4日目

勝ち残った姉のご友人は自らを赤松祐希あかまつゆうきと名乗りました。名前通り暗めの赤色で髪を染めていて、上背があり、スポーツが得意そうな、筋肉質な体をしていました。彼女に手を引かれた時、その握り方が強くてつい声をあげてしまいました。それくらい力が強いし、私に憎しみを抱いている様でした。


私たちは昨日争いが終わるころにはもうすっかり暗くなっていたのもあって赤松さんの家で一泊しました。翌朝、ホームセンターで少し買い物をして赤松さんに連れられるまま一緒に人気のない山を登っていました。

赤松さんは運動が得意なようでぐんぐんと歩いていきますが、私は愚図でのろまな上にホームセンターで買った刃物やショベル、ブルーシートなどを持っているので遅れてついていくことになります。振り向いて私が遅れていることを確認するたびに赤松さんは顔をしかめて舌打ちをしました。赤松さんが私を見る目はぐちゃぐちゃに潰れた生ゴミとか、自分の周囲を飛び回る羽虫を見るような嫌悪に満ちたものでした。


「さっさとしろよゴミ」

「本当にごめんなさい」


山の中腹まで来たところで赤松さんはここで休憩にしようと言いました。私たちは先ほど買ったブルーシートを広げ腰を下ろしました。多分私はこれから殺されてこのブルーシートに包まれて埋められるのでしょう。

こんなに水がおいしいと思ったのは今までで初めてです。


一息ついていると赤松さんはぽつぽつと語り始めました。


「私はさ、お前の姉さんが好きだったんだ」

私も私のお姉ちゃんのことは大好きでした。


「真奈はさ、友達がたくさんいたけど誰に対しても誠実に関わってたよな。そんなに気を遣わなくていいって言ってもそれだけは聞かなかった」

「そう思います。私の姉は完璧で最高の存在でしたから」

ああ、とだけ返事をした赤松さんは少しだけ優しい目を私に向けました。


「私はさ、見ての通りスポーツが得意でサバサバしてるキャラに見えるだろう。私のことを好いてくれる子たちもさ、カラッとして明るくて裏表がない私のキャラを好きだったんだ」

「そうだったのですね」

姿勢を変えようと手を動かすと今朝方購入したショベルに手が触れました。鉄製のショベルで、これから私はこれで殺されるのだと思うとまだ鏡のようにピカピカな輝きに目を奪われます。


「でも真奈だけは違った。私が案外じめっとした性格をしてても、ファンシーでかわいいもの好きでも関係ない。私のことを好きでいてくれた。多分私の表面上のキャラを好きな奴らだって私のそういう側面を受け入れてくれたとは思う。でもそれはさ、ギャップがあってかわいいとかそういう話で、私自身じゃなくて男勝りでスポーツ好きの女がかわいいものを好きっていうありがちなキャラクターを好きでいてくれるだけだ。違うんだよな真奈とは」

「赤松さんにとっても、やはりお姉ちゃんは素晴らしい存在だったようですね」

「……」

「いだっ!」

赤松さんはおもむろにショベルを手に取ると私に向かって無造作に振るいました。ショベルの掬い部の側面が私の左二の腕に当たり、切れて血が出ます。


「痛いです。赤松さん」

「は?気持ち悪いんだよお前。なんで他人事みたいに話せるんだ?」

「な、何がでぎゃっ!」


赤松さんはショベルを野球のバットのように思い切り振って私の顔を叩きました。私は後ろに倒れて頭をぶつけました。喉の奥に鉄の臭いと生暖かい液体が流れるのを感じて、鼻血が出ているのだと認識します。意志とは無関係に涙が出てきました。


「なあ、なんなんだよお前は。本当に気持ち悪いな」

「ご、ごべんなさい」

ズシュ


私のすぐ耳元で刃物が土に刺さる音がします。赤松さんがショベルの刃先を私の顔のすぐ横に突き刺したのでした。反射的に避けていなければ私の目を突き刺していたでしょう。


「っち、避けんなよクズが。まあいいや。痛くて泣いてちゃ話もできないからな」

「な、なんなんですかあなた……怖い……お、お姉ちゃん助けて……」

赤松さんは私に憐れむような目を向けました。


「なあ、佳奈って言ったっけ?」

私は死ぬ覚悟が、殺される覚悟ができていたはずなのに急に赤松さんが怖くなってガタガタと体が震え始めました。止めなきゃと思うのに震えが止まりません。

「聞いてんだよ、おい!」

「っひ!ご、ごめんなさいごめんなさい。答えます。佳奈です。私の名前は白石佳奈です。叩かないで!」

「なんなんだよ。なんでお前みてえなやつが真奈の妹なんだよ!このくそったれ犯罪者が!」

「ぐぎゅ」

赤松さんは私の顔を踏みつけて踏み躙ります。鼻と口から靴裏の土が入って大地の味を感じます。口の中に嫌な感じがしてぺっと吐き出したくなりましたがそれを許してはくれないでしょう。


「なあ佳奈。なんでだ?なんで殺したんだ?真奈はお前にも優しかったろ。殺すなんて意味がわからねえよ」

「が、がわいぞうだっだがら」

「は?真奈がかわいそう?」

「はい゛、私なんかが妹で、ごれがらも私の面倒見なきゃいけなくて、それがすごくがわいぞうでじだ」

「なんだよそれ、お前がまともになりゃ済む話だろうが!身勝手なんだよお前は!恵まれてるくせに!恵まれてるくせに!」

赤松さんがショベルを振りかぶって私の顔面を叩きつけますが私はそれを手で防ぎます。しかし私の細腕で抑え切れるわけもなく腕が一部切れて、叩かれた勢いのまま自分の腕を自分の顔にぶつけて鼻が潰れます。

赤松さんは声を荒げて私を罵っていましたがそのうち静かになって、すうっと目から怒りが消えて、私に冷徹に命じました。

「これで穴を掘れ」


そう言って自分の持っていたショベルをこちらに投げて寄越しました。


ああ、これから私は殺されるんだ。その事実が実感を伴って私を襲い、姉を殺した私なんか死んでしまえと本気で思っていたのにすごく怖くなってきました。

「嫌、嫌。死にたくない。死にたくないよう……」

「穴を掘れって言ってんだよ!今すぐ殺されてえか!」

「ひいっ」

私は殺されるのが怖くて、殺された後埋められるための穴を掘り始めました。


私が穴を掘っていると赤松さんはそこらの倒木に腰掛けて私の働きぶりを眺めていました。そして姉との思い出を少しずつ私に話して聞かせました。

出会った時からどうやって仲良くなっていったか。一緒に遊んだこと、楽しかったこと嬉しかったこと、喧嘩したこと仲直りしたことお姉ちゃんに助けられたこと。沢山の思い出と関係の積み重ねがあって、それを壊したのは私なのでした。姉にはこんな素晴らしい友人がいたのに、私はなんてことを。

私は申し訳なくなって、泣きながら穴を掘りました。


「妹。その石お前じゃ掘るのに時間かかるだろ、貸しな」


赤松さんは穴掘りに苦戦している私を見かねて穴を掘るのを少しだけ代わってくれました。「疲れたろ。少し休んでな」そう言って先ほどまで赤松さんが腰かけていた倒木を指さし、リュックに入っている水を飲むことも許してくれました。


赤松さんは黙々と穴を掘ります。ザクッザクッという音と鳥の鳴き声だけが聞こえます。私は昨日怖くて眠れなかったし、慣れない運動をしたし、赤松さんとも打ち解けて安心したので急激な眠気に襲われました。少し切られた腕とか、思いっきり叩かれた鼻とかがじんじん痛み始めますがそれも心地よい痛みになって、「ああ眠いなあ」なんて思いながら一回だけ首をこくりとすると次の瞬間肩に手をかけられました。


「妹、良く寝てたな。できたぞ、お前の穴」

私が目を開けると辺りはすっかり暗くなっていました。そして目の前には人影が。ここはうすら寒いしきっとお姉ちゃんが上着を持ってきてくれたのでしょう。お姉ちゃんは優しいですから。

「あれ、お姉ちゃん?……じゃない!」


赤松さんは何も言わず持っていたショベルで土を一掻き分私の顔にぶちまけました。


「ぶえっ、げほげほ」

赤松さんは口の中に土が入ってしまい咳き込む私の髪の毛を掴んで立たせました。

そして咳が落ち着くのを待って、顎を掴んで無理やり目を合わせて話しかけてきます。

「よし、じゃあ死のうか妹。少し話してお前は無能の愚図だとは思うけどそんなに悪い奴でもないと思ったよ。出会い方がちがけりゃかわいい妹分みたいに思えたかもしれないな」

赤松さんがショベルを振りかぶったのを見て私の頭の中に殴られた時の痛みが一瞬で強烈に蘇ってきて体が震え始めます。

「あ、あああ、嫌、ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい。やっぱり死にたくないです。ごめんなさい何でもするから殺さないでください、いやあ!」

赤松さんは辛そうな顔をしながら私の体を思い切りショベルで叩きました。顔や首ではなく胴体を殴ったのは愛着が湧いたからでしょうか。


「痛い、痛いよお……助けて、お姉ちゃん助けてよお」

「お前が、お前が殺したんだろ!っざけんな!」

赤松さんは素手で私の顔を思い切り殴り飛ばしました。疲れて足腰がふらふらになっていた私は自分でも驚くほど吹き飛んで地面に倒れ込みました。


「なんなんだよお前は。私だって殺しまではしなくてもいいと何となく思い始めてるのに、だけどお前が真奈に助けを求めるのが気に食わねえ許せねえ。お前だろうが、お前が殺したんだろうが! なんで殺したんだ! お前が真奈を殺しさえしなけりゃ私だってこんなことしなくてすんだのに! なんなんだよ、お前はなんなんだよこのゴミクズが!」

学校の先生が不良の生徒を怒鳴りつけるくらいの大声で私は罵られます。こんなに大きな声で話されたことはあんまりなかったので私はすごく怖くなって頭の中が真っ白になって何も見ないように手で顔を覆ってお姉ちゃんに助けを求めることしかできませんでした。


赤松さんはうずくまって泣いて謝っている私に容赦なく蹴りを入れてきます。こんなに泣いて謝っているのに、お姉ちゃんも死んじゃって私はこんなに可哀想なのに、何でも言うこと聞くって言ってるのに、なんでこんな酷いことができるのでしょうか。


「もうやだ。怖いのも痛いのも死ぬのもやだ! やだやだやだ! 赤松さんが死んでくださいよお」


私は素早く地面を這ってリュックの中に隠し持っていたお姉ちゃんを殺した包丁を取り出します。お姉ちゃんを助けてあげたこの包丁はきっと私のことも助けてくれるでしょう。木々の間から差し込む月明かりが銀色の刃に反射します。この輝きだけが私を救ってくれる一筋の光なのです。


赤松さんも私が包丁を手に取ったのを見てショベルを拾って構えなおします。

闇に閉ざされた森の中で、月明かりが照らす二つの銀色だけが不自然に輝いていました。











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100日後に殺す百合 白情かな @stardust04

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