第5話 幽閉場の一角

「やっぱり、いーね!サン様はこう、子宮にズキューン!っとくるねぇ」


お気に入りの韓流ドラマのDVDはエンディングロールを流し始めた。大好きなサン様は主役はあまりとらなくなったけど、脇役でもいい味を出してくれている。なんと言ってもセクスィーなのだ。セクスィー。


「色々と大洪水だわー」


ティッシュで目から出ているよだれを拭いた。ギシリ。わざと音が出るように作られている廊下から足音が聞こえる。襖の向こう。足音じゃない、雰囲気で叩きこまれるように感じる禍々しい気配。ふにゃふにゃになっていた背中がシャンとする。襖が開く。肩幅が広く逆三角形になる体にスーツがよく似合う。顔も決して悪くない、切れ長でいっそ繊細さまで感じられる目。しかし、どれだけの人間が彼の顔を正面からとらえることができるだろうか。あまりの威圧感に彼の側近ですら、彼の顔を思い出そうとすると彼がいつも履いているジョン・ロブの磨かれた靴が出てくるらしい。しかも最近の彼は輪をかけて機嫌が悪い。


「また胸糞悪いドラマでもみていたのか」


「人聞きの悪い。私の心のデトックスだよぉ」


母親の私ですら、注いでやるウィスキーの瓶の口がカタカタとバカラのグラスに当たる。本当に私が産んだのか疑いたくなるよ。まぁこの業界の跡取りとしては最高だが。


「親父が死んだってに、いい気なもんだな」


「やだねぇ、心じゃ泣いているよ」


ウィスキーを渡すとき、錠矢の顔は見なかった。泣きゃしないよ。知らないと思ってんのかい。あの人が死んでたのは月姫の部屋だった。錠也だって、あの人が自室で死んだことにすることを優先させて、月姫を逃したことが、あの人の死より悔しいくせに。


 あの人と錠也、二人の月姫に対する愛情は異常だった。あの人の実の娘、錠也の異母兄弟だというのに。この広い屋敷の外に出さないことが当たり前のようだった。


それほどにあの子の美しさは異常だった。


あの男の血が半分入っているとは到底思えない。病床で見た彼女の母は確かに美しかったが、それでもあの美しさの証明にはならないほどだ。名前の通り、どんなに星が光る空でもくっきりと輪郭を見せる月のように彼女はただひたすらに美しかった。それも幼い頃から。あの人はまるで国宝のように、月姫を奥の部屋へあてがい、すべての教育は先生を家に呼んで与えた。そして、これがまた異常なのだが、毎週土曜日になるとあの人は庭に月姫をだし、歌や踊りをさせていた。それをあの人の腹心と錠矢は酒を飲みながらそれはそれは楽しそうにするのだ。いくら美しいとはいえ、そこまでするかね。私もサン様は大好きだが、囲おうとは思わない。


「鳥かごの鳥は、ちゃんと籠に戻さねぇとな。」


「何だって?」


「お袋も今、月姫のことを考えていたのだろう。ちゃんと捕まえるさ。美しさには正しい観賞法があるからな。」


その笑顔はどす黒い。背筋も凍るほどに。


「・・・やっぱり、私じゃ役不足かねぇ。意外といい声で鳴くんだがねぇ。ピヨピヨ。」


恐ろしいほど顔をゆがめられた。捕まらないで欲しいねぇ。うちの息子を異常にするあの子は。

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月に雪、かかるは虹 K.night @hayashi-satoru

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