5 現代ファンタジーが嘘になるところでしたぜ。消えた持ち主
「それで、王子様はどうしてこんなところにいらしたんですか?」
「王子様って言われるのはむずがゆいから、別の呼び方にしてくれないか」
「なんと奥ゆかしい方でしょう。そういえば、まだお名前を伺っておりませんでしたね」
「名乗るほどのものではないさ」
「まあ、自己を主張しない謙虚な心持ちなのですね」
『話が進まない。とりあえず名乗りなよ』
「申し遅れた。刃渡瑛理というものだ。気軽に瑛理様と呼んでくれ」
『気軽さ』
「承知いたしました瑛理様ー」
『素直か』
疑うということを知らない、純粋無垢な反応を少女は返す。あまりにも素直な受け答えに、さすがの瑛理も心中穏やかではなかった。もしかしたらこの子はやばい奴なんじゃないかと、疑念に満ちた表情が漏れ出していた。
もしここで、適当な理由をつけて下着姿になれと命じれば、呼吸をするようにあっさりと実行してしまうのではないだろうか。危うい無垢さにゾクゾクした。真っ白なキャンバスに墨汁をぶちまけるような征服感を味わえるかもしれない。
ゲスい想像を察したのか、少女は瑛理の尻を蹴り上げた。
『良からぬことを考えてないで、とっとと本題に入らないか』
「っ。そうだ、まりね先輩に訊きたいことがあるんだ」
「訊きたいこと、ですか。私で答えられることならなんでも答えますよ」
「どうしたら世界が平和になるのだろうか」
『質問が壮大』
「うーん、そうですねー」
まりねは両人差し指を額に当てて考えるポーズをとっていた。
やがて、何かを悟ったようにしとやかな表情を作った。
「愛……ですよ」
『答えも壮大。やってられるか!』
少女は地団駄を踏んでいた。あまりにも進まない話の内容に、イライラが募っているようだった。瑛理は、いつもカリカリしていて大変そうだなあと思っていた。
「それじゃあ次の質問だが、元生徒会長ともあろう人がどうして留年になったんだ?」
「その件でしたか。それには複雑な事情がありましてですね」
「生徒会長が卒業に至れないほどの事情。一体どんなことなんだ」
『ボクもこの話題は流石に気になるよ』
瑛理と少女は、まりねが語り出すまでジッと待っていた。
生徒会長を務めるほどの人物が卒業できないなんて、常識では考えられない。想像もつかないようなドラマティックな事情が待っているはずである。
瑛理と少女は、ワクワクと胸を躍らせていた。
そして、ついにまりねは語り出した。
「ちょっと頭が悪くて、全教科赤点取っちゃいました」
「がっかりだよ」
『がっかりだよ』
瑛理と少女の感想は、がっちりと一致した。
非常に白けたムードに、そのまま部屋を出て行きたくなったが、左手に巻いたシュシュがはためいた。そうだ、もともとの目的はこのシュシュの持ち主を見つけることだった。
やっと本題を思い出すことができたが、瑛理は有益な答えを得られるとは思えなかった。可愛さと素直さが取り柄ではあるが、実際は少々残念なおつむをしている元生徒会長に、期待値は大暴落していた。
ぞんざいな口調も隠そうとせず、適当に疑問を口に出すことにした。
「知らなくても構わないんだが、このシュシュに見覚えってある? まーあっても覚えてないと思うけど」
「えーとどれどれ。ああ、これは明乃ちゃんのシュシュですね」
「やっぱわかんねーよなあ、そうだよなあ……ん? 今何か言った?」
「はい。これはおそらく、私の同級生の
「まりね先輩がまともなことを言ってる」
『君は本当に失礼だな。でもちょっぴり同感だ』
「なんだか失礼なことを言われてますか?」
「気のせいだ」
「なんだ、気のせいでしたかー」
『チョロい。卒業をさせなかったことが正解とすら思えるくらいに』
「それで、持ち主がわかったなら返したいんだけど、もう卒業式は終わっちまったからいないよな。なんとか連絡を取れないか?」
「うーん、それは難しいですね」
「連絡先を知らないのか?」
「連絡先どころか、行方知らずなんですよねー」
「は? 今日が卒業式だったんじゃないのか?」
「実は式で卒業生としての決意を話してもらう予定だったのですが、直前で失踪しちゃったんですよね」
『もはや事件だよ』
「それから帰ってきてないのか?」
「はい。それで急遽私が生徒会長パワーで卒業生の決意を話しました。ぶっつけでしたけど楽しかったです。私は卒業がまだなんですけどね。あはははは」
『それは同級生もさぞかしいたたまれなかっただろうね……』
卒業できなかった生徒に託された卒業生の言葉。
その光景は、さぞかし胸が痛かっただろう。けれども、当の本人は楽しかったとほわほわしているのだから、案外大物の器を有しているのかもしれない。
「それにしても、卒業を前にして失踪するなんて、困ったもんだな。なんで逃げちまったんだろう」
「明乃ちゃんはとても真面目で良い子なのですが、とても恥ずかしがりやですからねー」
『卒業式で逃げ出すレベルを、恥ずかしがりやというのもどうなんだろうか』
「どこに行ったかとか、手がかりはないのか?」
「実はいるかもしれない場所はわかってるんですよ。ですけど、少し問題がありまして」
まりねは珍しく困ったように表情を曇らせた。
「問題ねえ。この学校にいるってことは何かしらはあるんだろうけど、何が問題なんだ?」
「明乃ちゃんはですねー、ふとした瞬間に消えて見えなくなっちゃうんですよねー」
ちょっと最近お野菜が高いのという程度のテンションで、重要なことを言い放った。内容を飲み込もうにも、突然の言葉に意味を理解できずに、思わず固まってしまった。
「えーと、消えるって……消えるってこと?」
『落ち着け、何も言いかえられてないぞ』
「そうなんですよ。ふとしたらドローンって消えちゃうんですよ。きっと実は透明人間か忍者なんですよ」
「忍者の方が個人的には好みだな」
『好き嫌いの話じゃなくて』
「くノ一って、良いよな」
『性癖の話もしてない』
「実際のところはよくわからないんですけど、明乃ちゃんの問題の一つはそこなんですよ。なんの脈絡もなく、前兆もなく、消えて見えなくなってしまう」
「不思議な話だよな」
「そうですねー。私は普通のお友達ぐらいの付き合いしかないので、どうしてそうなるのかということには触れたことがないんです。けれど、気になることはありますね」
「どんなことが?」
「それはですね。明乃ちゃんは世界から見捨てられちゃったのか、それとも自分の意思で消えちゃうのか、ということですね」
『自然的な現象なのか、意図的な行為なのかということか』
「どっちなのか、もしくは他の選択肢もあるのかはわからないのか」
「はい。それで、私からのお願いなのですが。瑛理様が明乃ちゃんのシュシュを拾ったことは何かの縁だと思うんですよね」
「ああああ。なんか背中がむずがゆい。やっぱ様付はやめてくれ」
『自分で言いだしたというのに』
「じゃあ瑛理くんってお呼びしますね。じゃあ瑛理くんに改めてお願いします。明乃ちゃんを見つけてあげてください」
「ここまできておいてなんだがめんどく」
『言わせないよ』
「……善処しまーす」
日本においてはほぼ断り文句だが、そんな意図にまりねは気づかなかった。
まりねは混じり気のないスマイルで応えた。
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