第4話 解釈と曲解は違う
少々寝不足ではあるが、イブラヒムはいつものようにそつなく仕事をこなし、スレイマンとの講読の時間も流れるように訳読をし、近頃、一番の楽しみとなっている「質疑応答及び雑談の時間」となった。
「どうだ、その後考えたか?」
猫は本当に神を知っているのか、という問いに“答えられない理由”を答えるものだ。
「ええ……それほど自信のある答えとは言えないのですが、猫によるのかと」
「……猫による……?」
スレイマンが首をかしげたところを見るとやはり違うのか。
だが、興味深そうに見ているので思ったことを言ってしまうことにした。
「ですから、神を知ることのできないトルハンのような普通の猫と、神を知り、神を畏れるスレイマン様のような猫がいるのではないかと」
「……ちょっと待て、後半、何なのだ……」
“スレイマン様のような猫”といきなり言われても、スレイマンには何のことかわからない。イブラヒムは気にせずに続けた。
「しかし人はそれらをまとめて“猫”として認識するから、結局のところ、”猫は神を知るのか”という問いに答えられないのではないかと思ったのです」
「いや、予想していたのとは違うものだが、なかなか面白い。範疇の問題として考えたのだな、なるほど」
「スレイマン様はどのようなお答えを……?」
「私はもっと単純に考えていた。“猫は神を知っているか”そのことに私は答えられない。何故なら私は神ではないから」
「あ……」
「ある意味ずるい答えですね。それであらゆることが言えてしまう……」
すべてを知っているのは神のみ。だから、他のことについては「神ではないからわかりません」という答えが真理となる。
「ああ。だがそれが、私の“答え”にも関わる。だから聞いたのだ」
スレイマンの答え。
そうだ、別に猫が神を知っているかを知りたいのではない。
「そなたが一番知りたいであろうことから答えようか」
スレイマンはくすっと笑った。
そうだ。自分たちが“もっと親しくなること”が許されるか否か。
論点はそこなのに、地球だ猫だと焦らされてきた。
「答えて下さいますか?」
膝の上に跨がらせるようにスレイマンを載せ、口付けた。
「ああ……」
スレイマンも今までのようには振り払わず、自分の方から身体を寄せてきた。
熱を持った身体が、互いを求め合っているのがわかる。
(これだけ時間をかけたから、ここまで強く求め合うことができたのかもしれない)
スレイマンの方に焦らしたつもりはないにしろ、やはり自分は焦らされたし、そのことで、想いが深まったのは間違いない。
だが、そうしたつらさも、結ばれれば甘い思い出に変わる。
イブラヒムはスレイマンの身体を更に強く抱き寄せた。
しかし、スレイマンの口から出てきたのは、甘い愛の言葉ではなかった。
「我々が求めているようなことは、聖典では許されてはいない」
その言葉にイブラヒムは背筋から血が引いていくような気がした。
この期に及んで何故、そう言うのか。
“許されていない”、確かに一読するとそのように読める。
しかし、“我々が求めていること”と言った。スレイマン自身、それを求めているのなら、何とか曲解するのが法学者の仕事ではないのか。
「言っておくが、曲解するのは偽法学者だ。私はそなたへの想いを意識するようになってから、手に入る限りの注釈書を読み、何とか解釈を試みた。だが、私には無理だ。どう考えても、私たちの求めていることは禁忌で、それをねじ曲げることは法学者を目指す者としてできない……どうした?」
蒼白になっているイブラヒムに、スレイマンは冷静に声をかけた。
「ええ、いえ、流石にこの展開は予想しなかったもので……」
軽さを装って見たが、動揺は隠せない。
「……私が肯定する
ちょっと待て。判決文などと大仰な。裁判でもあるまい、たとえ禁忌であっても黙っていれば問題ない。
今までも、そして帝国の多くの男たちもそうやって男や宦官同士で肉欲を貪っているではないか。
何故、そこまで厳密であらねばならないのか。
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