついてくるようなものだぞ。貴様のスマホのようなもの――と考えても良いが、入力の手間や検索が必要ない。現状では一つ一つ解析するだけの魔力や労力を考えれば頭に入れたほうが早い」

「なんかその、自分でやったほうが早いってあるよね。どんなものでも」


 鉛筆で字を書くのと、鉛筆に字を書かせる機械を作るのとでは、行為だけで見れば自分で書くほうが早い。


「魔術で自動化してこそ、というのは解るがな」

「そりゃねえ……」


 どれほど自分でやるほうが早くても、それが現代の技術を発展させてきたのだ。


「それに付け加えると、貴様の国では新たな魔物――魔物はいないか。虫だの草だの発見されることはもう無いのか?」

「えっ……いや確かに、キノコとか虫とか未だに新種が発見されてるけど」

「そうだ、そういったものが出てこればその度に加えなくてはならんしな」

「うわめんどくさい」


 辞典に加えるという意味では確かにそれは必要だが、魔法が使えればすぐ解りそう、程度に思っていた瑠璃には余計にややこしい行為に思えた。


「なんか世界に存在するウィキペディア的なものにアクセスしたりできないの!?」

「あれば楽だろうな」

「だよね!?」


 遠回しな「無い」に対して瑠璃は叫んだ。


「大体、魔物でも眷属あたりになるとどんどん出てくるからな」

「眷属?」

「種によっては落とし仔などともいうが、基本的には魔物と呼ばれる……我のような高位種が自ら作り出す手足のような生物群だ。魔物の集団のリーダーに付き従う者たちのことを言うこともあるが、基本的には高位種が生み出すものだな」

「やばそう」


 真顔になる瑠璃。

 現実においてはタツノオトシゴなどが「竜に似ているが竜ではない」という意味の由来を持っているが、ファンタジーや創作物に出てくる落とし仔はたいていグロテスクだ。


「何を考えているのかは知らんが、そこまでではない」

「じゃあブラッド君もいたの? 眷属」

「……いない。必要のないものだ。作ろうという発想が無かった」

「ふうん、そっか」


 そういえば前に部下とかいないって言ってたな、と思い出す。

 それは眷属がいないということも含まれていたのかもしれない。


 瑠璃は紅茶を一口飲んだ。


「なんか最初の話じゃないけど、魔術ってプログラムみたいだよね」

「……なんだそれは?」

「こういう場合に使う時は、命令とか処理、って意味かな? 携帯ゲームとか……ああほら、さっきブラッド君がスマホっていったけど、この動きとか」


 瑠璃はスマホを取りだして、横にスワイプして画面を変えた。その動作をブラッドガルドも覗き込む。何度かスワイプしたあと、適当なアイコンのひとつをタップすると、地図が起動する。


「指で『こういう動作を入力したら、こういう風に動くように』、っていう命令を内部でしてるってこと。このアイコンは地図が起動するけど、地図には地図で、ピンチアウトしたらそこを大きく表示するとか、反対に小さく表示するとか」


 瑠璃は二本の指を大きく広げるように動かし、画面を拡大させる。表示範囲は日本地図から関東周辺の地図へとぐいっと狭まった。


「……そう考えれば同じかもしれないな」

「ねー?」


 画面を見ていた瑠璃は、ブラッドガルドの目が鋭くなったのを見逃した。


「でも、私みたいに実際に使ってる人にはどういう動作で動いてるとかまったくわかんないけどなー。ブラッド君が使うのはわかるんでしょ、自分でプログラムした魔術なんだし」

「我は魔法だろうが魔術だろうが感覚で使うがな」

「ここまでの話を秒で覆さないでもらえる!?」


 さすがにそれについては即座に言ってしまった瑠璃であった。

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