閑話3 side:B

 ――……ネズミがいるな。


 ブラッドガルドは目を細めた。

 妙な魔力が近づいてきている。

 自分が此処に封印されてからどの程度なのか定かではないが、おそらく中の自分がどうなっているのかを確認するためだろう。

 この数ヶ月、ブラッドガルドの魔力は回復傾向にあった。すべてを取り戻すにはまだかかるだろうが、それでも普段とは違う魔力が近づいてきているのを感知できる程度には回復していると気付く。


 ――この魔力は……あの魔術師の娘か。もう少しぐらい眠らせろ。


 実際眠ってはいないのだが、自分の生存はもう少しくらい伏せておきたかった。

 それでも、いつかは知れることだ。

 手を片方だけ翳すと、やんわりと深い闇が立ちこめた。自分の姿を隠すように、目隠しをする。


 ――さて、どう遊んでやろうか……。


 その代わりに、ブラッドガルドはあるものを取り出した。

 それは、瑠璃の携帯ゲーム機だ。


 少し前、ブラッドガルドは瑠璃の携帯ゲーム機を預かることになった。

 ブラッドガルドが所望した雑誌と一緒に手渡された物だ。中間テストが近いしどうせ遊べないから、という理由だった。どうも雑誌を暇つぶしに見ていると思っているらしい。半分は当たっているので反論はしなかった。

 瑠璃がプレイしているのを見てもさっぱり何をしているのかわからなかったが、それでもしばらく見ているうちに遊び方や目的も理解した。


 音量スイッチを横にスライドさせて、音が出ないまま起動させる。

 それからゲーム画面が現れると、設定を少し弄る。それぞれ記号化されたアイコンがついているので、字が読めなくてもある程度わかる。音声とSEを最大に、BGMとシステム音をゼロにした。

 次に選ぶのは通信対戦。

 更にキャラクターを一人、適当に「剣聖ヴェイン」という剣を持ったキャラクターを選ぶ。

 そして、この時間に開いている暇人たちの部屋の一つを選択する。瑠璃のランクだとまだ序盤から中盤程度の実力のところしか選べないが、似たようなものなのでそれで良かった。

 四人対戦の四人目となると、すぐに試合が始まった。

 画面が変わると、明るくポップな村のようなステージに切り替わる。


 ”レディー? ゴー!”


 その瞬間、ブラッドガルドは音量スイッチを横に思い切りスライドさせた。


『剣聖ヴェイン、参るッ!』


 合図の後での「魔の一秒ラグ」と悪い意味で評判の名乗り口上とともに、剣を構える音が部屋中に響いた。

 ブラッドガルドがボタンを押す音は、それに比べれば小さなものだ。

 キャラクターが飛び上がり、上の足場に乗る。


『ハァッ!』


 そこにいたキャラクターに弱攻撃で剣を振り回す。高ジャンプとともにマントが翻り、マントにしてはやや重い布の音がした。剣の音といいマントといい、ブラッドガルドからすればどうにも妙に聞こえるのだが、こういうのはわざとらしいくらいがちょうど良く聞こえるのだと瑠璃はもっともらしいことを言っていた。

 着地からのジャンプを二度繰り返して画面右側へと進み、対戦キャラの一人を足場の隅に追い詰める。


『たあっ!』


 強攻撃、剣で大きく切り払う。相手側からの反撃である蹴りを魔法盾で受け止めるが、技を発動しようとした一瞬を取られた。相手側の体術めいた正拳突きを受け、足払いからのアッパーをまともに喰らってしまった。ダメージは受けたが、飛ばされた衝撃からすぐさま反転して体勢を立て直す。

 相手の眼前に着地し、ようやく技を発動させた。捉える。目にもとまらぬ早さという触れ込みの、残影とともに連続突きを繰り返す。

 相手の獣人は小さなうめき声をあげながら吹っ飛んでいった。

 だが、連続突きの後の一瞬を突かれた。


『これでいかが?』


 ――む。


 宵闇の魔女、という二つ名のキャラクターに頭をつかまれ、連続ビンタを食らったあとの顎への膝蹴り。それから続けざまに魔女の技が発動した。逃げようとボタンを押すも、衝撃波をまともに喰らい、投げ出されるように場外へと吹っ飛んでしまった。


『うわあああーっ!』


 なんとか足場に戻ろうとしたが、画面外に落ちてしまった。

 だが、まだだ。対戦中は一度だけステージに復帰できるが、ライフというものが消費される。つまり、二度画面外に落ちてしまうと負けだ。


『いっくよお!』


 もちろん四人で対戦しているのだから、別のキャラクターの声もする。もう一人はいかにも魔女になりたてという(瑠璃は”魔女っこ”と呼んでいた)少女のキャラだ。


『まだまだだぜ!』


 吹っ飛ばされた獣人が戻ってくる。すぐさま技が発動した。


『来い! フェニックス!』


 召喚されたフェニックスなる機械鳥が画面を横断していく。


『フローズンフラワーッ!』


 今度は画面に氷の華が咲く。

 その合間を縫うようにステージの上から剣聖ヴェインが戻ってくる。


『まだまだぁっ!』


 再び剣を構える。

 ゲージがマックスになったのを見ると、ブラッドガルドは超必殺のコマンドを押した。


『剣聖の名の下に――断ち切る! 炎陽ッ!』


 剣聖が上空へと飛び上がり、天空から落ちながらステージそのものへと大切断を放った。炎陽、の名の通り炎に関係するのを示すように、ステージの足場が一瞬にして炎に包まれた。足場から逃げ遅れた者たちは悲鳴をあげて吹っ飛ぶが、炎のほうが音が強かった。

 だが、その炎から逃れた者が一人。

 逃げ延びた魔女のキャラクターへ、足場へ落ちながら斬りかかろうとする。だがうまくガードを発動され、盾を突くような音が響いた。

 その直後。


『遊びの時間は終わり――』


 魔女のゲージが消費され、超必殺技が繰り出される。

 ブラッドガルドは反応しようとしたが、遅すぎた。かろうじて戻ってきたもう一人のキャラにとっては不幸なことに、剣聖と二人揃って時が止められた。真昼だったステージは夜に変わったようだ。


『お仕置きは、たっぷりね』


 呪文とも思えぬ言葉を吐くと、魔女の超必殺技が発動した。時を止められた二人に降り注ぐのは、巨大な黒紫のドラゴンの首だ。

 思い切り吹っ飛ばされる二人。


『きゃあああーっ!』

『ぐああああーーっ!』


 二人揃って効果音とともに、ステージ上から退場させられる。


『そんなあ~っ』

『こんな、ところで……っ』


 各々の敗北台詞は、今度ははっきりとしていた。

 見えぬ相手との戦いとは妙な心地だ。だが、どんな手段であれ、戦い方に無駄のない人間というのはいるらしい。ステージ上に一人残った魔女へと画面が寄っていき、足下から胸元、そして魔女がポーズをつける映像が流れる。

 You lose(敗北)、の声がする直前に一瞬音量を下げる。


「見事だ、宵闇の魔女」


 純粋な称賛である。

 実際のところは宵闇の魔女の使い手に対してだが、参加者の名前が読めないのだから仕方が無い。

 一番惜しむらくは、対戦相手の耳には届かないことだ。なんとももどかしい。


『うふふ。遊び足りなかった?』


 音量をあげると、魔女が勝利口上を述べた。

 一位から四位までのキャラクターが発表され、ポン、ポン、と対戦相手から挨拶のスタンプが送られてくる。

 それぞれ「お疲れ様」「負けた~」「やったね」のスタンプを送られ、ブラッドガルドもかろうじて教えてもらった「お疲れ様」のスタンプを押した。瑠璃に「それさえ押していれば間違いない」と言われたのだ。無用なトラブルも避けられる、ということで。


 が。現実のトラブルの方はいまだ回避できていなかったらしい。

 指先が音量スイッチをゼロに戻しても、いまだ気配は消えない。向こうの魔力がどの程度かは知らないが、ギリギリというところだろう。


「……ネズミがいるようだな」


 ブラッドガルドはわざとらしく言うと、この場所を探査している魔力に目を走らせた。

 彼の魔力が大きく動いたことで、結界の防衛機能が発動する。ブラッドガルドの魔力を喰らおうと手を伸ばしてくる。だが、今の彼はその程度で怯むことはない。


 ここには今、三つの魔力が渦巻いている。

 結界。

 ブラッドガルド。

 そして探査をしている人間。

 結界を形作っている魔力は、ここにいる間に嫌というほど感じていた。ゆえに、あまりに容易に探査者への魔力を掴むと、そこから軽く魔力を逆流させてやった。それから、無造作にブツリと魔力糸を切ってやる。


 もう少し潜伏していたかったが、魔力での探査をやられた以上、どうせいつか知れる。それならいっそのこと新しい玩具でからかってやれという腹だった。


 ――反応が無いのはつまらんが、まあいい。


 だが実際のところ、これは彼にとって予想以上の結果をもたらしていた。

 ブラッドガルドが生きていることに加え、本来なら彼しかいないはずの空間から見知らぬ者の声がすれば驚きもする。

 しかし、とうに現代の技術に慣れた当人はともかく、耐性のない人々はパニックに陥っていた。その上、勝利した「宵闇の魔女」のキャラクターは、ブラッドガルドに手を貸した脅威と見なされてしまったのだ。

 それに当たる人物はいるといえばいるが、魔女どころか魔術師ですらないし、評価のほうも「迷い込んだ猫」である。


 そんなことは知るよしもない人々は、ショックで頭が真っ白になっていた。

 加えて、冒険者――それも二つ名を名乗るような人物が――入り込んだか誘い込まれたかして倒されているのは、より重大な案件だ。

 人間たちは驕りと誇りは同時に叩き潰されたことになる。


 かくして地上では、存在しない「宵闇の魔女」探しに舵が切られる。

 そんなことになるとは露とも知らず。


 ――もうすぐ奴が来るのに、ネズミと遊んでいる暇はないからな。


 ゲーム機のスイッチを切ると、テーブルの隅へと追いやった。

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