4 キャラが定まりきっていないのに出す勇気。クズと天使

「おっ刃渡くんじゃん。よっすー」

 職員室へ向かう途中、一際明るい声色が飛んだ。瑛理を呼んだのは快活そうな少年だった。ハネ気味の髪は無造作に見えて、実は形よく整えられている。決して嫌味にはならない笑みを浮かべて、跳ねるように瑛理へと近づいてきた。

「盛岡か。こんなところでどうした。今はホームルームの時間じゃないのか?」

「窓から外の景色を見上げててさ、ふと思ったんだ。あっ出かけなきゃって」

「そんな理由でホームルームをサボるなんて、感心しないな」

『君はブーメラン投げるのほんと好きだね。彼もきっと君には言われたくないだろう』

「刃渡くん手厳しー。真面目くんで偉いねー」

『彼もアホだった!』

 盛岡元気もりおかげんきは気まずそうに頭をかいていた。瑛理と同じく二年生の生徒ではあるが、二人は別クラスだ。一年時もクラスは違っていたけれど、誰に対しても気兼ねなく話しかける盛岡は、校内での知り合いは多い。

 瑛理を見つけた盛岡が一方的に話しかける。そのような一連の流れが出来ていた。特に決まった内容の話をするわけではなく、その場のテンションに任せ、適当な会話をすることが多かった。

「ところで、ここで会ったのも何かの縁だし、なんか青春を感じる遊びでもしねえかい?」

「青春か。最近は品切れ状態だしな。例えばどんなことをするんだ?」

「青春と言えば、やはり恋愛がらみのことは外せないと思うわけよ」

「恋愛ごとなら任せておけ。俺は恋愛ごとに関しては……特に何も言われてないけど任せておけ」

『根拠のない自信』

「さすが刃渡くん頼りになるねえ。まあ恋愛がらみって言っても、俺たちが恋愛するわけじゃないんだ。やるのは張り込みだよ」

「というと?」

「今日は卒業式でテンションが上がってる生徒が多いんだ。だからついつい大胆な行為に出るってカップルも結構いるみたいなんだよ」

「そうなのか。俺はそういった話は聞いたことがなくてな」

『そんな話をする友達がいないからね……』

「そうなんだよ。それでそういう奴らを見つけ出して」

「どうするんだ?」

「写真に撮って笑う」

『コイツは最低なクズだな! 君もなんか言ってやれよ』

「盛岡ふざけるな。その写真を利用して継続的に脅しをかけたほうがメリットは大きいだろうが!」

『もっとクジュだった! なんで怒ってるのかもわからない!』

「なっはっはっは。やっぱり刃渡くんってぱねえリストだわ。これ最上級の褒め言葉ね」

「そうか。照れるな」

『世間様からは褒められないことに、お願いだから気づいて欲しいね』

 会話の内容とは裏腹に、男二人は和やかなムードだった。この会話の内容は、ただの冗談であって欲しいと、少女は強く願っていた。

 瑛理は、ふと左手に巻きつけてあったシュシュについて思い出した。校内では知り合いの多い盛岡であれば、何かしらの手がかりを得られるかもしれない。

「ところで、俺の左腕を見てくれ」

「ん? なんか傷跡があるな。やんちゃを自慢したい盛りか?」

「違う。この白いシュシュに何か見覚えがないか?」

 盛岡は目を凝らして瑛理の左手を見つめた。わずかな沈黙が降りて、段階的に驚きの表情へと変化していった。

「ほんとだ、シュシュなんて左手に巻いてたんだな。女子の髪に巻いてたものを腕に巻くっていう性癖もあるんだな」

「誤解だ。これは拾い物で、忘れないようにつけているだけだ」

「なんか見たことある気はすっけど、印象が薄いなー。三年生の誰かがしてた気がする。なんだか持ち主を知ってる気がするんだが、なぜか顔や名前が曖昧で思い出せないんだよなあ」

「そうか」

 諦めて職員室に届ける選択が残る。他にやりようがなければ、そうするしかないかと諦めかけた矢先だった。盛岡は手を打って、名案とばかりにスッキリした表情を見せた。

「三年生のことなら、三年生に訊いてみれば話が早いじゃん」

「三年はもう式が終わって、いないんじゃないか?」

「いやいや、一人だけ残ってるんだよん。刃渡くんは知らない? 去年の生徒会長やってた」

「あー覚えてる覚えてる。確かなんか美味しそうな名前の人だよな」

『あ、これは覚えていないパターンだね』

「そうそう。名前は三文字の」

「いや待て言うな。きちんと覚えているからな。えーと」

 一分ほどの沈黙を経て、瑛理は笑みを浮かべた。

 寸分の迷いもない、晴れ上がった表情だった。

「ペンネ」

『うん、違うね。知ってたよ』

「なーはっはっは。刃渡くんナイスボケだぜ」

「……ボケてないんだが」

「ご謙遜なさるなって。まりね先輩をそんな風に呼ぶなんて古今東西探しても刃渡くんだけだねえ」

『ニュアンスは合ってたね。料理の種類は全然違ったけど』

「やっぱり刃渡くんはおもしろいな。まりね先輩に会いに行くなら、生徒会室にいると思うぜ」

「卒業式終わったのに生徒会室にいるのか。随分と仕事熱心だったんだな」

「いやそうじゃなくて、まりね先輩留年組だから卒業してないぞ」

「生徒会長が!?」

『君がツッコむとは』

「んじゃ。ちょっくら青春してくるから、またねー」

「ちょっと待て、衝撃だけ残して行くな」

 呼びかけも虚しく、盛岡は風のように駆けていった。やたらと爽やかな見た目の癖に、順当にクズな発言をぶち込んでいく。それが盛岡元気という男だった。

 騒がしさが過ぎ去れば静寂が残った。疑問を抱えた二人は、気づけばお互いを見合わせていた。

「とりあえず生徒会室に行ってみるか」

『そうだね。もちろん、訊くことはわかってるね』

「ああ。なんで生徒会長が留年してるんですかってことだな」

 少女は大きく頷いた。

 内申を得られて、一定以上の人望や能力があるからこその生徒会長職のはずだ。そんな会長がなぜ留年しているのかという疑問。理由が気になって仕方がなかった。

 二人はホームルームそっちのけで生徒会室に駆け出した。





 生徒会室にある、金のかかっている様子のうかがえるソファーには、女子生徒がうつ伏せに寝転がっていた。腰に届くほどの髪は、繊細にも広がっていて、天使の翼を思わせる。閉じられた瞳は穏やかなもので、なぜかはわからないが見るものを安心させる力を感じた。

 校内で何度か目撃したことのある、普天間ふてんままりねその人だ。まりねは去年の生徒会長を務めていた。生徒会活動に興味のない瑛理は、具体的な活動についてはまるで知らない。けれど、まりねのことは噂程度には知っていた。生徒会長としての職務への貢献はともかく、マスコットとしての役割はしっかりとこなしていた。誰しもに笑顔を振りまき、平和と調和を愛する穏やかな性格は反発心を抱かれづらい。時に嫉妬の感情に晒される危険はあったが、まりねの味方となる周囲が防壁として機能していた。悪意の刃は彼女には届かなかった。

 天使、あるいは聖母と危なげな讃えられ方の中心の少女は、呑気に寝こけている真っ最中だ。いびきこそかいていないが、呼吸で口が開いたり閉まったりする様は、とてもマヌケだった。

 瑛理と少女は、どうしたものかと途方にくれていた。

『これは、どうしようかな。なんだか起こすのも忍びない』

「こう気持ちよく寝られてると、どこまで起きないか試してみたくなるな」

『君とはまるでわかりあえていないことが発覚したね』

「レベル1……花火」

『初っ端』

「大丈夫だ。打ち上げ花火じゃないから」

『死の危険を回避できていない』

「しまったな。手持ち花火を持ち合わせてなかったよ」

『花火が年中の行事じゃなくてボクはホッとしているよ。というか、持っていたら本当にやってたのかい?』

「レベル2……サソリ」

『答えろ! そしてやめろ!』

 漫才じみたやりとりをしていると、寝そべったまりねの口元が動いた。すると体を猫のように伸ばして、一際大きな欠伸を披露していた。

「うーん。よく寝ましたねー……あれ? ここは誰? 私はどこ?」

 意味不明なことを呟き、寝ぼけ眼をこすりながら、まりねは周囲を見渡した。

 まりねは仁王立ちした男を発見し、そのまま視線をあげると、ばっちり目が合ってしまった。その相手は当然瑛理である。

「えっと、きっと初めましてですね」

「ああ、初めまして普天間先輩」

「突然ですが、あなたは王子様ですか? それとも痴漢さんですか?」

「王子様だ」

『迷いがない!』

「王子様でしたか。これはこれは失礼しました。改めましてご挨拶をさせてもらいますー」

 まりねはぺこりと一礼し、初対面の相手にも関わらず、純度100%の笑みを咲かせた。

「普天間まりねと申しますー。元生徒会長でして、来年も高校三年生です」

 少女は引き気味の濁った口調で言った。

『……本当にダブってたのか、元生徒会長』

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