21話 みたらし団子を食べよう
「……なあ、もうそろそ……ひっく、どれくらいたつう?」
酒場のカウンターで、酔っ払った無精髭の男が言う。
「はあ? 何だ急に」
もう一人の茶髪の男は、呆れきった目をして言った。
「何がって、ブラッドガ……ひっく、ぅルドのめーきゅーだよ!」
「言ってることが支離滅裂じゃねえか。……迷宮がどうしたんだよ」
だが何か思うところがあったのか、茶髪の男は先を促す。
「あの勇者が……ひっく、ブラッドガルドをフーイン? して……、もうどれくらい経った? それなのにまだ……入れねえなんて……」
「そうだなあ、遅すぎっていうのはわかるぜ。終戦協定で正式にこの国の所有物になるだろうし、面倒なこともそれまでの辛抱……とは思ってたんだが」
冒険者を後押しするバッセンブルグにとって、ブラッドガルドの迷宮は資源のひとつだ。魔力の渦巻く巨大な迷宮は素材や魔力鉱石の宝庫でもある。特に眷属と呼ばれる者たちは、体の核として魔力が結晶化した質のいい魔石を残す。ブラッドガルドの眷属は存在しないが、他の魔物の眷属がたくさんいる。
それだけではない。特に教会や上流階級には「魔物の餌」などと揶揄されているが、物好きな貴族は名を伏せた上でこそこそと迷宮に生える食物を取り寄せて研究している。彼らの発する依頼は実入りが良く、好評だ。
教会としては迷宮をどうするつもりだったのかは知れないが、勇者は間違いなく冒険者であり、冒険者の英雄でもあった。誰の加護を持っていようと関係はない。あの迷宮は世界最大の冒険地であることには違いない。
終戦協定が行われれば、少なくともまたあの迷宮の資源を取りに行くことができる。多くの冒険者も、冒険者相手に商売をする者たちも、そう思っていた。それなのにどういうわけか、協定の締結よりも先に、調査の名目で聖騎士団が派遣されるという噂まである。
「どうせ教会は……ヒック、あそこを自分のものみてえに思ってやがるのさ」
「でも、勇者は女神の加護を持っていたんだろう? 冒険者でもあったけれど、教会のものでもある。そういうことなんだろうさ」
「ふんっ! 確かにそうだ。だけどなあ、あそこは元々……オレたちが踏破してたんだ!」
テーブルが叩かれ、どんと音が響く。
「それを横からかっ攫いやがって……」
その言葉を最後に、ぶつぶつと何を言っているのかわからなくなってきた無精髭の男。茶髪の男はその姿を見てため息をついた。近くにいた給仕を呼び止め、水をくれないかと頼む。
しかし、茶髪の男も思うところが無いわけではない。
冒険ができない。それ即ち仕事ができないと同義である。
言い訳としては、何階層かの下が崩れて侵入できないということだが、それ以上に一時的に教会の管理下に置かれた結果だ。早々に他国のダンジョン目的に旅立った同業者もいるが、再び潜れるようになるのを信じて国に残った結果、浮浪者へ落ちた冒険者も出てきている。
冒険者たちの苛立ちは日に日に募り、抑えきれなくなってきていた。
「……まったく、本当にな。教会の奴らはあそこを何だと思ってるんだ……」
*
「……貴様は此処をなんだと思っているのだ」
ブラッドガルドがそう尋ねたのは、瑠璃の衣服が私服だったからだ。それも、そのまま寝てしまっても構わないようなリラックス感溢れる部屋着である。
「えー? だって靴下、濡れちゃったからさあ。ついでに着替えただけだよ」
瑠璃はマグカップでお茶を運んできながら、なんでもない事のように言う。
「最近、こっちは梅雨の季節だから。……あ、梅雨ってのは、春と夏の間にある雨とか台風の多い季節のことね」
「それはわかったが、自宅にいる感覚ではないか……?」
「私からすればまさにそれなんだけど」
真顔で言い放つ瑠璃。実際そうなのだからどうしようもない。ここは隣の部屋どころか、むしろ瑠璃の部屋からドア型の鏡で直接繋がっているという状況は、気を抜くなというほうが無理だった。
加えて、ブラッドガルドの軽い魔術のお陰もあって、ある程度清浄な――ある意味では正常な――空気が保たれていることと、最近は光明の魔術も明るさを強めてくれているのも、気を抜く原因だった。
とはいえ、その分ブラッドガルドのボロボロさが目立つのでなんとも言えないところだが。
人間に変身していた時は衣服も魔術を施して仕立て直していたようだが、この姿であの衣服だと変だ、という理由で元に戻してしまった。布さえあればなんとかなるようだが、確かに身長や体つきも違うから、元の姿であの服だと変かもしれない。
「……まあ、此処に閉じ込めた奴らがこの状況を見たときの反応を想像すると愉快ではあるな」
「うん、きみそういうとこあるよね」
瑠璃は適当に流した。
ブラッドガルドも本気で衣服に対して文句を言いたかったわけではなかったらしい。
「というわけで、今日のおやつはみたらし団子~」
「……梅雨とみたらし団子は何か関係があるのか?」
「いや全然関係無いけど」
「……」
透明なプラスチックのパックの中に、四つほど串刺しになったみたらし団子が三つ並んでいる。
「でもねえ、夏の風物詩には関係あるかも」
「ふん?」
瑠璃はパックを開けると、串を手に取った。
団子を引き抜くと、濃い黄金色の蜜のようなタレが、とろりと糸を引く。
「食べる時は串には気をつけてね」
みたらし団子を渡しつつ言い、自分の分を取る。
そのまま、一番上の団子をぱくりと口の中に入れた。甘いタレが舌の上に広がる。串を引くと、柔らかな白い球体を崩しつつ引き延ばした。
もぎゅもぎゅと口を動かす。
「んー、美味しい!」
とろりとした甘だれも、柔らかな白い団子に絡みついて広がる。
口の中でとろけるんじゃないかと思うくらい柔らかいくせに、歯にくっつかないのもいい。油断は禁物だけれど。
ちょっと品が無いと思いつつも、串に残った白い残りを歯で削り取る。串についた部分を舐め取ると、口の端についた甘いタレを指で取った。
「蜂蜜……ではないな?」
「うーん。基本は砂糖と醤油に片栗粉か葛粉。あとは水を混ぜてー、作る?」
「……醤油、は聞いたことがないな」
「大豆を発酵させて作る調味料ね。辛い部類だよ。これは一旦舐めてみないと味がわかんないかもしれない」
「しかしこれは甘いが」
「砂糖と醤油をどういう比率で入れるかによっても違うんだよ。その比率も地位差があるみたいだし」
瑠璃は首を傾いだ。
「みたらし団子自体も色々と味は違うと思うけどね。会社とかお店とか……あ、でも……名古屋はそもそもが違うみたい」
「地域差もある、と?」
「うん、えっとね」
団子といっても店によって様々だ。
特に使用される粉や材料によるところが大きい。だから、店や会社によって団子の性質に多少の違いがあるのは当然のことだ。
だが、名古屋に関してはみたらし団子の味付けそのものが違うようだった。
「お母さんが子供の頃、近所にあったっていうお店の話なんだけど……、そこのみたらし団子は、もっと甘辛さががっつり濃い感じだったって言ってた。こんな風に甘いタレじゃなくて、焼き目ももっと濃かったって。それが普通のみたらし団子だと思ってたんだけど、大人になってから、スーパーとかで全国流通してるみたらし団子が全然違ったから、驚いたって言ってた」
瑠璃は言いながら、軽く黄金色のタレを指先でつけて舐める。甘い味がした。
名古屋風みたらしと言われるみたらし団子は、こうした甘いタレではない。見た目も違っていて、数も五個だ。焼き目も濃く、近火で焼く為に串の先が団子から飛び出ていたりする。団子も砂糖を使用しないもので、タレ自体も醤油を使用した甘辛ダレを使用する。これもまたひとつの形であるといえよう。
「……なるほど。その形が自分にとって慣れたもの……普通だと思っていれば、実は少数派であっても気が付かないと」
「そうそう」
瑠璃は笑いながら頷いた。
「で、話を戻すとね」
スマホの画面をスクロールし、それらしいところを読む。
「団子は古いお菓子の一つだって。粉食分化が始まった頃からあるみたいで、お餅とかと一緒らしいよ」
「古い菓子?」
「どんぐりやならの実なんかはアクが出るんだって。そのアクを抜くために、粉にして水にさらして、お粥や団子にして食べていたって」
その言葉に、ブラッドガルドは何か気付いたように目線をあげた。
「……ああ、似た形だとは思っていたが……エルフやゴブリンが昔から食っているな」
「おー! 森にいそうなエルフはわかるけど、ゴブリンもそうなんだ?」
「……木の実だけではなく、捕まえたミミズあたりも……こう……」
「わかった。とりあえずその話は後にしよう」
両手を使い、すりこぎで虫を潰すような動作をし始めたブラッドガルドに、瑠璃は真顔で言い返す。
「どうして『団子』って呼ばれるのかは……諸説あるみたいだね」
唐菓子の「団喜(だんき)」から説や、団の字は丸いという意味があるので団子説など色々あるが、はっきりしない。
「だから、特に元祖ってものは無いみたい。全国で自然発生的に作られるようになったんじゃないかって書いてあるね。さっき、みたらし団子自体も味が色々って言ったけど、お団子そのものにまで広げると、お彼岸団子とか花見団子とか、色んな形のお団子があるよ」
串に刺さないものや、そもそも丸い形ではないものまである。
「ではみたらし団子も自然発生した、と?」
「あー、ううん。みたらし団子に限っていえば、明確な由来があるみたいよ」
瑠璃は画面をスクロールしながら、少しだけ記事を選別する。
「日本に京都っていう古くからある町があるんだけどね。そこの下鴨神社の末社で、土用の丑の日の前後に御手洗祭(みたらしさい)って神事が行われるんだよ」
別名「足つけ神事」ともいい、祭壇までを境内にある御手洗池と呼ばれる池を裸足で通るものだ。途中で火をつけたロウソクを祭壇に供え、無病息災を願う。
もともとは当時の貴族が罪や穢れを祓う風習が姿を変えたものらしい。
「とりあえず、神前に出る前に身を清めるとかそういう感じだと思ってくれればいい、かな? 病気にならないように手を洗ったりとか……」
さすがに罪や穢れの概念を一言で説明するのは難しい。
「…………ほお」
「うーん。難しい?」
「いいや、そんなことはない。続けろ」
「そっか。それじゃあ先に進むけど――」
瑠璃は目線を一度スマホに向けてから続ける。
「それで、当時のみたらし団子っていうのは、五個で一串。神事では、神前に供えて祈祷を受けてから、持ち帰って醤油をつけて食べるっていう習わしだったのね」
「それも意味があるものか?」
「うん。まずは、後醍醐天皇っていう……まあ当時の日本の王様が、池の水をすくったら泡がひとつ、それから少し遅れて四つ浮き出てきたっていう話がひとつ。もう一つは、人間の五体に見ててあるって説。ここでは五体としか書いてないから、頭、両手、両足か、頭、首、胸、手、足、のどちらかだと思う」
「人の体に見立てて清めたものを食うことで、自分の身を清める……というようなものか」
「多分そうなのかも?」
何故か納得させられてしまう。
泡の数にしろ五体に見立ててあるにしろ、どちらにせよそこで売られているみたらし団子は一つだけ他の団子と離して刺してある。
「それで、最初は醤油だったんだけど、次第に甘い醤油だれに変わったんだよ」
「ほう。……しかし、この団子は四つではないか。もう一つはどこへ行ったんだ?」
「ああ、それは……関東のほうは四つなんだよ」
関東で売られていたみたらし団子は、最初は五つだった。
最初のうちは五個で五文で売っていたのだが、江戸時代に四文銭が使われはじめたので、勘定しやすくするために一つ減らしたらしい。
「……ああ、なるほど。金銭の変更は此方でも色々あったと聞くからな。それに併せて……というのは合理的かもしれん」
「おお、そうなんだ?」
「機会があればそのうち話すこともあるだろう。……それで今は四つになったのが広まっていると?」
「そんな感じ。……ああでも、それ以後にまた三つに減らしたところもあるよ」
「また何か起きたのか……今度はなんだ」
「『だんご三兄弟』が流行った」
「……」
ブラッドガルドは無言のまま止まった。
「うん、あの、急に意味がよくわかんない単語が出てきたら止まるのもわかるよ!?」
「そうだな。気が進まんが、早急に説明を要求したいところだ。気が進まんが」
二回も言われた。
「『だんご三兄弟』は一九九九年に子供向け番組で歌われた歌だよ。それで子供たちの間でめちゃくちゃ人気になったんだ。
人間社会では『社会現象』っていって、『ある物事が社会全体に急速に浸透して影響を及ぼすこと』があるの。社会現象を巻き起こす、って言い方が一般的だね。
この場合は特定の歌だけど、どこでもその歌が流れて、CDがバカ売れして、テレビで流れて、キャラクター商品や楽譜も売れに売れて……みたいな」
「…………なるほど」
無理矢理自分を納得させるかのような声だった。
「……子供の間で流行った、というなら多少は理解できるが」
「大人も巻き込んでたみたいだからね……。だんご屋が繁盛するのはともかく、替え歌や『三兄弟』ってつける揶揄が流行ったけど、マスコミが煽った部分も大きかったみたいで、ブームはそのまま沈静化したんだ。
瞬間的な爆発力って威力があるけど、飽きられたらそのまま終わりも早いから。歌を作った人は長く歌い継がれる曲になることを望んでたみたいだし、あんまり歓迎ムードではなかったみたい」
「……それで団子が三つになったのか? ブームに便乗して?」
「ブームの沈静化と一緒に売れなくなった所もあるみたいだし、みたらし団子で三つって全然見かけないかも。私が生まれる前の曲だから、もう私が聞いた時には普通に楽しい曲って感じだったから……聞いてみる? 探せば動画あるかも」
ブームが沈静化したあとは、本来の対象年齢層に人気になったらしい。
しかし『三兄弟』という言語はそのまま残り、今でも使われているようだ。
「それにはテレビのような機能もあったのか……」
「テレビっていうか、まあインターネットの動画サイトに繋いでるだけだけど……。あと、歌や音楽の一部が頭の中で強制的に流れたまま離れない現象って『イヤーワーム』って言うらしいよ」
「何の話だ」
結局、さすがに(違法なので)動画サイトにアップされているようなものは無く、曲を聞かせることはできなかった。
だが、ちなみに後日の話――。
「この前、みたらし団子食べた時にだんご三兄弟の話をしたんだけど」
「話題が急すぎない?」
「あっ待って思い出したら曲が頭に」
「瑠璃に私の秘蔵映画を貸すから一旦この話題離れよう」
瑠璃は友人たちにイヤーワームをまき散らした。
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