アフロで雪だるま

にとろげん

アフロで雪だるま


「アフロ!!! めっちゃアフロ!!!」


 俺がこんな語彙力になってしまっているのも無理はない。

 実際目の前の光景を表す最適な言葉は『アフロ』だから。


 幸せそうな顔で寝ている俺の親友、マイケル(本名:田中健二)のアフロ頭が、天井を突き抜けて遥か遠くまで膨らんでいる。屋根がぶっ壊れてるのに、アフロが蓋になっていて部屋が暗い。


 わけが分からない? それは俺に言わせてほしい。


 「思い出せ……どうしてこうなったよ?」


 記憶は昨日の夜まで遡る……。


 俺は昨日街で偶然再会したマイケルと、俺の彼女である未来みらいと三人で、再会を祝して飲み会を開いたんだ。

 久々の親友との再会で酒の進んだ俺たちは、帰る頃にはベロンベロンに酔っぱらていた。仲間内で『肝臓が超合金』と呼ばれるマイケルでさえ、「これビールじゃなくてウーロン茶だから!」と言いながらスクリュードライバーを飲んでいたほどだ。


 まあ、ここまではただの楽しい飲み会である。問題はその帰り道。


 俺たちは酔ったテンションに任せて見るからに怪しい露店で『毛生え薬』なるものを買った。

 別に三人ともハゲてはいないんだが、アルコールでアッパラパーになっていたもんだから、箸が転がってもおかしかった。


「これで明日起きたらアフロ倍になってんべ!」


 そう言いながらマイケルの頭に毛生え薬を一本ドバドバ塗りたくったのを、記憶の片隅になんとなく覚えている。


 そして現在……。


「倍どころじゃねえ!」


 部屋が半壊しても生存していたテレビには「毛髪に酷似した隕石衝突か!?」というテロップが踊っている。

 続いて映し出されるどっかの宇宙ステーションから提供された写真は、アフロが地球の上に乗っかって、さながら雪だるまのようだ。


 俺は一応大卒だが、経済学部では『友人のアフロが宇宙へ飛び出した場合』なんて講義は残念ながらなかったので、こんな時どうすればいいのかわからない……。


「アレ? 未来……?」


 自然と助けを求めるように彼女の姿を探してみるが、同じ部屋で寝ていたはずの未来の姿が見当たらない。


 俺が嫌な予感に急かされて未来に電話をかけると、微かに聞き覚えのある着信音が鳴る。


『~♪』


 どこかくぐもったような音を耳で必死に辿ると……それはマイケルのアフロの中から鳴っている。


「ウソだろオイ……」


 ちなみに経済学部では『彼女が親友のアフロに飲み込まれた場合』という講義もなかった。



「クソ……! 未来、絶対助けるからな!」


 しかし彼女を助けたいという気持ちは、講義を受けていなくても湧いてくる。


 俺は押入れにしまっておいた爺ちゃん譲りのバリカンを引きずり出してきた。

 古臭いと思って嫌だったそれが、今は勇者の剣のように見える。


「すまねえ、マイケル。また薬塗ってやるからな」


 そして未だ眠る親友に詫びると、バリカンのスイッチを入れた。


「うおおおおおおおお!!!」

『ヴイィィィィィィン!!!』


 音を頼りにしながら、一心不乱にアフロの中を突き進む。


 眼前一面が毛髪、毛髪、毛髪……。

 変わらない景色に前後不覚になりながら、モスァ……という微妙な感触のアフロの壁を上るのに苦戦しながら、それでも未来を助けるため、俺の体は止まらなかった。



 ――ズバァ!


 無我夢中で掘り進んでいると、アフロの中で今までにない開いた空間に出た。陽光が髪の隙間から差し込んでいるのか、少し明るく見える。


「ほう、客人か」


 暗闇から聞こえる声。

 ズシズシと重みのある足音を響かせながら、ソイツは姿を現した。


 「アタマジラミ……!?」


 タワシのような寸胴な体に、凶悪な鉤爪の形をした6本の腕。生理的に嫌悪感を覚えるその姿は間違いなくアタマジラミだ。

 以前に虫嫌いな未来に無理やり画像を見せて、ガチ説教をされたからよく覚えている。


 しかしコイツはおかしい! 2mはあろうかという巨体に、そのうえ人語まで解している。


「嬉しいねえ……人間サマに名前を憶えていただけるなんて」


 アタマジラミは不敵に笑いながら、準備運動のように鉤爪をゴキゴキと動かす。


「昨日の夜突然栄養がぶちまけられてね? 米粒ほどの大きさだった我々もすっかりこの通りさ。まったくアンタには感謝してもしきれないよ」


 そして礼を言いながら、その黒い目でギラリとこちらを睨んだ。


「でも、ここを荒らされるのは困るんだ。出て行ってもらえるかな?」

「ふざけんな! 未来が俺を待ってるんだ!」


 俺と巨大アタマジラミの戦闘が始まった。


 俺の振りかぶったバリカンの一撃を、アタマジラミは難なくかわす。

 そして巨体に似合わない俊敏さでアフロ中を駆け回り、俺を翻弄する。


「クソッ……」

「はっはっは……少し遅すぎるんじゃないのか?」


 子供と遊ぶように笑いながら迫る素早い攻撃に、反撃などする余裕もない。

 どうすればいいんだ……どうすれば……。


『落ち着け』


 なっ……! マイケル!?

 俺の頭の中に、マイケルの声が響く。


『いいか、逆に考えるんだ。攻撃をしようとするんじゃない』


 攻撃をしない……? そうか!


 俺は全力でアフロの壁に向かって走り出した。


「オイオイ、今さら逃げるのかい?」


 アタマジラミはことさら愉快そうに言うと、踏ん張るように力を溜めてから猛突進を仕掛ける。

 その巨躯が俺を押しつぶさんとする瞬間に、バリカンのスイッチをMAXに入れた。


「ぐあああああああ!?」


 バリカンでその体を削られるアタマジラミが、苦悶の声を上げる。


 そう、アタマジラミは俺を狙ってくるのだからそこに構えていればいいのだ。

 俺はあえて狭いアフロ際に行くことで攻撃の方向を絞り、ヤツのタックルを迎え撃った。


「ぐ……があっ」


 そして自らの体重でバリカンにめり込んでいったアタマジラミは、やがてその体から力を無くして崩れ落ちた。



 興奮と恐怖であがった息を整えて、俺はすぐに立ち上がる。

 未だ未来はアフロの中だ。


 残念ながら使い物にならなくなってしまったバリカンに別れを告げ、俺は素手でアフロを掻き分けることにした。



 どれだけ髪の毛を押しのけても、また髪の毛が現れる。




 だんだんと意識が遠のいて、毛をつかむ手からも血が滲む。





 ……もう何時間経ったのだろうか。髪の毛が遠い。






『~♪』



「……ッ!」


 いつの間にかオフにしていた俺のスマホから、ひどく懐かしいように感じてしまう音が鳴り響いた。

 ボロボロの手で画面を見れば、そこには未来の文字。


 未来に会いたい。


 止まっていた手が、また動き出す。 


_____________________________________



「あー! 何で電話でてくれなかったの!」


「未来……?」


 もう考えることすらできなくなっていた俺の前に、愛しい彼女の姿があった。

 衝動を抑えきれず、俺はフラフラと走り出す。


「未来……未来ッ……! 会いたかった……!」


「えっ!? ちょっともう、どうしたの?」


 グジャグジャの顔で未来に抱き着いた俺は、子供のように声をあげて泣いた。

 最初はびっくりしていた未来も、すぐに黙って俺の頭を撫でてくれた。



「そっか……私のためにたくさん頑張ってくれたんだね」


 二人きりでアフロの上に座って月を眺めながら、未来にこれまでの経緯を話す。


「ああ、後でマイケルにも謝らないとな」

「そうね。私も一緒に謝ってあげる!」

「あはは、ありがとう」


 周りを見渡せば一面満天の星空が俺たちを包んでいる。

 そして隣には、大好きな未来がいる。


「でも、今はもう少しだけこのままがいいかな」


 地球とアフロの不格好な雪だるまの上。

 俺と未来はマイケルに悪いなと思いつつも、この幸せな時間をかみしめるのだった。

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